魂の還る場所

魂の還る場所

第十夜   太陽の咲く町で

 僕には大切な存在がたくさんあって、その中の一存在(ひとり)に君がいた。
 たくさんの時間、幾つもの季節を一緒に過ごしてた。
 電話がなれば、自転車に乗って、僕は会いに行く。すぐ近くの距離は君の中のいろんなものを分け合えた。悲しいこと、淋しいこと、辛いこと、苦しいこと…たくさんの切なさを全部半分ずつに軽くして、嬉しいこと、楽しいこと、幸せなことだとか喜びは二倍よりもっともっと大きくして、みんな笑顔の素にした。
 絶対に僕は、そうすることができると思ってた。
 君の笑顔が曇る原因には絶対にならない…て。


 初めて涙を見たのは、太陽が真っ白で眩しくて、とても暑い日だった。


 各駅停車の小さな電車が、黄色い花たちの真ん中を通る。向日葵(ひまわり)に囲まれたレールの向こうに、僕らの住む町の駅がある。ガタンゴトン…の揺れが止まって、降りたのは僕らだけだった。隣り街まで出掛けた帰り道、いつもは二人乗りしてた自転車を押して、二人並んで歩いた。
 真っ直ぐに太陽を追いかけて上を見ている向日葵は、まるで僕まで見つめているような気がした。無邪気な眼差しで見つめて、僕が言うのを待っているみたいに。太陽まで言葉にするのを見張っているように思えた。
 僕はずっと、タイミングを探していた。
 言わなくちゃいけない…そう思いながらの数か月。君と会って、君と別れる時、僕はずっと苦しくて、オレンジ色の太陽に見送られながら、俯いて帰った。
 いつも笑ってた約束を…。
 白い大きな帽子の下の笑顔を、僕はまともに見れなくなってた。
 『ずっと近く(いっしょ)にいようね』。
 簡単なことだと思ってた。
 当たり前だったから。自転車に乗って、向日葵畑を追い越して、すぐに会いに行けた。毎日一緒だった。そんなこと、特別じゃないって…。


 …春になったら、この町を離れる。…


 たった一言だった。理由も何も付けずに、事実だけが転がった。
 夏を終え、秋と冬を見送って、桜が咲く少し前に僕は他の街へ行く。
 大切な存在(もの)を置いて。家族も家も…一番大切な存在(もの)も残して、僕は一人で生活することに決めた。
 君が泣くなんて思いもしなくて。
 怒るだろうな…てことしか浮かばなかった。
 僕は自分が情けなくなった。全然君のこと、理解(わか)ってなかった。
 ポロポロ涙を零して、「どうして?」を繰り返す姿を想像すらしなかった。
 思い切り怒鳴り合って、ケンカして…なんて考えは甘かったんだ。
 それに、君のそんな表情が、こんなに痛いものだなんて知らなかった。怒っても拗ねてもこんなに苦しくならなかったし、すぐに笑顔を見つけられたから。
 でも、わかってほしい。
 約束を破るつもりなんかない、終わりになんてしない。
 君との約束を守るために、僕らの夢を叶えるために、僕は決めた。


 …もう少し未来になって、ずっと一緒にいるために。…


 夢を現実にするために。現実に押し潰されないようにするために。
 僕は町から離れる。
 終わりにするためなんかじゃない。
 ずっと、君の笑顔を見るために。


 …ガタンゴトン…電車の音。僕の町を走る電車は、太陽の花の間を、各駅停車で進んでゆく。
 時間に追い立てられることもなく、時刻表に背中を押されたりしない。のんびりと向日葵の数を数えながら、僕らを運んでゆく。
 ガタン…ゴトン…ガタン…ゴトン…。
 一人きりの日々から帰る。
 遠く離れた、初めての夏。
 去年より短いけれど、去年と同じ夏休みを今年もまた、過ごすために。
 電話が鳴って、自転車に乗って、会いに行ける。
 もうすぐ着くよ、向日葵の中の小さな駅。
 太陽に負けない笑顔で君が、きっと待ってる。  


© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: