マリアの爪痕


マリアの爪痕


マリア、死ぬまで 愛しておくれ

マリア、死ぬまで 騙しておくれ

マリア、死ぬまで 爪痕を残して

マリア――君だけがボクの真実


修道女、それがマリアの今の姿だ。
この町の修道院に住み込みで神に祈る愚かな修道女。
肩に聖母のタトゥーを刻むのがこの町の修道院のしきたり。
マリアもそれに従っている。
ボクの胸にはそのマリアが残した爪痕が痛々しく赤く残っている。
マリアを抱けば愛していると、生きていると感じられた。
それがただ一つの生きる道だと信じていた。

この霧のような世界に信じられるものはマリアだけだ。

真実のないこの世に君の爪痕だけが唯一の真実。

今日も夜が来る。
太陽が沈み、月が昇る。
かりそめの言葉が赤い唇を誘う。

そして、マリアが蘇る。

昨日の朝、いや。今日の朝か。
ボクはまたマリアを殺した。
白い肌にマリアの爪が食い込み肌を切り裂く。
赤い血がボクの胸を這い、マリアへと繋がる。
マリアの温かさを永遠のものにしたいと、心が何時しか叫ぶようになっていた。
そして、その夜とも朝ともつかない時間。
情事が終わり寝息を立てているマリアを殺した。
ナイフの鞘を捨て、
胸を紅が通り、
腹部を切り裂く。
真紅の花が咲いた。
寝息は、もう止まっていた。
これで、マリアはボクのものなんだ。
もう……離さないから。マリア。
もう二度と……。

夜。
月が支配する夜闇の世界。
ボクは来るはずもないマリアをいつもの待ち合わせの場所で待っていた。
街灯が煌く夜の喫茶店。
店の一番角。誰も近寄らないよう悩みを触発するような暗闇。
いつものように店員に「コーヒーを。ホットで」と一言だけ告げる。
いつもの待ち合わせまであと30分はある。
マリアが来るのはいつもこの時間から後数分待った時だ。

数分の静寂。
客は少なくボクを入れて数人だけ。
ドアが開く。
カランと軽い鐘の音。
さびたような低い音が微かに微かに心に響く。
そして、蒼い修道服が目の前に踊る。

「ごめんね、ちょっと遅れたかな?」

マリア。
何故?
君はあの時、ボクが殺したはずなのに。
でも。
君がいるなら、この霧のような世界を生きられる。
静止なんて生死なんて関係無い。

君を抱けるなら。
君を愛せるなら。
君を殺せるなら。

ボクは生きていける。
「いや、待ってないよ。今来たところ」
平静を取り戻し、答える。
彼女はそう、と言いにっこり笑った。
そしてボクの前に座る。

「今日も、私を愛してね」

と彼女は頬を真っ赤に染めて言った。
そして

「――――今度は、優しく殺してね」

と付け加えた。
愛を持って殺す事をボクは神に誓った。

そして夜の幕が開く。


――――END



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