語りと筆しごと~書家香玉のうずまき帖

語りと筆しごと~書家香玉のうずまき帖

2005年01月13日
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カテゴリ: 父を想う


かっこよくいえば書家とか、書道師範とかもいえるのだが
田舎で地道に子供たちを集め、もう30数年間
筆字を教え続けている父にとって、一番ほっとする
呼び名ではないかと思う。
本職は歯科の技工士だった。結婚したての頃
仕事も忙しかったが、それ以外の世界を持ちたくて
幼い頃から高校卒業までまじめに習っていた書道を
自分のものにしようと一念発起し
何年かかけて、独学で免状を取得したという。

最初の教室は、自宅の和室。
毎週土曜日の午後、学校を終えた近所の子供たち
十数名を集めて、筆をとった。
当然、私も父の最初の教え子だ。
父によると、私は4歳から本格的に稽古を始めたと
いうが、ほとんど記憶にない。
それよりも、学校以外の場所で、しかも自分の家に
友達が集まってくる嬉しさ。同級生も上級生も
違う学校の子も、時にはそのお母さんやおばあちゃんも
まじって、わいわい習字をする楽しさを
その時だけ、父を「せんせー」と呼ぶ気恥ずかしさを
鮮明に覚えている。

父は、ただ黙々と字を書かせるというよりも
適度に子供たちと冗談を言い合いながら、筆運びに
おもしろい擬音をつけて実演したりと
子供が喜ぶ楽しい雰囲気を作るのが本当にうまかった。
けれど、真剣にやるべき時は徹底的にというメリハリを
大事にしていたので、そこを間違うとひどかった。

「やる気がないなら帰れ!」と怒鳴る父の顔は
鬼の形相。いかにも九州男児の太くて黒々と濃い眉は
筆そのものの祟りと映った。
「帰れ!」と一喝されて本当に帰るものは、まずいない。
正座を組みなおし、ひたすらに真っ白な半紙を
見つめるばかりである。

父は特に、私には厳しくしすぎたと
のちに弱気なことを言っていた。
私の場合、やはり親としての欲がどうしても先に
たってしまったらしい。
いい作品を書いてもらいたい。その一心で
コンクール用の作品を書くときなどは、
筆を握る私の前に仁王立ちで、まさに今
まっすぐな線をと筆を動かしている最中に
「ほらほら~よがみよる~(斜めになっている)」と
いきなりの大声。その声にびくっとして
ますます、線が違う方向にのびてしまうことも
しばしばだった。
学校で丸字が流行っても、私の場合はいつも
父に学校のノートを見せなければならず、いつでも
正しくきれいな字を使っているかをチェックされて
いたので、大変だったのだ。
おかげで、小学、中学時代はあらゆるコンクールで
いろんな賞を総なめにし、忘れもしない小6の冬
全国規模のコンクールで最優秀となり
正月に明治神宮に貼り出されるというから
家族みんなではりきって見に行ったものである。
思えばそれが、私の初めての東京だった。
なにもかもが新鮮で、上野でパンダみたり
原宿でクレープ食べたり、心から習字をしていて
よかったと思った。

しかし、今やその栄光はどこへやら。
父いわく、自分が厳しくしすぎたせいだと。
確かに、父からあまりうるさく言われることなく
マイペースで習字を続けた妹は、成人してから
あっさりと師範免許をとったが、私はいつしか
書くことをやめてしまった。でもそれは単に
私に根気がなかったからなのだと私自身は思う。


今になってようやく、筆の感触が心地よく
感じられるようになってきた。
これほどの活字印字社会の中だからこそ
特に目に優しく映るのかもしれない。

久しぶりに筆をとってみた。
今年最初の書き初め。
まじめな字も書いたし、肩の力を抜いて
筆遊びも楽しんだ。
今の私には、こんな関わり方がぴったりくる。

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最終更新日  2020年10月22日 12時19分52秒
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