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久しぶりの更新です。一年半以上が経ってしまいました。母の三回忌の時、叔母さんの似顔絵を描こうと思い写真を撮り、一度は描き始めたが、母の顔に似てしまい、途中で止めていました。七回忌(1年前)の時に会えれば、再度写真を撮って今の顔を描こうと思っていたが、息子さんが来て会えずでした。 叔母さん 2019年12月 A3厚紙油彩数年放置していたのを一週間ほど前から描き始め、口を閉じた顔と開け顔の2枚を同時進行で3日間かけてのんびり描いて、口を開けたちょっと笑顔の方がいくらか似たのが出来ました。もう少し筆を入れて完成です。叔母さんは90歳を超していて、元気な内に届けようと思いです。亡き母とは姉妹なのでちょっと似ていますが、描きながら亡き母を思い出しでした。2021年2月20日に94歳で永眠されました。葬儀に出席、この絵が横に飾れていました。ご冥福をお祈り申し上げます。
2019.12.30
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厚紙に油彩で描いた少女の似顔絵をひとつ紹介です。 少女(途中段階)2010年4月8日 私流の描き方・・ ・紙はペンティングオイルを吸うので、描く前に下塗りをしていたのを使う方が良いですね。 ・まずは、茶系の絵具を使い、オイルで薄めたので簡単にデッサンして・・ ・形が決まったらオイルを少なくした絵具で・・全体に色を置いて行きです。 最初は出来るだけ明るい色を使い、段々暗くしていきです。 再度、明るいのを置いたり、暗くしたり・・ 印象派風の絵がほぼ完成です。 少女 A4サイズ 似顔絵なので、2日ほどしてから(絵具がちょっと乾いたら)仕上げに取り掛かりです。 暗くしたり、明るくしたり、暗くしたり、ハイライトを入れたり・・ 髪の毛に黒を使うので、混じらない様に注意して・・・ トータル4時間ほどで完成しました。
2017.03.15
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絵に対して意欲がわかず、ここ一年近く絵を描いていません。 月日の経つのは早いもので、今回市美展に出すつもりでいたが、いつの間にか 過ぎてしまいでした。前に出品した人にはハガキなどで連絡が来ると良いのにです。 ちょっと古い絵ですが、似顔絵を4枚紹介します。婦人M 2009年2月 A3男性M 2009年2月 A3婦人M 2009年4月 A3 男性Y 2009年4月 A3 写真を見て描いた作品です。 似せるコツの一つは、逆さしたりして描いてみると違う所が判ったりしますね。 それなりの年を取った女の人を婦人と良く使いますが、反対の男を何と言ったら 良いのでしょう?とちょっと悩みでした。 調べたら男性というのが良いようなでした。
2017.03.14
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最近絵を描いてないので、一度載せた子供の似顔絵を4点、再度紹介します。長男5歳の頃金太郎が横浜で生活していて、日曜画家として真剣に絵を描いて時期です。店先には100円でおもちゃが出るガチャポンがあり、兄弟揃って100円欲しさにモデルを務めてくれました。 長男5歳 A4(29.7x21.0cm) 厚紙 1993年頃 次男4歳の頃 次男は、泣き虫だけどゲームなどを覚えるのが早く、 一緒に遊んでいて長男を怒らせる次男でした。 そのためか、長男は短気になりです。 次男4歳 F4(33.3x24.2cm) キャンバス 1993年頃 Oちゃん4歳の頃姪っ子が嫁いだ先の姉さんの子、Oちゃんです。ちょっと似顔絵を頼まれ、写真を見ながら描きました。実際会ったことが何度かあるも似ているのか良く判らず、子供らしく描けたので良しです。 Oちゃん4歳 A4(29.7x21.0cm) 厚紙 2010年 Sちゃん4歳の頃 姪っ子の長女Sちゃんが4歳の頃で、 夏に写した写真を見ながら描いた絵です。 Sちゃん A4(29.7x21.0cm) 厚紙 2004年額縁を決めるのに苦労する。今まで載せた額縁の中から加工してみるも・・木だけの厚め仮縁にするもイメージ悪く・・前に載せた人物画の額も今一で・・結局、今回のデッサン用などの縁が一番スッキリでした。
2013.09.21
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絵を描いてないので、ちょっと古い似顔絵を再度紹介です。絵を描いてから、もう10年も経ってしまいましたね。長女のナッちゃん4歳の頃 ナッちゃん F4サイズ 2003年9月作次女のフウちゃん2歳の頃 フウちゃん A4サイズ 2003年12月作三女のユズちゃん2歳の頃 ユズちゃん A4サイズ 2008年3月作 写真を見ながら描きました。動かないし、平面だし、写真を見ながら描くのは楽ですね。A4サイズの2枚はキャンパスではなく厚紙に油絵の具で描きました。厚塗りは難しいが、安上がりだし、額も薄くてすみ手ごろです。自分では、次女の絵が一番好きです。筆の勢いを感じる・・・
2013.09.20
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絵仲間のG氏の顔を描いた水彩画です。G氏1 B4(36.4x25.7cm) 1979年頃(水彩)絵を描いている所を横から描きました。メガネの耳側を入れるか、悩んで止めたのを思い出します。水彩を描き始めたころは、透明水彩のみで描いていました。G氏2 B4(36.4x25.7cm) 1980年頃(水彩)80年になると不透明水彩を使う様になり、明るい部分を塗り残さずに、白や明るい色で描き込む様になり、自由に描ける様になりました。G氏3 B4(36.4x25.7cm) 1980年2月12日(水彩)ちょっと自由に描き過ぎました。ピカソ展を見た後で・・この絵を描いた後、G氏の顔をモデルに泣く男を描いたと思う。M氏の顔を3点紹介です。M氏1 F6(40.9x31.8cm) 1980年8月28日(水彩)肌の色など、丁寧に表現したM氏の絵も有りました。男には、似合わない絵となりですね。M氏2 F6(40.9x31.8cm) 1980年9月6日(水彩)明かりの当たらない部分を赤くして、顔に描いて見ました。不透明で描く様になり、ちょっと油絵的になりですね。M氏3 B4(36.4x25.7cm) 1980年4月21日(水彩)デフォルメし過ぎ、漫画的になってしましたM氏の顔です。でも、この絵が一番似ていると思う。
2013.02.25
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水彩画で描いた男の顔を6点紹介します。古い絵、1977年、79年に描いた絵です。G氏 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)G氏が珍しくアトリエに絵描きらしいベレー帽をかぶり現れた時に、かぶってもらい描いた絵です。今まで描いた中で一番似ているかも?G氏 B4(36.4x25.7cm) 1977年(水彩)水彩を描き始め、勢いを出すのに線を残すことを意識して描いた絵・・動きと言うか、生きている感じが出た気がしました?M氏 F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(水彩)デッサン的に打ち消し合う線で描いてみたら、ちょっとロートレック風になってしまいましたね。鉛筆などで下書きをせず、直接水彩絵具で描いた絵です。下書きをした様にも見えますね。M氏 F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(水彩)M氏を違う描き方で描いた絵も有りました。線を出さず軟らかく、暖かさ、優しさを表現したのでしょう?S氏 B4(36.4x25.7cm) 1977年頃(水彩)先生が教えていた某会社の絵画サークルの人です。サークル?アトリエ?で絵を描いているところを横から描いた絵の様です。福ちゃん F6(40.9x31.8cm) 1979年頃(水彩)絵仲間の福ちゃんの顔で、アトリエに勉強に来ていた頃に描いた絵です。好男子だったので、描き易く彼の雰囲気が出た絵が出来ました。
2013.02.05
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川崎の無羅多アトリエで絵を勉強した時に、一緒に習っていた絵仲間の女性の顔を水彩で描いた絵です。人物画の基本の顔を上手く描ける様になるため、皆が静物画や石こうデッサンをしている所を後ろ向きで顔を描いていました。1977年ごろに描いた女性の顔の水彩画(水彩画らしい絵)を7点紹介です。山形娘 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)最初の頃は確り形を水彩絵具でデッサンして、形を壊さない様に薄い色を付けていました。X嬢 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)光が当たるところを色を置かず白く残すところを・・黄色を置いてしまう。Y嬢 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)良くモデルなってくれたY嬢です。同じポーズのスケッチもありましたね。私は水彩用のスケッチが出来ず、水彩画も水彩絵具でスケッチ・・鉛筆などで下書きをすると、書き込み過ぎてしまい、そのまま仕上げてしてしまいです。猪苗代 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)田舎育ちなのに、メガネの性?なのか、都会育ちに見えた猪苗代のお嬢さんです。お似合いのメガネが上手く描けましたね。X嬢 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩画)モデルが誰か思い出せませんが、綺麗な人だったので薄い鉛筆で丁寧に形(下書き)をとり、形を壊さない様に水彩絵具を載せて仕上げたのでしょう。X嬢 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩画)この絵もモデルが誰か思い出せません。絵にイーゼルなどがあり、絵を勉強しているところを描いた絵ので載せました。Tさん F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩&パステル、色鉛筆)ちょっと先輩のTさんの顔で、水彩で描いた後、白いパステル、色鉛筆などで描いた絵です。明るいところは白いパステルで上から描いて、輪郭などに色鉛筆も使って描いた絵です。皆オバサンになっていて判らないと思うで、載せる許可は取って居ません。御免!
2013.01.28
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昔々、水彩で描いた女性の顔5点を紹介します。油絵をメインに勉強していたが、意外と難しく、直ぐ描ける水彩もやって居ました。殿町 F6(40.9x31.8cm) 1979年(水彩)川崎生まれの川崎育ち、田舎人には憧れのお姉さんでした。美人に描いてあげようと努力するも田舎娘になりです。珍しく人物を小さめに描いた絵で、全体の雰囲気は良いですね。山猫ちゃん B4(36.4x25.7cm) 1980年頃(水彩)居酒屋で一緒に酒を呑んだ時に、ホッケの開きを骨まで食べたのでついたアダナです。目を大きく、美人に描いて上げました。泰さん1 F6(40.9x31.8cm) 1979年10月16日(水彩)何を言っても微動だにせず、絵仲間、呑み仲間の泰さんでした。人物画で一番好きな画家は、モジリアーニで、油絵で真似ごとをしていましたが、水彩でも描いて居ました。首を長く、不自然に顔を傾けて・・ちょっとモジリアーニ風の水彩画が出来ました。泰さん2 F6(40.9x31.8cm) 1980年1月(水彩)ピカソ展を見てからは、自分はどんな絵を描こうかと・・・ちょっとは色んな絵をチャレンジ、描いてみましたね。そんな中、纏まらない泰さんの顔の絵となりましたが、真剣に絵を描いている雰囲気は出ている様なです。おまけ耳飾 B4(36.4x25.7cm) 1980年4月12日(水彩)ピカソ展を見て、ピカソの真似事で数枚描いた中の一枚です。モデルなしで女性の顔を描いてみたら・・真珠の首飾りにぶどうのイヤリングを着けた、こんな女性の顔のになりです。
2013.01.26
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昔々、川崎のアトリエで一緒の絵を描いていた仲間の顔です。F氏1 F6(40.9x31.8cm) 1977年頃(水彩)社会人となり、寮で東北生まれの彼に会ったことで、同じところで油絵を習い始め・・現在に至っています。彼にはとても感謝しています。彼に会わなかったら別の人生だったのかもです。このときは、そんなことは考えず、彼より良い絵を描くことに頑張っていた気がします。ちょっと点描技法を入れて描いた水彩絵です。F氏2 B4(36.4x25.7cm) 1977年(水彩)この頃は油絵も絵具チューブを筆代わりに描いていました。水彩で仕上げにチューブ描きをした唯一の作品です。油絵と勘違いする絵が出来た気がします。国士舘 F6(40.9x31.8cm) 1979年(水彩)彼はルネッサンス的な絵を描く素晴らしい画家でした。デッサンの基本を教わりましたね。今は星になりて私達を見守っています。セザンヌタッチを少し入れて描いた絵です。福ちゃん F6(40.9x31.8cm) 1979年6月15日(水彩)油絵の様に描くには、水を余り使わず、チューブから出た絵の具をそのまま画用紙に塗れば油絵の様になりますね。絵具が沢山要りますが。点描を織り交ぜて油絵風にした絵です。多分G氏 F6(40.9x31.8cm) 1979年12月29日(水彩)デフォルメし過ぎて誰かわから無くなりましたが、多分G氏です。一番、一緒に行動した絵仲間です。彼はデッサン力(正確に写し撮る)は無いが、色彩感覚に優れていて、彼の色彩感覚が私に欲しいと思いましたね。一緒に酒を呑み、酔った勢いで描いた絵かもです。M氏1 B4(36.4x25.7cm) 1980年4月28日(水彩)ピカソ展に行き、ブルーの時代の絵の影響でしょう。いつもは黄色めに表現する顔も思い切り白く描いて見ました。水を余り使わず描いて油絵の様になりましたね。M氏2 B4(36.4x25.7cm) 1980年4月25日(水彩)M氏赤い顔。やはり黄色人種なので赤い顔の方が良いですね。油絵で描いた様に見えませんか?水彩は油絵絵具とは違い、絵具の伸びが良いと言うか、字を書く様に筆が走る気がします。
2013.01.26
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昔々、ピカソ展を見て、ピカソの真似事をしてみました。ピカソは知っていたが、実物を見て感動したと言うか、なるべく忠実に描くことが、何だか詰まらなく思えて・・ちょっと遊んで見ました。ちょっと慣れた水彩だから色々と思い切った事が出来た様なです。自画像 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画)これぞ芸術?具象、キュビズム的に描いてみました。カメラ的な一点透視図法ではなく、色んな角度から見たら的なです。今見ると、意外と飽きない絵に思えますね。 お嬢 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画) 顔だけ、キュビズム的表現で描いて見ました・・ こんな時期があったのだ。モデルなしだったので、片思いの彼女になって しまった様で、赤い口紅・口が印象的な顔になりましたね。 泣く男 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画)ピカソの「泣く女」を真似て、絵仲間のG氏をモデルに「泣く男」を描きましたが、泣いてるというより、笑った顔に見えますね。不透明水彩を使う様になり、上から重ね塗りをしても色が出るので、ちょっと油絵になりました。 ふたり F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画) セータにふたりが入りと言うか? 赤と緑で人の二面性を表現してみた絵です。少女 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画)ゴッホの赤いバックの「少年」の絵が好きで・・ピカソとゴッホが合体して、赤い服の少女が出来ました。 裸婦 F6(40.9x31.8cm) 1980年(水彩画) 忠実に描いた裸婦より、面白い飽きない絵が出来た気がします。 この様な絵を真剣に描いて行けは、芸術家になれたかもです。
2013.01.17
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顔を描いた油絵4点を紹介です。母78歳の頃 F6(40.8x31.8cm) 1995年オオイタに転勤して、1年ほど経ってから描いた母の顔です。兄の農業(稲作や菊の芽摘み)の手伝いで、顔は日焼けしてしていました。父は58歳で亡くなり、子供達が結婚するまで、祖父母、子供3人をひとりで育て・・綺麗な母ではなく、母の力強さは描けた気がします・・ M氏26歳の頃 F20(72.7x60.6cm) 1982年 人物画の油絵がどうにか描ける様になり、アトリエで描いたM氏です。 この頃の男性はまだ髪の毛を長くのばすが当たり前で・・ セーターの模様を必死に描いた記憶が甦ります。 バックの女性は、アトリエの柱に掛けてあった、先生が描いた奥さんですM氏39歳の頃 F10(53.0x45.5cm) 1990年頃夏のアトリエで描いたM氏です。この頃は髪の毛は短くなり、どんなポーズを描く悩み、絵を描いているところを描いてみました。今見ると、顔はともかく、パレットが上手く描けていますね。 E嬢1993年 SM(22.7x15.8cm) 1993年 小さいキャンバスSMですが、雰囲気を変えてE嬢の顔を描いてみました。 顔には余り使わない淡い色で面描きして見たら、今までになく可愛く描けました。
2013.01.04
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子供の顔の油絵を3点紹介です。次男5歳息子をモデルに子供顔を練習したことを思い出します。100円のガチャポンをやりたくて、お小遣い欲しさに素直にモデルになってくれましたね。93年次男5歳頃を描いた作品です。 次男5歳 F4(33.3x24.2cm) 1993年 長男6歳 同じ頃、長男を描いた作品です。 片方だけ描くわけにも行かず、描く時間がない時は次回を約束して ・・小さい絵なので続けて兄弟を描いたこともあるが・・・ 今見直して、もう少し軟らかく描けば良かった様なです。 長男6歳 F6(40.8x31.8cm) 1993年姪の長女、櫻ちゃん。2003年、写真を見ながら描いた作品です。写真しろ、女の子の方が筆が走りましすね。絵の写真は影の部分に光が入り、色が出てませんが、こんな風に描ければもっと素敵な絵になる気がします。 櫻ちゃん4歳ごろ F4(33.3x24.2cm) 2003年やはり女の子の方が絵になりますね。
2012.12.18
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若い頃に描いた絵仲間の顔の油絵を紹介です。K薬剤師川崎の無羅多アトリエに通い始め、油絵が描ける様になった頃の作品です。最初は対象に対して忠実に描くことに頑張っていて、バックを暗くすることで、白い肌を出して見たりしていました。その中で上手く描けたK薬剤師の顔の油絵です。 K薬剤師 F6(40.8x31.8cm) 1976年頃 K嬢 一緒に絵を勉強していたKお嬢さんです。 父親は山形生まれで川崎でスナックを経営して・・絵が終わった後 などに、絵仲間で良く呑みに行っていましたね。 川崎育ちの明るく優しいお嬢さんだったので、バックを明るくして 描いた気がします。 K嬢 F6(40.8x31.8cm) 1976年頃Y嬢誰か思い出せないが、一緒に絵を勉強していた絵仲間のお嬢さんです。色んな画家を知って戸惑う中・・勢いを大切に描いていました。画材店の閉店でマチソンの絵具を沢山もらった頃で・・その絵具の中のマチソンピンクを思い切って肌に使って描いた作品です。 Y嬢 F6(40.8x31.8cm) 1983年頃 T氏の顔 日焼けしたT氏の顔です。 逆光で光が当たらない時をどう描こうかと悩みながら・・ 赤い顔のT氏になってしました。 青いバックと赤い顔、意外と素敵に描けた気がします。 T氏 F6(40.8x31.8cm) 1981年頃
2012.11.14
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昔絵仲間だった女性達の顔を紹介です、今は還暦に近く皆おばさんとなっていますね。相変わらず、古い絵を眺めて、昔を懐かしんでいます。Y嬢の顔酒屋の娘さんでした。実際はこんなに首は長くありませんが、モジリアーニが好きで、ちょっと真似(デフォルメ)をしてみました。この時期描いた顔の絵の中では一番気に入った絵となりました。Y嬢 F6(40.8x31.8cm) 1976年頃K嬢の横顔先生がとてもお気に入りだった、長い黒髪の素敵なKお嬢さんです。色んな画家を知って行く中、ゴッホの魅力にはまり・・筆のタッチを意識して描いた絵です。K嬢 F6(40.8x31.8cm) 1976年X嬢誰か思い出せない。平筆で一気に描いていた時期の顔の絵が出てきました。つい描き過ぎてしまい硬い絵になってしまうが、中途半端な感じが勢いを感させる気に入った絵となりました。X嬢 F6(40.8x31.8cm) 1982年頃E嬢東北生まれの酒の強いE嬢。結構長く絵を勉強していたので、顔を何度と無く描かせてもらいました。絵を勉強中の顔・・ちょっと似てないが、まあ上手く描けた絵となりました。E嬢 F6(40.8x31.8cm) 1983年頃Z嬢の横顔絵の勉強をしているZお嬢さんです。顔は思い出すが、名前は判らずです。83年ごろは赤を多く使う様になり、賑やかに描いた絵です。Z嬢 F6(40.8x31.8cm) 1983年少女の顔モデルが誰なのか?多分、横浜のダルマ船アトリエの絵の勉強に参加して描いた絵に思うが・・赤いバックはゴッホの少年の絵を見たことで、何回と無くチャレンジしてみましたね。赤くすることで少女の雰囲気(不安感)が出た気がします。少女の顔 F6(40.8x31.8cm) 1983年
2012.09.07
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金太郎、当たり前に女性好きですが、男性の顔の絵も描きます。昔描いた、絵仲間、友人、先生の顔の油絵を紹介します。K氏1一緒に絵を描きに行り、アトリエで一緒に勉強していた絵仲間K氏の若い頃です。パレットナイフを使って描くことを練習していた頃の絵で・・目を大きく美青年に描いて上げました。ちょっと先生の絵に似た様なですが、気に入った絵になりました。 K氏1 F6(40.8x31.8cm) 1978年頃 K氏2 上と同じ絵仲間のK氏を筆で描いた作品です。 当たり前ですが、筆で描くと違った雰囲気になりですね。 この時期は色んな描き方にチャレンジしていて、ちょっと点描的に描いて、 彼の優しい雰囲気の出た絵が出来ましたね。 K氏2 F6(40.8x31.8cm) 1982年頃I氏K氏と同じ会社に勤めていた酒呑み仲間のI氏です。前にも載せたが、金太郎に文学を少し教えてくれた人で、若い頃は絵仲間と良く居酒屋に飲みに行ってましたね。また、ピカソ展を見に行った時に、ピカソのテキトウな絵に感動し過ぎ、騒いでしまい、出されそうになったことを思い出しました。多分、この絵はその頃に描いた絵で、わざと左右の目をずらして・・・ちょっとだけピカソ的立体表現を試み・・・動きが出た様なです。 I氏 F4(33.3x24.2cm) 1978年 M氏 鏡を前にポーズする若い頃のM氏です。 上からの光に、顔に光の当たる部分が少なく、逆行的に描いた絵です。 ちょっと素敵な青年に描き過ぎましたね。 M氏 F4(33.3x24.2cm) 1980年頃先生1厚紙に描いた先生の顔です。絵の勉強に行き、描くものが無い時は、先生の顔を描かせてもらいました。この頃から厚紙に油彩で描くことを覚え・・この絵は、全面をすべて塗り尽くすのではなく、塗り残しが上手く出来た絵です。 先生1 厚紙(32.5x28.0cm) 1990年頃 先生2 ちょっと赤くし過ぎた先生の顔ですが、 色は100年も経てば色あせ丁度良くなる?と原色を塗りたくり、 強い光を黄色で表現してみました。 先生2 F4(33.3x24.2cm) 1991年頃
2012.08.21
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絵仲間やモデルになってくれた人達(女性)の顔の油絵を紹介です。横浜のお嬢さん昔、石川町駅前の川にはダルマ船が沢山浮かんでいて、改造して店や住居や色んなことに使っていましたね。護岸工事と高速道路関係で今はなしです。友人がダルマ船を改造してアトリエにしていたので、日曜日には良く集まり絵の勉強をしていました。絵仲間の友人(横浜生まれのお嬢さん)がモデルになるというので描かせてもらいました。皆で描いていたので2度ほどモデルになって・・私は2枚目だったので顔をUPで描きました。顔を描いた中でも、上手く描けた一枚です。横浜のお嬢さん F10(53.0x45.5cm) 1982年頃 セザンヌタッチの顔 平筆を使いセザンヌタッチを練習していた頃に描いた絵です。 絵は写真とは違うので似せることより筆のタッチを意識して描きました。 立体表現も上手く行き・ちょっと硬いが、上手く描けた一枚です。 モデルが誰だったか思い出せずです。 セザンヌタッチの顔 F10(53.0x45.5cm) 1982年頃横浜のお嬢さん2懐かしい絵が出てきたもののキャンバスに何も記載無く、誰を描いたのか判らずです。絵のタッチや雰囲気で、いつごろ描いた絵ではと思いながら・・・中村彝(ナカムラツネ)の絵を知り、似た絵が描ければと頑張った頃のことが甦りです。多分、横浜のダルマ船アトリエで描いた絵と思うが・・横浜のお嬢さん2 F12(60.5x50.0cm) 1980年頃 川崎娘1 川崎の無羅多アトリエで絵を勉強した時に、習いに来ていた女性で 絵を描いている時を描いた作品です。金太郎は良く反対を向いて 勉強している女性の顔を描いてました。 キャンパスより収納スペースが少なくて済む画用紙でも油絵が 描けるを知り、画用紙に描いた作品です。 川崎娘1 紙(54.0x38.0cm) 1985年 川崎娘2 上と同じ人と思うが、顔の描き方がちょっと違うのではっきりしません。 絵に珍しくサインが有るので描いた年代は、間違いなく1985年です。 金太郎はサインをすることが少ないです。 油絵は終わりを決めかね、サインをするチャンスが無く、またサインが下手で 絵をダメにすることが多く入れられないのです。 サインが有るのは、酔っているか、めちゃ調子が良かったときでしょうね。 川崎娘2 紙(54.0x38.0cm) 1985年またまた、懐かしい絵を紹介しましたが、次は花の絵を紹介する予定です。
2012.08.05
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今回は少女や女性の顔を描いた油絵を紹介します。少女描いたのは85年ごろと思うが、誰なのか思い出せません。油絵は、絵の具を重ねて描くと絵の具が混ざて濁ってしまい、難しいところがあります。それを避ける描き方が点描方法で、点描にすると使った色がはっきり出てきます。唯一点描的に描いた少女の絵です。 少女 F8(45.5x38.0cm) 1985年頃 横顔 茶髪に染めた横顔の絵が出てきました。茶髪なので浜っ子でしょうか? 椅子に座っている所までわかるので、モデルになってもらい皆で描いた 作品のようですが、モデルを思い出せず、アトリエで描いたのか、 横浜ダルマ船で描いたのか思い出せません。 横顔 F8(45.5x38.0cm) 1990年頃 E嬢の顔アトリエの絵仲間で、皆が静物を描いている時に、金太郎は反対を向いて首狩り(顔を描く)をしていました。絵仲間なので冒険的に描けて・・思い切り、厚化粧をしてみました。赤がキツイのは宮本三郎画伯を知った性でしょうか? E嬢 F6(40.8x31.8cm) 1982年頃 E嬢の顔 前に描いた絵が、はれぽったくなったので、実物にあわせ色白に描いて みました。バックを暗くして顔が浮き出る様に・・・ 絵を真剣に描いている時なので、表情がきつくなりましたが、実物より 美人に化粧して上げることが出来ました。 E嬢 F8(45.5x38.0cm) 1982年頃
2012.07.23
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自画像、絵の先生、絵仲間の顔の油絵を紹介します。自画像70年代の若者は髪を長く伸ばすのが当たり前で、私も負けす髪を伸ばしていました。顔を描く練習に、良く自画像を描きましたね。絵が暗く顔をはっきり判断できないので載せることにしました。青木繁の描いた赤い輪郭の自画像を見て感動し、ちょっとだけ真似をしてみようと思うも、赤い輪郭を入れることが出来ずでした。 自画像 F8(45.5x38.0cm) 1976年頃 I氏の顔 絵仲間の同じ職場に居た、酒呑み仲間のI氏です。 今まであまり本を読んだことがない金太郎に、文学(ロシア文学や 梶井基次郎などの実存主義)をちょっと教えてくれた人です。 知り合いだし、悩まず一気に描けましたね。 I氏の顔 F6(40.8x31.8cm) 1980年頃無羅多先生の顔194年ごろに描いた無羅多正健先生の顔です。アトリエに行き、描くものが無いときには、先生の顔を良く描かせて貰いました。髭がとてもお似合いの芸術家でした。Webで「無羅多正健」を入れて検索すると、絵が少し見れるようになっていました。アトリエに通っていた頃を懐かしく思い出しました。 無羅多先生の顔1 A4(29.7x21.0cm)厚紙 1994年頃 無羅多先生の顔2 2001年暮れに描いた先生の顔です。キリスト敵に優しい先生の顔 に描けました。 先生は90才を過ぎても、ひとりで元気に動き回り絵を描きでしたが、 翌年2002年の1月12日に95歳で永眠されました。 丁度、単身赴任で川崎に居た時だったので、葬儀に立会いお見送りが 出来て本当に良かったです。 無羅多先生の顔2 A4(29.7x21.0cm)厚紙 2002年暮N氏の顔絵仲間、N氏の似顔絵です。ちょと前に、ブログに書き込んでくれたので、若い頃の顔を紹介です。若い時に一年ほどフランスへ絵の修行に行った絵仲間です。良く一緒に絵を描きに行っていましたね。 N氏の顔 A4(29.7x21.0cm)厚紙 1980年頃金太郎が川崎・横浜に居た時に通っていたアトリエの先生の絵がWebで少し見れる様になっていましたので紹介します。無羅多正健←名前をクリックすると見れます。
2012.07.21
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油絵で描いた子供の似顔絵4点を紹介します。長男5歳の頃金太郎が横浜で生活していて、日曜画家として真剣に絵を描いて時期です。店先には100円でおもちゃが出るガチャポンがあり、兄弟揃って100円欲しさにモデルを務めてくれました。 長男5歳 A4(29.7x21.0cm) 厚紙 1993年頃 次男4歳の頃 次男は、泣き虫だけどゲームなどを覚えるのが早く、 一緒に遊んでいて長男を怒らせる次男でした。 そのためか、長男は短気になりです。 次男4歳 F4(33.3x24.2cm) キャンバス 1993年頃 Oちゃん4歳の頃姪っ子が嫁いだ先の姉さんの子、Oちゃんです。ちょっと似顔絵を頼まれ、写真を見ながら描きました。実際会ったことが何度かあるも似ているのか良く判らず、子供らしく描けたので良しです。 Oちゃん4歳 A4(29.7x21.0cm) 厚紙 2010年 Sちゃん4歳の頃 姪っ子の長女Sちゃんが4歳の頃で、 夏に写した写真を見ながら描いた絵です。 Sちゃん A4(29.7x21.0cm) 厚紙 2004年額縁を決めるのに苦労する。今まで載せた額縁の中から加工してみるも・・木だけの厚め仮縁にするもイメージ悪く・・前に載せた人物画の額も今一で・・結局、今回のデッサン用などの縁が一番スッキリでした。
2012.07.05
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川崎美術協会創立者、無羅多先生の顔です。2001年に単身赴任で川崎に行き、7年ぶりにアトリエに通い、その時に描いた96才の先生の顔です。100歳以上生きられるほど元気だった先生が、暮に介護が居ないので病院に入ったが、病院で急に悪くなり翌年早々に亡くなりました。偶然にも私が川崎に居た時なので、葬儀に出られ、見送りが出来て良かったです。 先生の顔 F6(40.8x31.8cm) 2001年 絵仲間のK氏です。 単身赴任時は彼といっしょに思い出の場所へ絵を描きに行き、 出来た風景画などを、彼の個展に参助出品として飾らせて もらいました。とてもお世話になった人です。 K氏の顔 F6(40.8x31.8cm) 2001年姪の子供(櫻子)の顔です。写真を見ながら、お絵かきソフトのペイントを使って初めて描いた作品です。油絵でも原色を使うので意外と上手く描けましたね・・ 櫻子 2003年 鉛筆画を初めて載せます。 会社を退職したAさんの似顔絵です。 退職祝いとして描いて上げました。 Aさん 1997年頃
2011.10.20
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家族の顔の絵を紹介です。最初は妻の顔です。川崎のアトリエで一緒に絵の勉強をしてたころに描いた絵です。絵を勉強しているところを横から顔を描く。この頃は絵仲間の顔を良く描いて、顔を描く勉強していました。まだこの頃は彼女と結婚するとは思っても居ませんでしたね。 山猫さん20代 F6号(40.8x31.8cm) 1983年頃作ある日の呑みすぎた日の出来事・・アパートで目を覚ますと、横に彼女は寝ていた。周りの仲間も結婚して行き・・気が合ったのか結婚するすることになりました。結婚してから2年後、目出度く子供が出来て・・絵よりすばらしい芸術作品(毎日成長していく)が出来たことで、絵は余り描かなくなりました・・モデルになる女の子が欲しかったが・・幼稚園から1年生の可愛い時期に我が子の絵を数枚描きました。長男6歳の頃の絵です。ガチャポンが流行っていた頃で、モデル料は100円でした。 長男6歳 F4号(33.4x24.3cm) 1993年作次男5歳の頃の絵です100円欲しさに良くモデルになってくれました。 次男5歳 F6号(40.8x31.8cm) 1993年作9/30更新金太郎の若いころを紹介です。 金太郎22歳の頃 F4号(33.4x24.3cm)今見直すと勢いはあるが、絵が硬いですね。古い絵を見ながら、月日の経つ早さを思う。大分に来て(故郷に戻り)早いもので17年が経ちました。★大分市美展で賞を頂きました。帰宅後に電話があり、主催団体から出る賞で大分市美術館賞?とやらを頂きました。古い絵でと思うが、とりあえず良かったです。少しでも名前を覚えて頂ければ良しです。
2011.03.01
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ちょっと古い似顔絵を紹介です。金太郎さんのブログに甥の子供を載せたので、ちょっと前に描いた甥の子_三姉妹の似顔絵を紹介します。長女のナッちゃん4歳の頃 ナッちゃん F4サイズ 2003年9月作次女のフウちゃん2歳の頃 フウちゃん A4サイズ 2003年12月作三女のユズちゃん2歳の頃 ユズちゃん A4サイズ 2008年3月作 写真を見ながら描きました。動かないし、平面だし、写真を見ながら描くのは楽ですね。A4サイズの2枚はキャンパスではなく厚紙に油絵の具で描きました。厚塗りは難しいが、安上がりだし、額も薄くてすみ手ごろです。自分では、次女の絵が一番好きです。筆の勢いを感じる・・・2/16(水)似顔絵を描くのに使った写真を横に記載する。
2011.02.15
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