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雪月花
論理哲学論考
言語と世界の同一性、そしてプライベート性について
「5・6 私の言語の限界は、私の世界の限界である」
著書「論理哲学論考」の中で、哲学者ウィトゲンシュタインはこういう。この発言の興味深い点は、彼が「言語の限界」ではなくあくまでも「私の」「言語の限界」、「世界の限界」ではなく「私の」「世界の限界」述べている点である。彼にとっては「言語」も「世界」もプライベートなものであったのだろう。「私の言語」を用いて「私の世界」を他者のそれと共有できる可能性は存在しても、例えば「ウィトゲンシュタインの世界」と「コバヤシさんの世界」とが完全にオーバーラップすることはない。その根拠は、飯田隆氏の説によれば、それぞれの世界はそれぞれの言語によって構築されるものであり、その言語を規定する主体、つまり意識は各々のものであり、異なるものだからである。これに対し、野矢茂樹氏はいう。
…出発点はこの現実とこの日常言語である。ここから、現実に存する対象を 切り出し、論理空間を張る。切り出されてくる対象は、私がどのような存在 論的経験をしているかによる。つまり、対象を切り出す元手となるような、 いかなる事実に私は晒されてきたのか、それに応じて対象領域が決まる。こ の対象領域が、論理空間と言語とを規定し、しかも、対象領域は私の存在論 的経験に応じて定まるものであるがゆえに、言語は「私の言語」であるしか ないのである。
「言語」が「私の」と規定されるのが、その主体の意識のせいであるという前者と、その主体の経験のせいであるという後者の意見は異なるものである。しかし両者は、ともに言語のプライベート性を認めている点では共通している。どちらの説を採用するかはここでは触れないことにして、ウィトゲンシュタインが言語や世界を「私の」と規定した根拠は見えてきたようだ。では、世界と言語との関係についてみてみよう。
ウィトゲンシュタインは、言語をプライベートなものとした。言語はその主体によって異なるからである。なぜなら、個人が獲得していく言語は各々の経験によって異なり、個人の使用する言語は各々の意識によって異なるからである。言語=記号としてみたとき、そこには対象が存在する。つまり、個人の意識上に存在しないものは、そのものにとっては記号である言語としても存在し得ないのであるから、「言語の限界=世界の限界」を考える前に、「言語=世界」という式がまず成り立つのではないだろうか。知っているもの、または意識しているもの、語り得るもののすべてが言語となり、それがさらに世界を構築するファクターだとすれば、世界もまた言語と同様にプライベートなものといえる。言語が世界を作るのでもなく、世界が言語を必要とするのでもなく、世界が言語として、言語が世界として存在するのであるから、「言語=世界」といえるのだ。であるからして、「言語の限界=世界の限界」という論もまたなりたつのだろう。認識されないものは言語にならず、また世界の一部にも含まれないからである。よって、ウィトゲンシュタインの「私の言語の限界は私の世界の限界である」という論理は成立する。
ウィトゲンシュタイン論理の文学への応用
これを文学に応用して考えるとき、各作者がそれぞれの「色」を持つのは、彼等が各々独特な言語=世界を持っているからであると理解できる。そして、一般的に優れた作品といわれるものを生み出す作家たちは、自分の言語を的確に駆使する能力をもっっているのだろう。または、持っている言語そのものが特徴的なのかもしれない。さらに、現代に生きる私たちが古典に新鮮な感動を発見するのは、古典作品に描かれた世界の様相や風習そのものが現在のそれと異なること以外に、昔の言葉自体が持つ世界が現在の言葉の持つ世界と異なるからといえよう。また、日本語の文学の世界と、英語やそれ以外の言語の世界とも異なる。こうして、時代、地域、個人それぞれによって言葉の生み出す世界は差異を持つ。
つまり、同じ世界を持つ文学はまたとない。だから人は飽きること無く本を読み続けるのだろう。新しい世界に触れるために。新しい世界に触れることで、人は自分の言語の限界を拡張し、自分の世界を拡張することができる。新たな対象を意識するようになるからである。知的生命体といわれる人類にとって、この行為(自分の言語/世界の限界を拡張していくという行為)は快いものであるという推測は容易である。ウィトゲンシュタインの一言は、哲学の分野のみならず、人間が物語を求める精神についても応用できる論理だと私は考える。
引用・参考文献
・野矢茂樹「ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む」、哲学書房、2002年
・飯田隆「ウィトゲンシュタイン」、講談社、1997年
・山本信訳「ウィトゲンシュタイン全集3」、大修館書店、1975年
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