風光る 脳腫瘍闘病記

最後のお別れ



「ゆめ~ハウスして!ハウス!」

「すみませ~んスグ開けま~す」私はユメを自分の部屋に閉じ込めてから玄関のドアを開けた。

「あっI君」 I君はHの弟で私と同じ歳。Hとは180度違う性格でとても好青年である。そんなI君が遠路はるばる尋ねてきてくれたのだ。

「ごめんね、愛ちゃん、兄貴があんなんだから・・・」

「気にする事ないよ、お姉さんが病気だったんだよ」

I君はお父さんに頼まれてHの側についてるように言われたらしい。

「どうぞ~」I君に部屋に上がってもらい私は部屋からユメを出してあげた。
ユメはI君が大好きらしく、かたときも側を離れない。それから私は、しばらく自分の部屋に閉じこもっていたが、Hが来て「愛ちゃん、こっちおいでよ。一緒に話しよ」と言ってきた。

「うん」私はH達の部屋へ足を運んだ。

「何飲む?」フローリングの床にはビールやお酒、ソフトドリンクが無造作に置かれていた。

「ウーロンでいいや」

でも何を話すわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていく。最初に口を開いたのはHだった。

「愛ちゃん、メグの遺書なかった?」

「あるわけ無いじゃん、勢いでやちゃったんでしょ」

「ったく自殺だけは嫌なんだよ・・」Hは過去にも彼女に自殺された経験があって、その時は「飛び降り」だったらしい。その時その彼女はH宛に遺書を残していたのだ。

「そこのタンスに入ってるから見る?見ていいよ」と言ってきたが私は断った。

私はHに一つだけ聞きたい事があって、姉はベランダで首を吊って自殺したのだが、ベランダのどこにベルトをかけ首を吊ったのか知りたかった。(物干しさお?ベランダの手すり?)でも最後まで聞く事は出来なかった。

お葬式の段取りはすべてHとHの両親が仕切ってくれた。お葬式といってもHの両親はエホバの証人。エホバの証人は焼香もしてはならない。だからお通夜とかもしないので、火葬の日取りだけを決めていた。

お姉さんがだびに付される前に1回だけ会いに行った事がある。地下鉄を乗り継いで地図を片手にやっとの思いでたどり着いた。

「ここかぁ・・ちょっとしたホテルだな」そこにお姉さんが一人でいるのかと思ったら何だか悲しくなった。従業員の人に案内してもらって姉が眠る部屋へ・・。

棺の前に焼香台だけがポツンと置かれていた。

(えらい殺風景だな・・あっそういえばHがオプションで花を付けるかどうか葬儀屋ともめてたな)

「お姉さん可哀相・・こんな寂しい部屋で・・」

私は棺の中で眠っている姉の顔を覗き込んだ。

「きゃあぁっ!」あまりのショックで2,3歩後ずさりしてしまった。

(人って死んだらあそこまで皮膚の色が変わるの?死に化粧は?まさか死に化粧もオプションなの?)

お姉さんの皮膚はドス黒い青紫に変色していたのだ。

「人間って死んだらああなるんだ・・・」お姉さんとの面会はたったの1秒で終わってしまった。もう一回見る勇気が私には無かった。家に帰ってI君にメールして「死に化粧」の事を伝えた。

ベットの横で体育座りをして声を押し殺して泣いた・・。

だびに付される2~3時間前にちょっとしたお別れ会をした。お姉さんの仲のよかった友達が、お姉さんの棺の中に花を入れていってくれる。私はゆめを入れたかったが、姉に怒られそうだったのでユメの写真を沢山いれてあげた。その時初めて姉の顔に触れてみた。

死に化粧が施されておりキレイな顔をしていた。

「ぐにぃ」指でお姉さんの頬を押してみた。(冷たッ)冷蔵庫で冷やされたぐらいの冷たさだった。次に私は足元にかぶせてあった布をめくってみた。お姉さんの両足にはちゃんとわらじが履かせてあった。

「これで三途の川を渡るんだ・・」(これを履かせてくれた人はどんな思いで履かせるんだろう?わらじを作る人もどんな気持ちで作ってるんだろう?)私はそんな事ばかりを考えていた。

火葬場にはユメを一緒に連れて行った。どうしても最後のお別れをさしてやりたがったが、犬は「遺体」に過剰反応する場合があるからとアッサリ却下されてしまった。

仕方がないので霊柩車から棺が出されて建物に入る時に、ユメに「さよなら」をするように言った。

「ユメ、あそこにお姉さんがいるからバイバイしなね」

だびに付された姉は、砕け散った骨になっていた。係りの人が

「立派な骨ですね~これがのどぼとけです」などと聞いても無いのに説明し始めた。その言葉の一つ一つが軽い。
(仕事でやってんだもんなぁ・・「死」に対してマヒしてんだろう)

Hと私で遺骨の一部を骨壷に入れる。後は、ほうきでちりとりにゴミを入れるみたいに係りの人が残りの遺骨をまとめて骨壷に「ドサッ」と入れていた。

雲ひとつない綺麗な空だった。

「終わったぁ~~~~~~!!」

Hといつまでも暮らすわけもいかず、私は姉が亡くなって1ヶ月後、引越しをした。ユメは前の旦那さんのSさんが引き取る事になった。

8階建てのマンションで私の部屋は6階。天気のいい日には富士山、夜はライトアップされた東京タワーが窓から一望できた。

「これで家賃、6万二千円!素晴しい!」

「さっ、お姉さんの分も頑張るぞ~!」

電化製品すべて買い揃えた。食器もアフタヌーンティーで揃えた。そこから私の新しい人生が始まる予定だった。

「3度目の人生!」

でも、たった2ヶ月で私の新しい人生は終わってしまった。脊髄に腫瘍ができ、二度と歩けない体になってしまったのだ。


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