風光る 脳腫瘍闘病記



「ちょっと、待って、とりあえずソレ、こっちに渡してもらえるかな?」男の人が少し近づいてきた。

「動かないで!」私は、さらに包丁の刃を首にくい込ませた。
(痛いかも・・・あ~もう、シャレになんない・・でもそっから一歩でも動いてみろ、一気にいってやる。私の人生ここで終わらせてやる・・)

「わっ、分かったから!お、落ち着いて!」向こうも必死である。

「どうしてこんな事するの?」

「どうしてって、もう2度とあるけないから」私は包丁をひとまずひざの上に置いた。

「よしっ、いいよ、ソレ、そのままソコに置いてね・・無茶はよくないよ。まだ若いんだしこれからでしょ?」

「これから?2度と歩けないのに、これからなんてないじゃんっ」今度は刃先をお腹に突き刺した。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って、ダメだよ!そんな事しちゃ・・お、落ち着いて・・とりあえず包丁置こう、ね、どうしてもらいたい?」

「O先生と話がしたい」

「O先生?分かった連絡してみる。だから落ち着いて」男の人が一旦部屋を出ていく。ボソボソと話しているのがドア越しに聞こえる。「今、連絡したから来てくれるって。だから落ち着いてね」私は再び方向の刃を首筋に持っていった。

「うわぁ、ちょっと・・・」私が動くたびに向こうはパニック状態に。気がつけば女の人が泣いていた。

「お願いだからこんな事は止めようよ・・・」

(今日、初めて会った人間相手に何泣いてるの?この人?信じられない・・・)でも彼女が流した涙が少し私の心を救ってくれた感じがした。

しばらくしてドアの方が騒がしくなった。男性警察官が玄関に行くとそこにはO先生じゃなくK先生が立っていた。

「O先生、今オペ中だから・・愛さん、駄目だよ、こんな事しても、苦しいだけだよ。帰ろう・・。」相変わらず女の人は私の為に泣いていた。

「部屋キレイだね、愛さんA型だっけ?」K先生の突拍子のない質問に全身の力が抜けた。私は包丁を刑事さんに渡した。

「よしっ、帰ろう!」警察車両で病院まで送ってもらう事に・・こんな経験は最初で最後だろう。病室の前まで連れていかれた私は信じられない光景を目にした。ベット以外のモノがすべて部屋の中から運びだされていたのだ。
パソコン、バスタオル、洋服、歯ブラシセット、とにかくベット以外の全部は部屋の外に出されていた。(何故、そこまでされてたのかは今でもわからない)

部屋に入ってっさっそく私は拘束された。看護士さんどうしで話をしている。「どうします?足も縛っときますか?」私は心の中でバカにした。(足縛っても縛らなくても動かないっつうの)夕方になり主治医のS先生が来るなり怒りをあらわに「よう、やってくれたなっO先生を呼べ?ふざけてんのか?」「約束通り、退院してもらいます!松山に帰ってもらいます!」

よっぽど言ってやりたかった。誰が手術してこんな目にあった?誰が私の神経傷つけた?あんたのせいだろう。でも私は言わなかった。分かっている。最善はつくしてくれた。悪いのは私の中に根付いた腫瘍なのだ。

3日後、松山に帰る事になった。帰るまでずっと拘束されたままだった。その日夜遅くO先生がいつもと同じニコニコ顔で入ってきた。

「退院するんだって?ビックリしたよ。俺呼ばれてるって聞いて、でもおじさんオペ中だったからね」私は急におかしくなった。

「先生、私スッキリした。もう死ねないね、やる事全部やったよ・・」O先生も笑っている。二人、もう笑うしかなかった。

突然の退院だったのでPTのO先生が車イスを「これが値段的にもいいんじゃない?」とカタログに赤マルをして持ってきてくれた。「先生にまかせるよ、あっ、あと○○ちゃんにマンガ返しといてくれる?看護士さんに渡してあるから」

「わかった。元気でね」先生は今までに見せた事がない笑顔を見せてくれた。(ちくしょ~ズルイよ~最後までかっこいいじゃんっ)

次に精神科の先生がきた。

「死ぬつもりだった・・」と私。

「だから警察の人呼んだ」

「先生、精神科向いてないよ、先生と話しても私、全然助けられなかったよ。余計ヘコむ一方だったんだけど?もう出てってくれる?2度と会いたくない」先生は何か言いたげだったが私はそれを許さなかった。思いっきり睨んでやった。先生は何も言わず部屋を後にした。

退院する当日、やっと拘束から開放された。

「すっきりした~気持ちい~!」思いっきりノビをし、私は私服に着替え、とりあえず最上階のレストランで母とその友達と3人で食事をする事に。このころには気分的にも本当にスッキリ。でも。一刻も早くこの病院から出たかったので食事もほどほどに。空港までは姉の旦那さんだったSさんが車で送ってくれる事に。

表玄関には懐かしい姿が・・

「ゆめ~~~~~~~~!!!!元気にしてた?おりこうさんにしてた?」

「わんっ」8ヶ月ぶりにユメに会って私は嬉しかった。もちろんユメもうれしそうに尻尾を振っている。

「松山かぁ・・・仕方ないか・・まっいいや、友達にもしばらくぶりに会えるし、ガンバルしかないか・・」

こうして私は5年間の東京での暮らしに終止符をうった。



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