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「Wine Connection」の今月のプロモーションの1本で、ブルゴーニュっぽいラベルと通常価格36ドルが26.9ドルに魅かれて購入しました。 「IGP(地理的表示保護ワイン)Pays D'oc (ペイドック 地酒)」と表示があり、前回購入の「Poison Rose」と同じ南フランス、プロヴァンス地方の西にある「ラングドック・ルーション」地方のワインです。 まず一口飲んでみると、ラベルを見ていなければ私にはブルゴーニュのちょっと高級白ワインという味わいでコスパの良さにちょっと感動です。普通にお刺身に合わせましたが、アルコール度数14%のフルボディのこのワインであれば料理は選ばないんじゃないかという感じです。 大体はあまり前知識を持たずにまず飲んでみて、飲んでからワインについて検索するというパターンが多いですが今回も飲んだ後、調べてみるとこフレンチオーク樽で9ヵ月樽熟成をしホワイトフルーツやココナッツのアロマとあります。 どんな果物の香りがするのが私にとって難しいのは、レモンやパイナップルの香りは分かっても、それではアプリコットの香りは?というと、今まで真剣に香りを嗅いだこ事がないので当たり前と言えば当たり前です。でも見栄ですが「シトラスやアプリコットの香りがしますね」と得意顔で言えたらとも思います💦 手のひらサイズに折りたたむ事が出来ます。 以前にオーストラリアのワイナリーツアーの際に買った「Wine Tasting Guide」で葡萄の品種ごとにアロマ、瓶内熟成の時の香りなどが書かれています。シャルドネはセミニョンに次いで2番目にアロマの数が多く、来年の目標としては少しでも果物の香りをしっかり覚えるということです。 ところでラベルにある「Blend 52」ってどう意味なんだろうと気になり出して、これはもう一本買いに行った時にスタッフにしっかり聞こうと思っています。
2022.11.29
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2011年発行の村上春樹著「雑文集」を読み返していたら「音楽について」の章の中に「ジム・モリスンのソウル・キッチン」と題したエッセーがあって、大切に取ってある写真のコピーの事を思い出しました。 パリ東部の「ペール・ラシェーズ墓地」にある「ジム・モリスン」のお墓。 「Touch Me」や「Light My Fire」など有名な曲は知っていても、1965年に活動を開始し71年に27歳で亡くなった「The Doors(ドアーズ)」のボーカルだったアメリカ人「Jim Morrison(ジム・モリスン)のお墓がパリにある事を知ったのは、日本で日本語を教えていた学生が一時帰国の際にフランスやアフリカ等を旅行した時の写真を見せてくれた時です。お墓の右横に学生がジムモリスンと真摯に向かい合っているような姿がちょっと写っていて興味を惹かれ、写真をコピーさせてもらい今でも大切に取ってあります。 改めてこの墓地を検索すると音楽家では「ショパン」、作家では「バルザック」、画家では「モディリアーニ」、歌手では「エディット・ピアフ」等々、歴史に残る人達のお墓が並ぶ墓地で機会があれば是非訪れてみたいものです。 確かこの写真を見た後、1991年公開のアメリカ映画「The Doors」を見て、彼の破天荒な生き様(常軌を逸しているような収録中の様子や反社会的なカリスマとまでなったコンサート会場でのパフォーマンス)には驚きましたが、それ以上に驚いたのは、映画の最期のシーンでパリのアパートの浴室で亡くなっている姿でした。ジム・モリスンを演じた「ヴァル・キルマ―」の演技も素晴らしかったのですが、麻薬やお酒でボロボロになっていたはずの体は一回り以上大きく見え湯舟に浸かっている姿はとても27才とは思えず、40年も50年も生きた姿に見えた事が印象に残っています。 哲学的詩人でもあった「ジム・モリスンの名言」の1つに下記の文があります。 『飛行機事故で死んだって別にかまわない。むしろ良い死に方だ。眠ったまま死んだり、年老いて死んだりするのはごめんだ。僕は死を感じたい。舌で、耳で、鼻で・・死はたった一度しか起こらない。それを逃したくない』 果たしてパリの浴室の中で彼がそれを実践する事が出来たのかなとしみじみ思います。そしてドアーズをこよなく愛していたかつての学生はお墓の前でどんな言葉をジム・モリスンにかけたのか今でも気になっています。 因みに「ジム・モリスンのソウル・キッチン」は楽曲のタイトルで「雑文集」の中に数行の邦訳があります「~あと行けるところといや 決まってるじゃないか おまえのソウル・キッチンで一晩寝かせてくれ~」 村上春樹氏は「ジム・モリスンの亡き後、ジョン・レノンもボブ・ディランもミック・ジャガーもその空白を引き受けることは出来なかった」と記して彼の死を悼み「ジム・モリスンが彼のために用意されたソウル・キッチンに消えてから12年経った(雑誌に寄稿したのが1983年)」「ジム・モリスンは決して伝説ではない。伝説をしてもジム・モリスンの空白を継ぐことは出来なかったのだ」と結んでいます。 当時薦められて買ったCDでシンガポールに持ってきています。ちょっと気合を入れて聞きたい気分になってきました。
2022.11.27
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明後日の「ワールドカップ」日本対コスタリカ戦を控えて熱狂の中でもプロ野球関連で興味を引くネットの記事がいくつかありました。 左のグラフは「日本のプロ野球(赤線)」「サッカーの日本代表(青線)」「Jリーグ(緑線)」のファン人口の推移で2013年から2022年までのグラフです。赤線のプロ野球は少しずつ減少しながらも未だ国民のスポーツとしてしっかり定着している感があります。 右のグラフは「球団別プロ野球ファン人口のランク」で15歳から69歳までの年齢階層別のファン率x年齢階層別人口を算出し合算(令和4年の総務省の住民基本台帳に基づく)した結果で、1位は阪神、2位が巨人、3位が広島と既に昔の言葉と思っていた「人気のセ、実力のパ」を裏付ける結果でした。4位にソフトバンク、5位が「日ハム」というのが日ハムファンにとっては嬉しい限りです。 そして日ハムファンとしては今一番気になっているのは「近藤健介」選手の動向です. パリーグ5球団での争奪戦になっていますが、勿論新庄監督も「彼はチームをまとめる選手。例えばファイターズで6年契約をした時に将来は監督としてやれる人間だから、4年後に自分でプランを考えながら選手として勉強しながらプレーと一緒にやっていく人間、そういう意味でも残って欲しいということは伝えた」と残留を強く強く希望しています。そして「後はもうコンちゃんが一生懸命やって取ったFAというのをオレがいかないでくれとは言えない。自分の人生は自分で決めて欲しいということを話した。待ちましょう」と締めくくっています。 ここまで期待される野球人生・・凄いとしか言いようがありません。近藤選手自身は時間をかけて決めたいと言っているようで、どんな結果になっても近藤選手を応援する気持ちには変わりはなく、将来本当に日ハムに近藤監督が誕生する日を待ちます。 そしてスカパーJSATがワールドカップカタール大会前に実施した2022年「今年MVPだと思うスポーツ選手」10人の中に、1位大谷選手、2位村上選手の他にプロ野球選手が3名入っていて、やはり野球の根強い人気を実感します(3位が羽生結弦さん)来季も元気と感動をもらえる事を願って!
2022.11.25
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昨日の「日本対ドイツ」戦はシンガポールでは夜9時キックオフで、何とか1点という思いでPVスペースを下見済みのラッフルズホテルの隣にある「Chijmes(チャイムス)」に9時半ぐらいに到着しました。 まず驚いたのは「チャイムス」の入り口に大きな赤い「POLICE CAR」が4台も待機していたことで、こんな警察車を見たのは初めてです。そう言えば先月初旬にインドネシアのサッカー場で観客の暴動があり125人以上の死者が出たことを思い出しました。ただ建物の中に入るとワールドカップ一色の賑やかな雰囲気で、まずは通路から見えるスポーツバーの画面でスコア「0対0」を確認してひとまずホットしました。 すぐに先日下見した1階のPVスペースに行くと、最前列は子供も含めてドイツ人サポーターが占めていました。数人の日本人も「ニッポン!」と声援を送っていましたが、前半は何と言ってもドイツ優勢で過去の負け試合が頭をよぎります。そして1点決められ2点目は何とか防いだものの、あまり気分が良くないままハーフタイムに突入です。 ここで気分を変えるために他のスペースも探検しに行きましたが、同じ1階の一番大きなスクリーンが見える辺り(下見の時はありませんでした)は人工芝が敷かれその上でリラックスした雰囲気で観戦する人達で溢れかえっていました。ビールを買い求める人の長い行列も・・。地下1階の中庭テラスには3つの大型スクリーンがあるので、PV会場としてはシンガポールではここが一番大きいのかと思います。マスクをしている人は少数でゴールを決めたりナイスプレーの時の歓声や拍手はもうコロナ禍以前に戻ったという感じでした。 チャイムスの観戦は前半戦で切り上げてちょっと暗い気持ちで家に帰ると、何と後半戦で2点ゴールで逆転勝ち!今までのワールドカップ観戦で「予想通りの負け」「意外な負け」を幾度となく経験して、こんな劇的大勝利の時にスクリーンの前にいなかったとは・・。自分のジンクスとしてPVで熱い応援をすると負け試合にが今回も当たってしまいました💦 ところでワールドカップ予想の北海道の水凧君、昨日はドイツ勝利を予想していましたがハズレでした(^^)/コスタリカ戦は日本勝利、スペイン戦は引き分けとしていますが、昨日のスペイン対コスタリカ戦は7対0でスペインの勝利。果たして水凧君の予想は2勝1敗となるでしょうか?
2022.11.24
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来週には12月に入ってしまうので忘年会を兼ねてそろそろ「お家ご飯」とメールで日程の打ち合わせをしていると1人から「4日はマラソンなのでこの日は外してね」と返信が来て、シンガポールの12月の風物詩「Standard Chartered(スタンダード・チャータード)マラソン」の事を思い出しました。2018年大会 ネットの画像から。 2002年(私の来星の前年)に始まったこのマラソン大会は「赤道直下(北緯1度)」で開催という事で年々知名度を上げコロナ禍前は世界各国から約5万人が参加するほどになっていましたが、コロナ禍で3年間の中止の後やっと2022年に戻って来ました。 中心部のハイウェイを通行止めにしてシンガポールを代表するベイサンズなどのランドマークが楽しめることも売りでフル/ハーフ/10㎞/5㎞の4部門で開催され、特にフルマラソンは日中の高温を避けるために朝4時半のスタートです。 私自身は過去に「スタンダード~」の10㎞に1回、同じようなコースを走る女性限定の「Great Eastern」主催の10㎞に3回参加しましたが、朝7時くらいのスタートは思ったより涼しく赤道直下と言っても暑さを心配する必要は全くありませんでした。 来星してひょんなきっかけから10㎞レースに参加しましたが、自分でも驚いたのは「走る」と言う事がこんなに奥深いものかということでした。前日まで体調を整えながら練習をし、当日は途中で足を止めてしまいたくなる誘惑と戦い、そして完走した時の達成感や充実感はかつて経験した事がありませんでした。 その後10㎞はそこそこのタイムで走れるし、まだ余裕がありそうとハーフマラソンに申し込んだもののレース当日の1週間前にアクシデントで転倒し足の骨にひびが入ってしまい断念しました(レースパックは足を引きづりながら受け取りに行きましたが💦)それからずっと10年くらいレースには参加せずじまいでお家ご飯のメールのやり取りで走った事を懐かしく思い出しました。 走る事に結構一生懸命だった時、村上春樹著「走ることについて語るときに僕の語ること」を読みました。アスリートである村上春樹氏の実体験に基づく言葉には何度も頷きました。特に「少なくとも最後まで歩かなかった」という言葉は走る時の支えになりました。この本は当時「タマノイ酢」のシンガポール駐在員で競歩で北京オリンピックの候補にもなった方に差しあげてしまい、手元には残っていません。 この本を検索しているとシンガポールとの縁が深いイギリス人作家「サマセット・モーム」の哲学に村上春樹氏が賛同するという文を見つけました。 『サマセット・モーム」は「どんな髭剃りにも哲学がある」と書いている。どんなつまらないことでも、日々続けていれば、そこに何かしらの観照のようなものが生まれるということなのだろう。僕もモーム氏の説に心から賛同したい』 「観照」と言う言葉を調べてみると「対象の本質を客観的に冷静に見つめること/美を直接的に認識すること」だそうです。思えば毎日行っている事ってつまらない事が大半なのかなぁと思いますが、その積み重ねが大きな感動に繋がると思えば「継続」ってやっぱり凄いなぁと改めて思います。
2022.11.23
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明日はいよいよ「World Cup 2022年」の日本の初戦で、近づいて来ると今回はどこのPV(パブリック・ビューイング)に行こうかとソワソワします。 現在も結婚式などでチャペルは使われているようです。 前回ロシア大会で惜しくも一点差で負けた日本対ベルギー戦を見たラッフルズホテルの斜め向かいにある「Chijmes(チャイムス)」に今年もちゃんとPVスペースがあるかどうか昨日4年ぶりに下見に行って来ました。 「チャイムス」は1841年に建てられた元々は修道院ですが、現在はレストランやバーやショップ等が入った複合施設で、日本の「牛角」やお寿司屋さんも入っています。 ホッとしたのは地下の中庭テラスに数か所設置されていたPVスペースのテーブルやスクリーンの配置が4年前とほとんど変わっていなかった事で、昨日の夕方はカタール対エクアドルの録画を放送していてこの時間帯はお客さんは僅かでした。 2018年大会はコロナの被害が世界中に広がるなんて誰一人想像出来なかった、今思えば穏やかな生活の中の大きなイベントでした。確かシンガポール時間で午前1時スタートの試合で友人4人と深夜12時くらいから集まり(場所取り)最前列でたくさんビールを飲みながら熱い声援を送りました。私達の後ろのテーブルにはベルギーの大きな国旗を纏った集団もいて応援合戦となりました(シンガポールにこんなにベルギー人っているのというくらい)国際都市って面白いなぁと感じる瞬間でもあります。 一階に上がってみると「ご自由に・・」という感じでスクリーンが設置されていました(前回は気が付きませんでした)シンガポールで驚くのは例えば「ベイサンズ」の屋上のスカイガーデンでも持って来た缶ビールを普通に通路に座って飲んでいる人を見かけるということです。このスクリーンの前に座って缶ビールを飲みながら観戦していたら「私って結構強者かも・・」と思います⚽💦 コロナ禍になってワールドカップ応援仲間はほぼ日本へ帰国してしまいました。1人でもこの「熱いお祭り」を熱烈応援しますが、少なくてもワールドカップを放映しているドイツレストランには絶対に足を向けないつもりです。
2022.11.22
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シンガポール6本目のMRT(地下鉄)「トムソン・イーストライン(TEL)の延長で買い物が益々便利になっています。シンガポールで一番美味しい肉を提供するという触れ込みのスイス人経営の食材店「Huber's Butchery」はNapir駅(オーチャード・ロード側の植物園入り口)が開通してそこからバスで2駅で頑張れば徒歩圏内になり、早速食材探しに行ってきました。 今回は右の写真の上から順番にドイツスタイルの大きめ豚肉のソーセージ(2本で7.6ドル)、イタリア産「Sgombro(大西洋のサバ)」の缶詰(未開封)、イギリス産「山羊乳のブルーチーズ」、ドイツ産「Zwiebel Mettwust (ツヴィーベル・メットヴルスト)」という豚肉と玉ねぎのパンに塗るスプレッド(これが安く2.5ドル!)にフランス産の柿を一個と俄かヨーロッパ旅行気分です。 このお店の野菜・果物コーナーの利点はディスプレイが奇麗なのと好きな数や量を選べることで、自分で量りに置いて品目を選ぶと値段が出て来ます。キロ(㎏)の値段は商品の前に表示してありますが、量りに乗せる時にちょっとドキドキしたりします。さて、柿一個の値段は?3.96ドル!ほぼ400円💦別に元の場所に戻しても良かったのですが、フランス産の柿って食べた事ないなぁと思って試して買ってみました。 その日の晩御飯は茹でソーセージのブロッコリー等の残り野菜添え、バタートーストにスプレッドとブルーチーズ乗せ、デザートに柿でワインはソーセージからデザートまでチリ産のソーヴィニヨンブランでした。 一番楽しみにしていた柿の味わいは・・それが期待以上に甘くて日本の柿に負けていないという感じでした。ソーセージやスプレッドも薄い塩味のバランスがとても良く、最近感じるのは日本産の物の方が塩味が強いということです。 そして翌日「ドンキ」に行くと日本の柿の展示即売をやっていて、試食で一切れ頂きました。食べてすぐ口に広がる甘味があって値段もフランス産より安いし「やっぱり日本の柿は良いなぁ」と思ったのですが、その後何か渋みがしばらく残って、フランス産の柿って侮れないなぁ~と。もう一度試してみたい秋の果物です。次回は梨があるかどうかもじっくりチェックするつもりです(今のところ日本の梨は世界一と思っています)
2022.11.21
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11月の「文春文庫」新刊の一冊、村上春樹著「猫を棄てる」を紀伊国屋書店で手に取ってみると120ページ程の薄い本で字も大きく挿絵も数ページあって12ドル90セント(円安なので1300円ぐらい)は高いなぁと迷いましたが、久々に「村上春樹ワールド」に浸りたくて購入し昨日読み終えました。 読み終わった後は自称ハルキストにとって「薄い本でも内容は厚い単行本一冊以上の重みがある」という感じです。少年時代に父親と自転車に乗って海辺に雌の飼い猫を棄てに行ったある日の出来事から始まり、父親の戦争体験へと続きます。実家が京都のお寺(安養寺)で僧職になる勉強をしていた父親は本来は徴兵は猶予されるはずが正式な事務手続きを忘れ1938年に一回目の中国戦線に派兵されています。 戦争で思い出すのは1994年に発行された「ねじまき鳥クロニクル 3部作」でこの中に「ノモンハン事件(満州国とモンゴルの国境線を巡る日ソ間の紛争 1939-1941 )」 についての箇所があります。戦争について村上氏が触れた最初の本で、ある意味この一冊から作風が変わったと私は思っていますが、子供の頃に父親から僅かながらに聴いた戦争体験をいつか文字にと思っていたのかなと想像します。 カバー写真は奥さんの「村上陽子」さん。 ずっと以前ですが、ファッション誌「アンアン」に掲載の村上春樹氏のエッセイで、作家の村上龍氏から猫を貰い奥さんの陽子さんと2人&愛猫1匹の生活をしていること、そして子供の時の食卓の話題が両親共に学校の国語の先生だった事もあり「源氏物語」だったという事以外に家族については本の中で読んだ事がないと思っていましたが、2020年発行の「一人称単数」の中の「ヤクルトスワローズ詩集」の中に父親と母親の事が書かれていました。球場通いが好きになったきっかけやヤクルトファンになった経緯と共に両親の事もユーモアを交えて書かれていますが「猫を棄てる」の中では辛辣な父親との確執(父親が90代で亡くなる直前まで)が描かれています。 三回目の召集の後兵役を解かれ、京都大学文学部に入学(或いは復学)した父親の「村上千秋」さんは「京大ホトトギス会」の同人となり「俳句」に終生打ち込んだようです。戦争中に詠んだ俳句もいくつか本の中で紹介され、何かそういう物が残されていて目にする事が出来るというのは子供にとって宝だなぁと羨ましく思うのと、両親や家族の事、自分と家族の繋がりをもっと知りたいと思わせてくれる「家族愛」を感じる一冊でした。
2022.11.20
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今月の「ワイン・コネクション」のプロモーション(値引き)の1本です。店頭の最前列に並べられ、あまりに派手なボトルのデザインと色で手に取ってよく見てみると「Poison Rose(毒・ロゼ)」とあってちょっと引きましたが、スタッフから「ピノ・ノワール100%のロゼでドライですよ~。」とお薦めがあり試しにと購入しました。 2021年 度数12.5% 26.90ドル 家に帰って「Poison Rose」を検索すると「IGP Pays D'oc (ペイドック 地酒)ワイン」と出て来て、ボトルの裏を良く見ると確かに「Pays D'oc」の下に小さく「Indication Geograhique Protegee(地理的表示保護ワイン)の表示があり、このPoison Roseは南フランス、プロヴァンス地方の西にある「ラングドック・ルーション」地方のワインでした。上から「AOP(C)(原産地呼称保護ワイン)→「IGP」→「Vin De Table(テーブルワイン) 2009年にフランスのワイン法が改正されて3つに分類されていますが、IGPがAOP(C)表示のワインよりも劣っている訳ではなく、細かい規定に縛られたくないために敢えてIGPを名乗るワインもあるようです。明治屋で27ドルで購入。産地ボルドーの「AOC」ワイン。 初日は飲み残しのボルドーの白「Mouton Cadet 2020 度数12.5%」の後で飲んだせいか何か「気の抜けたような味わい」でしたが、2日目は最初から「Poison Rose」を飲むと、この味わいは「ピノ・ノワール!」と感じさせるものがありました。ただ飲み比べでは「AOC」が「IGP」に軍配!という感もあります。 因みに「Poison(毒)」が気になって調べてみると語源はラテン語で「飲み物(特にお酒)」のようです。中毒のように嵌ってしまう?「酒は百薬の長」を信じて適量を踏まえて今後もお酒ライフを楽しみたいと思っています💦
2022.11.19
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今朝のNHKのニュースとネットの記事で2014年に起きたウクライナの「親ロシア派」によるマレーシア航空機の撃墜事件でオランダ裁判所がロシアの元情報機関員ら3人の被告に「終身刑」の判決を言い渡した事を知りました。 2014年と言えばロシアが情報戦略によってまんまとクリミア半島を併合したのが3月で、それから4ヵ月後に紛争が続くロシアとウクライナの犠牲になったのがマレーシア航空機です。シンガポールにとっては隣国マレーシアに起こった事なのでクリミア併合より撃墜のニュースが大きく伝えられていました。 「MH17便」はオランダのアムステルダム発クアラルンプール行きで犠牲になった乗客298人のうち多数がオランダ人でした。そして今年ロシアのウクライナ侵攻後にオランダに「戦争犯罪」を追求している団体がある事、また「国際刑事裁判所(ICC)」がオランダのハーグにある事を知りました。 MH17便の残骸を繋ぎ合わせ復元された機体を調べる裁判官(オランダ) 戦争犯罪を裁くというのは証拠があっても非常に難しいと言われています。それでは何故「大東亜戦争」の戦争犯罪人として日本人7名がA級戦犯の判決を受け絞首刑にあったかというと、これは日本が連合国に突きつけられた無条件降伏である「ポツダム宣言」を受け入れたからというのを本で読んだことがあります。 下記は今年の7月にロシアによるウクライナ侵攻で撃墜事件を思い出して書いた日記です。 『2014年はマレーシア航空にとっては悲劇の1年としか言いようがない年で、3月にはクアラルンプールから北京に向かった乗客239人(乗組員を含む)のMH370便が謎のように消息を絶ち、結局原因が分からないまま機体の一部がインド洋で発見されたのは翌年です。その謎の事故からたった4ヵ月後にはアムステルダムからクアラルンプールに向かった乗客298人の飛行機が紛争の煽りで撃墜されました。ただ撃墜の後MH17便のルートを見ると国際機関が定めた「飛行回避地域」内に僅かに入っていて、これがマレーシア航空への非難にも繋がりました。一説には燃料費節約のためにとまでゴシップが流れ、デマや憶測も随分飛び交いました』 マレーシア政府としては今回の判決で少し胸を撫でおろした感があるかと想像します。ロシアのウクライナ侵攻について「戦争犯罪」は確実に裁けるのかは分かりませんが、少なくても今後このような戦争状態を二度と引き起こさないような「裁き」が行われればと願います。
2022.11.18
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朝ドラの主題歌は名曲揃いで初回から「良い曲だなぁ」と思うのと、回を重ねるごとに「じわっと良さが伝わる曲」があり「舞い上がれ」の「Back Number」が歌う「I Love You」は私の中では後者の「じわっと~」です。初回には「何か地味な曲だなぁ」という印象がありましたが・・。 「ちび舞ちゃん」の「五島」での生活が終わった後は、何故かこの曲を聞くと五島の海や空の景色が浮かぶようになって、その景色が懐かしいと思っていたら、今日は「大阪から五島に逃げた」舞ちゃんの幼馴染の貴司君のお陰でたっぷり五島の景色を見ることができました。 会社の人から「心に刺さる言葉」を言われ、辞表を出した貴司君が辿り着いたのが子供の頃舞ちゃんが過ごした五島でした。 心配して探しに来てくれた舞ちゃんと久留美ちゃんに「3日間ずっとこの灯台(大瀬埼灯台)が見える場所から海を見ていた。地平線の先には空があって、夜になったら真っ暗な空にたくさんの星が輝き始める。この世の中の事を何でも知っている気でいたけど、何も分かっちゃいなかったんだ‥」と流石に文学青年らしい台詞(言葉)がコバルトブルーの海の景色と相まって今朝は「涙腺が・・」 先週NHKで「Back Number」が生出演し「I Love You」を披露し、自分達の歌というより今は「朝ドラの歌」という感じですとコメントを。来週の火曜(22日)に「どのようにしてこの曲が生まれたか」の特番が放送されるそうです。 改めて歌詞を検索して読んでいると優しい言葉の宝石箱のようで癒されます。 『公園の落ち葉が舞って 飛び方を教えてくれている 親切にどうも 僕もそんなふうに 軽やかでいられたら」 『どんな言葉が 願いが景色が 君を笑顔にするだろう 地図なんかないけど歩いて探して 君に渡せられたらいい』 『偶然と運命の違いは 君の顔に書いてあって 人生の意味はいつか君がくれた アメの中に入っていた』 流石に大阪が舞台なのでさりげなく「アメちゃんが・・」貴司君が文学青年になるきっかけを与えてくれた古本屋の八木さん(又吉直樹さん)の何かあった時には「短歌で自分の気持ちを表して」もしっかり今朝の回で披露されていて、八木さんの再登場期待しています! ところで数年前にふと朝ドラの主題歌ランキングを見て、その時の一位は2012年の「梅ちゃん先生」のSMAPが歌う「さかさまの空」でした。既にSMAPは解散(2016年)していてコメントには「依然強いSMAP人気」とあり、今月6日のキムタクの「信長公騎馬武者行列」のニュースががすぐ浮かびます。 そして2010年~2021年の主題歌ランキング(2021年7月調査 8343人の回答から)のトップは2010年「ゲゲゲの女房」の「いきものがかり」が歌う「ありがとう」でした。もう甲乙つけ難い名曲が20位までランクアップされていますが、ちょうど昨日次回作の「らんまん」の主題歌を「あいみょん」さんが歌う事に決まったというニュースもあって、これも期待大です!
2022.11.16
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昨日のNHK「ニュースウオッチ9」の中で田中キャスターのインタビューに答える86歳の「横田早紀江」さんの言葉や絶望を隠し切れない表情に胸が詰まりました。 今日15日が「横田めぐみ(当時13歳)」さんが北朝鮮に拉致されてちょうど45年目(拉致は1977年)ということで帰国が実現しないままの時の長さに唖然とします。 インタビューの中で「消息が分からないまま、帰国も実現しない現状について表現しようもない程空しい。政府には知恵を働かせて早く日朝会談を開き、お互いが幸せになれる方法を考えて欲しい」と政府に対して切羽詰まった思いを伝えています。 人生のほぼ半分を我が子の消息の情報を得ることに費やす人生というのは想像さえ難しいですが、以前の日記にも書いた2002年の小泉元首相が一年間練りに練った秘策で日朝会談を実現させ(2004年に二回目の会談も実現)5名の拉致被害者を帰国させたその手腕が何故その後の歴代首相の時にも実現出来ないのか、その事の方が不思議な気がします。 因みに小泉首相(在位2001-2006)の後は安倍首相が就任し麻生首相までが自民党、その後は鳩山首相から菅首相までが立憲民主党、そして東北大震災の後は自民党の安倍首相が返り咲き16年の間に8人の首相が誕生しています。そして今年の「国葬開催」の理由ともなった安倍長期政権はその半分の8年にも及んでいます。 果たして45年前の1977年(昭和52年)の出来事には何があったかと検索して見ると今や伝説となっている「王貞治さんが756号ホームランを打った日」や「日本赤軍によるダッカ日航機ハイジャック事件」が出て来ます。ハイジャック事件は大昔に起こった事という印象です。事件当時の福田首相は犯人である日本赤軍からの身代金要求に対して「人の命は地球より重い」という言葉で支払いに応じています。当たり前の言葉ですが、拉致問題に関してはそれを実行し解決するのがどれだけ難しいかと思い知らされます。 奇しくも今日からインドネシアのバリで始まった「G20サミット」には習近平主席も出席していて拉致問題解決について援助をアピールする絶好の機会のはずです。北朝鮮にとって強い後ろ盾となっている中国やロシアの援助に頼るのが一番効果的なのかなとも思いますが、ロシアに至っては現状のウクライナ侵攻問題もあり、また中国に借りを作るとアメリカとの関係が・・・とか素人考えでも複雑な世界情勢が絡んでいるのかと思いますが「不可能と思われる事を可能に変える知恵」を横田早紀江さんが全身で訴えていることに政府は耳を傾けて欲しいと思っています。
2022.11.15
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昨日シンガポールで世界一人口密度が高いと言われている「オーチャード通り」に行くとクリスマスモード一色になっていて、2022年もあと1ヶ月半と気付かされました(四季が無いと大袈裟に言えば今月が何月かを忘れることも💦)オーチャードロードにあるショッピングモール「Paragon」一階の特設コーナー。 ショッピングモールでは華やかにクリスマスプレゼントを並べる特設コーナーもたくさんあって、特に目を引くのはイギリス系の「Marks & Spencer Food」でデザインも可愛らしい物が多く見ているだけで幸せな気持ちになります。 左は欧米ではクリスマスの定番、人型クッキー入りの「Gingerbread Musical House」の缶(素材は錫)です。右は同じく煤缶の「Percy Pig Biscuit(ビスケット)」でPercyは男の子の名前です。このピンクの豚はMarks &Spencerのキャラクターに使われていて結構気に入っています。Marks & Spencerは日本には出店していないはずなので、友人へのプレゼントにはちょっと重宝しています。 一年の平均気温が30度というシンガポールの暑いクリスマスには未だに慣れることはないですが、シンガポールのクリスマスやイブの過ごし方は日本と似ていて恋人や友人達とお祝いをしてプレゼントを交換する日になっています。 改めてクリスマスの起源を調べてみると、古代ローマ時代に「太陽」を祈りの対象としてしていた宗派が「冬至」に太陽が死に、その翌日に復活すると信じられていたことから、それがイエス・キリストの生誕を祝う日へと引き継がれていったという説がありました。冬至は日本ではお馴染みの言葉なのでこれだとクリスチャンではない私も親近感を持ちます(今年の日本の冬至は12月22日) そしてクリスマスプレゼントを運ぶ「サンタクロース」は「何故フィンランドに住んでいる?」を調べると「元々はサンタクロースは雪やトナカイのイメージから北極に住んでいる」と言われていたそうです。それが1925年にフィンランドの新聞社が「北極ではトナカイの餌となる食糧が足りなくなったのでフィンランドのラップランド島に引っ越しした」という記事を載せ、それからサンタが住んでいるのはフィンランドが定説になったという何とも可愛らしい話を見つけました。流石に「ムーミンの国」という感じもしますが。 余談ですが、数年前のクリスマス時期にマレーシアに出張に行った際に客先のマレー人の女性(イスラム教徒)から「実はうち子がどうして僕にはクリスマスプレゼントがないの?」と聞かれて困っているのよと言われた事があります。今やクリスマスは宗教を超えて、世界中の子供達を幸せにする(してあげたい)日になっているのかなぁとも思います。 子供でなくてもプレゼントは嬉しい物で、早々に自分へのクリスマスプレゼントはワイングラスとソムリエナイフと決めています!Marks & Spencerの「Piggy Bank(貯金箱)」も買って来年は少しでも美味しいワインが飲めるようにコツコツ貯金もと‥(元旦の計ならぬクリスマスの計で)
2022.11.14
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9月の日記に鎌倉3代将軍「実朝」の暗殺に黒幕はなく2代将軍「頼家」の次男「公暁」の親の仇を討つ単独説が有力と書きましたが、明日の「資格と死角」の放送の前に今朝のネットの記事に脚本家の三谷幸喜氏は「義時黒幕説」を取るのではというのがありました。 確かに先週の回で俄然政務に意欲を持ち始めた実朝が「これからは後鳥羽上皇を頼って~」と義時に告げた時の義時の不快な表情が「今後の展開に波乱が・・?」を思わせました。 義村第43回 右は「話が違う」と三浦義村に詰め寄る「公暁」 ネットの画像から。 義時黒幕説では公暁が幼少期に北条を恨む「比企家の尼(頼朝の乳母)」から「あなたの父を殺したのは北条であなたこそが鎌倉殿になるべきお方、それを阻んだ時政、義時を討つべし」と洗脳を受けていたことをまず挙げています。 義時を討つ日を1219年1月、武士として初めて右大臣に就任した実朝がそれを祝うため鶴岡八幡宮へ拝賀した時に選んだというのも因縁を感じますが、義時が直前に「暗殺されること」を察知しその場に現れることはなく、義時が間違って実朝が討たれるよう(あるいは巻き添え)に仕組んだという推測はなかなか説得力があり、どんな展開になるのか明日じっくり見るしかありません。公暁の乳母夫である「三浦義村」がどこまで実朝暗殺に関わるのか、43回タイトルの「死角」にも興味をそそられます。 余談ですが、私自身が何となく疑問に思うのは実朝が1202年に将軍職を継いだ4年後に公暁を猶子(ゆうし)としていること、そして実朝の後の4代目鎌倉殿は後鳥羽上皇院の皇子を迎え入れるという計画があり朝廷と義時の間で約束事になっていたという事実です。それだからこそ義時を討つ必要があったのか、そして公暁が「自分が何としても4代目に」という執念のような決意がどのように生まれていったのかということです。
2022.11.12
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「ワイン・コネクション」で購入したスペイン西部のカリニェナ地方、ワインメーカーは「Monasterio(モナステリオ)」の赤飲み比べ3本です。 左から①「Manasterio de las Vinas」2021年 葡萄品種はグルナッシュ&テンプラニーリョ 13.5% 19.90ドル ②「Manasterio de las Vinas Reserva」2017年 葡萄品種はグルナッシュ、 テンプラニーリョ、Carinena (カリニェナ) & カベルネソーヴィニヨン 13.5% 27.90ドル ③「Manasterio de las Vinas Gran Reserva」2014年 葡萄品種は②と同じ4種で 13.5% 34.90ドル ①はスタッフから「Easy Drinking!(兎に角飲みやすい)」とのお薦めで買ってすぐにイタリア食材店の「ラザニア」に、翌日は刺身に合わせましたがどちらにもぴったりの飲みやすいスペインの赤でした。 ①が美味しかったので②、③と順番に飲みましたが、何故か①の飲みやすさと美味しさが際立っていました。ブレンドされた葡萄「Cariena(カリニェナ)」は初めてですが、スペインのアラゴン地方が原産でコスパの良いフランス南部のラングドック・ルーション地方やカリフォルニアでも育てられていて色が濃くタンニン(渋み)もしっかりしたワインを造るようです。この渋みがちょっと飲みずらい原因だったのかなぁとも思いますが、③のGran Reservaはもう一度しっかりデキャンタして試してみたいワインです。 因みにこの葡萄品種と同じ名前が産地名(カリニェナD.O.)に使われているというのは珍しくこの葡萄品種にかける熱い思いがあるのかなぁと思います。
2022.11.11
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昨日のアメリカの中間選挙から一日明けてのニュースは「ロシアがウクライナのヘルソン州から撤退表明」でした。理由としてはプーチン政権に痛手が大きく国内向け説明に苦慮していることが挙げられています。3月には首都キーウ近郊から撤退しているので今回の撤退で最大河川「ドニエプル川西岸」の占領地を全て失う事になるそうで、兎にも角にもロシアのウクライナ侵攻が年内にも収束するのではと明るい兆しのニュースのように思えます。 そして今月初旬のニュースでクリミア半島の西側にある港湾都市「オデッサ」でロシア皇帝のエカテリーナ2世(1729-96)の銅像の扱いを巡る「電子投票」が実施され、撤去に賛成が多数だった事を知りました。 1770年 ロコホト作「肖像画エカテリーナ2世」銅像に死刑執行人の頭巾と縄が取り付けられる。 エカテリーナ2世(ロマノフ王朝)は18世紀の「露土(ロシアとオスマン帝国)戦争」に勝利してこの地を占領「黒海の真珠」と呼ばれるオデッサの礎を築いたと記事にありますが、露土戦争は12回もあって1853年が有名な「クリミア戦争」です。そしてエカテリーナ2世の時代の領土拡大はプーチン大統領がウクライナの東・南部を「固有の領土」と呼ぶ根拠になっているそうです。 私にとってエカテリーナ2世と言えばサンクトペテルブルグにある「エルミタージュ(フランス語で隠れ家の意味)美術館」の礎を築いた人物で彼女の功績が無ければ「世界三大美術館」の1つにはなっていないのではと思うので複雑な気持ちにもなりますが、もし私がウクライナ人であればと想像すると銅像の撤去については十分理解が出来ます。 ロシアのウクライナ侵攻が始まってから「果たして今、エルミタージュ美術館は・・」と思う事が増え2011年に同館を訪れた時に買った「見学ガイド」を最近毎日見るようになり、美術館を通してロシアの歴史についてブログに書きたいと思っていたところでした。 ウクライナ侵攻後にプーチン大統領も理想の人物として名前を挙げていた強い君主「ピョートル大帝(在位1682-1725)」の冬の宮殿がエルミタージュの始まりで、その後エカテリーナ2世がヨーロッパ中から集めた美術品を収蔵するために「小/大エルミタージュ」が建てられたのが1764年から1787年にかけてです。所謂美術館としての歴史が200年以上というのは稀有な存在でフランスの「ルーブル美術館」の開館が1793年というのとほぼ同じ時期になります。 収蔵品に関してはロシア革命や戦争によって大きな損失や被害もあったようで(売り尽くしを止めることが出来たのは1934年になってから)エルミタージュ美術館の歴史イコールロシアの歴史と言えるのではと思うので、じっくり時間をかけてガイドブックを読んでブログにアップ出来ればと思っています。 ロシアのウクライナ侵攻前の近年ではアメリカ、カナダ、オランダで「ナショナル・エルミタージュ・フレンド協会」が設立され世界での展覧会の開催に力を入れているようで、絵画もまた平和に大きく貢献出来る物なのだと改めて実感します。
2022.11.10
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先週末久々に会った友人からフランス食材店&レストランの「Merci Marcel」のチョコレートをプレゼントで頂きました。 写真を撮る前に我慢できずに一個食べてしまったので、右下の絵が何だったのか覚えていないのが残念ですが、フランスらしいアートなデザインは見ているだけでも楽しく、包み紙を残しておけばちょっとしたインテリアにもなります。 1つずつデザインをよく見ると右上は「ジャンヌ・ダルク」のようです。ジャンヌ・ダルクと言えばフランス人画家「ドラクロワ」が1830年に起きたフランス7月革命を描いた「民衆を率いる自由の女神」はジャンヌ・ダルクをモデルにしているようで学校の教科書にも載っている絵です。 2006年に確かピカソ美術館辺りで道に迷い「Rue Jeanne d'Arc(ジャンヌ・ダルク通り)」の道路標識を偶然見た時の驚きを今でも覚えています。あの有名人の名前の通りが・・という感じです。 改めてジャンヌ・ダルク(1412-1431)を調べてみると、フランス東部で農婦の娘として生まれ15世紀に起こったイングランドとの「百年戦争(1337-1453)」でフランスを勝利に導いた英雄です。しかしこの戦争は元々フランス王朝同士の闘いに領主たちもイングランド側とフランス側に分かれて戦ったためジャンヌ・ダルクはイギリスと通じていたブルゴーニュ公国軍の捕虜としてィングランドへ引き渡され19歳という若さで火刑に処せられています。そして100年戦争終結の3年後に復権裁判が行われ無罪宣言が行われ現在でもジャンヌ・ダルクの功績を讃えるお祭りがオルレアン(イギリス軍を僅か10日で撃退)で開催されているようです。100年戦争を彷彿させるパレードも人気のようで昨日のキムタクの「信長公騎馬行列」の恰好良さもよぎります。 チョコレートがジャンヌダルク通りに驚いた16年前の旅行の事を懐しく思い出させてくれました。
2022.11.07
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下記は昨年の11月に書いた日記です。未だに「鎌倉殿の~」ロスが続いていますが、「どうする家康」も前作を超える作品になって欲しいと思っています。 NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」も残すところ7回となり「承久の乱」や「義時の死」をどのように描くのか楽しみですが、来年の「どうする家康」の予習のために紀伊国屋書店で平積みになっていた一冊を購入してやっと読み終えました。 細谷正充氏編集で6人の作家が今川家での6歳に始まる人質生活から元和2年(1616年 73才)で亡くなるまでを紡いでいきます。 宮本昌孝著「薬研(やげん)次郎三郎」:人質生活の中、元服(14歳)して三河の松平領への一時帰城を許された家康(次郎三郎)が家臣のあまりの困窮振りを見て、自分が長生きをして家臣に豊かな生活を与えることを心に誓い所謂「調薬オタク(薬研は粉薬を作る器具の意味)」となる様子を描く。 武川佑著「大名形」:桶狭間の闘いで討ち死にした「今川義元」の鎧等(具足)を作ったため一気に評判を落とした「具足師」が家康からの依頼を受け大名に相応しい具足を制作をしていく過程と武田軍との「三方ヶ原の闘い(1573年 30歳)」で敗戦の家康の命を救ったその具足師の執念の「熊の毛で覆われた鎧」を描く。 新田次郎著「伊賀越え」:「本能寺の変(1582年 39歳)」が起こった時京都にいた家康が明智光秀の追撃から逃れて三河に戻るために伊賀越えを決意する。信長の死は家康にとっては大きなチャンスとなるものだったが、伊賀越えの際に味方から家康の命を狙う者が現われその駆け引きを描く。 松本清張著「山師」:関ケ原の戦い以前、家康の大きな資金源となった金、銀を元々は猿楽役者であった「長兵衛長安」が佐渡や甲斐等の金山、銀山を掘り当て昇進を測り人生の頂点に立ったかに見えた彼の最期を描く。 伊東潤著「人を致して」:関ケ原の戦い(1600年 57歳)が元々は石田三成から福島正則や黒田長政を排除するために家康に持ちかけられた計画で「出来レース」だったというアイデアで描く。 木下昌輝著「最後の一日」:家康最後の一日を南蛮時計の刻みと共に3才から73才までの人生を自身が振り返る。大坂夏の陣(1615年 72歳)で織田信長と豊臣秀吉の血を引く淀殿と秀頼を焼き尽くしたことで信長の命令で妻と長男を死に至らしめてしまったことへの復讐を完結したと独白する姿を描く。 大阪夏の陣の翌年に亡くなっているという事、家康の死によって「応仁の乱」がら150年続いた乱世が終わったことにしみじみします。果たして来年の大河「どうする家康」ではこれ以外のどんな難所や難問題が家康を待ち受けているのか今から楽しみです。
2022.11.06
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ウクライナ情勢や急激な円安の影響で「ボージョレ・ヌーボー」が割高となるのを見込み「山梨ヌーボー」の注文が殺到しているようです。今朝の朝日新聞のネットの記事には「ロリアン」の銘柄で知られる「白百合醸造」は例年の2倍、1万本の山梨ヌーボーを生産したがクリスマスの時期まで残っていることはないだろうとあります。「日本の新酒 山梨県産甲州 2022 Chateau Mercian(シャトー・メルシャン)」 ネットの画像から。 山梨ヌーボーの「白」は1200年以上の歴史を持つ日本の伝統品種「甲州」で、赤は「マスカット・ベリーA」で造られていて赤と白両方のヌーボーが楽しめます。 相変わらず日本では人気の高い「ボージョレ・ヌーボー」はボージョレ地方で早飲み用の葡萄品種「ガメイ」で造られた赤で、気候に大きく影響を受ける葡萄とワインが「ボージョレ地方は今年はどんな気候だったのだろう?」と実感することは難しいけれど、日本(山梨)の春・夏・秋の気候に思いを馳せながら毎年その違いが楽しめるというのは「極上の楽しみ」なのではと思います。 日本にいた時はほとんど甲州ワインを飲んだ事が無く、来星してから勝沼を2度訪問し甲州ワインの底力に魅了されました。特に「白」のボディがしっかりした造りは世界的な和食ブームには必須のワインだと確信しています。 三笠市「山崎ワイナリー」の山崎大地さん。 葡萄品種「zweigelterebe」樽熟成 2008年 そしてもう一つ今日のネットの記事に「北の大地のワイナリー急増」を見つけました。帰省した時に2度訪れた山崎ワイナリーですが、その時家族5人でワイン造りをしているワイナリーという事を知りました。ワインのテイスティング中に大地さんのお母さんとワイン造りについての話が出来たことが今でも良い思い出です。写真は斜めに植えられた葡萄品種「ピノ・ノワール」の畑で撮った一枚で「斜め」に何か大きな意味があるのかと思います。いつかブルゴーニュ地方の「ロマネ・コンティ」を超えられるワインの誕生と思うとワクワクします。 右の写真は帰省時に山崎ワイナリーで買って、すぐ日本で晩御飯で飲んだ一本です。オーストリア原産の葡萄品種「ツバイゲルトレーべ」で北海道の余市ワインにも使われています。質が変化してしまう恐れがあるからシンガポールには持ち帰らないでねと言われましたが、もう一本は持ち帰りました。造りのしっかりしているワインは旅をしても質の変化はないんだなぁと実感したことも良い思い出です。
2022.11.05
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1892年に「吉田松陰」の叔父である「玉木文之進」が8畳一間の私塾を「松下村塾」と名付け創立して今年で180年で、それを記念して塾生の一人であり初代総理大臣の「伊藤博文旧宅」が10月29日~11月6日まで特別公開されているようです。 松下村塾と言えば思い出すのは2015年の大河ドラマ「花燃ゆ」でドラマの主人公である吉田松陰の妹「文」を「井上真央」さんが演じました。そして松下村塾では「識の高杉晋作、才の久坂玄瑞」と言われた2人の配役を改めて見てみると「高良健吾」さんと「東出昌大」さんで東出さんについては時の流れを感じます。 この大河の影響とちょうど世界遺産に登録されたこともあり、その年の8月に日本出張の際に萩市に足を伸ばしたのは今でも良い思い出になっています。 吉田松陰先生「生誕の跡地」 吉田松陰先生「産湯の井」 吉田松陰のお墓の近くでボランティアガイドさんに声をかけてもらい、地元の人は松陰の後に必ず「先生」を付けて呼ぶこと、小泉元首相が「生誕の跡地」を訪れた際に玄関付近に立って「松陰先生、失礼します!」と言ってから中に入ったというユーモアに溢れた様子を笑顔で話してくれました。ガイドさんと同じ地元の安倍元首相のエピソードについてはほぼ笑顔が無かったのが今でも印象に残っていて、今年銃弾に倒れた後も時々この事を思い出します。木戸孝允邸に飾られた江戸時代の萩市の地図(現在でもこの地図が使えると言われています) 私が訪れた時は伊藤博文旧宅は見ることは出来ず「木戸孝允邸」と「高杉晋作邸」の見学が出来ました。明治維新の立役者の家々が近所であるということにも驚きましたが、城下町の穏やかな空気の流れが心地良く出来ればもう一度訪れたい地です。高杉晋作、伊藤博文の幼年勉学所「金毘羅社/円政寺」の左側にある「楫取素彦の平屋建ての家」 大河好きとしては今まで脚光を浴びなかった人物を取り上げてくれるのは嬉しく「花燃ゆ」の主人公「文」の最初の夫が塾生の久坂玄瑞であったこと、そして後に群馬県令(知事)で世界遺産「富岡製糸場」を救った「楫取素彦(かとりもとひこ)」と再婚したというのも興味深いものがありました。 余談ですが、松下村塾の塾生ではないものの創立者の玉木文之進に教えを受けた1人に「乃木希典」もいてちょっと驚きました。乃木希典と言えば明治天皇が亡くなった時に妻と一緒に殉死をしていて、確か妻は亡くなった後の乱れが無いように足を縛ってという話を何かの本で読んだことがあります。そして昭和天皇の側近の1人で大東亜戦争に大きく関わる「木戸幸一(1889-1977)」の大叔父(養祖父)が「木戸孝允」であったということを知った時は、何だか歴史の繋がりのようなものを感じてしみじみしました。
2022.11.04
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今日「文化の日」は内閣府によると「自由と平和を愛し文化をすすめる日」で、この日に北朝鮮から日本に向けて複数のミサイルが発射されている現実には憤りを覚える以外にありません。 元々は敗戦の翌年1946年11月3日に「日本国憲法」が公布された日を記念して1948年から「文化の日」として祝日に指定されました。11月3日を「憲法記念日」の祝日名にという案にアメリカのGHQの許可が下りなかったのは、この日が「明治天皇」の誕生日で戦前までは「天長節」として庶民の間で広く親しまれていた祝日だったことと関係があるのかもしれません。 明治天皇と言えば維新後「立憲政治の成立」のため、伊藤博文が中心となって君主権が強いドイツの憲法を手本に制定した「大日本帝国憲法」を1889年2月11日に天皇から国民に与えるという形で発布(儀式)を行っています。 明治天皇が首相黒田清隆に憲法を授ける。 ドイツ人医師ベルツの2月9日の日記 清水書院の「新日本史A」の中に2枚の写真があり、左は公布の様子ですが「憲法の内容も知らされていなかった国民の間では職人等が着る印半纏を天皇が下さると誤解する者もいた」とあります。 右は政府に招かれたドイツ人医師の発布2日前の日記です。「東京全市が発布の準備のため言語に絶した騒ぎを演じているが、滑稽な事に誰も憲法の内容をご存知ないのだ」と書かれています。 その後大日本帝国憲法の第一条から第三条にある天皇の権限については徐々に国民の間に浸透していったのかと思いますが、特に第二条が大東亜戦争と壊滅的な敗戦へと繋がるものになったかは勿論この時点で国民はおろか政府要人も想像出来た人はいなかったはずです。第二条「天皇は陸海軍を統帥す」 元々は天皇に全ての主権があるとするこの解釈に昭和になってから「天皇機関説」と言って「天皇は国家の最高機関であり主権者ではない」と異議を唱える人達も出て来ますが、結局は軍部による主権の拡大解釈によって戦時中の大陸侵攻への後ろ盾となってしまいます。 下記は半藤利一氏と加藤陽子氏著「昭和史裁判」の中の文です。半藤:「(昭和)天皇は天皇機関説的な天皇であることと、陸海軍統帥をする大元帥陛下であることを自身がどの程度認識していたか、あるいはごちゃ混ぜにしていたのか。困ったことに昭和史を通してみると良く分からない時があるのですよ」 そして著書の中には日本への降伏要求の最終宣言となる「ポツダム宣言」受け入れに対して天皇の側近達もこの「第二条(統帥権)」の解釈をきちんと理解していなかったというような事が書かれています。この辺り憲法解釈や歴史は非常に混沌としていて私には難しく、もう少し別の本も読んでみようと思っています。 現実に戻って自分がどれだけ憲法の事を知っているかと言うと、これは学校の授業で習った程度の事としか言えないですが、差し迫っては「第9条」については北朝鮮からのミサイル発射に対処するためにも自分なりの意見を持つべきだと思っています。
2022.11.03
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