オダチカの戯言日記

日韓併合と台湾、慰安婦編

アメリカ

★ヘレン・ミアーズ 「アメリカの鏡・日本」より
「こうした公式記録を見る限り、なぜ、日本が韓国国民を「奴隷にした」として非難されるのか理解できない。もし、奴隷にしたのなら、イギリスは共犯であり、アメリカは少なくとも従犯である。日本の韓国での行動はすべて、イギリスの同盟国として「合法的」に行われたことだ。国際関係の原則にのっとり、当時の最善の行動基準に従って行われたことである。しかも、その原則は日本がつくったものではない。欧米列強、主にイギリスがつくった原則なのだ。」

ドイツ

★ベルリン自由大学ヴィッパーマン教授
「日本について私が理解できないことがあります。コリアンの強制売春の問題です。日本ではそれが大問題となり、コリアンに対して公式に謝罪が行われました。ドイツでは議論はありません。これはアジア文化と結びついているんでしょう。あるいはコリアンの圧力団体があるのでしょう」
「戦争においては、これはまったくふつうのことです。例えば、フランスの軍隊も売春宿や売春婦をもちろん持っていました。そうでなければ兵士達はホモになったでしょう。私はこの問題を理解できません」


インドネシア
★中京テレビ製作のドキュメンタリー「IANFU(慰安婦)インドネシアの場合には」に対して、英字紙「インドネシア・タイムス」のジャマル・アリ会長のコメント
「ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦がいたというのか。どうしてインドネシアのよいところを映さない。
こんな番組、両国の友好に何の役にも立たない。 我々には、日本罵倒体質の韓国や中国と違って歴史とプライドがある。「お金をくれ」などとは、360年間、わが国を支配したオランダにだって要求しない。」

韓国

★朴鉄柱(韓国 平成二年一月逝去・六十八歳、韓日文化研究所 昭和四十二年十月)
「ソウルから日本を眺めていると、日本が”心”という字に見える。北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくしてみることはできない。」
現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。”事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし”というのが、開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」
「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、”聖なる戦争”であった。ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。」

★朴正熙(パクジョンヒ) 中曽根元首相との対談より
「私は貧農の生まれで学校に通うなど思いもよらなかったが、日本人の役人が両親を説得して小学校に行く事が出来た。そしたら学校の教師がお前は頭が良いから無料の師範学校に行った方が良いと推薦してくれた。
師範学校では更に優秀さを認めてくれて陸軍士官学校に推薦してくれた。その結果士官学校首席として日本人同期生のトップで卒業し、陸軍将校に成る事が出来た。今の私が有るのは清廉で誠実な日本人達のおかげである。」

★伊藤博文を暗殺した韓国史上の英雄(とされている)安重根
「日本の天皇の宣戦書には、東洋平和を維持し大韓独立を強固にすると書かれていた。そのような大義は青天白日の光線より勝っていたのであり、韓・清の人々の智恩を論ずることなく、みな心を同じくして、賛同し服従したのである。もう一つは、日露の開戦は黄白両人種の競争というべきものであって、前日までの日本に対する仇敵の心情がたちまち消え、かえって、一大愛種党となるにいたったのであり、これまた人情の順序であり、理に合うものであった。快なるかな、壮なるかな。数百年来、悪を行い続けてきた白人種の先鋒が、鼓を一打したたけで大破してしまったのである。日露戦争の勝利は一千古に稀な事業として万国で記念すべき功績であった。だからこのとき韓・清両国の有志は、はからずも同じように、自分たちが勝ったように喜んだ」

★元KBS(韓国放送公社)会長 徐英勲 
「近世以来の受難な歴史の中で、島山先生(韓国独立の父、安昌浩)のような偉大な指導者がいることを在日の方が知らないことを憂いて、この本を発行しました。日本は吉田松陰や福沢諭吉ら先覚者が出て明治維新を成功させて独立を守り抜いた。しかし、韓国は余りに形式にこだわって改革を進めることができず、国を弱くしてしまった。島山先生は吉田松陰に似ていて、古い封建体質を改造して国の力を強くしようとしました。責任は私たち自身にあるのであり、日本を恨む暇があるならば、自らの実力の向上に努めるべきであると島山先生は訴えていました。だから暴力に訴えるとか、日本人を恨むとかはしなかった。お互い、日本、韓国、中国がそれぞれに立派になって東洋精神を持って世界に貢献しようと、島山先生は訴えておられたのです。その島山先生の精神に基づいて、アジアの文明の主人公である私たちが世界のために尽くそうではありませんか」

台湾

★「台湾人と日本精神」 蔡焜燦 2000年 日本教文社(台湾出身の著者は岐阜陸軍航空整備学校奈良教育隊に所属していた)
「昭和20年8月15日、終戦の詔勅下る。山奥での作業中に年輩の応召兵が『敗けた!』と隊からの伝令を口にしたまま、呆然と立ちすくんでいた。我々は何が起こったのかさっぱりつかめない。無理もない、玉音放送があることすら知らされていなかったのである。ただ中隊長の青ざめた表情は自体の深刻さを物語っていた。<
しばらくして、敗戦の事実が我々「台湾出身生徒」にも正式に伝達されたとき、悔しさと無念の気持でいっぱいになり、とめどなく込み上げる涙で頬を濡らしたことはいまでも鮮明に覚えている。無性に悔しかった。それは他の台湾出身生徒も同じ心境だった。
他方、「朝鮮出身の生徒達」は、その日から食糧倉庫、被服倉庫を集団で強奪するなど、したい放題のありさまで、我々は複雑な心境でただそれを眺めていた。日本人を殴って、『戦勝国になったんだ』と威張りちらす者もいれば、『独立だ!』と気勢を上げる輩もいる。
敗戦の報は、それまで一つだった”国民”を三つの国民に分けてしまったのである。

「・・・一つだけいっておきますが、日本が台湾に謝罪する必要はありません。それよりも隣の大きな国と戦っている台湾を声援してください」
「日本人よ胸を張りなさい」

★台湾人と日本精神」 著 蔡焜燦より
1999年5月22日 黄昭堂(昭和大学名誉教授)
「帝国主義は当時の世界の潮流であり、日本だけが謝る必要などない」
「戦前の日本の台湾統治に対し謝罪する必要などありません。戦後の日本政府は深い絆を持ちながら世界で一番の親日国家である台湾を見捨てました。謝罪すべきはむしろ戦後の日本の外交姿勢です」



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