銀の鬣●ginnotategami

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●竹とんぼ


竹とんぼ 




僕の 右手の親指には

ちょっとだけ 切り傷が 残っている



その頃は まだ

我が家の前の 道も草生(む)して

幼い僕の 背丈ほど あったろうか



今のように 車の群れが

クラクションを鳴らして

子供たちを 追い払いながら 走り抜ける

冷たいアスファルトでは 無かった



だから、道は

子供たちの 格好の 遊び場だったんだ



昭ちゃんの 竹とんぼが

僕は いつも ねたましく

ある日、親父に 

「竹とんぼ欲しい」と せがんだ



すると、親父は、

竹の切れ端と 小刀を 僕に手渡して

「ほら、竹とんぼだ」と、言って

手の平をすり合わせて 飛ばす真似を して見せた



小刀なんて 使ったことも無い

でも、少し頑張れば、

今、一番欲しい宝物を

自分の力で 作り出すことが できる



思い余って 少年は

自分の指を 切ってしまった

でも、少年は 諦めない

包帯でグルグル巻きにしながら

僕の 竹とんぼ第1号は 完成した



格好も 見栄えも 良くなかったけど

自画自賛 これは 最高の出来栄え

さあ 処女飛行だ

僕は 傷だらけの手で

空に向かって 何度も すり合わせた



結局、僕の竹とんぼは

空に 舞い上がっては くれなかった

風に はらはらと 流されて

草むらの中に 落ちて消えた



でも、竹とんぼは 飛んだんだ

僕の 心の中で 驚くほど高く

そして 力強く 飛んだんだ



今は もう道端で

竹とんぼなんかで 遊ぶ子供は

見かけることも 無いけれど

僕の右手の傷は ひょっとしたら

今の子供たちには もう

手の届かない 勲章かも知れない



でも、なぜ 右手を切ったかって

それは 僕が 左利きだから。





   私詩集「勿忘草」No.109 S54.4.21(土)








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