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お部屋で落ち着いたら午後2時過ぎ。入っている予定は、午後7時30分のディナーの予約だけ。娘 海に行きたいっ! クラフトハウスで何か作りたい!母 お腹がすいた・・・アフタヌーンティーしたい。私 プールサイドでカクテル飲みたいほらぁ~ 皆まちまち・・これ全部を日が沈むまでにやろうとすると、やっぱり大忙し。プールサイドでカクテルはひとりでもいいが、娘と母の希望はひとりっきりではどうも・・となると別行動はムリ。とりあえずクラフトハウスの予約をとってから、海へGoよく整備されたビーチでゴミひとつ落ちていない。それにライフガードの人も気合入っている!という雰囲気。まだ水は冷たいので泳いでいる人は少なかったが、うちのおバカ娘は肩までつかっちゃってた。案の定後ほど風邪をひき、大阪に戻ったら耳鼻科通いの刑にお次はプールサイドでカクテルウオッカベースのチチをオーダー。サントリーのHPによると、チチの語源はフランス語の「シシ」で女性用ブラウスの胸元のフリルのことだそうだ。ココナッツミルクとパイナップルジュースが使われる思いっきりトロピカルなカクテルなのに、語源がフラ語とはとっても意外。まぁタヒチとか南太平洋にはフランス語圏もあるけれど。トロピカルな気分をひきずったまま、「マロード」というティーラウンジでアフタヌーンティーをいただいた。少々ピンボケですが・・・お腹がすいていたので3人分オーダーした。一人前1900円ちょっと。お茶の種類も多く、土地がら紅イモをつかったケーキもあった。このラウンジも海からの風が吹きぬけて気持ちがいい~お味もよろしかったです。母はお部屋に休憩に行き、娘と私は歩いすぐのところにあるクラフトハウスへ。紅型のコースターを作ったり、漆喰教室、とんぼ玉などいろいろな手作り体験ができるが、わたし達が選んだのは「シーグラス教室」、キャンドル作りだ。クラフトハウスの方に言われるがままに作っていくと、こんなキャンドルができた。貝殻を入れたりして海を表現している。もうすっかり夕方になってしまった。やはり“ゆったりまったり”とはいかなかった。貧乏性なのね。
2009.05.21
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アサインされたお部屋は9階。予約していたのはデラックスオーシャンビュー。デラックスとついているが、ここのスタンダードクラスだ。広さは36平方メートル。このクラスのホテルなら40は欲しいなぁ。それなら広いカテゴリーのお部屋を予約すればいいが、スタンダードクラスで最低40は欲しいと思う。リゾートだしね。バスルームはお部屋から見える。というより、お風呂に入っても景色が見えるようになっている。 アメニティはロクシタンのヴァーベナシリーズだった。天井にはファンがある。「コロニアル風ね。」と母と話していると、「コロニアルってなに?」と娘。「colonyは植民地だから植民地風かな。ベトナムとかフィリピンにありそうな。」「植民地風・・・??」う~ん・・感覚ではわかっているが、説明するとなると困ってしまった。ここの最大の売りはやはりベランダからの景色。〈これは翌日の朝、よく晴れたときに撮った写真〉真下はプール。写真上、こんもりとした森の上にあるのはマリオット・リゾート。ブセナとどちらにしようか迷ったホテルだが、ブセナとの一番の違いは立地がオン・ザ・ビーチか否かということで、海辺にこだわるならブセナになるだろう。とても素敵な景色でベランダにいつまでいても飽きないが、難点がひとつ。隣のベランダが丸見えなのだ。しきりは2部屋ごとにしかないので、片側のお隣さんとはものすご~く近い。私達は隣が空き室だったので問題なかったが、満室の時はちょっとくつろげないかも。サンセットのときとかベランダに出たくなる時間帯は重なるもんね~。そしてサンセット東シナ海に沈んでいく夕日でございます。サンセットの時間になると、プールサイドでサックスの生演奏があった。ベランダで夕日を見ながら演奏を聴いていると、夕日とサックスの色っぽい音色がマッチし、「旅に来たよー」という気分にさせてくれた。
2009.05.17
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部瀬名岬に建っているのでブセナテラスという名前。2000年沖縄サミットの会場になった万国津梁館は↑の写真の左手に隣接している。ネットでの評判が良かったので一度泊ってみたいホテルだった。ホテル正面まで車で行くと、ここもバレーパーキング形式。まず海側のテラス席に案内され、おしぼりとシークワァサージュースがサービスされ、ソファに座りながらゆったりとチェックイン手続きする。テラスからの眺めは、リゾートですなぁ~2時より30分ほど早かったが、すんなりとお部屋に入ることができた。チェックイン手続きをしてくれたスタッフもベルさんも女性で、にこやかでいい雰囲気。館内は海からの風が吹き抜ける構造になっていてとても気持ちがいいが、真夏はどんな感じなんだろう。閉めれるところは閉めて冷房をかけるのかしらん。ブーゲンビリアの花が美しく、1泊だがゆったりまったりとした滞在を楽しめそう。・・って、果たしてガサガサした私たちにゆったりまったりしたリゾート滞在ができるのか
2009.05.16
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2日目のお宿、ザ・ブセナテラスのチェックインタイムは午後2時。せっかくブセナに行くので午後2時にはホテルに入ろうと思っていた。『ビオスの丘』から海沿いの国道58号線を通って北上し名護方面に向かった。58号線の恩納村あたりは大きなリゾートホテルが海に向かって建っている。途中、景勝地として有名な万座毛に立ち寄った。万座毛とは18世紀初頭の琉球王尚敬(しょう・けい)がこの地を訪れたときに「万人を座するに足る毛」と称讃したことからついた名で、「毛」とは沖縄のことばで「原っぱ」のこと。やっぱり海が綺麗ぃー少し曇り気味でもこの青さ。底が見えるものねカクテルのブルーハワイの色。海派でなくてもこの美しさには感激してしまった。万座ビーチリゾートが見える。今はインターコンチネンタル系列のホテルになっている。万座毛はどのガイドブックにも掲載されている超定番観光スポット。駐車場横には少々レトロ感覚の観光地にありがちなお土産物屋さんが並んでいる。それぞれの店でおばぁが店番をしている素朴なお店。そこでパッションフルーツのジュースを飲んだり、Tシャツを買ったりした。
2009.05.15
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前回の沖縄旅行の時に診察していただいた残波岬近くのクリニックの先生に、「沖縄にせっかく来たのに、何しに来たのかわかんないね~ 明日熱が下がったらビオスの丘でも行ってみたら。あそこは花も綺麗しね~ 一ヵ所くらいは観光したいでしょ。」と言われた。その時は熱は下がらず行けなかった『ビオスの丘』に行ってきた。那覇から沖縄自動車道を使って約50分で本島中部うるま市にある『ビオスの丘』に到着。亜熱帯植物が生い茂る中を、湖水鑑賞船でガイドさんの説明を聞きながらめぐることができる。時間は25分間。貸しカヌーもある。乗らなかったけど・・芝生広場があったり遊具もあるので、小さな子供も楽しめそう。ヤギと触れあえるコーナーがあり、100円でエサを買ってヤギにやったり、引き綱でお散歩させることもできる。娘がエサをやりたがったこの牛のようなヤギはエサ箱から一番遠くにいたので、エサを取って牛ヤギのほうに行こうとすると、エサ箱周辺にいたガッツいたヤギに思いっきり体当たりされた。娘はぴゅ~っと逃げ去ったあと・・・こらぁ~残された私のTシャツとバッグにはヤギの足型がヤギの性格もいろいろだ。 ものすご~い角の水牛クンもお仕事中。母にスイッチが入ったのは、『蘭詰め放題1500円』のコーナー。 何でこんな持って帰りにくいものを買うの~園内にはランの花がとても綺麗に咲いている。これは木に着生している状態。いわゆる洋ランは大部分が着生植物らしい。着生と寄生の違いは、くっついている植物から栄養分を摂取しているかどうかということで、着生は摂取していない。出口のところにはたくさんのランを販売していた。魅力的な価格のものが多かったけれど、でっかい植木鉢を持って帰る気はしないわ。送ればよかったかな
2009.05.14
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那覇の繁華街、国際通り。数多くの飲食店、お土産物屋さんが軒を並べている。〈県庁側 国際通り入口〉なかでもお土産物屋さんが多いぃ~!!どれも同じような商品を扱っているのに共存できているのは、それだけ観光客が多いということかも。観光客というより修学旅行生をターゲットとしている品揃えのようで、500円クラスのちまちました物が店内にずら~っと展開されている。キーホルダーやストラップは店員さんを呼んで取り外してもらうシステムのところが多いのは、万引き防止だろう。去年娘が修学旅行で来たときは、最終日の昼に国際通りで自由時間がたっぷりあったらしく、歩きながら色々その時のことを教えてくれた。お昼ごはんも自由に食べたらしく、ほとんどの子はソーキそばなどを食べたらしいが、男子のなかには豪華ステーキランチを隠し金で食べた者もいたらしい。GWだったので修学旅行生の姿はなかったが、豚フルの影響で海外修学旅行の行き先変更されるケースが増えると、シーズンが来れば今まで以上に賑やかになるかもしれない。娘の来年の行き先も予定では海外だったが、沖縄か北海道になるかもね。大阪府教育委員会の管轄の学校だもの。夜9時ごろにぶらぶらしていたが、夜遅くまで開いているお店が多くとても賑やか。飲食店の呼び込みの人が多いが、しつこくはない。こういう細かいモノがどっちゃりある。モンチッチちんすこうバージョンストラップとゴーヤにのったお茶目なシーサー。とくにシーサーはじっと見てると可愛さがにじみでてくる。なんか笑える顔なのだ。
2009.05.13
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ソウルのロッテ免税店を楽しみにしていた母が、「たしか沖縄には免税店があったよね~」と往きのJALの中でつぶやいた。そう! 那覇には免税店がある。黙っていたのに、そういうことだけ気がつくのよね・・・黙っていたが、JAL内で配られた冊子にはデカデカと『DFS GALLERIA』の広告が だめじゃん・・何故に国内に免税店が?と思うが、沖縄振興なんちゃら~ という政策で免税店が存在するらしい。“おもろまち”という場所にある『DFS GALLERIA』まで行くと、想像していたのよりずっと大きい建物でビックリ!! ブランドショップが軒を並べているが、シャネル、ヴィトン、グッチは免税ではなく一般販売。最近ブランドモノには疎く価格がわからないので、はたしてどれほどお安いのか詳しくはわからないが、ロクシタンのローズのシャンプーは、正規販売店より300円くらい安かったようだ。とても綺麗なお店なので気持ちよくお買物できるが、大物は事前に価格チェックしておく必要があるような気がする。成田や関空のショップのほうがお得かもね。でも海外に行かずに免税店でショッピングできるのは楽しいかもしれない。何も買わないでおこうと思っていても、シャネルの口紅とアイシャドーを買ってしまったから、やっぱり思うツボにはまっているということね。ここでは母元気レスポのセール物とコスメのコーナーで張り切っていた。ここで思いっきり時間をとられて、そ日のお宿、沖縄ハーバービューホテルクラウンプラザへ。県警本部や県庁から近く、有名な国際通りからも徒歩10分強の場所にある。元全日空ホテルズで、今はインターコン系列のクラウンプラザなのでプライオリティクラブから予約した。玄関前の車寄せに着くと、キーをつけたまま車を預かってくれるバレーパーキング形式で、車の駐車代は1泊1000円。部屋はエキストラベッドを入れたので狭く見えるが、そこそこの広さはあった。 特筆すべきはバスルームで、広くはないものの洗い場つきのお風呂だった。この写真手前右側に洗面台がある。このお風呂は使い勝手が大変良かった。窓からの景色はこんなかんじ。右の方の白い大きな建物が沖縄県庁。食事は国際通りに出ようと考えていたが、母が買物疲れで面倒がったのでルームサービスにした。メニューの種類は多くないがお味は良く、このホテルのレストランは美味しいかもしれない。ただ、グラスで赤ワインをオーダーしたら、見た瞬間「少なっ!!」とびっくり。それだけが残念だった。夕食後は娘とふたりで国際通りに散歩に行った。
2009.05.12
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「首里城は2回行った!」「去年修学旅行で首里城は行ったよ~」というブーイングは聞く耳持たず、ハンドルを握る者の特権で首里城へ。まずレストランにてソーキそばとゴーヤサラダで昼ごはん。ゴーヤは好きじゃないけど、やはりここでは食べておこうと。世界遺産に指定されているが、建物や門などの建造物は近年再建されたもので指定の対象ではなく、指定されているのは『首里城跡』としてである。〈漏刻門〉身分の高い役人も国王に敬意を表してここで籠を降りた。〈城壁と久慶門〉通用門として主に女性が使用していた門。このあたりは無料で見られるが、ここから奥は有料ゾーン。〈正殿〉正殿前の広場は御庭(うなー)という。ここに役人・家臣が居並ぶのを想像すると、中国・朝鮮の影響を色濃く感じる。〈御差床 (うさすか)〉玉座。やはり中国っぽい。龍は国王の象徴だそうだ。首里城をひと通り見て満足。次はお隣の世界遺産「玉陵 (たまうどぅん)」に行きたかったが、ショッピングビームを放っている母の視線に負け「玉陵」は断念。10年前、父が「たまうどぅんに行く」と言った時、私の脳内で、「玉うどん 玉うどん、 うどん玉・・・」と変化し、「うどん玉がどうしたんだ??」と疑問に思ったが、聞いたら父に怒られると思い聞かずにいた。その時は熱で聞く気もしなかったし・・・帰ってからその正体を知った。「たまうどぅん」の正体は王家の墓。またの機会の楽しみ(!)にすることにした。
2009.05.09
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沖縄本島は10年ぶり。前回は日航アリビラに2泊しての旅だったが、往きの飛行機内から体調をくずし、レンタカーの運転はしたものの、首里城は駐車場の車の中で過ごし、あとはホテルで寝込んでしまい、行ったところといえば残波岬近くのクリニックだけ。同行の私の両親と娘はタクシーを使って観光していた。何の為にレンタカーを借りたのやら・・・だから今回が初めてのまともな沖縄本島観光だった。関空で離陸の順番を待っていると、ひとつ後ろにいるのが大韓航空機。私達が乗るはずだった9:30発のソウル金浦(キンポ)行きで、ソウルでお買物をしたかった母は、うらめしそうな目をしていた。 しゃあないねぇ・・・搭乗前に脅されたわりにはあまり揺れることもなく那覇空港に到着レンタカーでまず識名園に向かった。識名園は、世界遺産『琉球王国のグスク及び関連遺産群』のひとつで、琉球王家の別邸。第二次世界大戦で壊滅的な被害を受けたが、20年の歳月をかけ整備したそうだ。〈御殿 ウドゥン〉国王の保養と外国からの使者の接待に使われた別邸で、冊封使を迎えた部屋など15あまりの部屋がある。冊封とは、中国皇帝が周辺諸国の君主と君臣関係を結ぶことで、琉球王国は15世紀から明の冊封国だった。江戸時代初期に薩摩島津氏に侵攻され、薩摩藩に貢ぎ、清にも貢がなければいけない、両方にはさまれたサンドウィッチのハム状態になったようだ。苦労の歴史が偲ばれる・・・ 左 御殿内部右 庭園内の通路 庭園内の通路は石畳で歩きにくい。平らな石畳ではなく凹凸があるので、お洒落なヒールの高いリゾートサンダルを履いていた娘は歩くのに苦労していた。ヒールの先をひっかけやすいので、ここに行く時はスニーカーがベストだ。識名園を出て首里城に行こうとしたが、道に迷って識名霊園の周りをぐるぐる~霊園=お墓だが、沖縄のお墓はひとつひとつがでっかい家のようで特徴的。ちょっと小型の住宅群のようなのだ。「ファミーユもびっくりの大きさやね~」と娘。ファミーユとはフランスの墓地にある「○○家の墓」とあるちょっと大きめのお墓のことを言っているようだ。母と私は、「このお墓を守らなきゃいけないのは大変だろうね。特に長男の嫁・・・」霊園をぐるぐるしながら盛り上がってしまった私たちだった。
2009.05.08
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沖縄に行ってきました。ソウルをキャンセルして突然決めた行き先でした。那覇のハーバービューホテルクラウンプラザと、名護のザ・ブセナテラスにそれぞれ1泊して、我が家にとっては慣れていない海辺リゾートの旅も少し経験してきました。ザ・ブセナテラスに2連泊したかったのですが、色々諸事情(笑)があり、1泊となりました。3日間ともお天気に恵まれ、暑すぎず寒すぎず最高でした。写真はザ・ブセナテラスからの風景です。また旅行記をまとめるつもりです。
2009.05.07
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最終日だけはいい天気になった。「朝ごはんの用意ができました。」とTELがあってお食事処へ。比較的あっさりとしたメニューだったが、湯豆腐には鶏団子も入っていて、見た目より満足感があった。食後にはコーヒーを持ってきてくれるのは、コーヒー好きにはうれしい。この旅館のスタッフは男性だけかも。見かけたのは2人だが、どちらも男性だった。ちょうどいいサービスぶりで、人当たりのよさそうな人柄とゆったりとした雰囲気が、霧島という土地にあっていた。チェックアウト時にちっちゃな果実酒をお土産にもらえる。6ヶ月で飲み頃になるそうで、またこの旅館に来る気のある人はキープして帰るそうだが、私達は遠方からなので持って帰った。せっかく霧島まで来ていたので、えびの高原を経由してぐるっと遠回りして鹿児島市内に行く事にし、お宿を出発。えびの高原には30分くらいで着き、車から降りて散策するのもいいかと思ったが、横にあったのが見事な「霧島杉」の並木。2年前に慢性副鼻腔炎で鼻の手術経験アリの母と、10年間耳鼻咽喉科に初診料を払ったことがない娘、アタラックス(抗アレルギー剤)を3日に1回服用している私が、シーズン終盤とはいえわざわざ杉だらけのところを散策するのはちょっと・・・ということで車窓からということになった。道に野生の鹿がいたりして自然がいっぱい!桜島に行く為に「えびのIC」から南に向かった。初日か2日目に桜島に行っておけば、この日は高千穂牧場や霧島神宮などを周れたが、天気のかげんで桜島を残してしまったので、とてもムダな動きになってしまった。鹿児島空港は鹿児島市街よりも霧島からのほうが近かったのに。桜島の後はまた天文館に戻ってきて、食事とお土産ショッピング。「末よし」という鰻屋さんで一番お安い鰻丼を食べた。“鰻丼には肝吸い”と思っていたらここはお味噌汁がセットになっていた。もちろん“肝吸い”もメニューにある。通りがかりにふらっと入ったお店だったが、後から調べたら有名店だったようだ。肝心のお味は、鰻嫌いのわたしが苦もなく完食したのできっと美味しいのでしょう。超鰻好きの娘も満足していた。鹿児島県は養殖鰻生産量日本一だそうで、全国シェアは30%以上だそうだ。(知らなかった~ 鰻は静岡と思いこんでいた。浜名湖があるから・・・)最後に『維新ふるさと館』にも行きたかったが残念ながら時間切れ~車で「西郷隆盛生誕の地」加治屋町付近を走って空港に向かった。車から見た鹿児島の印象・・・進学塾とパチンコ屋さんが多い塾が多いぃ~ 入口には「鶴丸○○名 甲南○○名」という文字が躍っている。あと鹿中央とか志学館とか。その県の受験事情を知らないのに、3日いただけでイヤでも高校の名前を覚えてしまうほど塾だらけ。教育熱心な土地柄のようだ。西郷さんや大久保さんを輩出したプライドが脈々と受け継がれていて、「いずれは国を背負ったるっ!!」という気概があるのかもしれない。そんな地方に、どこか根底に「人間、学やない、金や!」という考えがはびこっている大阪が勝てるわけがない。学力テストの結果公表などに必死になるだけムダよん、橋下さん。
2009.04.17
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まずチェックイン後、お部屋にお茶とお菓子が運ばれてくる。大変おいしゅうございましたが、ちょっと秋の雰囲気なのはやね。夕食はレセプション横のお食事処でいただく。食事処は各離れごとに個室になっている。赤い壁の建物がお食事処で、離れから庭を横切って行く。雨の日は、ちょっと大変かもね。庭の草木は庭として出来上がっていく途中のようで、完成された庭ではない。草木が育って庭として完成されたころ、お宿も熟成されたお宿に育てばいい、という考えかしら。楽しみにしていたお食事は、まずオードブルから・・食前酒:梅酒ゼリー創作寿司・薩摩赤鶏生ハムに焼きネギのにぎりソフトシェルクラブのフリットサラダ仕立て トマトスパイシーソースで・・・高原どりにオクラに梅肉お造り:とろ鮪・かんぱち・ぼたん海老・赤貝・きびなご・コラーゲン黒豚とキムチの香味野菜和え(写真を撮り忘れ)スープとして、ずわい蟹とポーチドエッグの和風とろろ仕立て・春便り煮穴子の天婦羅真つぶがいと雲丹の茶碗蒸し・柚子こしょう餡掛けメイン料理は、鹿児島県産牛ヒレ網焼きステーキ みぞれ酢ソースで・・・蛸と野沢菜のだし茶漬け、香の物 (写真撮り忘れ)最後にデセール。 フォンダンショコラにカシスシャーベット フルーツと共に・・・食後にコーヒーがサービスされる。「デセール」とお品書きにもあるように、料理長さんはフレンチ出身らしい。最初のソフトシェルのお料理などは完全に洋の一皿。「モダン懐石」というネーミングがぴったりで、創作意欲満々の皿の後に、煮穴子の天婦羅をもってきて雰囲気を緩めるなど、緩急自在のメニュー構成だった。昨年の雲仙温泉同様、有田や伊万里など焼物の宝庫である九州らしい華やかな器に、目も楽しませてもらった。お味も大満足。ひとつだけ気になったのが、牛ヒレにあわせて赤ワインをグラスで頼んだら、ギンギンに冷えた赤ワインがきたこと。ヌーボーなどは少し冷やしたらおいしいが、普通の赤であれは冷えすぎだった。それよりも、ここでは焼酎をいただくべきだったかも・・・本場だものねぇ。焼酎を飲む習慣がないのでオーダーしなかったが、グラスで一杯くらい頼めばよかったと後悔している。マイナス点はこの赤ワイン一点のみで、また来たいなぁ~と思えるお料理。霧島は遠いけどね。霧島だから30000円をきっているが、このお宿が有馬や伊豆・箱根あたりにあったら、とても泊れない値段になっちゃいそうだ。
2009.04.16
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霧島温泉『鳥遊ぶ森の宿 ふたり静』は離れ5棟のみの小さなお宿。私達が泊ったのは「水の音」という離れ。 上右の写真の玄関を入ると、よいアロマの香りがした。玄関をあがると居間。となりにはベッドルーム。 洗面台も凝ったつくりで、民芸調のなかにちょっと洋風のテイストが。浴衣に羽織る半纏の柄などは大正ロマン調が感じられた。コンセントのカバーも、 手抜きなし。お風呂は内風呂と露天の2つ、そしてサウナ室がある。これは内風呂。けっこう香りのきついお湯だった。 内風呂横にサウナ室があり、テラスにはサウナ用の小さな水風呂がある。私達はサウナ派ではないので、“宝の持ちぐされ”だった。テラスからこの暖簾をくぐると、露天風呂がある。宿の名前通り、二人で静かに過ごすにはぴったり。食事は離れごとに個室になっている食事処でいただくが、一番値段がお高い「花の音」という離れは食事も離れ内でいただけるので、人目を気にするカップルにはもってこいだろう。まさに“隠れ宿”だ。ベッドルームから内風呂はガラスで仕切られていて丸見えなので、それなりの関係、カップルとか家族とか見られちゃってもへーきな関係じゃないと気をつかうかも。誰かが入浴中は居間から出るのを禁止しておけば、その悩みは解決されるけどね。ちなみにこちらのお宿、「中学生以下はご遠慮願います」だ。
2009.04.15
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「指宿に行って砂風呂入りたぁ~い!!」という娘の希望で、天気がよくないのに指宿温泉に向かった。幼稚園のときに“砂むし風呂”に入ったことを覚えていたのだ。湾沿いの道、国道226号線を南へ向かう。鹿児島市郊外には大型ショッピングモールが結構あり、道沿いもにぎやか。途中、『喜入』(きいれ)や『今和泉』など聞き覚えのある名前の地名が。尚五郎くん(小松帯刀)の実家は喜入領主。今和泉は篤姫の実家、今和泉島津家の別邸があるゆかりの地だ。途中、道の駅に寄って指宿温泉に着いた。砂むし会館「砂楽」で“砂むし風呂”を体験することにした。料金は900円。それに頭に巻くタオルが100円、バスタオルレンタル料が200円。タオルとバスタオルは持ち込みも可。砂むし風呂の手順は、はだかになって浴衣だけを着る 海岸のブースに行き、係りの人に砂をかけてもらい“砂むし”に (10分位がいいらしい) 砂を落とすためのシャワーを浴びる 温泉大浴場でまったりするというものだ。浴衣の下は何もなし!というのが心もとなくて・・・お着替えスペースから外を歩かねばならないので、うつったりするわけじゃないが何だか落ち着かない。そこを歩いている人は皆その状況だから、気にする必要はないが、ちょっと階段があったりするので、裾を踏むとえらいことになるかもしれない。誰のも見たくないし、誰も見たくないだろうが・・・立っているのは砂をかけてくれる人達で、寝転がって顔だけが見えているのは“砂むし”中の方々。砂をかけられると手の先がトクトクし、血液の循環が活発になっているのを実感でき、熱さもそれほどではないので、10分は短く感じられた。天気が良く、干潮時には海岸で“砂むし”ができるらしい。砂むし体験して、ラーメン食べたらもう2時を過ぎていた。道の駅に寄ったのと砂むしに入っただけなのに、なんで?この日のお宿は霧島温泉なのでもうそちらに向かわないとお宿でゆったりできない。天気も悪いし、フラワーパークをあきらめて、指宿を出発した。来た道を戻るのは芸がないので、指宿有料道路経由のルートを選んだが、池田湖まで行ってから有料道路に入ったのでこれは遠回りになってしまった。九州自動車道鹿児島空港ICで高速を下り、2日目のお宿、霧島温泉『鳥遊び森の宿 ふたり静』に。
2009.04.14
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話が前後するが、鹿児島旅行1日目の夜について。鹿児島東急ホテルは繁華街から離れた鴨池にある。近くには県庁、県警本部などがあるので、鹿児島の官庁街のようだ。以前は空港があったらしく、「今走っている道は滑走路だったんですよ。」とタクシーの運転手さんが教えてくれた。現在の鹿児島空港は市街地から遠くここなら近いと思うが、桜島が目覚めるとモロに降灰などの影響を受けるので、あのように離れた場所に新しい空港を造ったのかしら?〈鹿児島東急ホテル〉客室や施設にとりたてて特徴があるわけではなく、普通のホテル。エキストラベッドの質は大変良く、品川のストリングスにつづいてベスト2にはいる。(いつもエキストラに寝かされるので、エキストラベッド評論家になれそう・・・)このホテルの良いところは、眺めが最高だということ。シングルルームはシティービューだが、ツイン・ダブルはバルコニー付きオーシャンビュー。目の前には桜島がバーーンっ!と見える。鹿児島に来たら、やっぱりこの景色でしょうホテル内にもレストランはあるが、夕食は繁華街の天文館(てんもんかん)に出ることにした。運転手さん(私)はお酒を飲みたかったのでタクシーで。(料金は片道1500円)レンタカー屋さんにあった冊子のクーポンを使うべく、『吾愛人』(わかな)というお店に行った。「えっ! 愛人・・・何食べるの?」と不安げな娘の言葉を無視して店内へ。居酒屋さんムードのお店で、キビナゴの刺身、黒豚の溶岩焼き、さつま揚げ、みそおでん、黒豚のしゃぶしゃぶ2人前を食べて3人とも満足。本場の黒豚さんはとてもおいしかった。日頃スーパーで買う黒豚さんとどこかが違う。鹿児島で食べたのが普通なら、日頃は騙されているのかも?とも思ってしまった。締めは『白熊』ということで、天文館のアーケードをふらふら歩いて『むじゃき』へ。ベビーサイズの『白熊』(480円)を3つ注文。ベビーといっても普通のサイズ。(レギュラーをひとりでは多いと思う)いつもなら「フルーツとかごちゃごちゃのってる氷はいらんねん」などと文句をつける母が、「最後まで甘くておいしいわぁ~」と完食。またタクシーでホテルへ。行きと帰りの運転手さんふたりともが教えてくれたのが、路面電車の軌道敷に芝生を植えてある話。どうも鹿児島の人にとって自慢のネタのようだ。実際緑化によって温度が下がり、騒音対策にも役立つなかなかの優れモノらしい。翌朝の朝食はホテルの和洋ビュッフェ。どちらかというと和の種類のほうが多いビュッフェだった。2日目は指宿方面へ。
2009.04.13
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鹿児島旅行2日目は指宿に行ったが、今朝のニュースで鹿児島市内にも降灰があったとのことなので、先に桜島のことについて。晴れた日に桜島に行きたかったので、2泊目の霧島温泉からえびの高原を経由し、最終3日目に桜島に行った。鹿児島から桜島フェリーで15分。フェリーは頻繁に出港するので、出港時刻を気にする必要はない。料金徴収は桜島側の港のみ。(車の場合)火山に関する気象庁の警戒レベルは3で、「居住地の近くまで重大な影響を及ぼす噴火が発生、あるいは発生されると予想される」という状態で、『入山規制』。前日の噴火では4合目まで噴石が飛んだらしい。まず桜島港のすぐ近くの「烏島展望所」へ。ここは烏島(からすしま)という島だったが、1914年の大正噴火の溶岩流で島ごと呑み込まれた場所。このあたりの溶岩は大正溶岩という。山の反対側を見ると、溶岩の向こう側に対岸の鹿児島市街が見える。1914年というと大正3年。私の祖父はもう生まれていた頃だから、そんなに古い出来事ではない。ここから左回りに桜島を一周することにした。島の南側、古里温泉のあたりから景色が白っぽくなり始めた。噴火による降灰で、あたりの木々や民家の屋根は灰色だった。島の東側、黒神地区手前で今回噴火活動が起こっている部分が見えた。このあたりは一番灰が多く全体的に白っぽい。それに硫黄臭もした。道の両サイドは溶岩だが、黒神小学校から下校する黄色いヘルメットをかぶった低学年の女の子がとぼとぼと歩いていた。今日本で一番過酷な自然の中で生活している子供たちだろう。黒神地区には「埋没鳥居」がある。大正噴火(1914年)の大爆発で、灰や軽石によって埋まってしまった鳥居。何だかすさまじい・・・桜島一周は40km弱。思っていたよりも大きな島だった。(来たのは3度目だが、一周したのは初めて)早く今回の活動がおさまるといいのにね。
2009.04.10
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『鶴丸城跡』と書かれた石碑の前を通って、西郷さんの銅像前まで来た。車を中央公園地下の駐車場に停め、まずは西郷さんへ。こちらの西郷さんは上野と違い軍服をお召しになっている。ボランティアの観光案内の方によると、お顔は江戸の方を向いているのだそうだ。西郷さんから程近い宝山ホールの南東隅に尚五郎くんがいた堂々たる“西郷どん”に比べるとこじんまりとした像。それよりも気になったのが、重心が思いっきり下で、帯刀はん、足が短すぎ・・・モデル出身の瑛太くんみたいにスタイルがよくなくてもいいが、銅像なんだからもう少しプロポーション良くしてもいいような・・・見合い写真だって修整するんだし・・・って大きなお世話ね。ボランティア観光案内さんによると、お顔は島津斉彬を祀っている照国神社を見ているらしい。今回の旅の最大目的はこれでクリア。この日のお宿、鹿児島東急ホテルに向かった。
2009.04.08
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急遽バタバタっと決めた鹿児島行き。テーマは「尚五郎くんの銅像を見に鹿児島へ行こう!」あとは無計画にウロウロしてきた。午前伊丹発のJALエキスプレス便で出発ここでいきなり条件便。「鹿児島空港悪天候の為、着陸できない場合は福岡空港に着陸します」 げっ新幹線リレー号に乗るはめになるかと心配したが、飛んでいるうちに視界がよくなったようで、無事鹿児島空港に着陸できた。まずレンタカーで島津家ゆかりの仙巌園に向かった。途中、「薩英戦争砲台跡」の公園の横を通り、仙巌園に到着。1658年、19代島津光久が別邸として構えたもの。桜島を築山に、錦江湾を池に見立てた壮大な借景庭園だが、残念ながらこの日は天気が悪く、築山の桜島は半分以上見えなかった。庭園内にある磯御殿は、明治時代には29代島津忠義が本邸として使用していた。この門に見覚えはありませんか?大河ドラマ「篤姫」で、江戸薩摩藩邸の門とされていた門。実際は仙巌園の正門で、明治28(1895)年、29代島津忠義が建てさせた門だ。仙巌園築庭当時の正門で、錫で瓦を葺いてあるので『錫門』。江戸時代に錫鉱山が発見されて、錫は薩摩藩の重要な財源だったらしい。強大な藩は何かしら財源になるブツを持っているものなのね。磯御殿の庭には綺麗な牡丹の花が咲いていた。花より団子で紫芋ソフトクリームを。量少なっお味は紫芋の自己主張がきいており、ご当地ソフトとしては優秀。でもちょーっと小さすぎたかも・・・お隣の尚古集成館を見学し、別館の島津家御雛様を拝見してから、尚五郎くんに会いに市街地に向かった。
2009.04.07
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鹿児島に行ってきました。現在桜島の火山活動が活発で、泊った鹿児島東急ホテルから噴火の様子が見えました。この写真は4月5日午前8時頃の噴火の様子です。この日も1日8回くらいの噴火があったようです。また旅行記をまとめたいと思います。
2009.04.06
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午前11時ぎりぎりにチェックアウトし、ホテルヨーロッパの船着場からクルーザーに乗って出発。そして車で長崎空港に向かった。レンタカーはオリックスレンタカーを使用したので、車の返却は空港ビル内の事務所。借りるのもその場所なので、到着したら即借りられて時間もかからないし便利だった。ビュッフェの朝ごはんを食べてきたが、大阪に帰ってから昼ごはんを食べるのもおもしろくないので、空港ビル内にある「しょうぶ」というお寿司屋さんに入った。これが当たりのお店で、母は「にぎり」私は「うに丼」を食べたが、お寿司にうるさい母も満足する味伊丹行きJAL2374便は10分遅れくらいで出発この機長さんのクセなのか急いでいたからなのか知らないが、滑走路の端まで行き、「間もなく離陸いたします」のアナウンス後、機体がUターンし始めたら、曲がりながら加速してた。よくアメリカの航空会社の国内線あたりである離陸の仕方。あれをされるとちょっと乱暴に感じてしまうのよね。九州地方をぬけると、ものすごくいい天気あまり西から大阪に向かう航路に乗らないので景色がめずらしい。瀬戸内海の島々がよく見えた。ちょっとわかりにくいが、左手前に橋がかかっている。本州四国連絡道路の尾道・今治ルート、通称「しまなみ海道」の一部、今治と大島を結んでいる橋だ。四国側から順に、大島、伯方島、大三島、生口島、因島、向島と結び本州側の尾道とつながっている。橋までははっきりとは写っていないが、しまなみ海道の全景がほぼ写っていると思う。中世には村上水軍が活躍していたところ。水軍の活躍の名残があの島々には残されているのだろう。左手前は愛媛県今治市。写真中央にの写真の今治と大島を結んでいる橋がある。今治といえばタオル。娘が幼稚園の頃、私の父が今治で買ってきた“ウサギちゃんのタオル”を大事にしていた。頭のフードの部分をかぶると“ウサギちゃん”に変身できる湯上りタオルで、父が娘に買ってきたものの中では数少ないヒット商品だった。飛行機はこの後、高松空港上空、鳴門市を通り大阪へ。堺市上空では、大仙古墳をはじめとする百舌古墳群の前方後円墳が、たくさんの鍵穴のように見えた。大仙古墳(俗に言う仁徳天皇陵)はやっぱりバカでかいわ日頃横をよく通るが、同じ高さでは森にしか見えないもので・・・飛行機から見るのがベストね。旅の最後は大阪平野遊覧飛行をしたような気分になった思い立って急に計画した長崎行きだったけれど、無計画だったわりにはのんびりゆったり楽しめた。今度母と二人旅するのはいつになるかな??
2008.07.01
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ぎりぎりバラに間に合った。パレスハウステンボスの前庭にローズガーデンがある。最盛期は過ぎているものの、まだ十分に楽しめる美しさだった。紫陽花の奥ゆかしさもいいが、「我こそは女王」の自己主張の強い薔薇もまた見事。パレスハウステンボスでは華道家の假屋崎省吾さんの「バラの輪舞曲(ロンド)展」が催されていた。大きな作品が素晴らしいのはもちろんだが、窓際に飾られているブーケの数々がなかなか見ごたえがあり、色の使い方など他のものにも応用できるなぁ、と思ったが、残念ながら撮影禁止。普段お花の展覧会に接する機会がなかったので、とても興味深かった。
2008.06.30
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フォレストヴィラのフロント業務はホテルヨーロッパが行う。だからチェックインはホテルヨーロッパで。園内を散策し午後3時近くなったので、ホテルのすぐ近くにいたのにもかかわらず、カナルクルーザー(運河船)に乗って出入国エリアのキンデルダイクに戻った。 カナルクルーザー内なんでわざわざ戻ったかというと、キンデルダイクからホテルヨーロッパ・フォレストヴィラ宿泊者限定“ホテルヨーロッパクルーザー”に乗って直接ホテルの船着場に行きたかったから。元いた場所にクルーザーが戻ってきたら、「さっきいた所と違うの??」(母)「いやぁ~暇だし、このお船に乗りたかっただけさ」(私)母、呆れ顔・・・・クルーザーはホテルヨーロッパ内の船着場に到着した。 ホテル内「アンカーズラウンジ」から見た船着場チェックイン手続き後はウエルカムドリンク(青いノンアルコールカクテル)をいただいてから、バンでヴィラまで送ってくれる。ロビーのお花が美しかった~こちらは正面玄関側。人の出入りはもちろんあるが、チェックイン・アウトはほとんどの人はクルーザーを利用していて、ヴェネツィアのダニエリを思い出した。「アンカーズラウンジ」でケーキセットを食べた。ケーキの種類も多いし、お味も良く、コーヒーのおかわりもマメに来てくれる。1200円台の価格。翌日の朝食は、ホテルヨーロッパに食べに行った。場所はレンブラントホールというバンケットルームでのビュッフェ。和洋両方あり、豪華というほどではないがまあまあの品数。モーニングシャンパン付きということになっているが、ボトルを見ると「グラン・ローラン」。花柄のボトルで一瞬シャンパンの「ベル・エポック」に見間違えてしまいそうな、あのグラン・ローラン。ここでは花柄のボトルだから選んだのかもしれない。各テーブル上に、「モーニングシャンパンはスパークリングワインを使用しています」と標示はあるが、それを見る前にボトルのところに行ってしまったので、これはシャンパンじゃなくてヴァン・ムスーじゃんと意地の悪いことを思ってしまった。ちょっとだけワイン関係のお仕事をしたことがあるので、スパークリングワイン=シャンパンとされるのにとても抵抗がある。何が違うって価格が全然違うから、騙されたような気分になるのね。それなりのクラスのホテルだという自負があるならば、一瞬でもお客に誤解を与えるような記述は避けるべきだと思う。たとえ多くのお客さんが「スパークリングワイン=シャンパン」という過った認識があるとしてもね。でもよ~く考えたら、3000円少しの料金でAOCシャンパーニュが付くなんて一瞬でも思うほうが、バカかもしれないわねぇ・・・
2008.06.28
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滞在したフォレストヴィラの周辺はとても気持ちのいいお庭私たちの泊ったヴィラの前は隣のヴィラの前は少しずつデザインの違うガーデニングになっている。朝、ここを散歩するのはとても気持ちがよかったぁ~いつもお庭の手入れをしている人を見かけた。綺麗に維持するのって大変だろうなぁ。ついでに人件費が大変だろう、と感じた。こういうそれぞれ個性のあるお庭にしたのは最近のことらしく、フォレストヴィラ全戸というわけではないようだ。
2008.06.27
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シーズンオフの平日ということでホテルヨーロッパもお得な値段がでていて相当悩んだが、フォレストガーデンの可愛いお庭に心惹かれてフォレストヴィラにした。フォレストヴィラは別荘感覚のコテージで全室メゾネットタイプ。建物の入口は中に入ると、1階はリビングルームになっている。ロッキングチェアがリゾート感を醸しだしている水辺なのでやはり虫が出るらしく、 食器棚下の収納に殺虫剤があった。 滞在型を意識しているのか 4人宿泊が標準のようで簡単なキッチンがある 4人分ずつセットされている ナイトウェアはパジャマタイプ階段を上り2階に行くとお部屋が二つ。 主寝室寝室写真ではわかりにくいが、主寝室のほうが部屋が広くベッドもセミダブルで、もうひとつの寝室のベッドはシングルだ。どちらの寝室にも家具の中に洗面台がある。お手洗いは1階2階の両方にある。バスルームは洗い場つき。広さは全部あわせて77平方メートル。ソファがくたびれていたり、フローリングの日焼けが目立ったり、年月を感じる部分もあるが、水周りなどはメンテナンスされているようでそれほど気にならなかった。ゴージャスさを求めず、「森に来ましたよ」というスタンスで宿泊するならハウステンボスらしくていいと思う。ただ階段があるので、小さなお子様連れと足腰が弱い高齢の方に不向きだろう。水辺のテラスにでると緑がいっぱいまた泊ってみたいな、と思える場所だった
2008.06.26
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お宿で朝ごはんを食べた後チェックアウトし、ハウステンボスに向かった。前回ハウステンボスに来たのは約10年前。たしかGWだったようで、ものすごく混雑していた記憶がある。長崎自動車道の東そのぎICを下り、国道205号線をえっちらおっちら走っていると、周りの景色から明らかにういている「ハウステンボスJR全日空ホテル」の威風堂々な建物が見えてくる。園内ホテルに宿泊するので専用の駐車場に向かった。その駐車場横に園内ホテルのカウンターがあるので、そこに荷物を預け、宿泊代に含まれている入園チケットを受け取る。今回宿泊するのは「フォレストヴィラ」で、フロント業務はホテルヨーロッパが行っているため、荷物はホテルヨーロッパに運んでおいてくれ、ホテルヨーロッパクルーザーのチケットももらうことができる。チェックインタイムの3:00PMまではまだ間があるので、とりあえずハウステンボスに入国。おなじみの風景が目の前にで目線を移すと右前方に立派な建物が。なんでしょう? とよく見ると「JRA」の文字が見てとれる。J R A 日本中央競馬会いわゆる「場外馬券売り場」。 まぁ ご立派な場外馬券売り場ですこと家族でハウステンボスに遊びに来て、お父さん(お母さん)は“お馬さん遊び”も可能なのねすでにカジノ構想があるのもうなづける。反対意見があることは承知しているが、もし日本でカジノが解禁になったら一番似合う候補の一つだと思う。小さな子供連れをターゲットにしていないし、アジア圏からの観光客は多い。ハウステンボス町という独立したイメージがあり、空港からのアクセスもそこそこ良い。ドレスコードを採用し、日本人特有のルールに対するあいまいな解釈を徹底的に排除すれば、街角にパチンコ屋があるよりはいいと思うのだが。もともとオランダをテーマにしているが、私のオランダに対するイメージって、決して健全で健康的じゃなくてその反対なのが、「CASINOがあってもOKじゃないかなぁ」と感じることに多分に影響していることは否めない。ただハウステンボス町周辺のギャンブル好きのおとうちゃんをお持ちの奥様方が反対するであろうことは理解できる。シーズンオフで梅雨まっただ中なので、人は少ない。これでやっていけてるのかしら?と心配になるくらい閑散としていた。10年前はこの辺りは人であふれかえっていたよなぁ・・・(遠い目)もう6時ごろだったので、園内宿泊組しか残っていなかったかもしれないが、シンボルタワーのドムトールンに登って下を見たら、1組しか歩いていない中国、台湾、韓国からのお客さんは多いが、いかんせん日本人が少ない。2度目も行きたいっ!と思わせるのは難しいのね。
2008.06.25
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「東園」でのお食事は二食とも部屋食。八寸 サーモン笹寿司、野菜とんぶり和え、鬼灯玉子、 酢とり蓮根、人参真丈、みょうが芋造里身 鯛、トロ、車海老左から 座付吸 鱧吸 冬瓜入り 焼物 甘鯛西京漬け焼き 先付 手作り うすい豆腐冷鉢 ビシソワーズ グリーンアスパラとじゃが芋の冷製スープ洋皿 伊勢海老ムース、白身魚ムニエル、帆立フライ替り鉢 長崎牛和風ソース酢物 奉書巻あと、蓋物 野菜炊き合わせ は写真を撮り忘れてしまった。赤だし汁と御飯、香の物が出て、デザートは寒ざらしあんみつやはり九州は焼き物の宝庫なので、器はとても華やかで美しかった。それだけに洋皿の白いお皿がいかにも残念。悪いお皿ではないだろうが、華やかさに目が慣れてしまっているので貧弱に見える。この料理長さん、洋風料理に強いらしく一番感心したお料理はビシソワーズ。グリーンアスパラ、じゃがいも、コンソメのジュレが三層になっており、かき混ぜていただくのだが、このコンソメの味が秀逸だった。他のお料理ももちろん美味しかったが、土地柄か少々甘めの味付けのようだ。翌朝の朝ごはん写っていないが、とろろ汁と明太子の昆布巻きがあった。蓋の開いていない器は茄子のおひたしと温泉玉子とお味噌汁。
2008.06.24
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朝一の飛行機ではなく長崎空港に着いたのが昼前。それから市内に移動し、グラバー園でお茶してグラバー邸を見たら2時半になっていた。雲仙までは1時間半くらいかかるので、名残惜しいがグラバー園を出た。長崎出島道路というトンネルだらけの道を経由し、長崎自動車道の諫早ICで高速を下り、そこからは一般道。空港から来るときは、長崎バイパスを使って浦上から南下してきたが、長崎出島道路を使ったほうがグラバー園に直接来るには大分時間短縮になったようだ。国道57号線を愛野、千々石と過ぎると海岸沿いに煙たなびく小浜温泉。高校の修学旅行で小浜温泉に宿泊したことが思い出された。海岸沿いにジャガランダの木が植えてあり、ちょうど見ごろのようで紫色の花が美しかった。「アフリカにジャガランダの綺麗なところがあって、それを見に行くツアーがあるよ」と母。もちろんそれほどの規模ではないが、なかなか綺麗だった。小浜温泉街を左折し、そこから雲仙までは山道。雲仙は標高が高いと実感できる道だ。15~20分で雲仙に着く。今回雲仙に泊ることを決めて旅館探しをする時、母の家にあった「最高の宿なんちゃら・・」という本を見てみたら、掲載されていたのは「半水蘆」というお宿。以前その本に載っていた阿寒湖温泉の「鄙の座」に泊ったときとても良かったので、「半水蘆」を調べてみたら一人一泊二食50000円超いくらなんでもこんなに出せない・・・と「東園」という旅館に決めた。「東園」は鴛鴦(おしどり)の池に面しており、ロビーからの眺めはこの景色を見ながら、お抹茶をいただいてチェックイン。お部屋は「ふげんの間」この旅館の標準の客室部屋からの眺めは鴛鴦の池。部屋に入ると畳のいい香りがして清清しい。12.5畳と3畳の和室があり、3畳のほうに荷物を置けるので便利で見た目も良い。洗面台はダブルシンク。大浴場は貸切り状態ゆ~ったりとできて極楽気分。残念だったのは、風雨で露天風呂の水温が下がってしまい楽しめなかったことくらい。お部屋係のおねえさんは礼儀正しく感じが良い。お食事については次回・・
2008.06.22
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グラバー園のあちこちに紫陽花が咲いていた。天気は悪かったが、紫陽花は雨が似合う花。雨で鬱陶しくなりがちな気分も、紫陽花を見ていると少しは晴れる。紫陽花は長崎市の市の花。鳴滝塾を開いていたシーボルトと紫陽花に縁があるのも、市の花に選ばれた一因だろうか。
2008.06.21
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グラバー園は、グラバー邸を中心に長崎の居留地の洋館を何軒か移築した公園。入口を入り、エスカレーター、動く歩道で山の手を上がっていく。動く歩道の左手には長崎港側の眺望が開けて大変景色が良いが、生憎とこの日は悪天候で風もたいそうきつく、一つめの動く歩道を降りた地点で、傘が吹き飛ばされそうになってしまった。天候にめげていきなりティータイムこの『自由亭』という建物にある喫茶室で、ダッチコーヒーとカステラのセットでお茶にした。やっぱり長崎といえばカステラ。セットで800円台だった。この『自由亭』は江戸時代の終わりに日本で初めての西洋料理のレストランとしてオープンしたらしい。次はメインのグラバー邸へ。ここに来るのは4度目だが、今まで中を見学した記憶がない。初めてゆっくりと内部を見て周った。上の写真の出窓の部分の中大食堂グラバー邸の主、トーマス・ブレーク・グラバーはスコットランド生まれ。19歳で上海に渡り、安政5年(1859)の長崎開港とともにやってきたそうだ。グラバー商会を設立し、ジャーディン・マセソン商会の長崎代理人として、幕府や各藩相手に軍需品の取引を行っていた。一度倒産の憂き目をみるも、土佐出身岩崎弥太郎の三菱商会と行動を共にし、晩年は三菱の相談役となり、1911年東京で亡くなった。お墓は長崎の国際墓地で家族と共に眠っているそうだ。三菱といえばキリンビールで、キリンビールのラベルの元になった“こまいぬ”の石像もグラバー邸内に展示してあった。そういえば長崎は三菱重工の造船所があり、三菱に縁が深い土地なのね。
2008.06.20
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長崎に行ってきました。雲仙一泊、ハウステンボス一泊。久しぶりの母との二人旅でした。ほぼ100%母の希望通りに動いたので、行動範囲がものすごく狭いですが、行ったところについて書いてみたいと思います。約10年ぶりの長崎。やはり「長崎は今日も雨だった」の唄のとおり雨でした。梅雨まっただなかですからねぇ。私自身は島原に行きたかったのですが、母は長崎市内を希望。希望に逆らわず、長崎市内を目指しました。まずはグラバー邸へ。大浦天主堂大浦天主堂を下から眺め、グラバー邸に向かいます。グラバー邸前回来た時は補修中で全体像が見えなかったのですが、今回はこのとおり建物全体を見ることができました。
2008.06.19
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