Welcome to chiezo_ny's HP

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1994年 初春

ちえぞ~は調理師専門学校を卒業を間近に向かえ、一人悩んでいた。
当時18才、就職先が決まらない。
そう日本はいま、不況の始まりなのだ。女性の調理師を雇うとこなど
そう滅多にない。よほどの技術と努力が必要なのだ。
面接も何社も落ちた。女性だというだけで面接さえも受けさせてくれない
ところも現実にあった。私は当時ホテル勤務に憧れていたが、あまりにも
受け入れがないのでレストランも何軒か受けた。
だけど、決まらない。私は東京出身だけど、地方勤務も考えた。
だけど、決まらない。
途方にくれて学校推薦という形をあきらめ自分でさがしてみた。
当時出版されていた就職情報雑誌に毎号目を通した。
そこで目についたのが、「通勤時間13時間」(ほんとにこう書いてあったのよ)
はぁ~?なにこれ。なになに、よく読むと勤務地アメリカ、NY。
なんだよ~通えるわけないじゃん。
最初の印象はあまりよくない。
NYと聞いて私が思いうかべるのは、ウォール街だった。
そっか、そんなところでばりばり働いている商社マンもいるんだな~、
そんな人に私の作った肉じゃがなんか食べてもらったら、喜ぶんだろうな~
なんて、安易に考えていた。
そう、NYが「アーチストの街」だとか「ファッションの発生地」だとか
「観光地」であることとかも私は当時よくしらなかった。
ただとてつもなく遠い街に思えただけだった。
NYの「日本食レストラン」にくるのはそういう家族を離れて、会社の為に働く人達の姿しか思い浮かばなかったのだ。
私はそういうのには実はちょっと弱いのだ。(どういうのだ)
よし、じゃまあ、だめもとで面接だけでも受けてみようかな~なんて
次の瞬間電話に手が伸びていた。
日本にNYのお店のオーナーが来ているという。
面接場所は都内のレストラン。オーナーの友人の店だという。
早速行ってみる。
他にも何人か面接にいた。
女性は私だけだった。
でも調理経験があるのも私だけだったようだ、全員一緒に面接したから
みんなのこともわかってしまう。
他の人たちは別の目的でNYに行きたいらしいかったようだ。
そして最後、私の番。
「まあ、行ってもウエイトレスとかから始めもらうかもしれんが、いい?」
はあ~?なに言ってんの?と、心で思い、
「私は一応専門学校を卒業していて今日は調理師として面接に来ているんです。どうして女性の調理師は雇ってもらえないのでしょうか?」
強気ででてみた。ええい!もうやけくそだ!言ってしまえ、と当時は思っていたんだと思う。
後で聞いた話、強気で生意気な女だな、とも相手にも思われたようだ。
でもそれがかえってよかったらしい。NYにはそういう女性が多いんだ、と
それも後になってわかった。
後日電話がかかってきた。
「くわしい内容をお話ししますので、もう一度来て下さい」という。

ちえぞ~は19才の誕生日を迎えていた。
そしてNYでの板前生活の始まりだった。

つづく




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