2nd-BEST~明日に向かって~

2011.03.18
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カテゴリ: *未分類*
人は、いつでも安心感を求めてるもんだ。

安心感を与えてくれる人を嫌う者は居ない。

たとえ自分が命の危機に晒されていても

安心感を与えてくれる人に感謝は忘れない。

そう感じさせてくれた記事を見つけた。

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東日本大震災の被災者を救援するため、
日本赤十字社医療センター(東京)から宮城県に派遣された平塚圭介医師(35)が
18日、時事通信の取材に応じた。

現場で目にしたのは、経験したことのない惨状と
感謝の心を忘れずに必死に生きる人々の姿だったいう。

平塚医師は地震発生2日後の13日から16日まで
同県石巻市の石巻赤十字病院で診察に当たった。

最初に目に飛び込んできたのはフロアにあふれる約500人の被災者の姿。
「本当に悲惨としか言えない状況で、桁違いだった」。
床に横たわる人、ジャージーに革靴の男性―。
津波で運ばれて来たヘドロや汗のにおいが鼻をついた。

まず、正面玄関のひさしの下にテントをつくり
自力歩行が可能な軽傷患者の診察を始めた。

中には点滴などで使用するベッドを四つ置き、常時10人以上を受け入れた。
時折、救急搬送のヘリコプターの音で、患者の声すら聞こえなくなった。

明るい話題もあった。
孤立化した地域から助け出された子どもが
わが子を捜していた両親と病院で数日ぶりに再会した。
周りの歓声を聞きながら、泣くまいと涙をこらえた。

一番つらかったのは、診察が終わって患者を送り出すとき。
「この人たちはどこにも連れて帰ってもらえないんだ」
そう思うと胸が張り裂けそうになった。

寒さもこたえた。日赤のユニホームの上に防寒着を着込んで対応したが
テントとはいえ屋外での診療。患者だけでなく、医師らの体力も奪った。
「一番必要だったのは暖房器具と燃料」。そう振り返る。

「こんな遠くまで来てくれてありがとうね」。
平塚医師は、診察を通じて幾度となくお礼を言われたという。
こちらも何か言って励ましたい。だが、「頑張って」とはとても言えなかった。
「ここにいるから、いつでもいらしてくださいね」
そう言うのがやっとだったという。

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涙が出るわ。

患者さんのせいで起きた地震じゃないのに

感謝の心を忘れない礼儀っていうか…

凄いと思う。




医師も大変だろうな…。

善意なしにボランティアなんて出来ないだろうし…

まず優先順位も難しいと思うしね。

電気が使えないから、助かったのに落とす命もあるわけで…。

過酷な仕事だと思った…。

そして、今ある“普通の幸せ”に感謝しないと…と思った。





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最終更新日  2011.03.19 03:06:42
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ひさしぶり  
オレのこと覚えてるかなぁ~?

2006年頃に絡んだことがあるんだけどねw (2011.03.22 03:22:56)

non title  
覚えてるよ^^

タケル ロココの時代に絡んでたよw  (2011.03.24 17:54:04)

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