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脱・ダム宣言(平成13年2月20日)
脱・ダム宣言
数百億円を投じて建設されるコンクリートのダムは、看過(かんか)し得ぬ負荷を
地球環境へと与えてしまう。更には何れ(いずれ)造り替えねばならず、その間に夥
(おびただ)しい分量の堆砂(たいさ)を、此又(これまた)数十億円を用いて処理
する事態も生じる。
利水・治水等複数の効用を齎す(もたらす)とされる多目的ダム建設事業は、その
主体が地元自治体であろうとも、半額を国が負担する。残り50%は県費。95%に関して
は起債即ち借金が認められ、その償還時にも交付税措置で66%は国が面倒を見てくれる。
詰(つ)まり、ダム建設費用全体の約80%が国庫負担。然(さ)れど、国からの手厚い
金銭的補助が保証されているから、との安易な理由でダム建設を選択すべきではない。
縦(よ)しんば、河川改修費用がダム建設より多額になろうとも、100年、200年先
の我々の子孫に残す資産としての河川・湖沼の価値を重視したい。長期的な視点に立
てば、日本の背骨に位置し、数多(あまた)の水源を擁する長野県に於いては出来得
る限り、コンクリートのダムを造るべきではない。
就任以来、幾つかのダム計画の詳細を詳(つまび)らかに知る中で、斯(か)く
なる考えを抱くに至った。これは田中県政の基本理念である。「長野モデル」とし
て確立し、全国に発信したい。
以上を前提に、下諏訪ダムに関しては、未だ着工段階になく、治水、利水共に、
ダムに拠(よ)らなくても対応は可能であると考える。故に現行の下諏訪ダム計画を
中止し、治水は堤防の嵩(かさ)上げや川底の浚渫(しゅんせつ)を組み合わせて対
応する。利水の点は、県が岡谷市と協力し、河川や地下水に新たな水源が求められる
かどうか、更には需給計画や水利権の見直しを含めてあらゆる可能性を調査したい。
県として用地買収を行うとしていた地権者に対しては、最大限の配慮をする必要が
あり、県独自に予定通り買収し、保全する方向で進めたい。今後は県議会を始めとし
て、地元自治体、住民に可及的(かきゅうてき)速やかに直接、今回の方針を伝える。
治水の在り方に関する、全国的規模での広汎なる論議を望む。
平成13年2月20日
長野県知事 田 中 康 夫
「脱ダム」宣言に関する県議会答弁一部抜粋 その1
その2
秀さんの日記
<脱ダム宣言の正しさを論証する>
2006年10月6日
永井俊哉さんが「脱ダム宣言は間違いだったのか」という文章を書いている。このタ
イトルは反語的な意味を込めて使っているもので、結論としては「間違いではない」と
言うことを主張している。永井さんは結びの言葉で、
「洪水対策、給水、発電といったこれまでダム建設を正当化してきたダムの諸目的を、
ダム以外の手段によって実現することができるとするならば、水と栄養の循環を阻み、
生態系を貧しくするダムは不要ということになる。今後とも私たちは、脱ダムの方向に
向けて、代替策を模索するべきだ。」
と語っている。この結論に至るまでの論理の流れに説得力があり、これは「脱ダム宣
言」の正しさの見事な論証になっているように僕は感じる。この論理の流れを詳しく追
いかけてみようと思う。
先の長野知事選挙で田中康夫さんが敗れたのは、その直前に起きた洪水被害が、田中さ
んの脱ダム宣言が間違いだったことを示すものであり、それを理解した長野県民が田中
さんを選ばなかったのだとも言われた。しかし、永井さんは、この洪水被害が脱ダム宣
言のためにダムを造らなかったことにあるのではないと言うことを次のように説明する。
「日本でダムを建設する主要な目的は治水である。大雨で洪水や土砂災害が起きるたび
にダム建設の必要性を叫ぶ人がいるが、しかしながら、岡谷市の豪雨災害では、現場の
山の上にゴルフ場が造られており、森林伐採による土壌の保水力低下が災害の第一の原
因と考えられる。他方で、田中氏が 建設を中止させて、物議をかもした浅川ダムでは、
被害はなかった。」
僕は、永井さんを優れた理論家だと高く評価し、その主張を信頼しているので、ここに
書かれていることも正しいと確信しているのだが、一応他の情報を見て確認を取ろうと
思った。しかし、なかなか確認が難しい事柄もあった。岡谷市の地理的状況で、豪雨災
害の原因として近くにゴルフ場があるということを確かめようと思った。だが地図検索
をしても、このことを直接確かめることは出来なかった。この情報には間違いはないと
僕は信じているが、地元の人で詳しい人がいたら、この確認が出来ると言うことを教え
てもらえれば嬉しいと思う。
「森林伐採による土壌の保水力低下が災害の第一の原因と考えられる」というのは、論
理的な判断としては正当性があると思う。森林の保水力だけでは足りないと言うことで
ダムの必要性を主張する論理もあるようだが、森林の保水力を低下させておいてダムの
必要性を言うのであれば、それは本末転倒と言うことになるだろう。
森林を十分に確保しておいてもなおかつそれでは不十分であるというなら、論理として
は理解出来る。ダムの必要性ということも論理的に帰結出来るだろう。しかし、森林が
不十分な状況でダムの必要性を論じてもあまり説得力はない。むしろ、まだ森林が十分
にあった時代の災害はどうだったのかということを調べる必要があるだろう。
自然の状況を破壊しておいて、その破壊された自然が災害をもたらすから、穴埋めをす
るためにダムを造るというのは論理として無理がある。そのような論理でのダム建設な
らば脱ダム宣言が正しいと言えるだろう。永井さんの論理の展開は基本的にそのように
なっているように僕は感じる。
「田中氏が 建設を中止させて、物議をかもした浅川ダムでは、被害はなかった」という
事実に関しても、確かめたいことがいくつかある。これは「被害はなかった」という
事実はおそらく間違いないことだろうと思う。この被害がなかったことの要因がどこに
あったのかというのをもっと詳しく知りたいものだと思う。
まず豪雨の規模が、浅川ダムの地域ではどうだったのかということがある。これもなか
なか情報が見つけられなかったので、地元の方で教えてくれる方がいたら嬉しいと思う。
もし豪雨の規模があまり大きいものでなかったら、ダムの問題と関係なく「被害はな
かった」と言える可能性もあるからだ。
また、森林の保水力が、浅川ダムの地域ではどうだったのかということも気になるとこ
ろだ。豪雨の規模が大きかったにもかかわらず、その被害が大きいものにならなかった
としたら、それがダム建設を中止したからだというのは無理がある。中止しただけでは、
何ら積極的な災害対策にはなっていないからだ。
もし災害を防ぐ要因を見つけるとしたら、その地域では元々森林の保水力が高かったか、
脱ダム後の努力によって、森林の保水力を高めたのだと言うことがなければ論理的な理
解が出来ない。このような事実があったのかどうか確かめるすべがなかったので、何と
か知りたいものだと思う。
もし、浅川ダムの地域で、ダム建設を中止したにもかかわらず、いろいろな要因で災害
の拡大を防げたのであれば、それは脱ダム宣言の正しさを事実によって証明するものに
なるだろう。果たしてどうなのだろうか。
永井さんは、ダム建設に対して「自然破壊から生じた問題を自然破壊で解決しようとし
ても、抜本的な解決にはならない」という基本的な考え方で、脱ダム宣言が正しいとい
う論理を展開している。特に長野県では、オリンピックなどのために環境破壊が進み、
元々災害に弱い体質を作っておいて、それをダムで何とかしようとするという逆の対策
をこれまでしてきたという指摘をする。
だから、脱ダムを考える際も、現在の状況をそのままにしておいて考えるのは間違いだ
と言うことになる。脱ダムとともに、環境の再構築も合わせて考えなければ、単にダ
ムをやめて財政支出を減らせばいいのだと短絡的に考えるだけでは、環境破壊によって
生まれた弊害が残ってしまう。むしろダムの必要性を感じさせる結果にもなってしまう。
永井さんが考える、自然環境の再構築とともに脱ダムをしていくという方向は素晴らし
いものだと思う。これは多くの面での問題を解決し、将来的な見通しとしては、もっと
も利益が大きくなる方向ではないかと思える。
「もちろん、植林をしたからといって、洪水がなくなるわけではないが、シュメール
文明のように洪水を害悪視して、ダムや堤防で堰き止めるのではなくて、エジプト文明
のように自然の恵みとして農業に利用するべきだろう[永井俊哉:シュメール文明の遺
産]。 田中氏も「氾濫受容型の治水」を主張していた[田中康夫:脱ダム宣言議会発言]。」
と永井さんは語っている。洪水を単に被害として受動的に受け止めるのではなく、それ
を建設的に共存していける、恵みとして変えていく方向を目指そうというものだ。それ
が出来たときに、本当の意味での脱ダム宣言が完成するときになるのだ。脱ダム宣言と
いうのは、単に無駄な公共事業を減らして財政支出を減らすという問題ではないのだ。
将来に渡る、人間の生活の形という大きな理念を伴ったものだったのだ。
このことと、ダムによる弊害を合わせて考えると、脱ダム宣言が正しいという確信がま
すます高まってくる。永井さんは、ダムによって水をせき止めると言うことが、自然に
反すると言うことからいくつかの弊害を指摘している。
・「川を 堰き止めると水質が悪化するという問題がある。堰き止められてできるダム湖
底には、上流から流れ込む有機物がダム湖底に堆積し、 水流による撹拌の行われない、
酸素が少ない条件下でヘドロとなり、貯水も懸濁する。水質を悪化させないためには、
流れている水を活用した方がよい。」
・「ダムで堰き止めた河川の水を高い所から低い所まで導き、その流れ落ちる勢いによ
り水車を回して電気を起こすことができる。落差が大きいほど、水量が多いほど発電量
が大きくなるので、これまで巨大ダムが好んで造られてきた。しかし、水力発電のコス
トは火力発電のコストの約二倍である[NEDO:一般水力発電のコスト]。 ダムには他に
も機能があるからということで、この高コストが容認されてきたが、他の機能が必要な
いなら、発電も不要ということになる。
水力発電は「二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギー」と言われているが、ダム
が環境を破壊している以上、ダムの発電がクリーンなどと言うことはできない。」
・「ダムを建設して川の流れをせき止めることは、栄養分が山から川を経て海に流れ、
漁業資源を育み、魚を食べる鳥や動物の糞や死体となって再び山に還元されるという自
然の循環を遮断するという意味で、たんに水没する地域だけでなく、山と海を含むより
広範な自然の生態系を破壊する。川の流れを堰き止めるということは、人体において血
液の流れを止めるのと同じで、有害である。
ダムが河川の流れを遮断すると、水生昆虫、魚類、甲殻類などの生物が、上流から下流
の間を行き来して生活史を全うすることができなくなる。サケ・マス・アユのような回
遊性の漁業資源を守るために魚道を作るという方法もあるが、完璧を期そうとすればす
るほど、建設費用が高くなる。」
この指摘は、全くその通りだと納得出来るものだ。脱ダム宣言というものは、パブリ
ックな面から考えれば、それが正しいことは疑い得ないほど確実なのではないかと思う。
公共性を体現する公人としての田中元知事が提唱するにはもっともふさわしい政策だっ
ただろう。特にオリンピックで環境が破壊された長野県にはふさわしい政策だったので
はないかと思う。
パブリックな面で正しい脱ダム宣言が捨て去られて、再びダム建設が始まるというのは、
そこにエゴイスティックな利害が絡んでいるのではないかという疑念を感じる。そのよ
うなパブリックでない政策を新知事が推進しようとしているなら、それは田中県政の時
に培ってきた民主主義の土壌を破壊するものとなるだろう。脱「脱ダム宣言」の公共
性というものを長野県民は注視して欲しいと思う。そこにパブリックを破壊する要素を
見たときは、田中県政の時に育った民主主義のマインドを見せて欲しいと願っている。
私的利害という私益を越えた公益を考えることが出来るものこそ民主主義のマインドだ
と思う。
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