Robert Burns、その人と詩




 スコットランドの人たちは概して話し好きだと思う。
タクシーの運転手さんもそう。
先々週体調が悪くて病院に行こうと車を呼んだら、この運転手さんはエルビス・プレスリーの大ファン。CDでプレスリーのメロディをガンガン聞かせてくれる。「聖マリアを守り神と思ってるやつもいるけど、俺の守り神はプレスリーやね」。彼の携帯にはしっかりエルビスの写真がついていた。大体、モバイルより大っきな写真をつける人なんているんだろうか。おかげで病院に着く頃にはすっかりアップテンポな気分になっていて「診てもらわなっくたっていいや」って気になっていたのはありがたかった。

この前少し書いたエジンバラ駅の話には続きがある。
夜も更けた帰りの汽車で、ピシッとスーツを着込んだおじいちゃんが途中から乗ってきた。席がなくってちょっとしんどそうだったから、私は隣に置いた荷物をどけて、すわってよと席をすすめた。
「おおきに、おおきに」。
でも私はすぐに「しまった」と思った。
じつはこのおっちゃん、かなり酔っ払っていたからだ。もう夜も10時すぎ。どこまで行くのか知らないけれど、途中まで酔っ払いと行くのは気が重い。もうこれは知らん顔をしているしかない。ところがこのおっちゃん、どんどん話しかけてくる。ろれつが回っていないうえに、またこれが、えらく正統なロージアン言葉(エジンバラ、ダンディ近辺の言葉)。私にはてんでわからない。
「お前はどこから来たんや」「日本から」、
「どこに住んでるんや」「アバディーン」。
「おっちゃんこそ、なにやってるんや」
「わしは昔からずっとおんなじ仕事や」
「やから、何の仕事か?」
「わしゃ配管工や」
そうか、このおっちゃんきっと配管工組合の飲み会の帰りに違いない。
「アバディーンは嫌いやけど、わしの若い頃はええ街やった。」「何がよかったんか?」
「それはもう…×××。」
やめてんか、酒臭い息して、耳元まできてヒソヒソしゃべらんといて!
「ところで、おまえ、アバディーンなんかで何してるんや。やっぱり何か…×××」。
「ちがう、仕事や、スコットランド文学の研究しにきてる」(もうほっといて)。

でもこの言葉で私たち二人の会話の雰囲気は一変した。
この酔っ払い、じつは詩人ロバート・バーンズの大ファンだった。
「おっちゃん、バーンズ好きなんか。この夏、バーンズの故郷のDumfriesに行って、バーンズが暮らした農場も見てきたで」。
もうこのおっちゃん、うれしくなっていきなり握手してきた。でも握手の前に手にぺっぺとツバまでつけてくれるから、「お前さんとなんか握手できるか!」。指の先だけチョコっと握っておく。毎日の配管工の仕事で鍛えられたその手は、指の先までゴツゴツしていた。
おっちゃんはそのごつごつした手で、おもむろに携帯を取り出す。こんなおっちゃんでもモバイルを持ってるんか。
なんとおどろき、着メロがバーンズの曲。これはかなりイカレている。
今度は名刺。名刺の下にもバーンズの曲。イカレまくっている。
あー、こんなバーンズ狂の酔っ払い。もう、最高にうれしい。席をゆずってよかった。
おっちゃんは、バーンズの歌を歌いだした。
夜も更けた、汽車の車内に酔っ払いが歌う、朗々としたバーンズの曲が流れる。
暗い車窓に、街のオレンジの灯がさっと流れていく。
もちろん、英語ではない。きれいなスコットランド語だ。

夜の汽車には、酔っ払いの歌と相場は決まっている。酔っているくせにこれがまたうまい。私は歌えない代わりに、歌に合わせてまねてみる。肩も抱き合わんばかりにひとしきり歌った後、汽車を降りるときおっちゃんは、「荷物からは目を離すな」としきりに言って、真っ暗な寒いホームでずっと手を振っていてくれた。

わが酔っ払い詩人バーンズの曲に、日本的なシリアスな歌詞は似合わない。
蛍の光より、人の生活の息づきを感じさせる街の、流れていくほの灯りのほうがいい。
バーンズはきっと、あの酔っ払いみたいだったんだろうなと思う。

バーンズ像(Dumfries)


●スコットランド民謡。Auld Lang Syne 10月12日(日)


 と、こんなスペルをワードに入力するとすぐ赤のアンダーラインが引かれてしまいます。こんな単語は「英語」にはないってことです。これでいいんですよ、マイクロソフトさん。だってスコットランド語なんだから。

 今朝の朝食は、クロワッサンとミルクティ。ジャムはフランスの「Elodie」という銘柄の「Poires aux Noix」。洋ナシとくるみのバージョン。見た目からおいしそうと思っていたがこれはもう最高においしい。フルーティで新鮮な香りが口の中いっぱいに広がる。これをクロワッサンにぬり、ミルクティにつけて食べる。
 日本でこれをやると、知り合いのフランス人のおじいちゃんの真似だといってパートナーがすぐ笑う。おいしいからいいじゃん。アバディーンに一人でいると思う存分これがができるのがいい。ささやかな喜び。

 でも私が最高においしいと思っているこのジャムはアバディーンではふだん手に入らない。イギリスではあまり見たことがない。日本には入ってるのかな? ご存知の方がいたらぜひ教えてください。フランスだと普通のスーパーにふつーうにおいてある。それも1ユーロから2ユーロほど。おそるべし食大国フランス。今、食べているのはアバディーンのメインストリートでたまに開かれる、「フランス・フェアー」(と勝手に呼んでいる)の屋台で買ったもの。あんまりおいしいからちょびヒゲを生やした屋台のフランス人のおじちゃんに‘Do you know where can I get this one in Aberdeen?’と聞いたらたどたどしい英語で、「わしゃ英語がわからん」との答え。メインストリートいっぱいに並ぶ屋台の人たちはみんな英仏海峡を渡ってきた人たち。英語が話せない。いい感じ。
 クロワッサンはアバディーンの旧市街のパン屋さんで買う。フランスのクロワッサンにはもちろんかなわないけど、このベーカリーのクロワッサンは人気がある。イギリスにしてはめずらしくおいしいから。昼すぎに行くと他のパイは残っているのに、クロワッサンだけ一番に売り切れている。おいしいクロワッサンの味を知っているフランスから来ている留学生たちが、朝イチで買いこむんだと私は推測している。

 さて、今日の本題。
 中世のたたずまいを残す旧市街の石だたみの通りに面したこのベーカリーの名前は「Auld Tune」。スコットランド語を少しかじっていれば意味はすぐわかる。英語でいえば‘Old Song’ないし‘Old Accent’ということ。‘Tune’はスコットランドでは特別の感慨がある言葉。バグパイプの曲も‘tune’、ローカル・コミュニティーの中で集団的に歌い継がれてきた歌も‘tune’。『蛍の光』として知られる‘Auld Lang Syne’も忘れがたい‘tune’だ。スコットランドの地方詩人ロバート・バーンズ(1759-1796)は、別れゆく友に再会したら変わりなく一杯やろうと詠った。われらが酔っぱらい詩人にふさわしい歌。明治期に生きた稲垣千頴(ちかい)は小学唱歌になったこの歌にまったく違う歌詞をつけた。卒業式では一番かせいぜい二番までしか歌わない。三番以降の稲垣の歌詞が、あまりにきわどいからだ。

筑紫のきわみ みちのおく
うみやまとおく へだつとも
そのまごころは へだてなく
ひとつにつくせ くにのため

千島のおくも おきなわも
やしまのうちの まもりなり
いたらんくにに いさおしく
つとめよわがせ つつがなく

 九州も東北も、千島も琉球も全部、「日本」だってこと。
義務教育制度を確立し、標準語教科書を作り、政府と「国土」の正当性を言いたかった明治政府には、琉球王国のゆたかな歴史も、アイヌの生活の独自の文化もなかったんだろう。小森陽一氏が指摘するように、アイヌの人たちを「土人」と規定した法律「旧土人保護法」が廃止されたのはようやく1997年のことだった。「旧」とつくのは、明治期に「日本」になって文明化されたという意味。地方のゆたかな言葉は、標準語の「なまり」とされた。
 Queen’s Englishと「イギリス」ではなく、むしろスコットランド語とローカリティをこよなく愛したバーンズにとっては災難な話である。


●Auld Lang Syne原詩のご紹介。 10月16日(木)


 今日は木曜お茶会の日。お茶会はStudent Unionの建物の一階にあるスタッフ用の喫茶コーナーであります。新学期が始まったばかりということもあって最近は新しく来られる方が多くてにぎやか。ちょっと広い座席だって大きな顔をして座ってられる。今日はここに行く途中、すっかり紅葉した街角の写真を何枚か撮った。そのうちトップページ用に編集しよっと。
 12日の日記でAuld Lang Syneのことを書いたら、ロバート・バーンズのオリジナルの歌詞を教えてほしいというリクエストがあった。(といってもMy Partnerからなんですが…)。うちわの依頼とはいえ、これは応えないわけにはいきません。以下、『蛍の光』として知られるバーンズの詩のオリジナルです。とりあえず前半、3フレーズだけです。後半はまたのお楽しみ。でも私のオリジナルの解説と、本邦初のMini Pochi訳つきです(笑)。

   Auld Lang Syne

Should auld acquaintance be forgot,       
And never brought to mind?
Should auld acquaintance be forgot
And auld lang syne?

(Chorus)
For auld lang syne, my dear,
For auld lang syne,
We’ll tak a cup o’ kindness yet
For auld lang syne.

And surely, ye’ll be your pint stoup!
And surely I’ll be mine!
And we’ll tak a cup o’ kindness yet,
For auld lang syne.
(出典:A Wee Guide to Robert Burns by Dily Jones, GoblinsHead, Edinburgh,2001)

<Mini Pochiの用語解説>(スコ)はスコットランド語を意味します。
Auld(スコ) / old、acquaintance 友だち、lang syne(スコ)/long ago、tak/take、kindness (古)友情、pint stoup(スコ)/pint pitcherビールを入れるピッチャー(2リットル?)
で、はずかしいんですが、Mini Pochi版の歌詞です。ちなみにMini Pochiは関西出身です。

「ひさしぶりやからこそ」

お前のことを忘れてしもうて、
思いださんなんてことはない。
お前のことを忘れてしもうて、
時が流れるなんてことはない。

どんなに時が経ってもな
どんなに時が流れても、な。
友だちやから。きっと一杯やろうよな、
ひさしぶりなんやから。

好きなだけ飲んだらええ。
おれも好きなだけ飲む。
友だちやから。きっと一杯やろうよな、
ひさしぶりやからこそ。

(訳詩の著作権はこのWeb 日記の作者にあります)




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