コメントありがとうございました。

アジェンデの「革命」と「戦死」はチリの名を不動のものにした。彼の政策の是非はともかく、ご冥福をお祈りいたします。

ちなみに、たしかに、チリに親日家が多いなあという印象を受けます。

でも彼らのメンタリティは80年代の韓国に似ていました。どういうメンタリティとは言いませんが…。クーデターと人権蹂躙政権と大国の経済援助が形成するメンタリティなのでしょうか?。 (2006/02/03 12:10:00 AM)

【カラーガード大好き】マイレージジャンキー 時々 「鉄」

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2006/02/02
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今回はサンチャゴ旧市街(セントロ)の様子をレポートします。サンチャゴも南米の普通の街と同じで、先ず広場(プラザ)と教会が築かれ街の拡大が始まりました。

ところで、楽天側の画像サーバの反応が極端に悪いですね。なんだかなあ。昼間は私が用意したサーバがやられ、夜は楽天側のサーバがだめです。うーん。表紙の写真を差し替えようかと思っているんですけど…。

日記

大統領官邸(モネダ宮)です。モネダとはマネーという意味でもともとは造幣局だったそうです。

日記

うー、逆光です。つらいなあ。1973年のクーデターの際にはアジェンデ大統領はこのモネダに立て篭もりました。陸軍の戦車隊や歩兵隊、空軍の戦闘機がこの建物を攻撃したそうです。

日記

大統領官邸の北隣の憲法広場にある銅像です。

日記

サルバドール・アジェンデ・ゴッセンス大統領の銅像であります。共産主義者の聖者の一人になりました。

彼は議会選挙を通じて選ばれた大統領でした。選挙を通じて資本主義から社会主義に移行するという非常に稀なことがこのチリで起きてしまったのです。これがチリの不幸(と思っていない人もいますが)の始まりでした。

キューバで散々痛い目を見たアメリカ合衆国は中南米の共産主義政権を許しませんでした。チリの野党の資本主義政党に資金を供給し、チリの主要産品であった銅鉱石の価格を押し下げ締め上げます。

当然国民生活は悲惨な状態に突き落とされました。この過程で価格統制と猛烈なインフレが発生いたします。1円=5ペソというレート(日本円よりも小さい単位の国は韓国とかベトナムとかチリなど少ないですね)にインフレの傷跡を垣間見ることが出来ますね。

これにアジェンデ政権は屈せず抵抗しました。そして、1973年9月11日に、チリ国軍及び警察はクーデターを行ったのです(もちろんCIAが大活躍しました、後のアメリカの連邦上院で工作の一端が明らかになりました)。この辺りの事情はインフォシーク(楽天さんに擦り寄る私)でも、簡単に拾えます。

クーデターは首尾よく成功し、ピノチエト軍事政権が成立いたしました。この政権は人権蹂躙で悪名高い政権であり、色々な人権侵害を行ったと言われています。ピノチエトがロンドンで逮捕されたのはこれらの人権侵害(殺害)容疑でした。

日記

この銅像も憲法広場にありました。アジェンデの前の大統領のフレイ氏の銅像です。

このチリの共産主義政権成立からクーデター成功までの期間に、日本のある商社は人民連合政権と癒着し(賄賂攻撃ですね)商売を広げようとし、別の商社は陸軍と癒着し商売を広げようと致しました。まるで韓国やインドネシアみたいですが…。

この総合商社同士の白兵戦のような息詰まる商戦を描いた小説が、深田祐介氏の「革命商人」です。昭和50年代の小説で今日性は少々損なわれておりますが、今読んでも面白いです。非常に面白い小説でした。「日本人とは何か」という私のテーマにぴったりです。幸いなことに文春文庫で復刻されております。楽天ブックスで買ってください(楽天さんにすりより、でもアフィリはやらないです)。

日記

外交学院?、外務省?。モネダの近くにありました。

日記

ホテルエスパーニャです。

日記

モネダから北に伸びる街路です。この街路の先に、前にご紹介した中央市場がございます。大統領官邸見物の後には市場でシーフードと言うのがお勧めコースです。

日記

市場周辺の街路でございますね。

日記

日記

聖堂でございますね。

日記

こちらがアルマダ広場です。この広場からサンチャゴ市は始まったそうな…。木が邪魔ですが、後に見えるのがサンチャゴ大聖堂です。聖堂と広場という南米の都市の公式がここにも見られます。

日記

真夏のクリスマスのサンチャゴ編です。巨大なクリスマスツリーがアルマダ広場に生えておりました。

日記

これもアルマダ広場です。オイギンス将軍の銅像です。独立の英雄か、チリの植民地化の英雄かのどちらかだったような…。うろ覚えです。

日記

チリの法務省のようです。

日記

サンチャゴ中央郵便局です。綺麗な建物でした。チリの郵便局は普通は切手を使いません。レシートみたいなシール式の打ち出しをコンピューターから出して、これを郵便物に貼ります。これでは全然旅情が出ないのです。でも、中央郵便局に来ると切手を買うことが出来ました。

今回はこの位にさせて頂きます。次回はモネダ宮の衛兵交代式をご紹介し、サンチャゴ編を終えます。サンチャゴ編終了に、アンデス越えをねちっとご紹介して北米編に移ろうと思っております。







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Last updated  2006/02/02 12:05:30 AM
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Re:南米点描(10) サンチャゴ旧市街(02/02)  
のごめ  さん
>深田祐介氏の「革命商人」
おもしろそうですね。メモメモ

>選挙を通じて資本主義から社会主義
知りませんでした。チリの失策ですよね。
そういえば、知人チリ人は2人とも日本人と
結婚したがってたのですが、
チリ親日家も多いのかな。

聖堂と広場の写真、私がいったスペインの
街にそっくりに見えました。
毎回どうでもいいコメント失礼しました。 (2006/02/02 01:15:23 AM)

Re:南米点描(10) サンチャゴ旧市街(02/02)  
クリスマスツリーは豪華ですが、街自体なんだか温かみのない、模造の街みたいですね。

写真だけをみると・・・ (2006/02/02 09:03:31 AM)

やはり  
南米でありながら、建造物を見ると、ヨーロッパの移民が多い国、と言う印象をうけますね。
巨大ツリーも綺麗に写ってますね! (2006/02/02 10:08:11 AM)

銅像があるんですね。  
toshibo0820  さん
アジェンデの銅像があるんですね。
アジェンデ政権は、70年代の奇跡ですね。 (2006/02/02 10:55:27 AM)

のごめさんへ  
notoshun  さん

☆kiki44☆さん  
notoshun  さん
コメントありがとうございました。

的を射たご指摘です。今は町の中心は新市街に移動してしまったのです。セントロは寒々しいのです。
(2006/02/03 12:11:01 AM)

マダム・ローさんへ  
notoshun  さん
コメントありがとうございました。

こちら旧市街は、スパニッシュな雰囲気が溢れております。でもでも、やっぱり、何か薄い感じがします。チリには非常に失礼な表現なんですが、虚栄の街…。
(2006/02/03 12:12:36 AM)

toshibo0820さんへ  
notoshun  さん
コメントありがとうございました。

アジェンデの銅像があること自体、時代の流れを強く感じさせるのです。この感じを分かってくださる読者がいて嬉しいです。何故私がチリに行くのかをご理解いただくのは中々難しいのです。ありがとうございました。 (2006/02/03 12:14:30 AM)

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