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魂の叫び~響け、届け。~
PHASE6 解放の呪文
■PHASE_6 解放の呪文
開けられた扉から入って来たその姿は、『可憐』という表現がぴったりとあて嵌まる。
柔らかなそうなココア色の髪、紫水晶の澄んだ輝き。
華奢な身体を包む漆黒の装いは、より一層彼のその艶やかさを際立たせている。
その肩先には、“ちょこん”と緑色のロボット鳥が止まっていた。
こんなにも美しい容貌をしていただろうか、彼は。
イザークは不躾な程に上から下まで、キラの姿をまじまじと見た。
そんなイザークに、アスランはチラリと牽制を込めた視線を寄越す。
アスランの隣に腰掛けながら、キラはイザークに困惑した表情を向けた。
「えっ…と…」
「…久し振りだな、キラ」
笑顔で差し出された掌に、キラも笑顔で自らの手を差し出す。
「お久し振りです、イザークさん」
躊躇い無く差し出されたキラの手首の内側に、照れた様に傾げられた首筋に、
真紅に染まった――――情交の、跡。
イザークは軽く目を瞠ると、無表情にこちらの様子を見ているアスランを一瞥した。
「どうなさったんですか?今日は」
「ラクス・クライン嬢から、伝言を預かって来た」
キラはその一言に目に見えて動揺し、紫玉を不安気に揺らした。
「…ラク…スから…?」
「ああ、お前だけに伝えるようにと言われている」
イザークのその言葉にアスランは目を眇め、体から不穏な気配を立ち昇らせる。
キラをヒタリと見据え、次いでその横のアスランに、そしてまたキラへ、
肌にじっとりと纏わりつくような重苦しい空気の中、イザークはゆっくりと視線を巡らせる。
「どうする?…聞く気があるか?」
普段の彼を知っている人が見たら間違い無く我が目を疑うだろうという程の
慈愛に満ちた微笑が、惜しみなくキラに向けられる。
「聞きます。――――アスランはちょっと席を外してて?」
「キラっ!」
アスランはキラの肩を掴み、懇願するようにその紫玉を見詰めた。
キラはそんなアスランの翡翠を受け止め柔らかく笑むと、安心させるようにアスランの手に己の手を重ねた。
「大丈夫、ちゃんと後で…全部話すから。ね?」
アスランがキラの“大丈夫”と“ね?”に逆らえるはずも無く…。
息も継げない程の力でキラをきつく抱き締めると、アスランは部屋を出るべく扉に向かった。
そんな後姿に、揶揄を含んだ声が掛けられる。
「いいのかアスラン、キラと俺を2人きりにして?」
その背中に一瞬蒼い炎が見えた気がしたが、
振り返った双眸には面白がるような色が滲んでいた。
「キラはお前の手には負えない。それに…お前にはいるんだろ?大事なヤツが、さ」
「それは誰の事だ!?」
イザークは、掴みかからんばかりの勢いでソファから立ち上がると、
苛烈に燃える双眸を射殺さんばかりにアスランへと向けた。
「…さぁ?」
野卑な笑みを口元に刷くと、屋敷の主は滑るような動作で姿を消した。
しばらく消えた背中へ刺々しい意識を向けていたイザークだったが、
申し訳無さそうに自分を見上げる視線に気づくと、咳払いをひとつしてソファに座りなおした。
「伝言の前に…確認しておきたい事がある」
そう言ってイザークが胸ポケットから出した薄型のコンピューターには、数人の顔写真が並んでいた。
何気に覗き込んだその画面に、キラは大きく目を瞠る。
「これ…っ…!」
「見覚えがあるか?」
「彼らはオノゴロにいた僕を訪ねて来た…」
その画面に映るのは、オノゴロで暮らす自分を訪ね、
『ぜひ我らにその持てる力を貸して欲しい』そう言って膝を折った彼らだった。
「旧政権の過激派だな?」
「ええ」
「…実は昨夜、この5人の死体が発見された」
膝の上で白くて美しい指を組み合わせ、真っ直ぐにそのアイスブルーの視線がキラへ投げられる。
「死後、1ヶ月以上は経っているとの見方がされている。
直接手にかけてはいないだろうが、命令を下したのはおそらく――――」
「アスラン…なんですね?」
キラは苦し気に眉根を寄せると、唇を噛み締め低く呟いた。
彼は、やはり許せなかったのだ。
自分を、引いては彼をもその騒動に巻き込んだ彼らを…。
「ああ、俺はそう確信している」
俯き、押し黙ってしまったキラに痛まし気な視線を向け、イザークは先を続けた。
「昨夜、この事件を知ったクライン嬢が俺に連絡を寄越した。
…まぁそれで今のこの状況を知った、という訳なんだが…。
――――お前、ここから逃げる気があるのなら手を貸すぞ」
イザークの真剣な声音に、キラは大きく目を瞠った。
「ここにお前がいる事の責任の一端は俺にある。…済まなかった」
組んでいた指を解き膝の上に軽く握り込むと、イザークは視線を落とし、頭を下げた。
そんなイザークの姿に、キラは身の置き場の無い焦りに襲われる。
「いえっ、いいんです顔を上げて下さい!!それに…僕はもう逃げるつもりはありません」
イザークが視線を上げると、紫玉のそれとぶつかる。
「逃げてもこの想いからは解放される事は無いって、解かったから…。アスランも、僕も」
柔らかく細められたアメシストには、静かな決意の色が宿っていた。
平坦で安穏な道とはほど遠くても、約束された何かがそこには無くても、
――――彼はもう、決めたのだ。
「そうか…」
イザークは知らずに笑みを刻んでいた。
この目の前の華奢な少年が、迷いながらも自分の友を選び取ってくれた事が
こんなに自分の気持ちを浮き立たせた事を意外に思いながら。
「話さなくちゃ…いけませんよね。ラクスにも…」
「彼女は聡明な女性だ、それに強い。お前の気持ちはきっと理解してくれている。
問題は、オーブにいるお前の姉だか妹だかなんじゃないのか?」
考えなくてはいけない、だが考えたくは無かった、現実。
オーブで政務をこなしている彼女に、自分は何一つ話してはいなかった。
いつでも逃げてばかりだった自分。
自分の気持ちからも目を逸らし、逃げ出して…。
傷つけたくない、苦しませたくない、そう思った気持ちは確かに本物だったのに。
その結果が余計に彼女を苦しめ、傷つける事になってしまう。
「きちんと向き合う覚悟があるなら、話してやれ。
傷つけたくない気持ちは解かるが、隠し通す事ばかりが優しさでは無いはずだ」
「そう…ですね」
琥珀色の笑顔が、脳裏を掠める。
愛しい、優しい面影に、キラは瞼を閉じ想いを馳せる。
遠く、海に囲まれたあの島にいる彼女に…。
「“あなたは、あなたの思うままに”」
暖かく響くその声に目を開けると、キラは不思議そうにアイスブルーの瞳を覗き込んだ。
「――――クライン嬢からの伝言だ」
「…っ!僕は…っ」
彼女が自分に想いを寄せてくれている事は、知っていた。
いつだって彼女の優しさは、僕を守ってくれた。
――――癒してくれた。
痛いくらいにぶつけられるその真剣な気持ちに、自分はいつも甘えきって…傷つけて…。
なのに…。
「っぁあっ…うっ…あああぁぁぁっ!」
君はこんな僕を許してくれるの?
…ラクス…。
イザークは華奢な身体をさらに小さく丸めるようにして泣哭するキラの肩に、そっと手を乗せる。
こんな細い肩で、彼はずっと一人で闘って来たのか…。
そう思うと、自分でも驚く程に優しい気持ちが胸に湧き上がった。
「――――また近い内に様子を見に来る。お前も色々と気詰まりだろうが、もう少し肩の力を抜け。
今度来る時には肩の力の抜けきったヤツを連れて来てやるから、少し見習うといい」
ただならぬ室内の気配を察し飛び込んで来た友にその場を譲ると、
銀糸の髪の若き議員は振り返る事無くその部屋を後にした。
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