[妊娠・出産の思い出]の記事一覧 | 気の向くままに♪あきみさ日記

Misa誕生秘話・４　－今思うこと－

Misaの後遺症の有無は、育ってみないと分からないらしい。３歳くらいまでは脳神経科で数ヶ月に一度、発達検査をすることになった。幸い、１歳８ヶ月を過ぎた今、特に何の問題も見られない。丸々と肥えて、活発に動き回る子供に育っている。後日パートナーから聞いた話では、私は５割、Misaは８割の確率で助からないと言われたそうだ。長い手術の間、Akiとふたりで待っていたとき、いったいどんな気持ちだったのだろうと想像する。「葬式出さなあかんのかなとか考えとった」と、今だから笑って教えてくれたけれど。Misaのアプガースコアは、産まれて１分後が２、５分後に５、１０分後に８だったらしい。早産のAkiでさえ、１分後９だったのに。産まれた直後は、全身真っ青だったとか。母子手帳の出生体重欄を見た小児科の先生が、「あとで測ったのかな。なんせ産まれたときはあまりにバタバタしてたから」とおっしゃっていた。Ｙ先生の、「小児科呼べ、小児科」と張り上げられた声を思い出す。ひとつの命を救おうと、たくさんの方々が力を合わせて下さったのだ。頭の下がる思いがする。将来どんな子に育とうとも、万が一今後何らかの障害を抱えたとしても、助けられた命、生かして頂いた命のことを思い出し、有難く受け止めて生きていきたい。そしてMisaが大きくなって、もしもいじめに合ったりして自分に自信が持てなくなり、生きる意味が見つけられずに思い悩むようなときがあれば、どれだけ望まれて生まれた命であるかを教えてあげたい、と思う。☆アプガースコア出生後すぐの赤ちゃんの状態を見て、点数を付けたもので、新生児の今の状態を把握し、その後の状態を予測するために用いる。Appearance（皮膚色）、Pulse（心拍数）、Grimace（刺激に反応）、Activity （筋緊張）、Respiration（呼吸）のそれぞれの頭文字をとって、アプガースコア（APGAR score) となっている。生後１分後と５分後に判定し、満点は10点。50年近くにもわたって用いられている伝統的なもの。最近は差別を避けるため、母子手帳には記載されなくなったらしい。（Akiの母子手帳には記載されていたが、Misaのはパートナーが口頭で聞いただけだった）◆採点基準：＜皮膚色＞　　０点：全身蒼白または全身チアノーゼ（青紫色）　　１点：体幹ピンク色・手足先チアノーゼ（青紫色）　　２点：全身ピンク色＜心拍数＞　　０点：心拍なし　　１点：１００以下　　２点：１００以上＜刺激に反応＞　　０点：反応なし　　１点：顔をしかめる　　２点：泣く＜筋緊張＞　　０点：だらりとしている　　１点：腕や足を曲げている　　２点：活発に手足を動かす＜呼吸＞　　０点：呼吸していない　　１点：弱々しく泣く　　２点：泣く◆スコアの見方（仮死の度合い）：　　８～１０点　→　正常　　４～　７点　→　軽度仮死　　０～　３点　→　重症仮死※満点が１０点だが、通常は８～９点ということが多いらしい。※出生後１分後と、仮死がある場合は５分後にもまた採点する。※１分後の数値より５分後の数値がより重要で、５分後の値が低い程予後は悪いとされている。

Misa誕生秘話・３　－出産２日目～退院までのこと－

＜出産２日目＞朝、産科病棟に移ると告げられる。ＴＶを観ていいとリモコンを渡されたものの、特に観たい番組もなく、結局ＮＨＫ教育の子供番組をつけていたら看護師さんに笑われた。１１時半頃、産科病棟のスタッフが迎えに来た。「個室を準備しときました」と言われ、書類に了承のサインをする。この際、多少費用がかさんでも個室は有難い。個室に移ったあと、左腕から点滴、モニターが外され、少し自由になる。水を飲んでいいと許可が出た。１日半ぶり？どんな味がしたか覚えていない。持参してきたパジャマに着替え、楽になる。寝返りをうつのはまだつらい。お尻がしびれて痛くてならない。父が来た。椅子に腰かけ、ベッドに両肘をついて頭を抱え、「心配で寝られんかったよ」とだけ言った。疲れた顔だった。どんな思いで車を飛ばしてきたのだろう。申し訳なくて仕方がなかった。夕方に来た母が、田舎にAkiを連れて帰ると言う。これまで父母と離れてお泊りしたことはない。３歳までは絶対に一人にしないと決めていた。見放されたと心にキズを残したくなかったのだ。でもAkiももう３歳半。最初は「かわいそうだ」と反対したものの、私がAkiと会えなくなるのがさびしいだけなのかもと思い直し、パートナーの負担も考えて、最終的には了解した。母は「少しだけお出かけする感じで黙って連れてけばいい」などと言ったが、「ちゃんと説明して、自分で納得してからじゃないとダメ」と念押しした。当たり前だ。３歳児だって１人前に扱ってやらないと。夜中、痰がからんで苦しかった。水分を取るように言われて、冷たい水を持ってきてもらった。朝にかけてちょこちょこ飲んでしのいだ。＜出産３日目＞昼から流動食が許可された。葛湯、甘いスープ、リプトン紅茶。しみじみと味わった。赤ちゃんも管が少なくなり、経口でミルクを５ｃｃ飲んだと教えてもらった。お母さんと一緒だね。新しい写真も数枚頂いた。口の呼吸器がはずれ、自力呼吸になったので、口もとがはっきり見えている。私似？パートナー似？まだ分からない。全身写っている写真が見えるように重ねて、ベッド脇に貼った。パートナーにＴＥＬしたら、やはりAkiは両親が田舎に連れて帰ったとのこと。朝、パートナーに、「お母ちゃん病院やろ。お父ちゃん会社に行かなあかんやろ。そしたらAkiはどうする？ひとりでお留守番できへんやろ。おじいちゃんおばあちゃんと一緒に行くしかないよな」と言い聞かされ、布団に突っ伏して泣いていたらしい。ごめんね。しばらくの間、辛抱してね。その日はトイレまで往復の練習の後、導尿管が抜かれた。右腕の点滴も夜には外され、ついにすべての管から自由になった！搾乳してみる。黄色っぽい初乳が１５ｃｃほど出た。Akiのときはなかなかでなかったので、やはり二人目は出やすいんだなとうれしかった。早く飲ませてあげたい…１９時半、会社帰りのパートナーと一緒に、赤ちゃん面会へ向かう。面会用の服を着て、手や口を消毒後、未熟児室に入る。赤ちゃんは保育器に入っていた。やっと会えたね！Akiのときは出産翌日に助産師さんが病室まで連れてきてくれたけど、あなたはここでずっと待っててくれたんだね。保育器のなかで、一生懸命お腹を上下させながら息をしている。あと５分遅かったら、手遅れになるところだった…本当にごめんよ。＜出産４日目＞朝、田舎にＴＥＬしたが、Akiは機嫌よく過ごしているとのことで一安心。ＴＥＬに出ても素っ気なくすぐ切ってしまう。ちょっと複雑。この日は洗髪してもらったので、気分的にもとてもスッキリした。立つ、歩く、座る、横向きに寝るなど、かなりスムーズに動けるようになる。人間の回復力、それに医学の進歩とはすごいものだ。つい数日前に腹を切ったばかりだというのに。Ｙ先生が来られ、初めて手術時の様子を説明して下さった。開腹時には胎盤が全部剥がれ、赤ちゃんは完全に子宮の外に出た状態だったらしい。ということは、内臓のなかに赤ちゃんが…？想像するだけでも恐ろしい。出血は３リットルくらいあり、輸血は２リットル入れたらしい。これまで何度も献血はしてきたければ、トータルで２リットルまでいってたかな…。これで一生、献血できなくなっちゃったな。「あなたにはまだツキがあった。ちょうど長い手術のあとで、手術室のスタッフがたくさん残っていた。これが１時間２時間あとだったら、そんなに早くいかなかった」確かに、どう考えても病院に着いたのは７時頃なのに、赤ちゃんの出産時刻は７時２８分。３０分とかからず、助け出されたのだ。運のいい子だ。きっと、とてつもなく運のいい子に違いない。もっとも本当に運のいい子なら、最初からこんな目に遭ってないか…Ｙ先生は「多分陣痛が始まったんだと思う」と言われたが、ハリはまったく感じなかったのだ。とにかく、お腹のなかで何か不具合なことが起きたのだろう。一人目を帝王切開で産んだ場合、二人目も子宮破裂の怖れがあるため、帝王切開にすることが多い。その話を、単なるリスクとしてしか捉えていなかった。まさか自分の身に起こるなんて、考えもしなかった。夜、パートナーに「低酸素状態の後遺症とかあるのかな」と言うと、「何があっても受け止めていこう。ふたりの子供なんだから」と力強く答えてくれた。Akiの妊娠時、筋腫のせいでもし赤ちゃんに障害があったら…という話をした際、「俺にはムリ、絶対イヤや」などと心ない返事をされ、傷ついたことがあったのに。ひとたび人の親となれば、考えも覚悟も変わるのだろう。素直にうれしかった。その後、一緒に面会に行った。赤ちゃんは、目をクリッと開いて起きている。この目のクリクリした感じはパートナー似だ。よかった。父親似なら、きっと幸せになるよ。＜出産５日目＞土曜日で会社が休みのこの日、午後に来たパートナーと名前カードを記入した。妊娠中に女の子と判明してすぐ購入した大吉名候補リストを、ああでもないこうでもないと相談していたが、ようやくMisaに決定したのだ。あなたは、これからはMisa。愛称で呼んであげられるよ。Misaはようやく点滴もはずれ、ミルクも３０ｃｃ飲んだとのこと。夜の面会時、哺乳瓶を抱いたまま眠っていた。将来大食いの予感？そのあとAkiにＴＥＬしたが、相変わらず素っ気無い。母によればとても元気らしい。お客さんに頼んでもないのにお菓子を配ったりして愛想をふりまいているとか。「案ずるより産むが易しだよ」と笑われたが、パートナーの説得に納得したからこそだと思いたい。＜出産６日目＞Misaのミルクは今日から５０ｃｃ。保育器にはまだ入っているものの、酸素濃度は外と同じになったそうだ。＜出産７日目＞朝、診察後に抜糸。明日からシャワー可と聞いて喜ぶ。看護師さんが「赤ちゃん、ごくごくミルク飲んでるそうですね」と話しかけてきた。５ｃｃを８回飲むはずだったのに、あまりの飲みっぷりに４回目で１０ｃｃに増えたらしい。昼には保育器から出たと聞く。おめでとう！でもモニタがついていて、まだ新生児室には移っていない。午後の面会時、パートナーが初めて抱っこした。ぎごちなく固まっていたAkiのときとは違い、やわらかく抱いてやっている。お父さんだよ、Misa。分かる？お父さんだよ。私も昼からようやく普通食に切り替わった。産後ママ用の栄養たっぷりシェフ特製ママミールは、陶器のお皿でお盆ふたつに運ばれてきた。夕食にはお祝いのお赤飯つき。ホントにおいしくて元気が出た。搾乳も３５ｃｃ。食事の力ってすごい。＜出産８日目＞シャワーを浴びて、１週間の汗を洗い流す。爽快。＜出産９日目＞お待たせ～♪産後９日目にして、ようやく初抱っこ＆初授乳することができた。最初は戸惑ったようにイヤイヤしていたMisa、そのうち何とかくわえて上手に吸ってくれた。それにしても痛い…。赤ちゃんの吸う力ってこんなに強かったっけ。＜出産１０日目＞何度か授乳するうちに傷ができ、あまりの痛さに授乳を一旦中断。ごめんね。Misaはとうとうモニタもはずれ、新生児室に移る。本当なら、今日産まれていたはずなんだよね。おめでとう！そういえば、Akiも産まれていたはずの日に、保育器から新生児室に移ったんだった。なんだか運命的なものを感じてしまう。＜出産１１日目＞授乳再開。痛むけど、そのうち慣れてくるだろう。明日退院することが決まり、てっきりMisaを置いてかと思ったら、小児科の先生から一緒に退院していいと許可が出る。良かった！午後、Akiが母に連れられて来た。久々に会ったAkiの顔つきが、入院前と全然違う。少年の表情をしていて、とても大きくなって見えた。父母と離れて、Akiも成長したのだろう。ガラス越しの対面に、Akiの目には妹がどう映ったのだろう。そのときの写真には、子ザルのようにおふざけした姿が映っているけど。＜出産１２日目＆退院＞パートナーが沐浴指導を受けた。これも、ベビーバスに沈めてしまいそうだったAkiのときと大違い。やさしく声をかけながら上手に入れていて、助産師さんの太鼓判をもらった。ついに退院！Misaも一緒で本当にうれしい。家族がみんな一緒にくつろげる、こんな幸せなことはない。本当に良かった。先生方、スタッフの皆さん、両親に義両親、パートナー、そしてAki、本当に本当にありがとう。

Misa誕生秘話・２　－出産翌日のこと－

何時頃か分からない。カーテンの外がようやく白々としてきて、やっと朝が来たとほっとしたのを覚えている。しばらくして、Ｙ先生が「どうや」とのぞきに来られた。「いったい何が起きてたんですか？」と聞くと、「胎盤が剥がれて、剥がれたところで子宮が裂けていた」とのこと。ゾッとする。「もっと前から痛かったんちゃうか」と言われて、「２時くらいに痛かったんですが、ウンチの痛みだったんですよ。出たら痛くなくなったし」すると先生がしみじみとおっしゃった。「あと５分出すのが遅かったら、赤ちゃんは死んでいた。あと３０分遅かったらあなたも死んでいた。あのとき半分死んでたんや」激痛とはいえ意識はしっかりしていたし、胎動もはっきり感じていた。だから母子ともそんなに危険な状態だったなんて、あのときは夢にも思っていなかった。Ｙ先生が去ったあと、ＩＣＵの担当医交替のための引継ぎなのか、早口で患者の説明をしている声が聞こえた。そのなかで「胎盤剥離」という言葉が出たので、私のことだなと思って耳を澄ましていると、「開けたら血の海だった」と続いた。本当に死にかけていたのだ。そのとき初めて実感した。それからだいぶ経って、ＩＣＵからＨＣＵ（High Care Unit。このとき初めて知った言葉）に移された。個室で壁掛け時計があり、針は１１時過ぎを指していた。看護師さんが赤ちゃんの写真をベッドの柵に貼り付けてくれる。管やテープだらけで、顔がよく分からない。パートナー似だといいな。昼頃、パートナーが来た。「先生に『よう我慢したな、相当痛かったハズや』って言われた」と言う。「Akiは？保育所？」と聞くと、「保育所の準備が分からんかったから、休ませて連れてきた。今看護婦さんに見てもらってる」とのこと。Akiが気になったのと、しんどかったのとで、話は早々に切り上げた。それでも痛みは全般的に昨夜よりマシになっていた。座薬を入れてもらったのも効いたようだ。１５時頃、パートナーがAkiを連れて、田舎から駆けつけて下さった義両親と一緒に再び来てくれた。Akiの神妙そうな顔に胸がいっぱいになり、頭を撫でて小さい手を握った。Akiは私の手を、「次、お父ちゃん。次、おばあちゃん。次、おじいちゃん」と順々に握らせる。よくよく言い聞かされたのか、それとも母親の病人姿に戸惑っているのか、やけにおとなしかった。夕方には、母が来た。いろいろ話しかけてくれるのだが、相当心配させてしまったせいか、責め口調に聞こえて仕方がない。パートナーが、「彼女はがんばったんですから」と、とりなすように言ってくれたのが救いだった。みんなが帰った後、看護師さんに体を拭いてもらった。ベビー用の沐浴剤とのことで、とてもいい匂いで気持ちよかった。手術着から検査着へ着替えさせてもらう。その後、Ｙ先生と一緒に手術にあたられたＭ先生が来られ、診療計画を説明して頂いた。そこで、万が一出血が止まらない場合、子宮摘出の再手術をすることになると聞かされる。「今のところ検査結果は良好」らしいが、もう１回手術するなんてゾッとする。このままうまく治ってほしい。明日には多分産科病棟に移れるとのことだった。「大病のあとだから、とにかくゆっくり休んで」と言われたが、大病という言葉がなんだか不思議に響いた。大病って本来、期間的にもう少し長く患っている病気のような気がする。夜、痛みは随分マシになってきたものの、同じ姿勢で寝たきりのためか腰や背中が痛く、かといって動くと痛いので体の向きもなかなか変えられない。看護師さんにはなるべく動くように言われたのだが。そんなのムリ。夜中じゅう、スタッフの方々の足音や、隣室の患者さん（かなり高齢の男性のようで、同じことを何度も大声で話すのだ）とスタッフの会話などが響いて寝つけず、またしても朝が早く来るのを祈るばかりだった。◇つづき

Misa誕生秘話・１　－出産の日のこと－

Misaは３７週０日、正規産初日に産まれた。本当はその１０日後、予定帝王切開で産まれるはずだった。女の子だと先に分かっていたため、娘が欲しくてならなかったパートナーは暦やら何やら調べて「すごく運勢のいい日だ」とか何とか喜んでいた。その前の日から、急にお腹が重たくなったように感じていた。下腹がはちきれそうな感じ。だが、ハリはない。Akiは早産だったので、臨月の重たさは今回初めて味わうものになる。その日までは、本当に順調で充実したマタニティ生活を送っていた。会社を産休で休んでからはウォーキングも欠かさず、変なハリを感じることもなく、時折感じる胎動が愛しかった。切迫でベッドに縛り付けられていたAkiのときとはまるで違う。順調なマタニティ生活ってなんて楽しいんだろうと、幸せを堪能していた。その日の朝は、下腹の重たさにも、赤ちゃんが下がってきたのかな、正規産に入るとやっぱり違うな、なんてのんびり構えていた。その日の昼、いろいろと買い物を済ませるために、代休で在宅していたパートナーとホームセンターに出かけた。Akiが一緒の週末はゆっくりと買い物もままならないので、ふたりで身軽なときにと、車で出かけたのだ。店内で、便意を催した際のような下腹部痛があった。一度トイレに行き済ませたが、まだ痛む。それで再度トイレへ。買い物もそこそこに帰宅した後、もう一度トイレへ。それでやっと出尽くしたのか、痛みも消えた。Akiの保育所お迎えの１６時頃、痛みはないものの、立って歩くと下腹の重たい感じがしんどい。それでパートナーにお迎えを頼み、居間のソファにしばらく横になっていた。１８時頃。お腹が少し痛み出した。昼過ぎとは違い、下腹ではなく少し上の方。キュルキュルする感じ。ハリは感じない。規則的ではなく、ずっと痛い。でもすごく痛いわけではないので、様子を見ようと横になっていた。１８時半頃。痛みは消えず、どうにも不安になってきたので、ついに産科に電話した。症状を訴えると、すぐに来て下さいとのこと。念のため出産の用意もしてくるように、とのことだった。パートナーがAkiに簡単な食事を食べさせている間に、事前に準備していた入院荷物を再チェック。ただ、それほどの痛みではなかったので、このときはまだそれほどの危機感はなかった。パートナーが車を出してくれる。後部座席のAkiのチャイルドシートの隣に座った。ちょうど帰宅ラッシュの時間帯で幹線道路は混んでおり、車は抜け道に入った。痛みは少し強くなったような感じで、それが前回の切迫時に似ていた気がしたので、「この痛みはAkiの時入院した感じに似ているかも」と言いかけたとき。赤ちゃんがぐるんと大きく動いたような感じとともに、猛烈な痛みが襲ってきた。これまで、こんな痛みを体験したことがない。激しい、内臓がちぎれるような痛み。あぶら汗が出る。チャイルドシートのへりを握り締め、体をふたつに折って、「痛い！…痛い！」とうめく。口にしたところでおさまるはずもないのに、言わずにいられないのだ。一刻も早く着いてほしい。これがもし陣痛の痛みなら、私には下から産むのはムリだ、こんな痛みには耐えられない。その間も胎動は続いていて、それがさらに痛みをあおり、「お願い、赤ちゃんじっとして、動かないで」と懇願していた。おそらく１９時頃。ようやく病院に到着し、時間外入口の前に車が停まる。パートナーが車を降り、ドアを開けてくれたが動けない。パートナーの報せに、職員さんが車椅子を運んできてくれる。必死の思いで車から降り、パートナーの支えにどうにかこうにか座ったものの、足を台に乗せるのも一苦労だった。産科病棟に到着すると、担当のＹ先生が既に待っておられた。その顔を拝見し、ほっとする。Akiのときも助けて頂いた先生なのだ。外来診療担当の曜日だと知っていたが、外来が終わって帰られていたらどうしようと不安だった。柔和な笑顔で「また張ってきたんちゃうか」と言いながら、内診室のソファに寝かすよう、看護師さんや助産師さんに指示する。「とにかく腹出して、腹」そうしてエコーをあてた直後。「セッテイや、セッテイ」短く、鋭く言われた。セッテイ…ああ、帝王切開か、やっぱり。こんな痛いんだもの。「緊急や。すぐオペ室に運んで。小児科呼んで、小児科」看護師さんらがバタバタし出すなか、Ｙ先生が助産師さんに「心音聞いてみ」と指示。助産師さんが心音の器械をあてる。いつも聞き慣れていた、トクトクトクトクと早鐘のような赤ちゃんの心臓の音…それが、聞こえなかった。トク…トク…　雑音の合間にようやく拾われる不明瞭な音。何これ？この遅さは赤ちゃんじゃないよ。私の心音を間違って拾ってるんじゃないの？困惑しながら見上げると、Ｙ先生がエコーを再度腹にあてた。画面には、赤ちゃんの心臓が、スローモーションのようにゆっくり、ほんとうに頼りなく、ゆっくりとしか動いていない。赤ちゃんが苦しんでいる。そのとき初めて気がつき、呆然となる。「死んでしまう…」と思わずつぶやいたら、「大丈夫や、まだ動いとる」とＹ先生が力強く励まして下さった。胎動はずっと続いていたので、まさか赤ちゃんが苦しんでいたとは思いもよらなかった。赤ちゃんは元気で、母体だけが苦しいのだと思っていた。いや、自分の痛みに耐えるのが精一杯で、赤ちゃんを思いやる余裕がなかったのだ。だから、赤ちゃんに「動かないで」なんて呑気にお願いしていた。赤ちゃんも苦しくてあれだけ動いていたことに、まるで気付かなかった。ごめん。産まれる前からひどい母親だね。本当にごめん。看護師さんらが手術準備に私の服を脱がそうとすると、「そんなんオペ室でやったらええ、とにかく運べ」とＹ先生がきつい口調で言われた。そのままベッドに寝かされ、運ばれる。Akiのときよりはるかに慌しい。オペ室に入るとすぐ、Ｙ先生の顔が見え、「とにかく早く寝かして、寝たらすぐ切るから」と麻酔医の先生に言っている。手術着に着替えさせられるとき、スタッフが「切っていいですか」と言う。かぶりものの服を着ていたのだ。否も応もない。「切って下さい。お願いします」と答える。あっという間に手足が固定され、点滴の針が刺される。口にマスクがあてられる。変な臭い。小学生のときに盲腸の手術で嗅いだのと同じ…あのときは臭くて顔を何度もそむけた。でもとにかく、早くこの痛みから解放されたい。全身麻酔でよかった。Akiのときの麻酔は点滴で、何滴落ちるかを数える間もなく意識がなくなったのに、今回は時間がかかる、早く眠りたい…などと考えているうちに、意識を失った。意識が戻ったときの記憶ははっきりしない。今いる部屋がＩＣＵだと、誰から聞いたのかも覚えていない。Akiのときはオペ室から出るときにはもう意識が戻っていて、ベッドに移されたときにえらく痛かったのを覚えているのに。パートナーとＹ先生の顔が見えて、「終わったよ」といわれた。「赤ちゃんは？赤ちゃんは？」と何度も聞いて、「赤ちゃんもがんばってるよ」と教えられた。生きている。でも、「無事」ではなく、「がんばってる」…。ほっとしたのと不安とがないまざり、痛みもあって夜はほとんど眠れなかった。Akiのときはこんなに痛くなかったのに。早く夜が明けてほしい。朝になったからって痛みがおさまるわけでもないのに、とにかく頭の上のカーテンの外が早く明るくなってほしいと、そんなことを考えていた。赤ちゃんの写真はいつ見たのか。覚えていない。口にも鼻にも管だらけの、痛々しい姿だった。いつ会えるのだろう。がんばって。お母さんもがんばるから。◇つづき

Aki誕生秘話・４　－退院までのこと－

＜産後２日目＞寝る前に入れてもらった座薬が効いたらしく、結構よく眠れた。明け方、何時頃が分からないが、ようやくガスが出て、お腹が楽になる。この日の朝から流動食開始。点滴を入れた右手がかなりむくんでいたが、この１本が終わればはずれると聞いていたので我慢する。そしてついに昼食後、点滴がはずされた！４ヶ月半の２４時間点滴からついに解放、ヤッター！！続いて導尿管と、背中に入っていた麻酔管も抜かれて、体からすべての管がはずされた。ベッドからそろそろと降りて、歩行が可能に。でも腹は痛いし、体はフラフラ…ゆっくり、あせらず、１歩ずつ始めなくっちゃね。３時頃に来た母、例のごとく「疲れた」の連発にウンザリしているところへ、パートナーが会社帰りのスーツ姿で現れた。こんな早くになぜ？と驚く私に、パートナーが告げた。「ばあさんが亡くなったんや」パートナーの祖母は、しばらく前から入院されていたのだ。曾孫の誕生を本当に楽しみにされていたのに。私がまだ子供を作る気のなかった頃、帰省して帰るときに「早く赤ちゃんを見せておくれね」と懇願されたのが思い出される。私の出産前は、意識不明の状態が続いていたらしい。出産の報せに、義母が耳元に「おばあちゃん、産まれたよ、男の子だよ」と呼びかけると、「ああ…」と声を出されたとか。何しろ田舎の旧家だから、跡取りの男の子への思いは強かったに違いない。赤ちゃんの顔を見せてあげられなくてごめんなさい。赤ちゃん誕生を待っていたのか、その報せに安心したのか、入れ替わりのように亡くなられた。パートナーは一旦家に帰り、赤ちゃん面会の６時半頃に再度来た。私もそろそろと歩きながら、一緒に未熟児室に面会に行く。小さい小さい赤ちゃん。オムツを替えてもらって猫みたいな声で泣いたよ。ミルクをもらうとゴクゴク飲んでいた。助産師さんが「触ってあげて」と言われたので、そうっと穴から手を入れた。赤ちゃんの手のひらに指で触れると、一生懸命握ってきたね、小さい小さい指で。こんなに小さい指なのに、爪がちゃんとあるなんて。かわいくて、いとしい。これが、自分の子供…不思議な、とても不思議な感覚だった。おばあちゃんのお葬式のため、パートナーはしばらく実家に帰省することになる。今日もすぐに帰ってしまった。産後、ゆっくりパートナーと話す時間がなくてさびしい。＜産後３日目＞本当なら産まれていたはずのこの日、昼過ぎに赤ちゃんが保育器から出たと教えてもらった。抱っこしに行ってあげて、と言われ、授乳室に向かう。新生児室に移った赤ちゃん、他の赤ちゃんたちよりひとまわり小さい。助産師さんが連れてきてくれた。抱っこすると思わず泣けてきた。本当によく元気で産まれてきてくれた。ありがとう。お腹のなかはせまかったでしょ。不自由な思いさせてごめんね。パートナーや先生方、スタッフの方々に感謝の気持ちでいっぱい。本当にありがとうございました。＜産後４日目＞明け方から情緒が不安定になり、涙が止まらない。赤ちゃんに初めておっぱいをあげた。補助器つきで、なかなかお乳は出ないのだけど…最初は一生懸命吸ってくれてた赤ちゃんも、出ないのでそのうちくわえてくれなくなり、お腹は痛いし、何だか情けなくなって泣けてきてしまった。そんな私を見かねたのか、夜の授乳は免除に。でもなかなか眠れない。＜産後５日目＞ホルモンバランスが崩れて産後ブルーになっているのか。夜明け前、泣いているのを看護師さんに見つかり、詰所で少し話し相手になってもらった。病室に戻り、気持ちを落ち着けるためにお茶とクッキーを口にしながら、ＴＶでちょうどやっていたオリンピックを観て過ごす。朝、パートナーにＴＥＬ。パートナーもお通夜にお葬式と大変な思いをしていたらしい。本当は、今日中に何とか帰って来れないかと、ワガママを言ってしまうところだった。そっちも大変だったのに、ごめん。久しぶりに声を聞いて、また泣けてきた。明日には戻ってくるらしい。元気出して頑張らなきゃ。＜産後６日目＞入院以来、４ヶ月半ぶりにシャワー解禁！体がさっぱりすると気持ちもさわやかになる。３時頃、パートナーが来た。会えた直後は言葉にならない。やっとふたりでゆっくり話せる。パートナーも疲れ果てた様子だった。ふたりして涙をこぼしてしまった。今度パートナーが来たらお父さん初抱っこしましょうと言われていたので、気持ちが落ち着いたあとで、赤ちゃん面会に行った。陣痛室のベンチで待っていると、助産師さんが赤ちゃんを連れてきてくれた。しっかり目を開いている。パートナーがぎごちなく抱える。腕がこわばっているのがおかしい。赤ちゃんも心なしか不安そう。「Aki」さっき病室で決めた名前で呼びかける。いくつかの候補のなかから、最終的に決めた名前。これからはAkiちゃんだよ。＜産後１５日目、ようやく退院＞Akiは授乳の際、くわえるまでが大変なのと、やる気のあるときとないときの波が激しくて大変。母乳のあとでミルクを飲ませるのに、２０ｃｃを過ぎると眠ってしまい、全部飲むのに１時間くらいかかったり。くすぐって無理やり起こすと、すごい顔をして怒ったり。助産師さんにも「この子はマイペース」とのお墨付きをもらってしまった。黄疸もおさまり、Ｙ先生に「キレイな顔している」と言ってもらって（助産師さんは「あの先生がキレイな顔なんて言ったの初めて聞いた」と驚かれていた）、産後１５日目に一緒に退院することが決まった。退院の日、迎えに来てくれたパートナーに、沐浴指導を受けてもらう。最初に助産師さんが人形を使って教えてくれたあと、いよいよAkiを洗うことに。服を脱がせるところまでは良かったものの、いざベビーバスにAkiを入れたあとは大パニック！お湯のなかにAkiを沈めかねないくらい大慌て、Akiは泣くしパートナーは汗びっしょり。私は笑いながら写真を撮り、助産師さんも苦笑していた。Akiもパートナーもおつかれさま！これから毎晩、出来るだけ入れてあげてちょうだいね。長い長い入院生活が、ついに終わる。走ろうとすると、筋肉が走り方を忘れていて走れない。階段を上り下りするだけで筋肉痛。このよぼよぼの体を早く回復させなくちゃ。Akiをおくるみに包んで、詰所であいさつ。２週間もお世話になる赤ちゃんはそんなにいない。助産師さんたちにもたくさん可愛がって頂いた。本当に有難うございました。おかげで無事、母子ともに退院することができました。病院を出るとき、思わず振り返って見上げた。この建物の中で約５ヶ月間も過ごしたのだ。これからは家で、Akiと一緒の生活が始まる。パートナーとふたりだけの生活とは一変するだろう。きっとすごく大変で、とても幸せに違いない。この世に産まれてまだ２週間のAkiが、既に私のなかで一番の宝物になっている。我が子がこんなにいとしいものだとは。それでも、もっと早くに産んでいたらとは思わない。もっと早くに産んでいたら、その赤ちゃんはAkiじゃなかった。今産んだから、あの５ヶ月間があったから、このかわいい小さなAkiが私のもとにやってきたのだ。産まれてきてくれて、ありがとう。私を選んでくれて、ありがとう。これからの長い一生、仲良く一緒に過ごそうね。

Aki誕生秘話・３　－緊急出産のこと－

＜緊急帝王切開で出産＞３５週０日。この日の朝、３日後に手術することが決まり、車椅子で公衆電話まで連れていってもらって、パートナーと実家の母とに報告した。もうすぐ赤ちゃんに会える。この点滴生活からも解放される。目の前がぱっと明るくなったようで、ずっとウキウキした気分で過ごしていたのを覚えている。自己血はもう何度も採取していたが、最初に200cc採取した分の使用期限が切れるため、体内に戻すことになった。このため予定していた洗髪が延期になってガッカリする。ハリの検査はこの頃は毎日、午前と午後の２回行っていたのだが、その日の午後は、いくつもの山がゆるやかなカーブで描かれていた。それほど大きなハリは感じていないのに…。助産師さんは何やら厳しい顔つきで記録紙をながめている。いつもならとっくにはずしている器械を、いつまで経ってもはずしてもらえない。２度ほど助産師さんが記録紙を切って持っていき、夕方５時過ぎ頃病室に現れたＹ先生は、私に「今からお産にします」と告げた。「このハリは止まらない。ウテメリンももう最大でこれ以上増やせないので、お産にします」さあびっくり。とにかくパートナーに連絡を入れてもらう。慌しく手術準備が始まる横で、Ｙ先生が「取れるだけ取れ」とスタッフに自己血採取を命じている。日中に戻した200ccがもったいない…。麻酔医の先生が来られて、「最初から全身麻酔でいきます」と説明された。手術なんて小学生のときの盲腸以来…。そのときの麻酔のガスの臭いと、手術後の傷の痛みは忘れられない。ブルブル震えがきた。病室を出る前に、パートナーが会社から駆けつけてきてくれた。「母さんに連絡して」と言うのが精一杯だった。手術室に運ばれる。体の震えが止まらない。手術室のスタッフがてきぱき準備するのをバカみたいにながめていた。腕の血管はどこもボロボロで、ウテメリンの点滴は２～３度刺し直すのが常だったのに、一発で針を入れられたのにはさすがと感心する。手術室の奥から、Ｙ先生が歩み寄ってこられた。胸の前に布のようなものがたてかけられ、視界が遮られる。ついに始まる。ガスを嗅がされると思ったのに、マスクはあてられない。麻酔は点滴で？腕からのびる管を目で追う。点滴の雫が何滴落ちるのか数えようとした途端、意識がなくなった。夢の中で、赤ちゃんの産声を聞いたような気がした…らしい。今となっては覚えていないが、産後につけた日記にそう書いている。手術室を出るのは意識が戻ってかららしい。ベッドに乗せかえられるとき、痛くて仕方なかったのを覚えている。病室でパートナーが一生懸命、寝ている私の目の前に写真をかざした。赤ちゃんが写っている…ぼやけてよく見えない。何か話しかけてくれるのだが、よく聞き取れない。パートナーの笑顔だけはよく見えていた。Ｙ先生の「もうだいじょうぶ、みんなキレイに取ったから」との言葉だけが頭に残っている。夜中、何度も看護婦さんが、点滴の入替や血圧・体温・血中酸素測定に来られた。痛み止めがよく効いているのか、そんなに苦しくはなかった。うつらうつらしながら朝が来るのを待っていた。＜産後１日目＞朝、Ｙ先生が病室に来られた。三つあった大きい子宮筋腫は、すべて取ったらしい。あとでパートナーから聞いた話では、赤ちゃんを取り上げたあと、筋腫がジャマして切開跡をうまく縫えなかったため、摘出に切り替えたとのことだった。ガスがたまっているので頑張って動くようにと言われる。が、そんなに動けるものではない。お尻をもぞもぞ身じろぎするのが精一杯だった。昼すぎ、看護師さんが体を拭いてくれ、手術着からパジャマに着替えさせてくれた。体を持ち上げるのがしんどかったが、着替えるとホッとする。そのうちに助産師さんが、赤ちゃんを病室に連れてきてくれた。赤くて小さい！髪の毛ふさふさ！パジャマをはだけて、胸にじかに乗せる。抱いたというより、乗せたという感じ。胸の上で、赤ちゃんがぺとっと丸くなる。かわいい！お母さんだよ。分かる？お母さんだよ。よく頑張ったね。無事に産まれてくれてありがとうね。赤ちゃんは推定体重より大きく、2500g近くあった。とはいえ９ヶ月で産まれたため、未熟児室の保育器のなかで過ごしている。２時過ぎに訪問客、パートナーかと思いきや両親だった。前の晩にパートナーからＴＥＬを受けて、夜のうちに出たかったがもう特急がなく、今日出てきたのだという。心配してくれる気持ちは有難かったけれど、早くパートナーとゆっくり話をしたかった私としては正直、何もそんなに急いで来なくてもという思いだった。さらに、父と母がちょっとしたことで口論しだして、神経を逆なでされた格好だ。そうこうするうちにパートナーがやって来て、未熟児室の面会時間になったので、３人で赤ちゃんに会いに行ってしまった。戻ってしばらくすると、父が田舎に帰ると言う。パートナーが駅まで送っていった。その間、母とふたりになったが、母は自分が疲れた疲れたと訴えるのでイライラした。道が混んでいたようで、パートナーが病室に戻ってきたのは２時間も経ってからだった。とっくに日も暮れていたので、パートナーは家に泊まる母と一緒に帰ってしまった。パートナーとふたりでゆっくり話したかったのに。しみじみとこれまでの苦労を振り返り、赤ちゃん誕生の喜びを分かち合いたかったのに。まったく気の利かない。私はプンプンしていた。まあ仕方がない。明日はふたりの時間を作ってもらおう。その夜は、パートナーが聞かせてくれた話を思い出しては、くすくす笑っていた。前夜７時半過ぎに赤ちゃんが産まれたのを聞かされたパートナー、ホッとして待つもなかなか私が出てこない。私が病室に戻ったのは１１時半頃だったらしいが、その前に、待合室のパートナーのところへＹ先生が近づいて来られたときのこと。見ると、Ｙ先生は手に、茶色の紙袋を持たれている。なかから何か茶色い丸いものを出されたので、パートナーはてっきり、夜遅くなってお腹が空いたからアンパンを食べようとしているのだと思ったらしい。何も自分の目の前で食べなくても、なんて思っていたら、それは摘出された筋腫だったというオチ。ちなみに、筋腫のひとつは、中がドロドロに溶けていたらしい。それが痛みを出していたのだろうか。私も筋腫を見たかったなあ。こんなに私と家族を苦しめた、元凶の姿を。◇つづき

Aki誕生秘話・２　－切迫入院のこと－

＜切迫流産で入院＞妊娠４ヶ月の頃。左脚の付け根付近をときどき、チクチクと刺すような痛みが走った。気になって受診したが、なるべく安静するしかないようだった。当時、仕事はかなり忙しく、深夜残業も結構していた。上司にそのことを話してなるべく軽減してもらうようにお願いした。１９週目に入ったある日の夕方だった。下腹をキリキリとした痛みが襲った。最初は小さかったのだが、段々激しく痛み出した。痛みは周期的に、激しくなったり治まったりする。痛いけれど、我慢できないほどではない。それでもその夜は眠れなかった。朝、パートナーにも一緒に、病院に行ってもらうことにした。赤ちゃんに何かあったらと不安だったのだ。診察開始にはまだ３０分ほどあり、待合室のソファにうずくまっていると、パートナーが受付の方に症状を伝えてくれたらしい。宿直の先生が来て下さることになり、診察室に通された。現れた先生は男性の医師だったので驚いた。それまでの検診では女性の医師ばかりだったので、根拠もなく女医さんしかいないと思い込んでいたのだ。実はこの総合病院の産婦人科の部長先生（Ｙ先生）だった。Ｙ先生は寝ている私のお腹に何か器具をつけ、サポーターのようなものを巻きつけた。横の機械から、折れ線グラフみたいなものが描かれた紙が出力される。その折れ線は、痛みが激しいときに大きくふれているようだった。しばらく測って出てきた紙をながめて、Ｙ先生は「少し張ってますね」と言われた。「今の時期にこれだけ張るのはよくない。とりあえず、今日は入院して下さい」大変なことになった。入院なんて、小学生の頃に盲腸の手術をして以来だ。明日には帰れるのだろうか。そういえば、明日は私がセッティングしている会議がある。どうしよう…入院準備と一緒に、パートナーに会社への連絡と、別の同僚に明日の会議の進行を代わってもらうよう伝言をお願いする。そのまま車椅子に乗せられて、病棟へ向かった。病室がいっぱいらしく、陣痛室のベッドに案内される。トイレに行きたくなったので、ひとりで歩いていって済ませて戻ると、助産師さんに怒られた。歩いたらダメ、すぐそこのトイレにも車椅子で連れていってもらうって…それって変じゃない？間もなく昼食が運ばれてきた。お腹は痛いけれど食欲はあり、たいらげてしまった。痛み止めの薬も出された。カロナールという、昔から乳幼児にも使われている鎮痛剤で、少し甘味がした。これで痛みが軽くなると思うともったいなくて、１粒もこぼさないように飲んだ。昼食の前だったか後だったか忘れたが、点滴を入れた。点滴の管は機械を通っていて、１分間に何滴落とすかを制御している。お腹のハリを抑えるウテメリンという薬だと聞いた。このときはまさかこの点滴が、出産するまで何ヶ月も続くとは思ってもみなかった。「とりあえず今日は入院」しただけで、数日もすれば退院できるとたかをくくっていたのだ。＜長い入院生活＞痛みは数日後には消えた。そうなると、ただベッドに縛り付けられている日々が続く。トイレに行くにもスタッフを呼んで、車椅子で連れていってもらうのだ。点滴は２４時間入れたまま。最初の針は１週間もったが、その後は３日も経つと腫れたり詰まったりする。１日と持たず刺し直すことも珍しくなかった。腕は針の跡だらけで、しまいには刺せる血管を見つけるのが、ベテランの看護師さんでも困難なくらいだった。週に一度、Ｙ先生がエコーの機械を押しながら診察に来られる。赤ちゃんの身長、大腿骨の長さ、頭の大きさから体重を推測する。だんだん大きく、重たく、活発に動くようになるのを見るのは楽しみだった。２１週目には、男の子だと分かった。性別をたずねると、Ｙ先生が赤ちゃんの足の間に映る影を見せてくれたのだ。「こういうのがついていると、まあ女の子には見えないね」男の子が欲しかった私は大喜びだった。パートナーはちょっと複雑そうだったけど。もちろん、無事に産まれてくれるなら、性別はどちらでも構わない。元気に育ってね、赤ちゃん。パートナーは、ほぼ毎日、会社帰りに寄ってくれた。面会時間は夜８時までなので、７時半過ぎくらいに来て、２０分かそこらとりとめもない話をする。病院はパートナーの会社に近かったので、仕事が忙しくて遅くなるときは、少し抜け出して顔を見に来てくれたりもした。便通改善のために毎日ヨーグルトを買ってきてもらった。ウテメリンのせいで体温が高めになり、毎日暑いので氷枕をしている。ヨーグルトを氷枕の下に置いて少し冷やしてから寝る前に食べた。日中はすることもなく暇なので、家にある本も順に持ってきたもらったが、西村寿行には閉口した。妊婦が読むにはヘビーすぎるよ。毎日来るのも大変なのに、たまに来ない日があればカレンダーに恨めしげに書きとめたりして、ごめんね。病室は４人部屋で、最初はもう一人切迫の妊婦さんがいたが、そのうち私以外の３人はみな普通の産婦さんになってしまった。産婦さんは１週間以内に退院し、すぐまた新たな産婦さんに入れ替わる。産婦さん同士のうれしげな会話や、３時間おきの授乳呼び出しに、段々私の精神状態もウツ気味になっていったように思う。挨拶をするのも億劫になり、いつも布団をかぶって壁側を向いていた。そのうちに病室を移動することになったのだが、移動先はみんな切迫の妊婦さんばかりでホッとした。境遇が同じだと親近感が湧いて仲良くなり、会話も弾む。ただ、ケータイ中毒の人が一人いて、夜中でもカチカチメールするのには参った。ケータイは禁止されているのに。でも直接注意する勇気もなく、我慢するしかない。その人は先に出産して病室を移られた。週数を重ねるごとにお腹は大きくなり、段々ハリも出るようになる。ウテメリンの滴数は増える一方で、減ることはなかった。安定すれば点滴を抜いて錠剤に変わり、そのうち退院…　そんなふうに思っていたのは誤りで、出産するまでこのままベッドにつながれているのだと、いつしかあきらめていた。赤ちゃんのために、今我慢しなければ。我慢はパートナーも同じだった。私の姿を見かけなくなった近所の人は、離婚したのではないかと噂していたらしい。約１日おきの体拭きと、週に２回の洗髪が楽しみだった。体がさっぱりすると気持ちも軽くなる。安定していたこともあって、私はこっそり出歩くようになった。出歩くといっても、トイレと洗濯に病室をちょっと出るだけだ。特に洗濯は、パートナーに毎回頼むのが申し訳なかったのだ。油断大敵、ハリが続いて絶対安静を言い渡され、導尿管を入れられたことも１度あった。トイレだけには行きたくて、泣き落としに頼み込んで、それは２日程度ではずしてもらったが。反省しておとなしくしていたのに、一度、あの痛みが再発した。キリキリとした下腹部痛。Ｙ先生の不在時で、別の先生に痛み止めの注射をしてもらった。注射はさすがによく効いたが、効き目が切れるのも早く、そのあとは耐えるしかなかった。痛みは１～２日で退いたと思う。病室に来られたＹ先生に、「ムリしたんちゃうんか」と怒られた。そんな調子でクリスマスが過ぎ、正月を迎えた。パートナーはクリスマスにはケンタッキーを、正月にはデパ地下で買ったおせちを持ってきてくれた。正月には両親と弟一家も、手作りおせちを持って見舞いに来てくれた。９ヶ月に入ってしばらくして、出産についての説明を受けた。帝王切開では筋腫は摘出しないとのことだった。一緒に取ってくれたらいいのにと正直思ったが、摘出のリスクと残置のリスクを比較してのことだろう。最初は局所麻酔で切開し、赤ちゃんと対面後に全身麻酔に切り替える予定らしい。最初から全身麻酔にしないのは、産後赤ちゃんとなるべく早く対面した方が、母子のメンタル面に良いからだそうだ。輸血に備えて、自己血を採取しておくこととなった。赤ちゃんは順調に大きくなっていて、推定体重も2000gを超えており、今産まれたとしても生命の心配はなさそうだった。とはいえ、少しでも長く胎内に置いておくに越したことはないので、手術日は様子を見ながらなるべく１０ヶ月近くまできてから決めるとのこと。この生活ももうじき終わりだ。そう思うとうれしい反面、赤ちゃんを育てることの不安、手術への恐れで、ドキドキしたのも事実だった。◇つづき

Aki誕生秘話・１　－妊娠するまでのこと－

Akiは結婚８年目にしてようやく授かった子供だった。若い頃の私はキャリア志向で、子供を欲しがるパートナーに、もうちょっと先と引き延ばしていた。数年経ってある程度実績も積んだので、そろそろ作ってもいいなんて思った不遜な私に、コウノトリ様は厳しかった。避妊をやめれば、すぐにも出来るものだと、簡単に考えていたのが大間違い。期待してはガッカリの毎月が続いた。そうなると街や道ばたで見かける乳幼児がやたらと可愛く映り、どんどん子供が欲しい気持ちが増していく。実母はデリカシーのない人で、ＴＥＬのたびに「まだ？まだ？」と催促する。欲しいと思っていて出来ないのに、悲しいやら腹が立つやらで、催促の言葉が出た途端にいつも受話器を叩きつけて電話を切っていた。奥ゆかしい義両親には、催促めいた言葉は一度もかけられなかった。パートナーが「もう出来んかもしれんからあきらめてくれ」と言っていたと、あとから知った。２年ほど経った頃だったと思う。いつも規則正しい生理が１週間遅れたことがあり、今度こそと期待して市販の検査薬を試したのに陰性で、数日後に生理が来たときは悲しくてやりきれなかった。やっぱり私は妊娠できないのかもしれない。一時期、タバコを吸っていたのが影響しているのだろうか。もっと若いうちでないといけなかったのだろうか。不妊治療で評判の病院を人に聞いたりして、行くべきかどうか迷っていた。さらに半年ほど経つうちに、また生理が１週間ほど遅れたが、どうせまた…ショックを受けるのが嫌で、期待しないでおこうと思っていた。たまたま誘われて、休日にパートナーと一緒にバーベキューに出かけた帰り。ひどく気持ち悪くなって、車を道ばたに停めて吐いた。お肉を食べ過ぎたかも？ビールも随分呑んだし…でも。帰宅して、検査薬を試した。・・・陽性・・・。よく見ると、検査薬の使用期限が切れている。もしかすると誤反応かもしれないしと、薬局に行き新しいのを購入して再度試してみる。・・・やっぱり陽性。赤ちゃんが…できた！うれしいけれど、実感が湧かない。嘘みたい。次の月曜日、パートナーと一緒に産婦人科へ行った。やはり妊娠していた。ほんの５ミリ程？の卵のような丸いものが、エコーに写っていた。このお腹のなかに、新しい命が宿っている。不思議な感慨を、先生の言葉が遮った。「腫瘍がありますね。かなり大きい…」内診室から診察室に戻り、説明を受けた。子宮筋腫が３つほどあるらしい。下から産むのはムリと告げられた。帝王切開…。書店で子宮筋腫の本を探した。いろいろ書かれてはいるがつまりは、良性の腫瘍だからたいして心配ないという感じ。筋腫があると月経血が多くなるらしいが、人と比較できるものではないから分からない。確かに昔から、レバー状の血の塊が多少出ていたけれど、そういうものだと思っていた。それまでの婦人科検診では、子宮癌検査はしてもエコー検査はなかったので、筋腫の存在にはこれまでまるで気付かなかった。もしかしたら筋腫のせいでなかなか妊娠できなかったのかも…通常よりリスクのある妊婦ではあるが、とにかく、妊娠できたことを感謝しよう。最初のつわり体験のせいか、出産するまでの間、焼肉はまったく食べられなかった。◇つづき

出産体験記を書こうと思いました。

息子Akiは５歳、娘Misaは１歳。先日、本棚を整理していてAkiの育児日記を見つけ、出産時のことをいろいろ思い出しました。Misaの出産のことはまだ記憶に新しく、しかも大変だったのでいつかまとめようとメモも残していたのですが、Akiの出産時のことは記憶に頼るしかない。記憶が風化する前に、出産前後にいろいろ感じたこと、体験したことを書きとめておきたい。ふとそんな風に思いつきました。思い出は美化しがち、ましてや文章にするとキレイに書いてしまいがちですが、出来る限り当時抱いていた気持ちを残したい。私的な日記としてただ綴ればよいものを、文章にしてしまうと誰かに読んでほしくなるのも、一度はモノ書きを夢見た者の浅ましさかな。他人様が読んでおもしろいものとも思えませんが、自己満足の世界ということでお許し下さい。子供を産むというかけがえのない体験を、そのときの感情の昂りを、文章という形に留めておくのもいいのでは…そう考えて、テーマ投稿させて頂きました。「出産・子育て」のテーマ一覧には見当たらなかったのですが（見方が悪いのかも？ブログ初心者なので…）、もし似たようなテーマが既にあったならお許し下さい。それでは今後、記事をアップして参ります。（半角10000文字以内って、どのくらい入るんだろう？？何回かに分けないといけないかな）