土井中照の日々これ好物(子規・漱石と食べものとモノ)

PR

プロフィール

aどいなか

aどいなか

カレンダー

バックナンバー

2024.09
2024.08
2024.07
2024.06
2024.05

カテゴリ

カテゴリ未分類

(36)

正岡子規

(931)

子規と漱石

(22)

うんちく

(3)

夏目漱石

(947)

8コママンガ漱石

(0)

コメント新着

ぷまたろう@ Re:子規と木曽路の花漬け(09/29) 風流仏に出でくる花漬は花を塩漬けにした…
LuciaPoppファン @ Re:子規と門人の闇汁(12/04) はじめまして。 単なる誤記かと拝察します…
高田宏@ Re:漱石と大阪ホテルの草野丈吉(04/19) はじめまして。 大学で大阪のホテル史を研…
マキロン@ Re:子規と木曽路の花漬け(09/29) 須原の花漬につきまして。風流仏に出てき…
金田あわ@ Re:甘酒の句に悩んだ子規(04/21) とても好いお話でした。

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2020.05.30
XML
カテゴリ: 子規と漱石
 子規が「探幽の失敗」を書いてから25年後、子規の死から17年後……。大正2年12月12日、母校の第一高等学校で「模倣と独立」という講演を行いました。この講演で漱石は、人間の本性には「イミテーション」と「インディペンデント」があり、明治という時代を終えて、日本は西洋のモノマネに終始することなく、日本独自のものを目指すべきだと説きました。ただ、この中で「イミテーション」を完全に否定するのではなく、「イミテーション」と「インディペンデント」の「 両方を持っていなければ、私は人間とはいられないと思う 」とも語っています。また、「流行」も人の真似から始まるといい、人間は「 人は模倣を喜ぶものだということ、それは自分の意志からです、圧迫ではないのです。好んで遣る、好んで模倣をするのです 」と断じています。
 それでこのヒューマン・レースの代表者という方から考えて、人間という者はどんな特色、どんな性質を持っているか。第一私は人間全体を代表するその人間の特色として、第一に模倣ということを挙げたい。人は人の真似をするものである。私も人の真似をしてこれまで大きくなった。私の所の小さい子供なども非常に人の真似をする。一歳違いの男の兄弟があるが、兄貴が何かくれろといえば弟も何かくれろという。兄が要らないといえば弟も要らないという。兄が小便がしたいといえば弟も小便をしたいという。それは実にひどいものです。総て兄のいう通りをする。丁度その後から一歩一歩ついて歩いているようである。恐るべく驚くべく彼は模倣者である。
 近頃読んだ本でありませんがマンテガッツァの『フィジオロジー・エンド・エキスプレション』という本の中にイミテーションということについて例を沢山挙げてありましたが、私は今一々人間という者は真似をするものであるということの沢山な例を記憶しておりませんが、ここに二つ三つあります。例えば、一人の人が往来で洋傘を広げて見ようとすると、同行している隣りの女もきっと洋傘を広げるという。こういう風に一般にある程度まではそうです。往来で空を眺めていると二人立ち三人立つのは訳はなくやる。それで空に何かあるかというと、飛行船が飛んでいる訳でも何でもない。けれども飛行船が飛んでいるとか何とかいえば、大勢の群集が必ず空を仰いで見る。その時に何か空中に飛行船でも認めしむることが出来ないとも限らない。
 それほど人間という者は人の真似をするように出来ている情けないものであります。それでその、人の真似をするということは、子供の内から始まって、今いったような些末の事柄ばかりでない、道徳的にもあるいは芸術的にも、社会上においてもそうである。無論流行などは人の真似をする。われわれが極く子供の内は東京の者はこんな薩摩飛白などは決して着せません。田舎者でなければ着ないものでした。それを今の書生は大抵皆薩摩飛白を着る。安いからか知りませんが、皆着るようになった。それから一時白い羽織の紐の毛糸か何かの長いのをこう――結んで胸から背負って頸に掛けておった。あれも一人やるとああなるのであります。私たちの若い時は羽織の紋が一つしきゃないのを着て通人とか何とかいって喜んでいた。それが近頃は五つ紋をつけるようになった。それも大きなのが段々小さくなったようだが、近頃どの位になっているのか。私は羽織の紋が余り大きいから流行に後れぬように小さくした位それほど流行というものは人を圧迫して来る。圧迫するのじゃないが、流行にこっちから赴くのです。イミテーターとして人の真似をするのが人間の殆ど本能です。人の真似がしたくなるのです。こういう洋服でも二十年前の洋服は余り着られない。この間着ていた人を見たけれども可笑しいです。あまり見っともよいものではない。殊に女なんぞは、二十年前の女の写真なんぞは非常に可笑しい。本来の意味では可笑しいとは自分で思っていないけれども、つくづく見ると、やはり模倣ということに重きを置く結果、どうもその自分と異なった物、あるいは世間と異ったものは可笑しく見えるのであります。そういう風にそれを道徳上にも応用が出来ます。それから芸術上は無論のことですね。そんな例は沢山挙げてもよいけれども、時間がないから略して置きます。とにかく大変人は模倣を喜ぶものだということ、それは自分の意志からです、圧迫ではないのです。好んで遣る、好んで模倣をするのです。 (模倣と独立)
 この講演で漱石はゴーギャンを例に引きました。ゴッホと親交を結び、のちにタヒチに渡って島民の生活を描いたあの人です。


 繰り返して申しますが、イミテーションは決して悪いとは私は思っておらない。どんなオリヂナルの人でも、人から切り離されて、自分から切り離して、自身で新しい道を行ける人は一人もありません。画かきの人の絵などについて言っても、そう新しい絵ばかり描けるものではない。ゴーガンという人は仏蘭西の人ですが、野蛮人の妙な絵を描きます。仏蘭西に生れたけれども野蛮地に這入って行って、あれだけの絵を描いたのも、前に仏蘭西におった時に色々の絵を見ているから、野蛮地に這入ってからあれだけの絵を描くことが出来たのである。いくらオリヂナルの人でも前に外の絵を見ておらなかったならば、あれだけのヒントを得ることは出来なかったと思う。ヒントを得るということとイミテートするということとは相違があるが、ヒントも一歩進めばイミテーションとなるのである。しかしイミテーションは啓発するようなものではないと私は考えている。 (模倣と独立)
 ただ、漱石は明治22年当時の子規のように、模倣を軽蔑しているわけではありません。イミテートは啓発されるようなものであり、そこからインディペンデントなものを目指す必要があると説きます。たとえ「イミテーション」と「インディペンデント」が人間の本質であるとしても「 真似ばかりしておらないで、自分から本式のオリヂナル、本式のインデペンデントになるべき時期はもう来てもよろしい。また来るべきはずである 」と、若き観衆に期待をかけています。
 今の日本の現在の有様から見て、どっちに重きを置くべきかというと、インデペンデントという方に重きを置いて、その覚悟をもってわれわれは進んで行くべきものではないかと思う。われわれ日本人民は人真似をする国民として自ずから許している。また事実そうなっている。昔は支那の真似ばかりしておったものが、今は西洋の真似ばかりしているという有様である。それは何故かというと、西洋の方は日本より少し先へ進んでいるから、一般に真似をされているのである。丁度あなた方のような若い人が、偉い人と思って敬意を持っている人の前に出ると、自分もその人のようになりたいと思う――かどうか知らんが、もしそう思うと仮定すれば、先輩が今まで踏んで来た径路を自分も一通り遣やらなければここに達せられないような気がする如く、日本が西洋の前に出るとここに達するにはあれだけの径路を真似て来なければならない、こういう心が起るものではないかと思う。また事実そうである。しかし考えるとそう真似ばかりしておらないで、自分から本式のオリヂナル、本式のインデペンデントになるべき時期はもう来てもよろしい。また来るべきはずである。
……自分でそれほどのオリヂナリテーを持っていながら、自分のオリヂナリテーを知らずに、あくまでもどうも西洋は偉い偉いといわなくても、もう少しインデペンデントになって、西洋をやっつけるまでには行かないまでも、少しはイミテーションをそうしないようにしたい。芸術上ばかりではない。私は文芸に関係が深いからとかく文芸の方から例を引くが、その他においても決して追っ着かないものはない。金の問題では追っ着かないか知らぬが、頭の問題ではそんなものではないと思っている。あなた方も大学を御遣りになって、そうしてますますインデペンデントに御遣りになって、新しい方の、本当の新しい人にならなければいけない。蒸返しの新しいものではない。そういうものではいけない。
 要するにどっちの方が大切であろうかというと、両方が大切である、どっちも大切である。人間には裏と表がある。私は私をここに現わしていると同時に人間を現わしている。それが人間である。両面を持っていなければ私は人間とはいわれないと思う。唯どっちが今重いかというと、人と一緒になって人の後に喰っ付いて行く人よりも、自分から何かしたい、こういう方が今の日本の状況からいえば大切であろうと思うのであります。 (模倣と独立)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2020.05.30 19:00:07
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: