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母娘問題 それぞれの自由な生き方へ 久田恵
1979年、久徳(きゅうとく)重盛著『母原病』がベストセラーになった年に、
私は母親になった。
時代は、戦後の急激な 核家族 化の中、
子どもの情緒的な発達にも母親の責任が問われる方向へと向かっていた。
当時、「自閉症」の原因さえも母親にあると流布されていて、
「良い母親」になるには、どうすべきかは大テーマだったのだ。
そんな中、同世代の女性たちの多くは、
働く母親は、子どもになにかある度に、
「自分のせいではないか」との不安に苛(さいな)まれた。
その後、この分野では89年以降、
「 アダルト・チルドレン 」の関連本の出版が10年も続いた。
巷(ちまた)には自ら機能不全家族で
親の適切なケアを受けずに育ったとする人たちが、
これでもかこれでもかと出現した。
2000年に入り事態はさらに過激化し、「毒親」がブームになった。
私は母親を責め立てるばかりのこの種の本を読む気力をついに失った。
心理学 や 精神医学 は、子育ての途上で起こる障害を一貫して母親のせいにし、
さまざまな社会的な要因や機能不全には目もくれない。
それらを問題にすると、自分のことを棚に上げて、
と言われるので、母親たちは沈黙を強いられる。
そのことに私は違和感を覚えるようになった。
■解放されたい娘
そして、ここ数年は母娘問題がクローズアップされている。
問題視されているのは、同世代の母親たちで、
三十数年前、「良い母親」を目指した 専業主婦 の母親たちが、
娘を通して自己実現を図り、
いきすぎて娘を支配するモンスターとなったと読み解かれている。
カウンセラーの信田(のぶた)さよ子の
『母が重くてたまらない 墓守(はかもり)娘の嘆き』
や、ストーカーのように娘を追い続ける母親を描いた
田房(たぶさ)永子の個性あふれる漫画『母がしんどい』など。
若手の女性作家たちも
「母娘の確執」を文学のテーマとして取り上げ、多くの読者を得た。
今年に入って、タレントの 小島慶子 の
『解縛(げばく) しんどい親から自由になる』が出版された。
これは、15年も 摂食障害 に苦しんだ娘が、
自分を縛り続けた母親との関係から解放されるために半生を書きつづった作品だ。
こういった本のほとんどが娘側からの告発だ。
そして、娘たちは母親を拒絶することへの罪悪感に苦しんでいる。
彼女たちをこれ以上、追い込んではならない。
「娘は、母親をボロ布のように打ち捨てることでしか自立できない、
だから母よ、悲しむなかれ」。
そのようなメッセージを発する 精神科医 もいる。
けれど、私はこの種の本を読むと、
その向こう側に子育てに邁進(まいしん)した全人生を否定され、
蒼白(そうはく)な顔で身じろぎもせずに立ち尽くす母親の姿が浮かんでくる。
私は、傷つき果てたその孤独な母親を抱きしめて、
あなただけのせいじゃないよ、そうささやいて共に泣きたくなる。
■新しい像を共に
1980年代から90年代初めのアメリカでも、
有名人の娘たちの母親告発の本が次々と出版され、
マスコミは大いに盛り上がった。
目下は、この現象の20年遅れの日本上陸の感がある。
もうそろそろ、新しい母親像をそれぞれの自由な生き方を通して、
娘と母親が共に創造していく時代を迎えるべき時が来ているのではないか。
生まれ落ちたその時から、赤ん坊は、
多様で複雑な固有の個性を持った存在としてそこにいる。
幼い孫娘たちから私は今、そのことを学んでいる。 [朝日デジタル]
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記事を最後まで読むことができるようになりましたので全文掲載です。
母娘の問題は今や深刻なテーマとなっています。
でも、きっと母もその渦中で
何かを感じ、悩み抜いているのではないか、
娘がいるということだけでも有難く感じて貰えればと最近よく思います。 🌠
◇ひさだ・めぐみ ノンフィクション作家 47年生まれ。『新・家族がいてもいなくても』『明るい老後のための一人で生きる練習帳』など。
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