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あすなろ日記
黒執事小説『貧救院』
黒執事「貧救院」
幸せってなんだろう?
求めても永遠に手に入れられないものなのかな。
雨が地面に浸み込むように僕の流す涙も地面に
吸い込まれていく。
悲しみも憎しみも今ではもう無意味でしかない。
僕は幸せになりたかっただけなんだ。
すべてを手に入れることができたなら、
僕でも幸せになれるのだろうか・・・
神父様の祈りと共に僕を愛してくれた人の棺が土に
埋葬される。
雨がしとしと降る中で伯爵家にふさわしい盛大な葬儀が
とり行われた。
カラーンカラーンカラーンカラーン----------
肉親との別れを祝福するかのように教会の鐘は鳴り続けた。
「あれがロセッティ伯爵のご子息ガブリエル様でございます。」
セバスチャンがシエルに耳打ちした。
「父親が死んだというのに涙一つ流さないとは気丈だな。」
「さようでございますね。」
「表向きは病死という事になっているが、本当のところは
どうなんだ?」
「腹上死です。警察にはメイドとの情交中に心筋梗塞の発作
が起こり、死に至ったと内密に届出が出されております。」
「心臓が弱かったのか?」
「さあ。それは分かりませんが、警察に届け出た翌日、
メイドが後追い自殺しております。」
「怪しいな。」
「しかも、ロセッティ伯爵はその道ではかなり有名な男色家
だったとの噂です。」
「ますます怪しいな。」
「ガブリエル様は11歳だとか。爵位は継げますが、
後見人が必要なお歳です。コンスタブル卿が後見人に
名乗り出ておられます。お会いになりますか?」
「女王の憂いを晴らすのが僕の仕事だ。この事件を
解決するのに協力者は一人でも多いほうがいいだろう。」
「では、お会いになられるのですね。」
「当然だ。」
「葬儀の後、教会の一室に席を設けてあります。コンスタブル
卿から坊ちゃんにお知らせしたい事があるそうです。」
「ロセッティ伯爵は叩けば埃が出る男だと聞いている。
告げ口したいほどロセッティ伯爵を恨んでいたということか?」
「コンスタブル卿の姉のロセッティ伯爵夫人はご子息を産んで
すぐに亡くなったと聞きます。死人の多い家系は必ず裏で
何かあると考えたほうがいいでしょう。ロセッティ伯爵が
本当に腹上死だったのか、それとも殺害されたのか、調べて
いけば、いずれ分かることです。女王の番犬と呼ばれる
坊ちゃんに接触したがる人物は犯人ではないでしょう。
どのみち爵位継承者はガブリエル様お一人しか今のところは
いらっしゃいませんので、遺産目当てによる暗殺はないと
考えられます。隠し子でもいれば別ですが・・・」
「男色家の変態に隠し子なんているはずないだろう。
それよりも問題は貧救院だ。ロセッティ伯爵は先代から
引き継いだ貧救院で悪行の限りをつくしていたそうだ。本来、
貧しい者を救うべき場所で貧しい者を虐待し、骨の髄まで
搾り取るような卑劣な行為をしていたらしい。慈善事業家の
ふりをして、ロセッティ伯爵は相当儲けていたそうじゃないか。
貧救院を調べるのが女王陛下からの今回の依頼だ。貧救院
の経営は伯爵の死後、誰が引き継ぐ?ガブリエルか?」
「いえ、執事のジョゼフです。ガブリエル様はまだ子供です
から経営能力には欠けていますので。」
「ジョゼフとは誰だ?」
「あのガブリエル様の後ろで涙を流している使用人です。
参列者のほとんどが嘘泣きだというのに、よほど主人に
思い入れがあるのでしょうか。それとも演技で涙が流せる
タイプなのでしょうか。ジョゼフは勤勉で頭も良く、執事として
仕えるだけでなく伯爵の秘書の仕事もしていたとか。
貧救院とは深く関わっている人物です。」
「はじめまして。シエル・ファントムハイヴ伯爵。
お目にかかれて光栄です。」
「こちらこそ。コンスタブル卿。ロセッティ伯爵の突然の死、
お悔やみ申し上げます。」
「実は後見人の事でご相談がありまして。伯爵の死後、
ガブリエルは後見人に遠いスコットランドに隠居している
大叔父を指名しました。実質上は顧問弁護士と執事の
ジョゼフが後見人代理としてガブリエルが成人するまで
ロセッティ伯爵家を取り仕切る事になったのです。弁護士は
遺産の管理をするだけなので何の問題もありませんが、
問題は執事のジョゼフです。あいつが貧救院の出だという
ことはご存知ですか?あのような下賎な者に伯爵家は
任せられません。」
「身分が低いという理由で変えろとおっしゃるのですか?」
「それだけではありません。ジョゼフは15年前、10歳の時に
貧救院から小姓としてもらわれてきたのです。小姓の意味が
わかりますか?私の姉は12年前にロセッティ家に嫁いで
まもなく発狂しました。妊娠中も何度も流産しかかってようやく
男の子を出産しましたが、難産の末、姉は他界しました。」
「それはお気の毒に。」
「姉はロセッティ伯爵に殺されたんです。ロセッティ伯爵は
新婚初夜からジョゼフを寝室に引き入れて姉に耐え難い
屈辱を味あわせたのです。姉は心の病を理由に屋敷に
幽閉され、失意の中で憎い男の子供を出産したのです。
ガブリエルは天使のような風貌とは似ても似つかない
悪魔のような呪われた子なのです。」
貧救院はロンドン郊外にひっそりと建っていた。白い石造りの
古びた建物で老朽化が進んでいた。畑もある広大な敷地は
すべて高い塀で取り囲まれていて、出入り口は正門一つだけ
だった。まるで刑務所を想わせるような貧救院にシエルと
セバスチャンは閉口した。
馬車を降りると、二人の門番がニヤニヤとシエルを品定めする
ように見ていた。やがて、そのうちの一人が近づいて来て、
「シエル・ファントムハイヴ伯爵様ですか?ご案内します。」
と言って、ペコペコしながら、貧救院の応接間に案内した。
応接間にはジョゼフがいた。
「ようこそ。おいでくださいました。コンスタブル卿から
伺っております。貧救院を見学なさりたいとか・・・」
「はい。坊ちゃんは慈善事業に興味をお持ちでして、貧救院
を設立いたしたく考えておりまして、参考までに是非とも
見学させていただきたいとコンスタブル卿にお願いした次第
でございます。」
「コンスタブル卿は我が主ロセッティ伯爵の縁戚に当たります
から、その方のご紹介とあれば、むげにもできません。どうぞ、
ごゆっくり見学なさっていってくださいませ。早速、施設を
ご案内いたします。どうぞ、こちらへ。」
ジョゼフは軽く会釈をして、シエルを食堂へ案内した。
食堂には細長いテーブルが2つ並んでいて、子供たちが
木の椅子に座っていた。ちょうど食事の時間だったのだ。
「貧救院には6歳~16歳までの子供が50人ほどいます。
昔は女の子もいましたが、今はすべて男の子です。
亡くなった旦那様の趣味で15年前からそうなりました。」
子供たちは皆、死んだような目をしていた。生気がなく、
一言も口をきかずに黙々と豆のスープをすすっていた。
「食事は豆だけなのか?」
シエルがジョゼフに聞いた。
「はい。昼食は豆のスープだけです。朝食はパン屋から
二日前のパンを安く買って来たものを食べさせています。
夕食は庭の畑で採れた野菜とじゃがいもをスープにしたもの
などを食べさせています。子供たちの好きなマッシュポテト
も食べさせていますし、貧救院のわりには比較的恵まれた
食生活です。」
「刑務所並みの食生活で恵まれていると言えるのか?」
「貧救院が刑務所よりも暮らしやすかったら、誰も働きません
から。浮浪者を捕まえて収容している施設は1日2食でパンは
食べさせないのですよ。それに、服もうちの貧救院は清潔な
白い寝間着を制服変わりに使用していますので、毎週洗濯
していますが、何ヶ月も同じ服を着せたまま放置している
ような不衛生な所も多いのですよ。」
確かに子供たちは皆、清潔そうだった。だが、全員同じ
真っ白な寝間着を着て、首に番号と名前の札をつけている
姿は一種異様な気がした。しかも、子供たちは皆、凍りついた
顔のように表情が無かった。刑務所よりも恐ろしい貧救院で
何がそうさせているのか考えただけでシエルはゾッとした。
「今度は部屋を案内します。」
ジョゼフが作り笑顔を浮かべてそう言った。
子供達の部屋は貧救院の2階に8部屋あった。8人部屋で
各部屋に2段ベッドが4つあった。机もタンスもなくて、ベッド
の下にある50センチ四方高さ20センチのふたのない木箱が
唯一の収納だった。子供達の所持品は箱一つに収まる程度
しかなかった。殺風景な部屋を見た後、シエルたちは再び、
1階の応接間に戻った。
「いかがでしたか?お役に立てましたでしょうか?」
「はい。参考になりました。」
セバスチャンがニッコリと笑みを作って言った。
「しかしながら、私共は政府の視察の役人ではありません。
肝心の地下室を見せていただけない事には帰れません。」
「ほう。慈善事業に興味があるとおっしゃっておきながら、
地下に興味がおありだったのですか?残念ですが、地下室は
地下クラブに入会していただけないと、ご案内できない決まり
になっております。」
「では、入会いたします。」
「失礼ですが、ファントムハイヴ伯爵にそのようなご趣味がある
とは思えませんが・・・」
「ガブリエル・ロセッティ伯爵様と同じ趣味ですよ。」
「では、証拠を見せていただけませんか?」
ジョゼフの小馬鹿にしたような笑顔にシエルはムッとしたが、
セバスチャンはおかまいなしにシエルに口づけした。文句を
言おうとして口を開けたシエルに舌をねっとりと絡ませ、腰を
抱き寄せて、ジョゼフに見せ付けるようにディープキスをした。
長いキスの後、セバスチャンはこう言った。
「坊ちゃんも同じ穴のムジナです。趣味と実益を兼ねた事業
をと考えておりまして、そのノウハウをこちらで学びたくて
見学させていただきに参ったのです。」
「分かりました。それでは地下を案内いたしましょう。
僕について来て下さい。」
地下室への階段は応接間の隣の部屋にあった。薄暗い階段
を下りて、扉を開けると、そこは赤い絨毯にシャンデリア、
派手な花柄のソファが置いてある客間だった。ミニカウンター
のバーには酒瓶が並んでいて、バーテンダーの格好をした
使用人が一人立っていた。
「意外という顔ですね。ここは会員のお客様がプレイに入る前
にどの子と遊ぶか選んでもらう部屋です。50人の写真を料金
別にAランクBランクCランクの3冊の本に分類してあります。
どの子も均一料金だと顔の良い子ばかりが毎晩客をとる事に
なって不公平ですから。我が地下クラブでは入会金と年会費
が高い分、1回のプレイ料金が安く設定してありますので、
気軽に毎週通っていただけるシステムになっております。
プレイルームもご覧になりますか?」
ジョゼフは一通り説明すると、返事も待たずに地下通路への
扉を開けた。薄暗い通路に大きな地下牢が3つ並んでいた。
牢の中には三角木馬とベッドがあった。鞭や拘束具などが
壁に飾られていて何のプレイをするのか一目瞭然だった。
通路の向うにはまた扉があり、先ほどとは違う粗末な部屋が
あった。机と掃除道具入れとおぞましい拷問道具が収納され
ている棚がある部屋だった。ジョゼフは無言で部屋を横切り、
次への扉を開けた。今度は中央に通路があり、左右に小さな
牢が5個ずつ計10個の藁を敷き詰めた独房があった。
「左側は空っぽです。右側の牢に3人の逃げ出して捕まった
子供達を収容しています。ご覧になりますか?」
ジョゼフはどん引きしているシエルに笑顔で尋ね、また返事を
待たずに牢の鍵をポケットから取り出し、鉄格子の扉を開けた。
「おいで。13番。」
ジョゼフが優しく呼ぶと10歳くらいの裸の少年が四つん這いに
這って出てきた。
「この子は牢に閉じ込めてある子の中でも一番従順な子です。
さあ、13番、お客様にご挨拶なさい。」
ジョゼフの命令に少年は頷き、這いつくばったままシエルの
靴にキスをした。
「フフ・・・可愛い子でしょう。この子はお手やチンチンも
できるんですよ。13番、チンチンしなさい。」
ジョゼフが命令すると、少年は体を起こして犬のように両手を
胸元で曲げて腹を見せた。少年の白い腹にはやきごての痕
があった。
「逃げたお仕置きに旦那様がつけたのです。貧救院に住む
50人の子達にはロウソク以外は使いませんが、地下の子
は別です。どのお客様でも金貨3枚でやきごてプレイが
楽しめます。」
痛々しい少年の腹を見ていてシエルは気分が悪くなった。
「次の子も紹介しましょうか?」
ジョゼフがニヤリと笑ってシエルに聞いた。そして、少年を
牢に戻すと、隣の牢を開けた。
「49番。出ておいで。」
しかし、49番と呼ばれた12、3歳の少年は動かなかった。
「この子は頭がおかしくなってしまったのです。」
少年の背中には無数の鞭の傷痕あり、体中にやきごての痕
があった。
「次の子もちょっと問題はありますが・・・おいで。33番。」
おむつをした7、8歳の少年が牢から出てきた。
「この子はフィストのし過ぎで緩くなってしまったので、おむつを
着用しています。赤ちゃんプレイって知ってますか?」
ジョゼフは吐き気を我慢しているシエルを面白がっているかの
ように楽しそうに説明した。
その時、一番奥の牢から何やら人の声が聞こえた。3人と
言っていたのに、もう一人いるのかと思って5番目の牢を
覗いてみると、40歳くらいの女性がベッドに腰掛けていた。
他の牢は全員裸だったが、その女性は服を着ていた。
かなりやつれていたものの金髪碧眼の目鼻立ちがはっきり
とした美人だった。
「この女性は・・・」
「母です。」
とジョゼフは答えた。
「母は分けあって、20年もの長い間、この地下牢に閉じ込め
られているのです。僕も15年前までちょうど向かい側の牢に
閉じ込められていました。僕は商品ではありませんでしたが、
旦那様は僕に目をかけて可愛がってくれました。僕は5歳から
10歳までの5年間、日に日に精神を病んでいく母を見つめて
牢の中で暮らしていました。泣き叫ぶ母を見るのは辛かった
です。だから、旦那様が僕を牢から出してくださった時はすごく
嬉しかったです。旦那様は家庭教師を雇って僕に教養を身に
つけさせてくださいました。旦那様には感謝しています。」
「それで、この貧救院を受け継ぐ事にしたのですか?」
セバスチャンが冷ややかな目でジョゼフに聞いた。
「ガブリエル様のご命令で、貧救院は近々、売り払う予定
です。ただ、子供たちの身の安全を保障できる買い手が
なかなか見つかりそうにありません。ガブリエル様は
人買いに子供達を売り払い、土地には工場を建てると
良いと仰せです。売春宿に売られた子供達は数年で体を
壊して死んでしまいます。そこで、提案なのですが・・・
貧救院を買っていただけないでしょうか?」
「それは願ったり叶ったりでございます。」
「喜んでくださるとこちらも助かります。格安でお売りします
ので、どうか子供たちをよろしくお願いします。早速ですが、
今日の夜、ロセッティ家にご招待してもよろしいですか?
ガブリエル様もシエル・ファントムハイヴ伯爵様にぜひ
お会いしたいと申しております。」
「君がシエル?やっぱり葬儀の日に叔父様とこそこそ
会ってた子だね。」
ガブリエルはソファに座ったまま立ち上がろうともしないで、
見下したように言った。
「叔父様が何を言ったか知らないけれど、ジョゼフは
殺してないよ。」
想定外の11歳の伯爵の言葉にシエルは言葉が出なかった。
「お父様は腹上死だったんだ。」
「存じ上げております。メイドとの情交中に心筋梗塞で
お亡くなりになられたとか・・・」
セバスチャンがチラッとジョゼフを見ながら言った。すると、
ガブリエルはこう言った。
「メイドじゃない。僕だよ。僕の腹の上でお父様は死んだんだ。」
「ああ。そういうことですか。謎が解けました。執事ならともかく
ご子息との情交中にとなると大スキャンダルですね。それで、
メイドに嘘の証言をさせて殺したのですか?」
「殺してないよ。メイドが警察に事情聴取で連行されそうに
なったから、後追い自殺のふりをするよう睡眠薬を渡したんだ。
メイドは病院に運ばれたけど、致死量飲んでないから翌日、
退院してすぐに里に帰った。警察も自殺未遂までする人間を
取り調べたりしないからね。メイドはジョゼフから大金を貰って
田舎で暮らしてるよ。」
「手の込んだ事をしますね。」
「まあね。ジョゼフが僕の為にした事だからさ。僕はまわり
くどいのは嫌なんだけどね。」
「確かに。直球勝負過ぎる性格のようですね。」
「貧救院の契約書にサインして。」
テーブルに差し出された契約書を見て、桁外れの安さに
シエルは驚いた。
「本当にこの金額で良いのか?」
「0を1個付け忘れてると思った?ポケットマネーで買える
金額にしろってジョゼフがうるさいから安くしといたんだ。
さっさとサインしてよ。」
シエルは少し考えるようにセバスチャンと顔を見合わせたが、
契約書にサインした。
「ハハ・・・これで奴らの面倒を見なくて済む。せいせいした。」
不思議そうにしているシエルにジョゼフが説明した。
「貧救院の子供達は全員、娼館で生まれた娼婦の子です。
娼館で生まれた女の子は年頃まで大事に育てられ、店の
商品になりますが、男の子は6歳になると人買いに売られて
しまうのです。通常は二束三文で年季奉公に出されますが、
旦那様は人買いから金貨1枚で6歳の男の子を買い集め
ました。ロンドン中の娼館から毎年数名の男の子が貧救院に
やってきます。そして、旦那様は全員を自らお味見なさって
Aランク~Cランクに分類し、調教し、客をとらせていました
ので、ガブリエル様はそれを面白く思ってなかったのです。」
「嫉妬ですか。」
セバスチャンが呆れたように言った。
「バカ。違うよ。僕はお父様が嫌いだったんだ。」
「性的虐待を受けていたからですか?」
「それもあるけど、お父様はジョゼフに対して酷かったからさ。
僕には鞭を使った事なんて一度もないけどね。」
「旦那様はガブリエル様を愛してらっしゃいましたから。」
「愛?愛って何なの?ジョゼフは人が良過ぎるんだよ。
ジョゼフはいつもお父様に愛してるって言われて喜んでた
けど、あの人は誰にでも言うんだよ。」
「貧救院の子達には一度も言った事はありませんよ。僕と
ガブリエル様以外に言っているのを見た事はありません。」
「亡くなったロセッティ伯爵夫人にもですか?」
セバスチャンが唐突に聞いた。一瞬、二人は嫌そうな顔をして
黙ってしまった。数秒間の沈黙の後、ジョゼフが慌てて話題を
すり替えるように口を開いた。
「契約を祝して乾杯しましょう。」
ジョゼフは使用人にシャンパンを持って来させて、グラスに
シャンパンを注いで、シエルとセバスチャンに手渡した。
「乾杯!」
ガブリエルがグラスをかかげた。シエルは一気にシャンパンを
飲み干した。すると、急に眩暈がして、クラクラしてきた。
シエルは落としたシャンパングラスの割れる音を聞きながら、
意識を失った。
目が覚めると、シエルは椅子に縛りつけられていた。
手は後ろ手にきつく縛られ、足首までグルグル巻きに縄で
縛られていた。シエルはセバスチャンの名を叫ぼうとしたが、
猿轡のせいで声が出なかった。
呻くシエルに気付いたセバスチャンが
「坊ちゃん、お目覚めですか?」
と聞いた。シエルは怒鳴りたかったが、猿轡のせいで
声が出ない。
「坊ちゃん、どうやら私達は罠にはめられたようです。」
セバスチャンも両手首を縄でベッドに縛りつけられていた。
だが、セバスチャンは冷静だった。
「シャンパンに薬が入っていたようですね。でも、ご安心
ください。坊ちゃんだけは脱がさないでくださいと頼んで
おきましたから。」
セバスチャンは半裸状態だった。服はボタンが全て外され、
ズボンも太腿まで下ろされていた。シエルは怒りで我を忘れて
『殺してやる』と思った。実際、縛られていなかったら、殺して
いただろう。ジタバタと暴れるシエルにジョゼフが言った。
「静かにしてください。椅子が倒れたら大変だ。」
「そうだよ。大人しくしてろよ。今、いいとこなのに・・・」
セバスチャンに夢中でしゃぶりついていたガブリエルが
ようやく口を離して、シエルのほうを向いた。セバスチャンの
大きく立ち上がったものが天を仰いでいた。シエルは信じられ
ない光景を見たと言わんばかりにセバスチャンを睨んだ。
しかし、セバスチャンは無言だった。代わりにガブリエルが
勝ち誇ったように言った。
「君の執事だって男だもの。愛なんて所詮、無意味なのさ。」
「そう。愛は一人だけに捧げても、体は別です。男は欲情する
生き物なのです。」
ジョゼフはシエルに諭すように言った。シエルは全裸の二人に
喚き散らしたが、猿轡のせいで呻き声にしかならなかった。
ガブリエルはニヤッと笑って再びセバスチャンにかぶりついた。
しばらくすると、ジョゼフが蜂蜜を取り出して塗りだした。
「美味しそうだね。もう、入れてもいい?」
ガブリエルが蜂蜜を塗られたセバスチャンの上にまたがって
聞いた。そして、ガブリエルはセバスチャンを自分の中に入れ
「ああ~。大きいよ~。お父様のよりもずっと大きい。」
と言って、腰を動かした。
「気持ち良いですか?ガブリエル様。お父様しか知らない
ガブリエル様にはちょっと大きすぎるかも知れませんが、
一つしか歳の違わないシエル様が味わっているものです。
慣れれば大丈夫です。いつものようにもっと気持ち良くして
あげましょうか?」
ジョゼフはガブリエルにそう言うと、背後から接合部を舐めた。
「あっ、ああ~」
ガブリエルは歓喜の声をあげた。甘く蕩ける蜂蜜を美味しそう
に舐めるジョゼフを見て、セバスチャンはこう言った。
「変態ですね。」
「そう。ジョゼフは変態だよ。お父様に10歳の頃からいろいろと
仕込まれてるからね。僕がお父様に初めて抱かれたのは8歳
の時だった。ジョゼフが僕を心配して泣いていたのを今でも
覚えている。」
「仲がよろしいのですね。」
「ああ。僕はジョゼフを愛している。」
「それなら、こんなことなさらなくても、お二人ですれば
よろしいのでは?」
「ジョゼフがダメって言うんだ。一線は越えられないって。
あっ、ああ~、ああああ~」
ジョゼフが接合部から口を離したとたんにセバスチャンが
動いた。下から突き動かされて、ガブリエルはあっけなく
果てた。ガブリエルが退くと、今度はジョゼフがセバスチャン
の上に乗った。
「僕もガブリエル様と同じで、旦那様以外を受け入れるのは
初めてです。」
「通りで。25歳にしては緩んでないはずですね。」
セバスチャンはグルッと腰を動かした。
「あっ、あん、ああ~」
ジョゼフの良い所に当たったのか、ジョゼフは恍惚とした
表情を浮かべた。
「ジョゼフ、気持ち良い?お父様が死んでからずっと何日もして
なかったものね。僕も欲求不満だったから、さっきイったけど、
もう1回、イきたいな。」
ガブリエルはそう言うと、セバスチャンの首にまたがってきた。
「舐めて。」
セバスチャンの口に押し当てて、ガブリエルは女王様のような
微笑を浮かべた。
「仕方のないお子さんですね。」
セバスチャンはガブリエルの貪欲さに呆れたが、口に含んで
舐め始めた。
「あ、ああ~気持ち良い。お父様より上手いね。」
「こちらのほうも最高ですよ。ああ~。僕ももう、イきそうです。」
ジョゼフは激しく腰を動かすセバスチャンに合わせて、
腰を振り乱した。
「あああ~、イ、イクっ!あああ~」
「あ、僕も!あああ~」
ジョゼフとガブリエルは二人同時に果てた。セバスチャンは
口に含んだ白い液体をペッと吐き出した。白いもので汚された
セバスチャンは貪りたくなるほど艶めかしかった。満足げに
セバスチャンの身体を見ていたガブリエルの顔色が変わった。
「あれ?まだイってないの?」
セバスチャンは達していなかった。ジョゼフは少し気にして、
「よくなかったですか?」
と聞いた。
「そんなことはありません。」
セバスチャンはにこやかに答えた。
「もう1回する?」
ガブリエルが甘えた声で聞いてきた。
「遠慮しときます。早く縄を解いてください。もう気が済んだ
でしょう。」
セバスチャンの言葉にガブリエルはムッとした。
「イクまで離さないよ。3回でも4回でも何回でもやってやる。」
ガブリエルがセバスチャンの上に乗ってきた。
「私を腹上死させる気ですか?!」
「ガブリエル様を怒らせると、朝まで離してもらえませんよ。
旦那様も5回目であんなことに・・・4回でやめておけば
よかったのですけど・・・」
「今夜は眠らせないよ。」
ガブリエルがニヤリと笑った。
夜が明ける頃、ガブリエルとジョゼフは眠ってしまった。
セバスチャンの傍らで眠っている二人はまるで餌を
お腹いっぱい食べて満腹になって寝ている猫のようだった。
無邪気に裸のままで寄り添って寝ている二人は幸せそう
だった。セバスチャンはベッドに縛り付けられている両手を
無造作に引っ張って縄を引き千切った。そして、怒り狂った
ように目を真っ赤にして見据えているシエルの所にゆっくりと
歩いて行き、シエルの縄を解いた。猿轡を外されたシエルは
「どういうつもりだ?」
とかすれた声で聞いた。
「情報を聞き出すには情を通じるのが一番早いですから。」
バシッとシエルはセバスチャンの頬を平手打ちした。
フッと笑うセバスチャンにシエルは
「最低だな。」
と言った。
「でも、これでロセッティ伯爵の死因が断定できました。
食欲旺盛なお二人に一晩中せがまれてし続けていたら、
死んでも不思議じゃありませんね。」
「お前は6回しても生きているじゃないか。」
「ガブリエル様3回ジョゼフさん3回の計6回は私でも
疲れました。ガブリエル様は4回もイって疲れたのか、
とうとう諦めて眠ってしまったようですね。」
セバスチャンはクスッと笑った。
「笑い事じゃないだろう。」
シエルは怒っていた。一晩中、縛られたまま情交を見せ付け
られていたのだ。怒るのも無理はない。セバスチャンは
シエルの顎に手をかけ、こう言った。
「坊ちゃんの怒った顔、素敵ですよ。」
セバスチャンがシエルに口づけし、舌を入れてきた。だが、
シエルはガリッとセバスチャンの舌を噛んだ。セバスチャン
の唇から一雫の血が流れた。セバスチャンは目を細めて、
シエルを床に押し倒した。
「やめろ。バカ。」
シエルは抵抗したが、ズボンの上から掴まれただけで、
感じてしまった。
「坊ちゃんの身体は正直ですね。一晩中見ていただけで、
ほら、こんなに・・・」
セバスチャンはシエルのズボンを脱がすと、ニヤニヤ笑って
握りしめた。
「あ、よせ、あっ」
セバスチャンの愛撫にシエルは声をあげた。口に含まれて
舐められると、抵抗するのを忘れてしまう。指が蕾をなぞり、
ゆっくりと入ってきた。
「よっぽど我慢していたのですね。指に吸い付いてきますよ。」
セバスチャンは意地悪く眺めながら言うと、指を動かした。
「あ、ああ~」
セバスチャンが指を入れたまま顔を近づけて来てキスをした。
やがて、セバスチャンは指を引き抜くと、シエルの足を大きく
広げて欲望を突き刺した。
「坊ちゃんの中は熱くて蕩けそうですよ。」
セバスチャンが囁くとシエルは歓喜の声を上げ絶頂を迎えた。
「入れたばかりなのに、いつになく早いですね。」
シエルが赤くなるのを見てセバスチャンはニヤニヤして言った。
「大丈夫。もう1回イかせてあげますよ。でも、今度はあの二人
にもよく見えるように体勢を変えましょうか。」
「え?!」
シエルがベッドの上を見上げると、ジョゼフとガブリエルが
じっと見ていた。
「坊ちゃんの声が大きいからお二人が起きてしまいましたよ。」
そして、焦るシエルとは逆にセバスチャンは座位の姿勢で
後ろから突き上げた。セバスチャンに座らされたシエルは
両手で足を掴むように言われ、全てが丸見えの姿勢をとら
された。突き上げる腰にシエルは悲鳴を上げた。
「見られて興奮するなんて、坊ちゃんはいやらしいですね。」
意地悪なセバスチャンの言葉にシエルは身体を震わせた。
セバスチャンが激しく腰を突き動かす。
「私が真の快楽を得られるのは坊ちゃんだけです。」
セバスチャンの甘い囁きにシエルは再び絶頂を迎えた。
セバスチャンが自分の体内に放つのを感じながら、シエルは
意識を手放して眠りについた。
朝、シエルが目覚めると、セバスチャンは
「おはようございます。坊ちゃん。朝食のご用意が出来て
おります。」
と、何事もなかったように言った。シエルはセバスチャンに
身支度を整えさせると、ダイニングルームへ向かった。
ガブリエルとジョゼフは先に朝食を食べていた。4人分
ナイフとフォークがセッティングされていたが、セバスチャンは
椅子をひいてシエルを座らせ、シエルの後ろに立った。
それを見て、ガブリエルがこう言った。
「一緒に食べないの?」
「私は結構でございます。」
「ジョゼフはいつも僕と一緒に食事しているよ。セバスチャンも
遠慮せずに食べたらいい。」
「私はジョゼフさんとは違いますから。」
「そう。」
ガブリエルはつまらなさそうに朝食を再び食べ始めた。
「貧救院の地下牢にいる私の母はロセッティ家に
住まわせてくれる事になりました。」
ジョゼフが笑顔で言った。
「それは良かったな。貧救院の件だが、やはり取り壊して工場を
建てるつもりだ。貧救院の子供達はファントムハイヴ社で雇って
やる。工場の横に寮も作って住み込みで働かせる事にした。
10歳以下の子供は役に立たないから給料は払えないが、
見習いとして3食寝床付で雇ってやる。」
「本当ですか?!それは嬉しいな。感謝します。」
「さすが、女王の番犬!これで一件落着だね。」
ジョゼフとガブリエルは口々に喜んだ。だが、シエルは
「知っていたのか。」
と、チッと舌打ちした。
「坊ちゃんが女王の番犬と言われている事をいつ頃から
ご存知だったのですか?」
セバスチャンが聞いた。
「葬儀の日にコンスタブル卿と接触しているのをお見かけし
まして、失礼ですが、いろいろと調べさせていただきました。」
「ジョゼフは頭が良いんだ。」
ガブリエルがニコッと笑って言った。
「今回の事で分からない事があるのだが、何故、地下牢に
閉じ込められていたのだ?」
シエルがジョゼフに聞いた。
「私の母は旦那様のお父上の妾だったのです。身寄りのない
母は13歳で奉公に上がり、15歳で僕を産みました。
別宅に住まわせていただいて、幸せに暮らしておりましたが、
お父上が病で亡くなられて、旦那様の母君に母子ともども
貧救院の地下牢に閉じ込められてしまったのです。5年後、
母君が亡くなられてから旦那様が僕を地下牢から出して
くださいました。」
「亡くなったロセッティ伯爵とは異母兄弟という事か・・・」
「はい。兄である旦那様は僕を可愛がってくださいました。
僕が13歳の時にご結婚された時も旦那様は女性に興味
がなく、初夜の晩に僕をお二人の寝室に呼び、3人で情交に
及びました。女性に触れた事のない僕に花嫁を抱くように
命じられまして、旦那様は後ろから僕を・・・サンドウィッチの
ようにお二人に挟まれて、前からと後ろからの刺激で僕は
何度も最高の喜びを味わいました。旦那様もすっかり気に
入ったようで、ガブリエル様が生まれるまでその行為は
続きました。」
「ちょっと待て。なんだか頭が痛くなってきた。」
シエルは頭を抱えた。代わりにセバスチャンが質問した。
「と、いうことは、ガブリエル様はジョゼフさんの息子さん
ということですね。」
「はい。そうです。この事が世間に知れたら、代々続いた
ロセッティ家がお取り潰しになるかと、正式にガブリエル様
が継承なされるまでは気が気ではありませんでした。」
「血統から考えれば、ガブリエル様は甥ですか・・・他に
お子さんがいらっしゃらなければ、爵位継承には何の問題も
ないですね。しかし、妾腹とはいえ、ジョゼフさんにも爵位を
継がれる権利がおありだというのに、使用人の身分のままで
よろしいのですか?」
「はい。僕はガブリエル様さえ幸せになってくれたら、それで
良いのです。」
「親バカですね。」
「はい。亡くなった旦那様にもよく言われました。」
「親ならもっと子供をしつけたほうが良いんじゃないか?
我儘放題に夜が明けるまでやらせるなんて・・・」
シエルが薄ら笑いを浮かべながら、ジョゼフに文句を言った。
「意外と根に持つタイプだったんだね。妬いてるの?」
ガブリエルがシエルをからかうように言うと、シエルは食事を
喉に詰まらせ、ゴホッとむせた。
「バカ言え。妬くわけがないだろ。」
「坊ちゃんがヤキモチを妬くのは愛があるからです。
ジョゼフさんが亡くなったロセッティ伯爵が自分以外と交わる
のを見ても腹が立たないのは恋愛感情よりも肉親に対する
愛情が強かったからです。兄としてのロセッティ伯爵に深い
愛情を持っていたからではありませんか?私は葬儀の日に
涙を流しているジョゼフさんを見て、そう思いました。」
「お気付きでしたか・・・確かに僕は肉体関係以上の愛情を
兄である旦那様に求めていました。でも、旦那様は僕を愛人
としてしか見ていなかった。僕は彼を恨んだ事もありましたが、
ガブリエル様が生まれてからは我が子が立派な跡継ぎになる
事を夢見て暮らしておりました。伯爵家を継いだガブリエル様
と二人で暮らしている今はとても幸せです。」
「あなたはずっと幸せになりたかっただけだったのですね。」
「はい。」
と、ジョゼフは笑顔で答えた。
その後は和やかに朝食を済ませ、シエルとセバスチャンは
ファントムハイヴ邸へ戻った。
「幸せってなんだろうな。」
シエルが呟いた。
「坊ちゃんはあのお二人が幸せになれると思いますか?」
「さぁな。」
シエルはぼんやりと窓の外を眺めた。
「坊ちゃん。」
セバスチャンが後ろから抱きついてきた。
「あっ、放せ。一体何回やったら気が済むんだ?
昨日だって・・・」
「私は1回しかイってませんよ。私は坊ちゃん以外では
いかないのです。」
セバスチャンが耳元で囁いた。
「私が愛するのは坊ちゃんだけです。」
「嘘つけ。」
シエルはフッと笑った。セバスチャンがシエルを押し倒した。
悪魔は嘘をつかない。シエルは刹那的な快楽と人の幸せは
隣り合わせだと思った。どちらが欠けていてもつまらない。
シエルは至福を感じながら、悪魔の抱擁に身を溶かした。
(完)
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