ねこねここねこ

夢ノート

     夢ノート

 会合に出席したのだが
 知らない顔ばかり
 知らない人が親しげに話しかけてくるのって
 気味が悪い
 バツを合わせているわたしは
 もっと薄気味悪い
 (これは目が覚めてから思った)
 場面は変わったのに
 時間は続いていて
 電車から外を眺めている
 なじみ深い家並みが
 すっすっと流れ去るのに
 思い出せない
 降りた駅も
 だめだ
 そのくせ
 迷いは一つもない
 気おくれせずに街を歩いていく
 わたしには
 否、夢のわたしには目的があるのだ
 以上は、昨夜の夢であるといっているわたしはわたしか
 鏡面から等距離のわたしが
 ふっと消えるように
 何かが
 すっと通過する
 (時間ですよ)
 こころもち爪先立って
 家を出てゆく
 会合に出席したり
 電車にのって外を眺めるために


夢としてあるが、自分が何者であるか、何を目的にして生きているのか、
時折、そんな曖昧な不安な感覚に陥ることがないだろうか。
どんなに 整然たる理論をもってしても、社会に適合して
生活しているかのように振る舞ってみても・・・

目が覚めてから思った

生活に追われ、対人関係を上手く処理している間の 自分は、本当の
「わたし」なのだろうかと 私は始終感じる。

場面は変わったのに、時間は続いている。
それは、夢の中だけではない。
状況によって カメレオンのように 体色を変化させる自分がいて
けれども、時間は継続している。

「知らない人」は 普段 接している人なのだろう。
親しげに 会話しながら 心の奥底には 入りきれない(心の核の部分にまで
踏み込めない)よそよそしく感じる  他人であり、自分自身。
そう、自分のことだって、本当は分かってはいないのだ。


なじみ深い家並みが、思い出せない。

人間と人間の距離を 感じさせる。
 私の夢の中には、親しい人は あまり出てこない。
遠く離れた人か、近くにいて接していても、心が離れている人が 
夢の中に、はっきりと その人として 登場する。

夢のわたしには目的があり、気おくれすることなく 迷わず 歩いていく

共感を覚える。
時間ですよ・・・目が覚めたのだろう。
そして、よそよそしいのに、親しげな 日常生活が始まる。

「こころもち爪先立って」
夢のわたしは 迷いなく目的を持っていたのに、僅かばかりの違和感、
焦燥、何といっていいのか分からないけれど 何かが違うと感じながら
普段の生活が 始まるのだ。



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