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2019.07.08
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カテゴリ: ・・梅尾城
府本の奥、「梅尾城入口」までやって来ました。
城跡へは、ここから暫く登ります。

筒ヶ嶽城を「詰城」として、梅尾城を「麓城」としていたと思われる。
後日登りますが、今日は入口まで。

梅尾城 「城跡は、小岱山の西麓、前嶽の南に延びる尾根に築かれた三の郭よりなる山城で筒ヶ嶽城跡の出城である。三の郭の南は堀切に仕切られて、北西方面に延びる二の郭と、北東方面に延びる。二の郭は、長方形の平坦地をなし、先端に円丘状の高所があり、裾野の傾斜面を02・03の堀切で仕切る。三の郭にも長方形の「馬かけ場」と称する緩傾斜面があり、東側に土塁跡、西側に険しい削り落しの跡がみられる。また北東のくびれ部分に小規模な04・05の堀切が設けられてある。一の郭は城の南方に位置し、西側の崖壁を削り落とし、台地を削平し凹地に埋め、南側に「左く」の字形の土塁を築く等の普請をなしたことから「埋の尾」(梅尾)の城名が生れたのではあるまいか。山麓の「古畑」に梅尾館、「土居内」に家中武士を配し、ここから西、権現山に至る道路をつくり、古府本の集落をここに移し、揚・町等の城下町「フモト」(麓)を営んだといわれている。梅尾城は鎌倉時代、小代家惣領、重康によって築城され廃城は文保二年(1593)である。」

#熊本,#荒尾,#史跡,#史学会,#小代氏,#居城,#梅尾城





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最終更新日  2021.06.29 20:58:01
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