比嘉周作    トーク&タップダンス

比嘉周作  トーク&タップダンス

笑顔でありますように


いつも、バス停を一つ前で降りて、五百メートルほどの距離を歩いて帰る。
腕時計を見ると、決まって夜の十時二十分前後。
すでに車の通りも少なくなっていて、歩道を歩く人の姿もほとんど見かけない。
街灯はあるが、その明かりは弱々しく心細くて、一日の終りを締めくくるには似合わないほど寂しい。
それでも、いつも、僕はこの寂しい帰り道を歩いて帰る。

途中、あの人の家を通り過ぎるから。
そして今日も、あの人の家が見えてきた。

二階の角の部屋。そこに視線を向ける僕。
道路を走る車は少ないし、僕以外、歩いている人もいないのだが、なるべくさりげなく、顔を動かさずに目だけで彼女の部屋を見上げる僕。
一生懸命、彼女の姿を探している。

二ヶ月ほど前、偶然この道を通ったとき、あの部屋の窓のカーテンが開いていて、その窓の向こうに彼女の顔が見えた。
それ以来、バイトの帰りには、この道を通るようになった。
そして彼女の家の前を通り過ぎる。わずか数秒の時間だけだけれど、さりげなさを装い、だけどものすごい集中力で、顔は動かさず目だけを必死に右上に向けて、彼女の姿を探して、通り過ぎる。

何も生まれない、僕と彼女の距離。とても遠く感じるこの距離。

今日学校の友人が教えてくれたうわさ話。
彼女が、三年の先輩に告白した、という。
顔も名前も知らない男の人に、想いを告げる彼女の姿が何度も僕の脳をよぎっていく。胸が苦しく、鼻の頭が、つん、と痛い。
ふられた、とも聞いた……。

彼女の部屋の明かりが消えていた。
泣いているのだろうか。家にはいないのだろうか。
僕には何も出来ない。彼女の部屋は遠くて、手も届かない。
見るだけしか出来ない。僕と彼女の距離は縮まることがなく、今日も僕は彼女の家を通り過ぎる。
人通りのない、暗い街灯に照らされた寂しい道を歩く。
彼女の泣き顔が浮かんできて、どうしようもなく悲しくなる。
でも、僕は彼女に何もしてあげられない。
無理矢理、彼女の笑顔を想像しながら、
何も出来ない僕は、いつものように月を見上げて、
家に帰る。いつものように。
明日、勇気を出して彼女に声をかけてみようか、と考えてみる。

明日は笑顔でありますように。


© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: