鎌倉日記(極上生活のすすめ)

フリマと不思議娘


このまえ、伊集院光が売れない漫才師たちと、服や帽子を売っていた。
カラテカの矢部太郎の相方も、ひとりで古着を売っていた。彼の場合、みんなわからないので、ダンボールに矢部太郎の相方です。と自分で書いて、アピールしていた。
骨董市へいくとミュージシャンのアルフィーのメガネ君(名前がでてこない。失礼。)が、古い瓶を売っていた。
どれもプライベートだ。
こういうのは、お金のためやリサイクルという名目と言うより、なんか人生を楽しんでいる感じで、すごく好きだ。

古い瓶はけっこうコレクターがいて、これを探すのは宝探しのような快感がある。
古い瓶は、かつて病院のあったような場所に埋まっていたりするのだ。古い地図をひろげ、
このあたりかと目星をつける。古い薬瓶なんかは、いい味をだしている。
そして、見つからない。見つからない。ぜんぜん、見つからない。
帰ろうとすると見つかる。

「このまえ、ニューヨークに掘りにいったよ。」
フリーマーケットで、隣りで店を開いていた不思議な娘が教えてくれた。
「スコップをもつだろう。それに、足にこんな厚い底の靴をはくんだ。さもないと注射針が、ふいに顔をだして足をつきさす。」
この不思議娘は、どこかで見つけてきた古い鍵と流木をならべて売っている。
古い鍵はチェーンにつけて首飾りにするらしい。
「やっぱ、アメリカの田舎町がいいのがでるよ。」
この不思議娘から、流木の見つけ方。(千葉にいい場所がある)と、風呂場での流木の海塩の抜き方を教えてもらった。

アメリカのフリーマーケットは日本の比じゃないほど、大掛かりに開かれている。
よぼよぼの爺さんが、古い缶ばかりを並べて売っていたりする。
その姿が、渋くて、すごくかっこいい。
それを真似しようとして、缶ばかり集めていたことがある。缶は場所をとる。部屋中缶だらけになってしまった。
「あなた、これ、どうするつもり。」と、カミさんが怒り出した。また、意味のないものを集めてと、冷たい視線。
まあ、古い瓶や缶。納得はしてくれないかもしれない。じゃあ、いったい、この世の中、何が意味があるものなのかと反論しようと・・・・・しなかった。
いや、できなかった。



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