鎌倉日記(極上生活のすすめ)

アトム対暴走族


熱い夏が近づいてきた。
自然と静かな環境、文化的気風を求め、結婚後、五回の転居を繰り返し、今の地にたどり着いた。しかし、湘南は夏になると暴走族が、集まりはじめ、騒がしくなってくる。
私の家は、鎌倉でも奥まったところにある。海辺ではないので、安心していたら、奴らが銀バエのように集まりだした。
自然公園の入り口とトンネルのあるあたりだ。夜になると、車が集まり、道路をふさいでいる。
ここは、娘の通学路でもある。
娘のためには、体を張って戦うのが、本当の男の生き様だ。

「体に男の血が流れているかぎり、不可能ということはない。」D・バグリー

戦うと決めた。作戦をねった。まず、仲間を集める。
普通には凶器を持って集まると、凶器準備集合罪で捕まってしまう。こちらは老獪な大人だ。頭を使う。
そこで、野球のユニホームを着て集まればいいと考えた。バットを持っていても、武器ではない。ミットをかぶっていても、それは試合の帰りというわけだ。2チーム18人だから、補欠もいれて、20人であいつらを取り囲めばいい。

考えているだけで、血が騒ぎだした。
私を誰だと思っている。大学の時は、学校反対を押し切って、学園祭の実行委員としてオールナイトのロックコンサートをぶち抜いた男だ。学校は電源を切ったので、装甲車のような、電源車をキャンパスに入れて敢行した。

これは娘のためでもあり、正義の戦いでもある。
死んだ妻も許してくれるだろう。(あっ。まだ、死んでいなかった。)

   (2)
暴走族のガキどもめ、すぐに痛い目にあわしてやる。
私は、すぐにアイデアを実行すべく、友人の家々に電話をかけた。
「おもしろい話がある。」
血気盛んな奴らから、順に声をかけた。

「いくらなんでも、夜中に、野球をする馬鹿は、いないだろう。」
友人は冷静だ。
「そんなことより、呑みに行かないか。店におまえの好きそうな、かわいい娘がはいったぞ。」
「何!」(ちょっと、心が動く。)
駄目だ。こいつは堕落している。かつての革命家も、今じゃ、ただのエロ親父だ。

次の奴にあたることにした。こんどの男は冷静な理論家だった。
「わかった。・・・ところで、おまえ、ぎっくり腰はなおったか?」

 このところ、私は、ぎっくり腰が、慢性化している。夏場は、まだ、いいが無理をすると突然、魔女の一撃というやつにやられる。あの痛みは半端じゃない。
 この親父は健康オタクの青汁親父で、会っても、長寿法の話ばかりする。なんのかんの言って、戦う気力はない。こいつも駄目だ。

 3人目の男は、武道家だ。こいつなら来る。
武道家は、静かに答えた。
「金はでるのか。」そういう話ではない。
「若者に、良いことと悪いことの区別をつけさせるのだ。」

武道家は言った。
「おまえが良いことを教えろ。俺は悪いことを教えてやる。」

どいつも、こいつも情けない奴らばかりだ。人生の「志」を忘れている。
結局、暴走族に逃げられないうちに、警察に電話した。
大袈裟に話したら、数台のパトカーは、ほどなくやってきた。暴走族は、蜘蛛の子を散らすように消えた。

 トンネルは、ペンキの落書きスプレーで、いっぱいになっていた。すさまじい量の落書きだった。

それを見たら、怒りの炎が、また、めらめらと燃え上がってきた。
 次の戦いが、はじまった。

  (3)
 警察のやったことといったら、せいぜい、暴走族の奴らを散らすことだけだった。
 娘が、あのスプレーのイタズラ書きだらけのトンネルを通って通学するのかと思ったら、許せなかった。

 警察署に、乗り込んだ。
なぜ、あいつらの首ねっこをつかまえなかったのか。とっ捕まえて、適当な火傷を負わせないと、ああいう輩は反省しないのだ。たらたらと、おかけっこしていて、散らしていても、しょうがないだろうと。

 警察は言った。
集まっているだけでは捕まえられないこと。いたずら書きは、現場を押さえてないので、難しいこと・・・等々。

 私は、ここで弁舌をふるった。
「ブローキングウィンドウ現象」についてだ。
アメリカの実験で、1台の高級車を広場に放置しておく。1ヶ月たっても変化はしない。
 しかし、こんどは窓ガラスを割った高級車を放置する。すると、次々に高級車は荒らされ、中のものは盗まれていく。1ヶ月後には、タイヤまで盗られ、さらに周囲の環境も、悪化したという現象だ。

 イタズラ書きを軽視してはいけない。
ニューヨークの犯罪は、地下鉄のイタズラ書きと軽犯罪の取り締まりを重視する方針に、変えたことで、劇的に減少したのだ。

 警察は、とりあえず聞いている。
ここで、諦めてはだめだ。彼らはクレーム慣れしている。
忙しい彼らを持久戦に持ち込み、すぐに対応するようにしなければいけない。ものごとには、すべて優先順位がある。
それから、私はキューバのカストロ並みの長演説をした。

 結局、トンネルの落書きは、警察の管轄ではなく役所なので、消すことはできないこと。
 暴走族が集まっているのを、見つけたら、すぐに対応することで、話は終わった。

しかし、トンネルのイタズラ書きが消えたわけではない。
次の戦いの場は、役所にうつった。

   (4)
こんどは、役所の担当部署の男に、トンネルの落書きについて熱弁をふるった。
うるさい親父だと思っているのが、すぐにわかった。
「ブローキングウインドウズ現象」と、さらに「60%と10%の法則」についても、教えてやった。それは、10%の場所が、60%の犯罪を引き起こしているという法則のことだ。
こういう、薀蓄を語らせたら、私は止まらなくなる。
(半分、趣味のところもある。)

「あのトンネルの場所を、10%の犯罪多発地帯にするつもりか。」
「中学生の娘たちの通学路だ。あの卑猥な言葉と絵を毎日見るのか。」
「いつ、あの落書きを消すつもりだ。」
「落書き禁止の立て看板をすぐにつけろ」

役人は、予算の都合もあるし、役所が看板を立てるには、いろいろと許可があって。
なまくらな返事を、繰り返す。
この役人は優秀だと思った。
役所の単年度決算のシステム及び行政法を知っているものなら、この回答が正解なのだ。
 マキャベリの「君主論」にも書かれているが、ひとりの役人が、独自の解釈で、行政を遂行すると逆におかしな話になる。行政は、どんなときにも法に基づいた行政行為を行わなければならないのだ。

戦略を変えた。質問の内容を変更する。
では、早急にあの落書きを消すには、市民はどのような交渉をもってすれば、もっとも有効かつ適切であるか。
1、国会又は市会議員による陳情及び圧力。
2、地域住民による署名及び窓口陳情。
3、マスコミなどによる広報活動。
4、政治結社による街宣活動(これは、言わなかった。)

どれでも私は実行すると言った。
相手は困っていた。彼には申し訳ないが、民主主義とは地域エゴでもある。
私は、早急な回答を求めなかった。しかし、後日、必ず連絡をくれるようお願いした。

1ヶ月ほどたった頃。この効果があったのかどうか、わからないが、長いトンネルの落書きは行政によってすべて消された。
暴走族の集まりも、その度に通報していたら来なくなった。
その後、ゲリラ的にこまかな落書きもされたが、これは心理戦にもちこんだ。
落書きをするものを見かけたら、車両ナンバーをひかえて通報するよう。行政の許可のいらない個人的な貼り紙をしたら、それもなくなった。
トンネルは、その後、静けさを取り戻した。

いま、鎌倉はアジサイの綺麗な季節になりました。
皆さまも、一度、観光に鎌倉へお立ち寄りください。鎌倉は治安も行政も大変に親切な町です。
そのおり、トンネルのあたりで、暴れている説教くさい親父がいたら、それが「アトムおじさん」です。

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