一緒に成長する育児

一緒に成長する育児

テレビに子守はさせないで


つけっぱなしは言葉の発達を遅らせる危険が

渡辺瑞香子 宮城・坂総合病院小児科


 日本小児科学会が、四月に乳幼児のテレビ・ビデオの視聴について提言を出したのはご存じでしょうか。「乳幼児のテレビ・ビデオ長時間視聴は危険です」というもので、要旨は次のとおりです。


1.二歳以下の子どもにはテレビ・ビデオを長時間見せないようにしましょう。内容や見方によらず、長時間視聴児は言語発達が遅れる危険性が高まります。


2.テレビはつけっ放しにしない。


3.乳幼児にテレビ・ビデオを一人で見せない。見せるときは親も一緒に歌ったり、子どもの問いに答えることが大切。


4.授乳中、食事中はテレビをつけない。


5.乳幼児にもテレビの適切な使い方を身につけさせ、見終わったら消すこと。ビデオは続けて反復視聴しないこと。


6.子ども部屋にはテレビを置かない。


 この提言は、昨年、小児科学会「子どもの生活環境改善委員会」が三地域(首都、中核市、農村地区)で、一歳半健診の対象児一九〇〇人について行なった調査結果から出されたものです。


 調査によると、四時間以上テレビ・ビデオを見ている子どもは、四時間未満の子に比べて意味のある言葉が出てくるのが遅れる率が一・三倍、八時間以上だと二倍でした。さらにテレビを見るときに親のかかわりが少ないと、遅れる率は二・七倍に達し、言語理解、社会性、運動能力にも遅れる傾向が見られました。


 一方的に流される映像メディアを見たり聞いたりするだけでは、子どもの言語能力は発達しないことが裏づけられたといえます。


2歳以下の子にはとくに

 米国の小児科学会では九九年、〇一年に「二歳以下の子どもにテレビは見せないように働きかけるべきだ」と勧告を出しています。日本でも乳幼児に対するテレビ・ビデオの視聴の影響を懸念する報告があいついで出され、この一月には、開業医を中心とする小児科医会も、同様の提言を出しています。


 作品の内容でなく、長時間視聴そのものについての警告であり、いままでの流れから一歩踏み込んだものといえます。


 日常の診療の経験でいえば、テレビをつけっ放しの家の幼児は、コミュニケーションが取りにくかったり多動であったりする傾向が確かにあります。テレビを消すようにお願いすると、劇的に改善することもよく経験することです。


 小児科学会の調査では、言語理解や社会性の発達の遅れが心配される子どもがいて、おとながかかわらずに子どもだけで四時間以上テレビを見ているという家庭は一・六%でした。


 典型的な例をあげましょう。


 Aちゃんは言葉が十分出なくて、同年齢の子どもたちとうまく関係がもてず、パニックになっていました。三歳児健診で「発達障害」といわれ、家族が心配して、相談にみえました。確かに言葉が少なく、視線も合いにくいお子さんでした。聞くと、テレビがつけっ放しということでしたので、テレビを見せないようにお願いしたところ、一カ月後には言葉が増え、間もなく場面や会話に合わせた応答ができるようになりました。


 同様のことは、さまざまな医療機関から、報告されています。


赤ちゃんは反応を期待する

 京大霊長類研究所の正高信夫氏らが貴重なデータを示しています。


 ▽人は新生児のとき、すでにお母さんの声を聞き分けている。▽お乳を飲むのにもパターンがあって、吸う・休むを繰り返しており、休むときにお母さんの揺する動作がないと、リズムが崩れていく、ということなどです。


 また生後八週になると、お乳を飲むリズムが自立していきます。赤ちゃんの側から声を出すようになり、お母さんの反応を期待しているようだといいます。赤ちゃんはお母さんの語りかけを真似しますが、お母さんの方も無意識に高い調子で抑揚のついた声を出しています。これは言語文化圏が違っても共通で、こうした過程を経て一〇~一四カ月に初めての言葉が出るのだそうです。


 お母さん(おとな)があやしたり声かけしたりして、赤ちゃんと「会話」することがほんとうに大切なのですね。


 わが家にも三人の子どもがいます。日中は保育所で過ごしていましたので、親子でのかかわりは平日で二~三時間。乳幼児期はほとんどテレビのお世話にはなりませんでした。子どもたちが基本的にテレビに興味がなかったからです。テレビより、親に絵本を読んでもらったり手遊びやくすぐりっこをしたり、自分でおもちゃを出して遊ぶほうが好きでした。


 私もニュース以外のテレビ番組はほとんど見ませんでした。ビデオデッキがようやく子どもたちの前に置かれたのは末っ子が四歳のときでした。


子どもの相手をするのが大切

 「長時間視聴児は言語発達が遅れる」という小児科学会の提言に対して、七月の小児神経学会の総会では違うニュアンスの見解が出されました。「断面的な調査では科学的な根拠に乏しい」「育児不安をあおることになる」「メディアの影響について一〇年かけて調査し科学的に解明していく」という内容です。


 会場からは、現場の医師の立場から「調査を待つ余裕はない」「経験上、テレビをやめて改善した例を大事にしたい」など批判的な意見があいつぎました。私も同じ意見です。テレビを消すだけで、子どもの言葉や行動上の問題が解決する場合があることは、積極的に伝えるべきです。


 もっともテレビは生活から切り離しにくくなってきています。共働きの家庭で子どもは保育所に通っていて、親が食事を作る間、子どもにテレビを見せている程度ならば心配いりません。


 危ないのは、家族が家にいて、子どもの相手をしてやらずに、テレビをつけっ放しにしているような場合です。


 どうしてもテレビがないと子育てが大変だという方がいたら、本気で手助けしなければなりません。その意味は、子どもが育てにくい子であるか、親の側が何かしら困難なことを抱えているということなのですから。





 「乳幼児期から中学生に掛けての子ども期は、脳や自律神経、視力や筋肉など身体の諸機能、それにコミュニケーション能力を発達させるかけがえのない時期、いわば臨界期である。「人間になる」ために重要なこの時期に、その機会と時間を「メディア漬け」の生活によって奪われた状態ですごすことは子どもの一生にとって取り返しのつかない重大な事態を招くことになる。子ども本人は自覚のないままメディアの虜になっていくだけに、周囲の大人の責任は重いと言わなければならない。」

人間になれない子どもたち

人間になれない子どもたち
いまや日本の子どもたちは、からだも心も史上最悪の状況に陥っている。現状では「家庭」にも「学校」にも「地域社会」にもそれを救う手だてがない。長年、テレビ報道・番組制作に携わり、子どもの危機的状況を目の当たりにした著者がおそるべき現実を凝視し、その解決策を提示した衝撃の書。








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