Running&Climbing

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2009北海道マラソン

2009北海道マラソン


2009年8月30日(日)



『6年連続6度目の大会』


ランナーにとって夏の風物詩が今年も訪れました。北海道マラソンです。とは言いつつもサロマ後の燃え尽き症候群と他の理由での練習不足が崇り、全く意欲が高まってこない自分もいました。練習量は7月が77kmで8月が大会前までわずか133km。腹回りに醜くへばり付いた贅肉も厚みを増し、サロマ前と違って『足が出来ていない』実感がありました。しかし大枚8,000円を支払った以上、8月30日(日)午後0時10分に新北海道マラソンのスタートラインには立たないといけないのです。



『大会前日』


9時30分に中島公園駅に到着し、園内を散策。昨年までのゴール地点とは異なりスタート地点となっているので、まだ時間が早いこともあり装飾は地味な印象がありました。

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初参加した2004年以来の一般参加である私はCブロックなのでここいらからスタートします。

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明日は荷物の預け入れでごった返すであろう広場はまだこの通り。

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ブラブラ歩いているとジョグをしている人を見かけました。それはなんと高橋尚子さんと金哲彦さん! 「こんにちは」と声をかけると会釈を返してくれました。感激。
早起きは三文の徳とはよく言ったものです。

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そそくさとナンバーカードを引き替えてから、

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明日の完走を願い身体のケアを施して大通西8丁目のゴール付近へ移動します。

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画像はありませんが、救護テントと着替えテントが巨大化しているのが印象的でした。



『大会当日』


前夜は焼酎のレモン割りを4杯とご飯・大盛りうどんとで就寝。当日は10時30分に中島公園内で走友会のメンバーと合流しました。今日は5km地点と13km地点、それに40km手前に母。16km地点で次男が差し入れをしてくれる手はずを整えているので、スタート前の補給はおにぎり1個とロールケーキ2切れ、それと梅干し3個に留めて(?)おきました。

アドレナリンを噴出した状態でメンバーと記念撮影を済ませ、中島公園駅と仮設トイレで各々1度小用を終えていましたが、とどめに文学館地下で小用を足すべく長蛇の列に並んでいるとカッチさんとBeanさんの姿を目撃します。しかしレースに向けて集中しておいでのことと推察し、声を掛けるのは控えました。

集合時刻を過ぎた午前11時50分、ようやくCブロックへ潜り込みます。数列前にはyagiさん&いづみさんの姿が見えますが、他に知り合いの姿は皆無。しかしこれが逆に集中出来る要因にもなっていました。


前方約7~80m付近にスタートゲート。後方には延々と続くランナーの列。上にはヘリコプターがホバーリング中。7月以降は典型的週末ランナーに成り下がった俺。タイム度外視で新しいコースを楽しもう。と言いつつも目標はズバリ3時間39分59秒。これは最後まで諦めないぞ!

号砲一発。



『ローペース』


まずは足踏み。これはいつものこと。ゆっくりとジョグを始めてようやくスタートラインを通過したのは号砲後ジャスト1分を経過していました。間もなく左折して幌平橋を渡ります。左側にスーパーペガサスさんが立っているのが見えますが、私は右側を走っていたので声をかけることが出来ません。右折して中の島通りへ。尚志学園付近居住の知り合いの姿を探してキョロキョロしますが見つけることが出来ません。これだけの人数だと先方に見つけてもらうのも甚だ困難でしょう。(老猫がいるので家を離れられなかったんだわ~:後日談)

ちょいとキツめの坂を上り左折をすると平岸通り。物凄い人数が私の前におり、まだまだ抜くに抜けない状態です。もう一度左折すると今年も平岸小学校のブラスバンドが演奏をしてくれていました。感激。


5km地点通過:27分09秒。(ロスタイム1分を含む)


平岸駅付近で母に半分にカットされたバナナを2本手渡されます。半分を平らげてから周りに知り合いでも居ないか確認しますが、いないようなので残りもペロリ。次は北区役所付近でまたバナナの差し入れを受ける手はず。

平岸街道は舗装が今ひとつであちこちに窪みがあるので、そこに足をとられることのないよう注意しながら走ります。2004年の初出場の際に軽い捻挫をした経験のある私なので。平岸天神太鼓の勇壮な応援が今年も。

プライスマートの前で待っていてくれると聞いていたバレーボールチーム主将の姿は見えませんが、そのすぐ先の幼稚園付近で別のメンバーが立っているのがわかったので大声でこちらから声をかけました。

毎年北海学園大学の前にいてくれる元得意先の女性の姿はありません。数日前に電話で話すと所用があり今年は応援が叶わないことを知っていたから。またその先にあるセイコーマートの前でいつも応援してくれる同僚の姿もありません。これも理由は明白。復路の北24条で給水ボランティアをしてくれているのを知っているから。

右左折を繰り返して南7条橋を渡ります。そして普段は通行が許されない創成川トンネルへ。ここは約1kmあります。その中間付近で力強い走りをしているのはkanapapaさん。ジェスチャーでお互いの健闘を誓います。そこを抜けるとこれも力強い走りのトン子さん。 

「トン子さん!」 「あら~」

一瞬のコミュニケーションですね。


10km地点通過:51分42秒。(この5km:24分33秒)


走友会の女性ランナーに一言。「いいペースですよ!」


ここで今日の目標ラップを公開しましょう。


スタート(Cブロック)~5km:27分。

5km~10km:52分。(25分)

10km~15km:1時間17分。(25分)

15km~20km:1時間42分。(25分)

20km~25km:2時間07分。(25分)

25km~30km:2時間33分。(26分)

30km~35km:2時間59分。(26分)

35km~40km:3時間26分。(27分)

40km~フィニッシュ:3時間39分59秒。(13分59秒)


ここまでまずは目標どおりに来ていますね。


北24条通りを左折すると人だかりが。その中でもひときわ目立つ位置を確保していたのがちかたんです。大きく手を振るとハンドルネームではなく本名で声援をくれました。

北区役所付近にいるはずの母を探します。しかし見つかりません。焦り始めた頃にようやく発見しますが、折悪しく母は下を向いているのです。「おカン!」と叫びましたが、哀れバナナを受け取ることは叶いませんでした。しかし私は焦りません。何故ならガス欠が一番の心配事である私は、次に16km付近で次男からパンを受け取る段取りになっているから。それに帰りの北大構内にも母にいてもらうことになっているからなのです。

その先にはGOさんが奥さんと一緒に応援してくれています。後日GOさんのブログ内で紹介されていた己の肥大化した肉体を目の当たりにして、サーモン駅伝までに減量を決意した次第です(汗) 右折して新川通りに入るとsibaさんの姿も。


15km地点通過:1時間16分26秒。(この5km:24分44秒)


かつて参加した大会ではこの辺りがハーフ過ぎなのに、今年は大幅にコースが変わったため全体の3分の1強といったところ。なんと言うのでしょう・・・こう・・・どうにも意欲が高まってきません。(まだ30km近くもあるのかよ)というのが正直な心境でした。

札幌新道の下を潜り左折すると新琴似一番通りへ。去年までのコースはこの先が約3.7kmあり我々を悩ませたものですが、今年はその程度で挫けている場合じゃありません。それにこの先すぐのところには最近めっきり口が重たくなり、私とのコミュニケーションが激減している次男が差し入れを持って待っているのですから。ところが左側の新琴似南小学校付近にいるはずの次男の姿はいつまで経っても現れません。結局のところ彼とは会うことが出来ずその場をスルーせざるを得なくなりました。後日彼に聞くと、私が予想していた午後1時30分から40分の通過時刻より遥かに早い午後1時過ぎから待っていたにもかかわらず、新琴似一番通りを渡ることが許されずに進行方向右側で待ち続けたというのです。可哀相な次男。さぞ心細かったことでしょう。しかしこれはあくまでも後日談。母に続いて次男からの補給を得ることが出来ずに私はかなり焦り始めました。トステムビバ付近で偶然見かけた2年前まで担当していた得意先の女性が何か手にしていないか注目してみたり、スーパー銭湯の裏手に住んでいる元同僚が小銭でも持って沿道にいないか期待してみたり。

ここでふと思い出しました。一昨年は声援を、去年はペットボトルを差し入れしてくれた母の昔の仕事仲間がこの先に住んでいて今年も何か差し入れをしてくれることを。私は心から願いました。祈り続けました。どうかこの大男を見つけて下さい、と。私が先方を知っているならこちらから声を掛けられますが、私と先方の鎖はこのナンバーカードだけなのです。私は左の路肩近くをひた走ります。すると消防署付近で老齢(失礼)の男性が「アッ!」と声を上げました。そしてその横にいた老齢(失礼)の女性が、

「○○(本名)さん!」

と叫びながら追ってきてくれるのです。私は少し速度を緩めて何かを受け取ります。

「さっきまで冷蔵庫に入っていたバナナですから~」

アルミホイルに包まれたそれはキンと冷えていてとても食べやすく、私は胸中で三拝九拝しつつ胃袋に納めました。



『長い長い直線』


右折するとまた新川通りです。今年のコースはここを7km往復するのです。すぐのところに19kmの看板があったので、ここに戻ってくるときには33kmなのだと知ります。思いの外、歩道には観客が多く、我々への声援が途切れません。

ヨーイチさんが立っています。術後間もなく、そして再び執刀することがわかっているヨーイチさんです。声を出さずに手を振りながらここまで応援に来てくれたことへ感謝の意を伝えます。


20km地点通過:1時間41分42秒。(この5km:25分16秒)


去年まで2度渡ることで参加者をヨレヨレにしていた追分通りの下を潜ります。片側3車線の道は普段往来する車の影響で轍が深く掘られており、気が付くと蛇行していたり足を痛める可能性があるので慎重に足を進めました。


ハーフ地点通過:1時間47分12秒。


前を行くおまちゃさんに声をかけたのがこの辺りだったと記憶しています。その前から男女先頭集団が反対側車線を風のように駆け抜けていく姿を目撃していましたが、そろそろ知り合いとエール交換を出来る頃合です。以下順不同で、ソンスさん、ユウトパパさん、aonoさん、福ちゃん、走友会のエースAさん、LEONさん、とここまではハッキリと記憶しています。


25km地点通過:2時間06分33秒。(この5km:24分51秒)


ようやく折り返すと反対側の歩道から、

「○○(本名)さん!」と声がかかりました。手稲区在住のバレーボールチームメンバーです。ありがたかった。


この先の記憶はほとんど残っていません。唯一走友会の女性メンバーとエールの交換をしたことぐらい。

「ゴールで待ってますよ~!」

「は~い!」


30km地点通過:2時間32分01秒。(この5km:25分28秒)


空腹感を覚え始めます。大きな透明の容器にバナナを詰めて手にしている人の姿がありますが、だいぶん肉体と意志とが背を向け始めた関係で歩道側に寄れません。やむなくパス。その先でどうにか梅干しを2~3個手にしましたが、ストーンと手から落下してしまいました。何度か書籍(ボクシングマガジン)を購入したことのあるコーチャンフォー前を通過してしばらくするとようやくこの直線地獄から脱出できました。

左折と右折とを1度ずつ繰り返し、再び新琴似一番通りへ。バナナを差し入れしてくれた女性は無論もういません。もしや次男がまだ・・・という願いも叶わず喘ぎながら走ります。それまでにも水とスポンジとで身体を、特に太腿の痙攣を防ぐべく冷やしてきた私ですが、新琴似一番通りの直線を終えようかという辺りでハムストリングスに違和感を覚え始めました。苦しみ始めたところにおおひろさんがいてくれます。

「練習不足だからキツいっす~!」

声は出るのに足が出ません(涙)


35km地点通過:2時間58分24秒。(この5km:26分23秒)


そして今年最大のアクシデント。右折をして琴似栄町通りに入ってすぐ、右のハムストリングスが痙攣します。私は顔を歪めながら左の路肩へとエスケープします。屈伸と患部のストレッチとで一瞬それが治まったかに見えて走り始めましたが再び痙攣。今度のそれは強烈でした。もう一度路肩に足を乗せてストレッチ。その横を懐かしやNO.71さんが通過していきます。「アザラシさん!」の声を残して。

どうにかこうにか痙攣は治まり再び走り始めます。沿道で何かを手にしている人がいたので無意識に手を伸ばして頂戴するとそれはカラカラに干した梅でした。発汗による塩分不足で痙攣を起こしている私にとってそれは天からの授かり物。酸っぱさを微塵も感じません。お次は飴玉。記憶違いでなければ甘露飴だったような。しかしこれはサイズが大きかったために、いけないと思いつつ新川通りに入ってから草むらに放り投げてしまいました。

北24条通り手前の給水ポイントに2004年の初完走でお互いの肩を抱き合った10歳年長の同僚が今年はボランティアでいるのを知っている私は苦しみながらも目で追います。すると幾つめのテーブルでしょう。5~6台目だったでしょうか、その人が青い帽子を被って給水をしています。私は、

「M出さ~ん!」

と叫びました。

「最後まで頑張れよ~!」


北海道武蔵女子短期大学と札幌工業高校の前を通過すると待ちに待った母の姿が。当初北大構内で待っていると聞いていた母は早めにバナナを半分とDAKARAのパックを差し入れてくれました。空腹がピークに達していた私はバナナを貪り食い、DAKARAの蓋を開けようと格闘します。しかし握力もが弱っている私にはその行為がシンドい。悪戦苦闘しているとGOさんご夫婦の姿が。

「シンドいわ~」

だったか、

「キツいわ~」

だったかと叫びながら左折して北大構内へ。やはり蓋を開けられない私は最後の手段である歯で蓋を開けて喉を潤し、ちょうど右側にいたボランティアの青年にこのパックを捨ててくれるようお願いしました。

その先の記憶はほとんどありません。右側にとてつもない大声で応援する北大生らしき青年と、左折時に右側にいたブラバン。はやと丸さんと一瞬の会話をしたことぐらい。直線に入ってから走友会の女性が右側から声をかけてくれるまで朦朧として走っていました。


40km地点通過:3時間27分30秒。(この5km:29分06秒)


バレーボールチームのメンバーから後日もたらされたメールには、

「40km地点を15時37分頃通過しましよね?いいペースでしたね(お世辞だな)。帽子とメガネで、顔を確認しているうちに通り過ぎてしまった~。声もかけられずにごめんなさい」

と書かれていたので、それは間違いなく私のようです。



『残り時間との闘い』


今大会の目標タイムは前述のとおり3時間39分59秒。40km通過タイムは3時間27分31秒。0.195kmに少なくとも1分は要するので、残すところ11分30秒程度です。36km付近での痙攣により35km~40kmのラップが29分台に落ちたため、40kmの通過タイムが1分31秒遅れになっていました。苦しい頭で計算します。11分30秒÷2km=5分45秒程度。う~ん、微妙だぞ!

左折と右折を1度ずつすると北大南門が見えてきます。ようやく苦しみばかりの北大構内を抜けると一般道路へ。そのずっと先には道庁赤レンガが。しかしヨドバシカメラの手前、タイムは3時間34分とちょっとだったと記憶している『残り1km』の看板前で私の脳裏を(徒歩)が過ぎります。ですがどうにかこうにかここまで至った私はどうしても目標タイムをクリアしたかったため、ほんの少しペースアップを試みます。

応援のプロからは、

「さあ、あと5分だけ頑張ってゴールしよう」

どこの大会にもこういう玄人はいるものです。



道庁赤レンガ北側から構内へ。

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大きく口を開ける般若の形相でした。息も絶え絶えでした。体力の限界間近でした。しかし目標タイムをクリアすべく私は奮闘します。



『アクシデントから新ヴィクトリーロードへ』


斗南病院と北海道放送(HBC)の間を通過し、北1条通りを渡り、日本銀行の横を通過。沿道は鈴なりの観衆です。しかしここで更なるアクシデントが発生します。今度は左足の指が痙攣を始めました。かなりの攣り様。一瞬ガクンと速度が落ちますが、私は持ち堪えます。こんなところまで来て歩いてたまるか~っ!


右折すると遥か前方にフィニッシュゲートが見通せます。私は時計に目を落とします。と同時に諦めの声が洩れました。時は『3時間38分02秒』
ゲートまでがこの先何メートルあるのか見当が付きませんが、2分以内での走破が到底不可能に感じられたからです。しかしその弱気の虫を両脇にいる大観衆がどこかへ追いやってくれました。私はペースアップします。


「お帰り~」

「ナイスラン」

「よく頑張ったね~」

「ラスト~」



俺は恒例行事で帽子とサングラスとを外して両手に持つ。右ハムストリングスと左足指先の痙攣はもう関係ない。タイムも無関係。よくぞこの体調で新北海道マラソンをゴールしようとしている。自然と両腕が天を向き始めた。俺は無意識にバンザイをしているらしい。そして6年連続6度目のゴールを果たそうとしているらしい。

(2004:号泣) (2005:歓喜) (2006:気合) (2007:感謝) (2008:笑顔)に続く今年のキャッチコピー。それは(忍耐)


耐え忍んだ。ただただひたすらに耐え忍んでゲットした6枚目の完走メダルは今年も光り輝いていた。



以下目標

スタート(Cブロック)~5km:27分。

5km~10km:52分。(25分)

10km~15km:1時間17分。(25分)

15km~20km:1時間42分。(25分)

20km~25km:2時間07分。(25分)

25km~30km:2時間33分。(26分)

30km~35km:2時間59分。(26分)

35km~40km:3時間26分。(27分)

40km~フィニッシュ:3時間39分59秒。(13分59秒)


以下実績

スタート~5km:27分09秒。

5km~10km:51分42秒。(24分33秒)

10km~15km:1時間16分26秒。(24分44秒)

15km~20km:1時間41分42秒。(25分16秒)

20km~25km:2時間06分33秒。(24分51秒)

25km~30km:2時間32分01秒。(25分28秒)

30km~35km:2時間58分24秒。(26分23秒)

35km~40km:3時間27分30秒。(29分06秒)

40km~フィニッシュ:3時間39分39秒。(12分09秒)


スタート~ハーフ:1時間47分12秒。

ハーフ~フィニッシュ:1時間52分27秒。 









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