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来週は、私の上司がプレトリアからやってきます。そして、エチオピアの北部のTigrayというところに、現場踏査に行きます。エチオピアにに来てから初めて、アディスアベバの外に出るのは、うれしいですね。しかし、急にいろいろな仕事が舞い込んできて、自分の研究どころではなくなってしまいました。今日、視察する場所のあたりの写真を見せてもらいましたが、とても乾燥しています。私たちは、そこにある非常に限られた水資源をどうやったら有効に活用できるかを調査・研究します。家畜もいるし、畑もやらないといけないし、洗濯も飲料水も必要なので、大変です。雨は年間200ミリしか降らないところらしいです。これぐらいの雨は、日本ならば台風が来れば、あっというまに降っちゃいますが。さて、今日の写真はエチオピアのイースターの際の食事の写真です。大家さんの家に招待された時にとりました。黄色いコップに入っているのは、タッジという蜂蜜でつくったお酒です。そして、クレープのような灰色のものは、エチオピアの主食のインジェラで、中央にある褐色のものはドロワットといわれる鶏肉のカレーのようなものです。白いのは、カッテージチーズです。これらを、インジェラに巻いて食べます。50日近くの菜食断食があけて、この日は肉三昧でした。そして、ひとしきり、牛・鶏・羊の料理を食べたあとはコーヒーセレモニーに写ります。白い綿の(日本のガーゼのような肌触りです。)民族衣装を着て、コーヒーを炒って、砕いて、煮出して、日本のおちょこのような小さいカップでコーヒーを頂きます。すべてに作法があって、コーヒーセレモニーといわれるのもなるほどなと思います。ここでの2年半が終わる頃には、私も、この作法をマスターしたいものです。
2005.05.20
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インドネシアでは、アチェと接している北スマトラというところでも仕事をしていたことがあります。北スマトラは、トバ湖という湖があり、温泉もでたりして観光地でもあります。州都のメダンは、パダンに比べると大きな町で私が行っているときには、そごうやスターバックスが開店したばかりでした。温泉は、露天風呂というか、プールのような大きな風呂が屋外に設置されていて、それはそれで気持ちいいですが...ちなみに、女性は、皆、洋服のまま入ります。そして、オランウータンの保護区があったりします。保護区の入り口にあるロッジで、ガイドさんをやとい、バナナを買って、山の中を歩きオランウータンを探します。私たちの場合は、1時間ほど山に入ったときに、この写真の親子に遭遇しました。この母親は、子供がいるので食料確保のために観光客の前によく姿を現すそうです。ちなみに、オランウータンとはインドネシア語で「森の人」という意味です。エチオピアにも温泉あります。アディスアベバの中にも、温泉に入れるホテルがあります。今度、探検しに行ってみようと思います。
2005.05.18
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パダンは、インドネシアのスマトラ島の西、西スマトラ州の州都です。この西スマトラ州では3ヶ月間仕事をしました。職場は、パダンから車で片道4時間ほどのところにあり、当時(といっても2003年の春のことですが。)は携帯電話も通じず、初めてのインドネシアでの仕事ということで、カルチャーショックも大きく、毎週4時間もかけてパダンにでかけて行きました。パダンでは、何をするでもなく、買い物をして終わってしまうのですが。それでも、町の空気にふれれば気分転換になります。そして、海が見られるのはとてもうれしかったです。西スマトラは、ミナンカバウという民族が住んでいます。母系社会ということで知られています。このあたりの伝統的な家屋は、牛の角の形をした屋根に伝統的な彫刻を壁面に施してあります。写真は、パダン川?で、小さなあまりきれいな川ではないですが、夜になればライトアップ?され、市民の憩いの場となっています。ちなみに、この写真には移っていませんが、向かって左側に昔の建物を改造したゲストハウスがあって、この川に面したバーがあります。蚊さえいなければ、なかなか雰囲気の良い場所です。部屋も昔はよかったけれど、最近はちょっと模様替えをして、私はあまり好きではないですが...でも、インドネシアにつかれたときには、一息つける場所です。
2005.05.17
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しばらく前、2003年の3月中旬にミャンマーに10日ほど出張したことがあります。教育・保健・社会開発についての情報収集が目的でしたが、情報が限られていて苦戦しましたが...しかも、蒸し暑く。湿度が苦手な私は、少々つらかったですね。さて、出張する際に気をつけていることがあります。それは、必ず観光することです。仕事をしていればかなり疲れます。短期の出張であればあるほど、夜中まで仕事をすることもしばしばで、熱帯の気候も影響して、つらいこともありますが。それでも、「もう、2度とこないかも知れないと思って、疲れていてもいろいろなものを見てください。」(これは、あるとき仕事の関係の方に言われたことです。)というのを思い出し、時間を見つけてはいろいろと見ることにしています。ミャンマーで訪れたのは、日本人墓地とゴールデンパゴダと巨大な横たわる仏陀像の3箇所です。仏陀像の表参道のようなところでは、占い屋が軒を連ねていて、英語のできそうなところで手相を見てもらいました。怪しかったし、あたってないし。ゴールデンパゴダは、日中行ったので、太陽に焼けた石の床に足の裏が焼けるようで、やっぱり早朝行けばよかったと思いました...お寺の中は、土足禁止です。そして、本尊のようなところは女人禁制らしく、むっとしました。どんな宗教にもあるんだなと思いました。そして、日本人墓地ですが。読んだこともない「きけわだつみの声」を思い出しました。こんな暑いところで、誰もしらないところでなくなっていった人が沢山いたんだなと思いました。日本人であるのに、自分の国のことを何も知らない自分を実感しました。帰国してから、「ビルマの竪琴」を読みました。アウンサンスーチーさんの生家というのも見学しました。当時は、まだ彼女は軟禁状態にあり、自宅周辺は通行制限がされていました。ヤンゴンとそれ以外の地域の発展の格差についても、考えさせられましたね。というわけで、自分の無知と、私の仕事といろいろと蒸し暑いなかで考えてしまいました。
2005.05.13
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SO Londonさん、こんにちわ。こちらの、公共の交通手段は乗り合いバス、タクシー、列車などがあります。陸路は、道路状況によってもかなり左右されます。この間は、アディスアベバしないの私の職場と家の間の道路に土砂が流れ込み、いつもは5分のところを1時間もかかってしまったというのはあります。あとは、まだ何箇所かRound Aboutがあるので、そこで朝は渋滞します。基本的には遅れて当然というスタンスかもしれません。イギリス的かも...ウガンダでは半日待ったら遅い...という感じですかね。さて、昨日は、日本からの元同僚などに会いました。私はもうすでに別の世界の人間になってしまったような感じがしました。こちらの生活も大変なことはありますが、それほど苦にはなっていないのが日本にいたときとの違いでしょうか。とりあえず、仕事もまだそれほど忙しくないのも影響しているかもしれません。いつまで、この状況が続くかはわかりませんが。
2005.05.12
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しばらく前から、雨が降っているというのは書きましたが、最近はほとんど夕方から夜にかけて雨が毎日のように降ります。そして、かなり強い雨と雷と、時には雹も降ってきます。というわけで、雨が降れば気温が下がり、しかも、私のオフィスは日あたりがわるいので、少々、相変わらず寒い思いをしています。こちらに来てから約一月が過ぎたので、だいぶ落ち着いてきました。そこで、アムハラ語とフランス語を習うことにしました。今度の仕事も、移動が多い仕事なので、個人レッスンを受けることにしました。いずれも交通費込みで1時間10ドルくらいです。こちらの物価から見れば、かなり高いと思います...が...仕方ないですね。特にフランス語は今までやりたくても余裕がなかったので。先生は、カメルーン大使の義理の弟さんですが、私と同じ時期にエチオピアに来たらしいです。カメルーンは英語圏と仏語圏が共存する国ですが、仏語圏の方ですねきっと。お姉さんが大使の奥さんなのですが、なかなか素敵な方でした。ちなみに、なまってなかったです。アムハラ語は、5ドルくらいでも習えるそうですが、私の情報網はまだ限られていて、そういう人が見つからなかったので、とりあえずは、10ドルの先生にお願いしようと思っています。しかし、最近電話の調子が悪くて連絡がとれないので、まだ、レッスンは初めていません。一方で、挨拶や数字など毎朝タクシーの運転手さん相手に練習しています。電話といえば...どうも雨が降ると衛星テレビが映らなくなるのは知っていましたが、電話まで調子がわるくなるとは...気のせいかもしれないけれど。そして、携帯電話は夕方6時ごろはほとんど使い物になりませんね。同僚の話によれば、ほぼ一日調子が悪いと聞きましたが。携帯電話もこの国は、政府電話公社が独占しているので、回線数も限られています。そのわりに、SIMカードだけは、需要に任せて配布してしまうので、大概ネットワークが大混雑して電話がつながりにくい状況になるらしいとのことです。民営化されれば、状況は格段に良くなると思うのですが...
2005.05.10
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あと1週間ほどでエチオピアは選挙です。どんなことになることやら。この週末は大きな与党、野党ともに集会が行われました。野党の集会があった日曜日は、かなりそうぞうしかったです。昨年は、インドネシアで仕事をしているときに大統領選挙があり、日本の選挙(選挙権をもらってから1度しか投票したことがありませんが...あとは、日本にいなかった...)とは違うのに驚きというか興味深くいろいろなことを見ていたことを思い出します。特に、政党のシンボルや、候補者の顔写真が投票用紙に印刷されていて、希望する政党と候補者の写真に釘で印をつけるというものです。識字率に配慮してのことです。選挙運動は、テレビのコマーシャルのようにしても放映されます。当時再選を狙っていた、メガワティ大統領の政党は、背景が赤で黒い雄牛がシンボルでした。そして、政党ごとに番号がつけられているのですが、それは18番でした。そこで、真っ赤なスーツを着たメガワティ大統領が、繰り返しテレビの番組の間に現れて、「今度の選挙では、政党番号18番に」と繰り返し叫ぶのです。おかげさまで私は、18番というインドネシア語を忘れることができなくなりました。これに対抗する勢力のゴルカルは、ドラマ仕立ての選挙公報コマーシャルを放映していました。実は、これが結構泣かせるストーリーになっていて、結構好きでした。そして、人気女性歌手を動員したりして集会をひらくなどしていました。(これ以外にも、政党は沢山ありますが、このようなメディアを使った選挙運動ができるのはこの2政党くらいでした。資金力が違うのでしょう。)結果は、ゴルカルが与党に迫る勢いを見せたことは記憶に新しいところです。エチオピアの政治状況は、まだあまりよくわかっていませんが、この選挙を機に少し勉強してみたいと思います。
2005.05.09
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