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和活喜さん
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USM1さんComments
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さてとですね、
さぶっ!つっても
気温の話
でわない。
雑誌。
あ、雑誌つっても
褌姿で角刈りのお兄さんがすっくと立って もっこり勃って
ってゆーほーの
あの「さぶ」でわない。
posted by (C)ともるー
サブ 季刊第5号
1972年12月1日発行。
カバーが浅井慎平さん。
たぶん、サブカルチャーってことなんじゃないか?
って感じ。
特集○アンファンテリブル〈恐るべき子どもたち〉
ってことで
ジャン・コクトーについて三島由紀夫
アンディ・ウォーホルについて日向あき子
ココ・シャネルについて古波蔵保好(←この人、誰だか分かんない)
ノーマン・メイラーについて中村敦夫と諏訪優
フランソワーズ・サガンについて森茉莉
W.H.オーデンについて谷川俊太郎
諏訪優と富士正晴の連載があって
アーサー・ペンについて深作欣二
ジェームス・ディーンといえばやっぱし小森和子
一人だけニポン人三国連太郎について草森紳一
ブリジット・バルドーについて山野浩一
ローリングストーンズについて河村要助
ル・クレジオについて高松次郎
なんつーか、濃い~メンバーっす。
...てかさ、
スノビズムを気取ったサブカルチャーっぽい。
だって、書き手がメジャーすぎるし、
たとえば、なんで
ゴダールじゃなくてアーサー・ペンなんだ?とか
ジーン・セバーグじゃなくてブリジット・バルドーなんだ?とか
ヴェルベット・アンダーグラウンドやファッグスじゃなくてストーンズなんだ?とか。
ま、たぶんだから紅顔の美少年(←ウソ)だったオイラが買ったよーな気もするが...。
ちょっと中身拾ってみると
三島がコクトーを評して
「コクトーの各種の芸術はすべて軽金属で装はれてゐる」
(p5)
日向あき子がウォーホルを語る中で
「『恐るべき子どもたち』は、狂気型から呪術師型〈または巫女型〉へ変化している。
破滅型、終末型から回生型、蘇生型へ変わってきている。
あるいはロマンス型、悲劇型からアンチ・ロマンス型へと」
(p19)
ココ・シャネル語録
「彼(イヴ・サンローランのこと)は、すばらしく趣味がいいわ。
彼が私の作ったものをコピーすればするほど、彼は趣味のよさを発揮します」
フランスのファッション・エディターを評して
「サルの顔に、下水の口」
(p25)
「ファッションはデザインすることではない。構成することだ」
(p28)
かっこいい。
中村敦夫
「資本主義自体ものすごく本質的にアナーキーなんですよ。
誰も制限できずに資本が回転していって、誰も望まないような結果がでても、
誰もストップできないということになってしまう。
それ自体がすごく強い矛盾があるわけですよ。
アメリカはその形態に合うようなアナーキーさを持って形成されてる国家ですよね。
(p35)
森茉莉の「フランソワァズ・サガンといふ女」なんて
サガンは作家だけれども私は彼女に魅力のない女を感じる。顔は
さう悪くはない。フランスの女によくある、お婆さんのやうな顔だ。
から始まって
結局サガンの「或る微笑」は空虚や微熱的倦怠を気取ってゐる、
キザで幼稚な小説だと信じる。
で終わる。
ある意味すんごい。
谷川さんの「ニューヨークの東二十八丁目十四番地で書いた詩」
もし救われないのなら
今夜死ぬ人をどうすればいいんだい
もし救われるのなら
未来は何のためにあるんだろう
(p45)
っていう強烈なフレーズとか
深作欣二
まあ暴力というのは、今の日本の社会から非難されるわけだけれども、
今までの映画が中途半端だったのは、
そういう暴力とか何とかが正義のロジックに置きかえようとしているわけでしょう。
これが一番暴力を中途半端にするんだなあ。
(p75)
小森和子
さてジミー・ディーンのことを書くとなると、まず灰皿を洗い、
机の上を少しばかりでもきれいにせずにはいられない。
(p84)
三国連太郎はさ、草森紳一の文章よりも
ま、これでしょうかね。
...てかさ、これが出た1972年頃って
三国連太郎ってば、大地喜和子とドロッドロの修羅場だった頃じゃなかったっけ?
...っつーか息子の佐藤浩市、この頃小学生くらいだな。
ぼんずねつ 2013.08.19
いきなり!ピポリポン31 2012.10.07
Music Life 1968年10月号4―広告みっつ 2012.03.19