2021年08月21日
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カテゴリ: 「愛」「命」



 十三)緑の街ビロビジャン「哀しき夕陽、作者 能瀬敏夫」より

 病院の玄関前に整列した私達十三名は、ソ連人院長以下日本人軍医等を前にして、出発のための申告を行った。
「私以下十三名は、只今より日本に向けて出発します。ソ連邦で学んだ民主的貴重な経験を活かし反動分子に立ち向かう覚悟であります」
 院長は嬉しそうに敬礼を返し、ニコニコと手を振った。
 私達はトラックに乗り込み、何やら訳のわからない期待に胸膨らませて出発した。
 深い緑が色濃くなったシベリアの大地を、太陽がぎらぎらと照らし始めたが、間もなくまるで人家の見えない森林を縫って、トラックは踊るように走り続けた。
 当然何処かの駅に着くことを期待していたのだが、突然トラックは埃っぽい町並みに入り、それを突き抜けると、目の前に橋桁が見えてきた。その手前を左に曲がり、今度はゆったりと流れる川べりに沿って走り始めた。
 そのまま街外れまで走り続けると、急に目の前が開けてトラックが止まった。すると其処には、何と今まで各所で見慣れてきた、あのけばけばしいラーゲル( 収容所) の看板が大きく掲げられているではないか、みんなが「あっ」と、絶句した。そして一瞬にして事情を判断した私達は、やっぱりと肩を落とし、今、目の前に広がっている無数のゼムランカ( 半土中の宿舎) を、トラックの上から唖然と見下ろすのであった。
 私も、こみ上げてくる怒りを、辛うじて飲み込んで平静を装い、
「さぁ、また頑張ろうぜ」と、誰にともなく声を掛けてトラックを降りた。
 やはり夢だったのだ。判りきっていることなのに、ついぞ期待をしてしまった。それは自分とは関わりの無いところを浮遊する夢だったのだ。
 それにしても、ソ連の院長軍医少佐のあの青い目はいったい何だったのだ、何とも切ない気持ちが心の奥に黒いかたまりとなって残った。
 この街ピロビジャンは、入ソ後最初に入った収容所オブルチアと、極東の首都ハバロスクとのほぼ中間に位置し、ソ満国境を流れる河黒竜江からは、凡そ百キロの地点にあるらしい、街には比較的近代的な建物も多く、道幅も広く、北海道の首都札幌に似た、緑の多い清潔感の漂う街の様であった。
 河に沿ってラーゲル( 収容所)があるのは、監視を容易にするための彼らの智恵なのだが、この不気味などろんとした流れの土手に、二メートル程の通路を残して、三重の鉄条網が張り巡らされている。
 ラーゲルを入ると、直ぐ右側に衛兵所があり、その後ろに消防塔のような望楼が立っている。歩哨は、この河と鉄条網との間の通路を通って出勤し、望楼に登る。
 夜になると、この望楼からサーチライトが流れ、鉄条網の線を照らし、なめるようにラーゲルの屋根を一巡する。サーチライトと共に狙撃兵が銃口を移動するから、仮に鉄条網に人の手が触れると、その瞬間、間髪を要れず銃声が炸裂し、非常のサイレンが鳴り響くということになる。
 私らは、ずらりと立ち並んだラーゲルの、中ほどの組に編入されることになった。病院からの退院者と言うことで、何処の組からも歓迎されないのは覚悟をしていたが、一応ばらばらに分けて配置され、夫々の組に落ち着くことになった。
 ビロビジャンでは種々雑多の作業を行ったが、その主な業種を挙げると次の通りである。
病院からの退院者と言うことで、最初は少人数で、作業も比較的軽度に始まり、徐々に重労働に移行したように思われた。
 その例を挙げると

  ( 駅前ロータリーの花畑作業)
 ビロビジャン駅前ロータリーの花畑の手入れである。住民が寄ってきてしきりに話し掛ける。特にユダヤ系と思われるきらびやかに着飾った太った中年女性が多かった。

  ( 国営農場の収穫作業)
 収穫作業とは云っても、収穫は殆ど機械で行うので、機械が取り残した野菜の収穫やその後の処理である。春になると取り残された馬鈴薯は澱粉化する。それを密かに持ち帰って水で練り、ペチカで焼くと香ばしい餅のようになる。

  ( 公共施設等の清掃作業)  
国営の劇場や集会所等の清掃である。清掃とは云っても、各施設には夫々清掃員がいるから、我々が行うのは主としてトイレの便層便層の掃除である。これは主に冬季に行うから、トイレは完全に凍結している。その便槽に入り、つるはしで砕き、もっこで引き上げて捨てる。昼食時焚き火の側で、衣服についた氷片は、たちまち溶けて異様な臭気を放つ。

  ( 工作作業)
 旋盤作業等、経験者は高ノルマが期待出来るが、経験の無いものは所内の清掃や資材の運搬などを行う。工場は主として軍需工場の跡が使われていたが、少年刑務所が経営するらしい工場もあり、ここでは服役作業中の少年に突然昼食を奪われたり、トイレの最中に襲われてバンドを引き抜かれるということもあった。

  ( 道路作業)
土を掘り起こし、その後を平坦にして砕石を入れて道路にする。何故かシベリアでは冬に行う作業で、凍結した土は岩のように固く、つるはしの下で火花が散る。だからノルマが上がらず、我々にとっては厳しい難作業の一つである。

  ( 伐採作業)
 二人鋸で巨木を両側から切り倒す。斜面の反対側に切り目を入れて切り進むと、巨木は思った方向に轟然と音を立てて倒れる。ところが、倒れる瞬間にその小枝に触れたりすると、身体は思わぬ方向に吹き飛ばされて肋骨をへし折ったりすることになる。

  ( 集積作業)
伐採した巨木の枝を払い、その枝を焼き、丸太は馬又は人力で搬出する。谷間を利用すると、巨木は轟然と音を立てて滑り落ちる。これを積み重ねてノルマを測る。

  ( 電柱工事)
道路を作り、次に行うのが電柱の施設工事である。丸太を運んで等間隔に穴を掘って電柱を立てる。殆どの作業を人力で行うから大変な重労働である。

 ( 建築の基礎工事)
普通の家屋は丸太作りだから、全て斧一丁で削り組み立てる。隙間や屋根裏、床下にはツンドラを敷き詰めて防寒する。ビロビジャンでは、街の目抜き通りに、丸太作りの巨大な二階建てアパートを散見した。

 ( ペンキ塗り)
特にペンキらしい物は無かったから、石灰を水に溶かして使用する。当然触れると衣服につくが、あまり気にしないようである。白色の好きな国民性で、何処の家庭も壁は白、天井も白、カーテンも白である。

  ( 石炭運搬)
石炭運搬とは云っても、搬送するよりはむしろ、積み上げた石炭の近距離移動が多い。
積み上げられた石炭は自然発火すると、終日めらめらと燃え続けるから、それを防ぐための近距離移動である。

  ( 氷割り作業)
春を呼ぶ行事である。放置すると、河いっぱいに張り詰めた巨大な氷は橋桁をさらって流れてしまう。河の氷が溶け始める前に、各所に細い鉄棒で穴を掘り、発破を詰めて爆破する。爆破を待つ間のひととき、氷に寝転んで瞼に遠く故郷の春の空を思い浮かべる。

  ( 除雪作業)
 主としてソ満国境近くの施設の除雪であった。酷寒の中をひた走るトラック上での耐寒には必死であった。全員足を踏み鳴らして大声で歌を歌って寒さに耐えた。さて、雪は粉末となってさらりと滑るから、除雪は一向に-進まず疲労感だけが増幅した。

(シベリアへの抑留、極寒の地での凍土と病いとの戦い。生き抜いた者達へ渡された
「帰国の途」という切符とは・・・チチハル陸軍病院経理勤務、そして終戦。ハルピン
への移動・・・、病院開設・・・。傷病兵、難民で施設はあふれ、修羅場と化した。
「哀しき夕陽、原作 能瀬敏夫」)

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最終更新日  2021年08月21日 01時00分31秒
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