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政府が「昭和の日」に開催した昭和100年記念式典について、元文科官僚の前川喜平氏は3日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 4月29日の昭和の日に日本武道館で、天皇と皇后のご臨席の下、政府主催の昭和100年記念式典が行われた。前半は国歌斉唱と三権の長の式辞。天皇の「お言葉」はなく、後半は海上自衛隊の音楽隊による「昭和歌謡ショー」だった。 高市早苗首相の式辞の前半は、昭和天皇の巡幸と戦後復興、その後の経済成長、1956年の国連加盟や冬季五輪での猪谷千春選手のメダル獲得などの話。軍国主義や侵略戦争への反省の言葉は一切なく、昭和時代の称賛に終始した。後半は「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」「挑戦しない国に未来はありません」「日本列島を強く豊かに」など、所信表明か選挙演説のようだった。 僕が最も危険性を感じたのは「日本の誇るべき国柄」を次の世代へ引き継ぐ責任という件(くだり)だ。 「国柄」は「國體(こくたい)」と同義であり、天皇制に依拠した戦前の国家主義を示す言葉だ。個人の尊厳を根本的な価値とする日本国憲法とは相容れない。 そもそも昭和は1945年8月15日で断絶している。祝うなら100年ではなく80年だ。この式典は、天皇と元号を政治利用して大日本帝国への回帰の機運を作り出す企てではないのか? 参列させられた若者たちは、これが何のための式典なのか考えてみただろうか。黙って座っておられた天皇と皇后は何を思われただろうか。(現代教育行政研究会代表)2026年5月3日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-昭和100年記念式典」から引用 昭和100年記念式典は問題の多い式典であった。この記事が言うように、明治維新をきっかけに始まった大日本帝国は1945年8月15日の当時の天皇の「敗戦の宣言」によって終焉を迎え、その後は占領軍(GHQ)の統治が始まり、やがて国民主権、三権分立、平和主義の民主主義の国家に変貌したのが事実であり、天皇主権の戦前と国民主権の戦後ではまったく異なるのが「日本」なのであり、その「事実」をなかったものであるかのように演出したかったのが、高市早苗の「本音」であったと考えられます。天皇のご一家の隣席を得ながら、一言のあいさつもさせなかったのも、高市早苗の「本音」のなせる技で、東南アジアのかつての激戦地を訪ねて慰霊する皇族の発言を、できるだけ国民には聞かせたくないのが高市早苗の本音です。こういう人物を首相にしておくのは、将来の日本にとって実に危険なことですから、可及的速やかに政権交代をするべきだと思います。
2026年05月22日
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3日付神奈川新聞の「特集『憲法こそ未来』」で、東京都立大学教授の木村草太氏は、戦後の80年間にわが国の憲法がどのような役割を果たしてきたのか、次のように述べている; 戦争放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を定めた憲法9条は、日本をどう平和国家たらしめてきたのか。東京都立大教授の木村草太さんは「9条は二つの役割を果たしてきた」とし、政府と国民の意識に根付いた「自己拘束」が今も効いていると説く。(聞き手・松島佳子)――憲法は武力行使をどう定めているのか。 「9条の前提として98条2項があり、前文がその意義を示す。前文は憲法全体の趣旨や理念を示したもので、『なぜ憲法に従って統治すべきか』を説明している。戦前の大日本帝国憲法は『神様の子孫である天皇が定めた』ことを憲法に従うべき理由としたが、戦後の日本国憲法は『国民主権の原理により定められたこと』を憲法の正統性の根拠にする」 「国内向けの正統性を示すのとは別に、国外向けに正統性を示すことも大事だ。前文は『国際協調主義』を示し、これを受け、98条2項に国際法を遵守すると書いている。ここまではどこの国でも当たり前だ。その上で9条は、過去の大戦を反省し、侵略を行わず、平和主義を実現することをうたっている。9条は侵略の反省を踏まえ、『国際法で認められた範囲よりも、武力行使の幅を狹めた規定』と解釈されている」――国際法と憲法はどう関係するのか。 「国際法のルールは憲法の前提にある。現在の国際法は武力行使を原則禁止しており、行使が認められるのは国連の安全保障理事会が決議した場合と、個別的自衛権ないし集団的自衛権で正当化される場合だけだ。日本政府は『日本への武力攻撃があった場合、防衛のために必要最低限度の武力行使は例外的に許容される』という立場で、個別的自衛権の行使を認めている。一方、集団的自衛権は、国際法上は主権国家として行使が認められているが、9条によって禁じられている」――日本が平和を構築するために、9条はどんな役割を果たしてきたのか。 「二つの役割を果たしてきた。まず、国外での紛争に武力を行使させなかったことが、法的に一番大きな役割とされている。9条がなければ、ベトナム戦争で米国や韓国と一緒に地上軍を派遣し、イラク戦争でも米国や英国と共に空爆するなどしていただろう」 「もう一つは理念の部分。戦争や武力行使は何らかの自己拘束をかけないと拡大しがちだ。例えば1970年代、冷戦下にあった米ソの緊張が緩和し、核軍縮が進んだ。具体的な脅威が想定しにくい時代には、あらゆる事態に備えようとかえって軍拡が進むことがある。そういうときでも日本は『備えは必要最小限でなければならない』と防衛費を国内総生産(GDP)1%にとどめ、武器輸出も禁止してきた。それらが9条に具体的に書いてあるわけではないが、政府も国民も『自己拘束が必要』というルールを作ってきた」――自己拘束は今も効いているのか。 「効いている。今回の米国やイスラエルによる武力行使は国際法違反だろう。米国もイスラエルも正当な自衛権を行使していないとなると、それらの国と共に武力行使をすれば国際法違反の侵略になってしまう。日本政府を国際法の遵守に向かわせたのは、武力行使に極めて慎重な国民の意識で、それを象徴するのが9条なのだろう。ロシアも米国も憲法に国際法を守ると明記しているが、遵守しているとは言い難い。平和主義の条文は存在するだけで効果を発揮するのではなく、『条文を真剣に受け止めるべきだ』という認識が浸透して初めて機能する」――立憲主義を支える仕組みとして9条が果たしてきた役割はあるか。 「戦争をしないことが立憲主義の前提にあるというのはその通りだ。平気で戦争をする国は統治が乱暴になり、人権は弾圧されるようになる。戦争は、外国に兵隊を派遣して爆弾を落とすだけでできるものではない。反戦運動やデモを抑圧したり、徴兵しやすいように職業選択の自由を制限したりするなど、国内のあらゆる権利や自由を制限して戦争を遂行する。立憲主義と戦争は非常に相性が悪い」――国際社会が「法」から「力」による支配へと傾きつつある。 「現状を認識するのは大事だが、『国際秩序を回復させるのは無理』と諦めるべきではない。認識と放置は別だ。私たちの選択一つ一つが重大な意味を持つことを認識し、正しい情報を入手し、日本、米国、イスラエルが行っていることをきちんと評価することが重要だ。私たちの選択が10年後、20年後の日本の姿につながっていく」<きむら・そうた> 東京都立大教授、憲法学者。著書に「憲法という希望」(講談社現代新書)、「自衛隊と憲法 第3版 危機の時代の憲法改正11の論点」(晶文社)など。 この記事は普段なかなか気づかない点を指摘しているので、何か新しい発見をしたような楽しい気分になる。戦前の憲法は「神様の子孫である天皇が定めたものだから、国民は従うように」とのことだったが、現代日本の憲法は「国民主権の原理によって定められたものだから、国民が従うのは当然だ」という理由は、文句のつけようがない「正論」です。また、憲法の条文に書いてあるわけではないが、「憲法が軍隊を否定してるのだから、自衛のための武力は必要最低限にするべきだ」と政府も国民も「自己拘束」のルールを作ってきたのだ、という指摘は新鮮な感じがします。近年の自民党政治は、「自己拘束が必要」という国民の意志を無視して、一片の閣議決定で「GDP1%」のルールを変更しているが、これも遠くない将来に是正して、元の1%ルールに戻すべきだと思います。
2026年05月21日
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日米同盟の強化が最も現実的な安保戦略であるとする日本政府の姿勢について、東北大名誉教授の大西仁氏は7日付朝日新聞で、次のように批判している; 敵対国との間で「力」の均衡を保てば戦争を抑止できるといった発想のもと、各国は競い合うように軍事力増強に取り組む。安保3文書改定に着手した日本も防衛力と日米同盟の強化が現実主義的な安保戦略だとして力を入れる。 ◇ 世界はここ数年間で劇的な変化を遂げ、平和な時代から戦争の時代へと転換しつつあります。今日の世界には三つの特徴があります。 第1に「弱肉強食」。勢力圏争いを展開する米中ロの大国が中小国に過大な要求を突きつけ、軍事力の行使も排除せずに実現を図る状況です。第2に各国家が戦争を行う際、国際法や普遍的倫理を軽視し、民間人・民間施設を標的にする「掟(おきて)なき戦闘」が常態化しています。第3は「仁義なき戦い」。同盟の性格が根本的に変わりました。価値観を共有する同志の集まりではなく、自国の損得で不利と判断すれば義務を果たさず離脱する関係になりつつあります。 このような劇的変化の結果、日本の軍事力と日米同盟の強化こそが現実主義的な安保戦略だとする主張は、世界の現実に合わなくなっています。 まず、抑止で戦争を防止するのが難しくなりました。協議中のイランへの米国の奇襲攻撃を目撃した中国は、日米の抑止力強化を見て、威嚇ではなく、日米が先制攻撃をする準備だと判断する可能性が高くなっています。中台危機などに際し、状況が不利になる前に在日米軍や自衛隊基地を先制攻撃しようとする恐れは増しています。 さらに現代戦では相手国の継戦能力をそぐため重要インフラへの攻撃が常態化していますが、日本は発電所や新幹線、港湾などに完璧な防衛体制を整えることはできません。そして、日中戦争が起きた場合、米国が必ず日本のために戦ってくれるという期待は幻想に近いものになりつつあります。米国が対中戦争という膨大なコスト(代償)を負うのは日本のためではなく、米国が中国とのパワーゲームで有利と計算した場合だけです。 では日本はどうするべきか。私は、非軍事的パワーを最大限活用する「スマート戦略」に取り組むべきだと思います。 具体的には、政治指導者は、政治的に対立している国が挑発と受け取る言動を厳に慎み、米国抜きの国際共同安全保障体制を整え、外交や経済による関係の深化で戦争を最大限回避することです。戦争の時代こそ、外交を軽視してはいけません。日本から戦争を仕掛けることはないという平和国家の原理を、今後も維持する姿勢を見せることは重要です。 バランス・オブ・パワー(勢力均衡)による安全保障は、大国同士が戦争を起こさない前提で成り立ちますが、その前提は崩れています。現在の世界は、至る所に大量の火薬がばらまかれているような状態です。これからは軍事力強化による勢力均衡ではなく、デタント(緊張緩和)を追求するべき時代なのです。(聞き手=編集委員・園田耕司) *<おおにし・ひとし> 1949年生まれ。専門は国際政治、特に国際体系の変容と安全保障の研究。東大法学部卒。米カリフォルニア大学バークレー校博士課程単位修得。2026年5月7日 朝日新聞朝刊 14版 3ページ 「この国のゆくえ-非軍事的パワーで緊張緩和を」から引用 世界がここ数年間で劇的な変化を遂げて、戦争の時代になったかのように言われるのは、冷静に見れば、これまでアメリカ帝国主義が秘密裏に世界中の気に入らない政府を、CIAを使って転覆させて来たものが、最近ではそれが「秘密」にできなくなって、なんでもすぐに報道されて世界中に知れ渡ることになっただけのことではないかと思います。上の記事だけでは、ロシアが理由もなくいきなりウクライナに襲い掛かったかのような言い方ですが、あれはアメリカとNATOが冷静終結当時の「ソ連」との約束を守らずに、米軍基地をどんどん東へ移動させて、遂にウクライナにまで米軍基地を置く寸前までいって、プーチンが「待った」をかけただけのことで、ロシアの軍事力を見くびったNATOとゼレンスキー大統領の責任は免れません。また、上の記事が指摘するように、日本政府が「安保3文書」の改定だの、継戦能力の向上などと言って余分な武器を買いそろえるのは、無駄に近隣諸国を刺激するだけで、安全保障どころかかえって戦争勃発の危機を高めるだけだと思います。戦後永らく日米安保条約で日本の安全が守られてきたような気分でいても、そういう時代は東西冷戦の終了と同時に終わったのであり、その後時間が経過して、アメリカはもはや太平洋の向こうの日本や韓国を防衛する力は失いつつあるのですから、日本はもはやアメリカ依存の路線をやめて、中国との友好関係構築に邁進するべきであり、そのような政策に不向きな高市早苗は早めに交代させるべきです。
2026年05月23日
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山口県宇部市の海岸には、戦時中に水没事故を起こした炭鉱がそのまま戦後80年間も放置されたままであったが、今年の秋に市民団体の努力で、海底の坑道への入口を掘り当てたことについて、毎日新聞専門記者の栗原俊雄氏が、7日の同紙コラムに次のように書いている; 昨年12月以来、10カ月ぶりに訪ねたその地は風景が一変していた。山口県宇部市の床波海岸にある海底炭鉱「長生(ちょうせい)炭鉱」跡。雑木林は切り払われ、82年前の事故で水没した坑道の入り口が姿を見せていた。視線を上げると、瀬戸内海から突き出した2本のコンクリートの円柱が目に入る。海底の坑道までのびている排気・排水筒「ピーヤ」だ。 「こんな短期間でよくもここまで……」。戦後補償問題を長く取材する中、動きの鈍い政府に対して、主体的に物事を進めていく市民団体の行動力と粘り強さに何度も驚かされてきた。だが、今回はことさら大きな衝撃を受けた。 1942年2月3日朝、坑口から約1キロ沖合で落盤による水没事故が起き、朝鮮人労働者136人、日本人労働者47人が犠牲となった。事故後、遺体も遺骨も収容されずに炭鉱は閉鎖された。 地元の人たちが「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」を結成したのは91年。資料を発掘し、証言の収集を重ねた。慰霊碑を建て、韓国からも遺族を招いて毎年、追悼式を開いてきた。坑道に多数の遺体や遺骨が残っているとみて、ダイバーを雇っての海中調査や地中の坑道探査もしてきた。 日本の植民地だった朝鮮の民間徴用者らの遺骨は、日韓合意に基づいて日本政府が調査する。ただし対象は寺院などにある「見える遺骨」だけ。長生炭鉱では何の調査もしていない。遺骨がどこにあるのか分からない、というのが理由だ。2016年に議員立法で成立した戦没者遺骨収集推進法は、遺骨収容を「国の責務」と定める。だが、厚生労働省は「長生炭鉱で事故死した人たちは戦没者ではない」として事実上放置している。私の考えは異なる。戦時下、国策に基づいて戦略物資を採掘している中で亡くなった人たちだ。戦没者だと思う。 * 刻む会は繰り返し調査を求めてきたが、日本政府はまったく動かなかった。井上洋子共同代表(74)らは「待っている間に遺族はどんどん亡くなる。自分たちで遺骨を一片でも見つけ、国を動かしたい」と、7月からクラウドファンディングで資金を集め、調査に乗り出した。土地の複雑な権利関係の問題も見通しをつけ、業者の協力を得て雑木林に重機を入れ、地面を掘削した。証言などを基に坑口があった場所を推測し、地下約4メートルから縦1・6メートル、横2・2メートルの坑口を掘り出した。 10月26日に坑口前で営まれた犠牲者追悼式には、日韓の犠牲者の遺族20人近くを含む約250人が参列した。45歳で命を落とした權道文さんのひ孫、鄭歩美さん(37)も東京から駆けつけた。かつてはゴミ捨て場のようになっていたところが切り開かれ、親族が眠っているであろう坑道の入り口が見つかったことに驚き、心が動かされたという。 同29、30日にはダイバーが潜って坑道内を調査し、1月末~2月初めの本格調査に備えた。ここまででも驚異的な成果で、市民の熱意を感じる。だが、政府は動こうとしない。福岡資麿厚労相は11月5日、国として調査をしないとの考えを改めて示した。 翌日、刻む会は国会内で集会を開いた。井上さんは「来年の日韓国交正常化60周年に、ご遺骨を残したまま『未来志向』などと言ってほしくない」と訴えた。 鄭さんもあいさつした。「遺族はみんな『このまま葬り去られていくんだろうな』と諦めていましたが、みなさまが生活や人生をかけて取り組んでこられて……。もちろん目標は遺骨を故郷に眠らせてあげることですけれども、この日を迎えられただけで……。亡くなった遺族に報告したら、どんなに喜んでくれることでしょうか」 * 鄭さんの話を聞いて思い出したのは、シベリア抑留者への補償だ。敗戦後、ソ連によって日本人およそ60万人が最長11年間拘束され、6万人が命を落としたとされる。抑留経験者が国に補償を求める訴訟が相次いだが、いずれも敗訴した。民主党が救済法案を出したものの、自公連立政権の同意が得られず実現しなかった。民主党が政権を取り、10年に議員立法で「シベリア特措法」が成立した。 抑留期間の長さに応じて約7万人に25万~150万円、平均約28万円の特別給付金が支給された。人生を狂わされた人々への補償としては少な過ぎると、私は思った。だが立法が実現し、涙を流して喜ぶ抑留体験者と遺族がいた。 「シベリア立法推進会議」世話人として立法に尽力した有光健さん(73)は話す。「重要なのは金額だけではありません。当事者たちは立法のために多くの議員が奔走する姿を見て、気持ちを受けとめてもらえたと実感できたのでしょう。放置されてきた被害者や遺族の心情を受けとめる。非人道的な苦痛を国や私たちの社会が認知し、報いるというプロセスが大切です」 刻む会の人たちは、30年以上かけて新しい戦後補償の「プロセス」を築いてきたと言えるのではないだろうか。悲しい歴史を悲しいままにせず、日本と朝鮮半島の間に新しい心の橋が懸かることを願う。(専門記者)2024年12月7日 毎日新聞朝刊 13版 6ページ 「現代をみる-長生炭鉱、戦後補償のプロセス」から引用 水没した炭鉱の坑道入口を掘り出した市民団体の代表者はまだ70代の人で、水没事故が起きたときはまだ生まれてなかった人物だが、事故については地元の人々の間で語り継がれた結果、戦後生まれの人たちの間で、この事故をこのまま放置するわけにはいかないとの意識が培われたものと思います。それに比べて、軍人であれば保障の対象だが民間人はダメとか、寺院に遺骨が納められていれば調査の対象だが、そうでないものは対象外という政府の対応は、あまりにも誠意に欠けるというものではないかと思います。もうすぐ本格的な調査を開始するとのことですから、納得のいく結果を出してほしいと思います。
2024年12月25日
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維新の会の地方議員が一般社団法人の理事に就任し、その理事報酬(低額)に応じた社会保険の健保に加入して、その代わりに議員報酬に応じて安くない保険料を支払うことになる国民健康保険には加入しないで済ませるという「脱法的行為」をしていたことが発覚して世間を驚かせましたが、これをメディアはどのように報道したか、弁護士の白神優理子氏は、1月18日の「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 「身を切る改革」を看仮にする「日本維新の会」で、所属議員の問題が相次いでいます。「赤旗」日曜版がスクープした公金還流疑惑に加え、新たに「国保逃れ」が発覚。同党の地方議員4人が、一般社団法人の理事に就任し、国民健康保険料の支払いを逃れていました。維新も「脱法的行為」と認めています。 「自分の身は切らぬ卑劣さ」との痛烈な見出しは「毎日」社説11日付)。「社会保障の持続性向上を公約に掲げながら、自らの負担は回避する。政治家にあるまじき卑劣な振る舞いと言うほかはない」「維新は・・・組織ぐるみの関りは否定する。ただ、不審な点も多い」「ガバナンス(組織統治)不全は深刻である」と厳しく指摘します。 「改革語る資格あるのか」というのは「朝日」社説(9日付)。「結党以来掲げる『身を切る改革』に逆行し、社会全体でリスクを分かち合う公的医療保険の意義を損なう・・・疑念を晴らせなければ、改革を語る資格はない」「維新を連立のパートナーに選んだ自民党にとつてもひとごとではいられない」と書きます。 「維新は厳正な処分を下せ」と書いたのは「産経」主張(10日付)。「読売」(9日付)も4段の記事で「維新 続く統治不全」「看板も損ないかねないだけに、対応が急務」と報じました。 テレビでは、8日の「ワイド! スクランブル」(テレビ朝日)でコメンテーターの柳澤秀夫さんが「国民に対する裏切り行為以外の何物でもない」と批判しました。 高額負担者が国保から抜けることで多額の保険料収入が失われ、残された国保加入者の保険料はつり上がります。維新議員が「国保逃れ」をしたツケは、現在の国保加入者全員が肩代わりさせられることになります。社会保障制度の根幹、政治家・政党の資格を問う問題です。厚みのある本格的な報道が求められます。(しらが・ゆりこ=弁護士)2026年1月18日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「メディアをよむ-自分の身は切らない卑劣」から引用 自民党と維新の会は「同じ穴のむじな」みたいなもので、口で言うことと腹で企んでることが正反対、つまり正直ではないという点が共通項として指摘出来ると思います。高市首相などは、首相になる以前は「小物議員」に過ぎない存在だったのに、麻生太郎議員の策略でいきなり首相になったため、「赤旗」記者がいろいろ調べて見ると、次々と「疑惑」の種が見つかり、不正な献金を裏金にしていたことが発覚したり、韓国の司法当局が押収した統一協会の資料に「高市早苗議員」の名が数十回も登場することが判明したため、こんな状態では予算審議どころではないから、というのでいきなり総選挙になったと思ったら、維新の会も「大阪府知事も大阪市長も選挙にしてしまえ」とばかりに便乗して同日選挙になってしまいました。都合の悪いことはなんでも「選挙」で誤魔化すという「手」に乗らずに、国民は「政治家の悪事」は徹底的に追求するべきです。選挙が済めば禊ぎは終わり、などというメディアの「宣伝」を鵜呑みにせずに、高市早苗の裏金問題、統一協会問題をとことん追求するべきだと思います。
2026年02月04日
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沖縄県の翁長知事が国連の人権理事会総会に出席して演説したことについて、元外務官僚の佐藤優氏は、2日の東京新聞コラムで次のように述べている; 9月21日夕刻(日本時間22日未明)、スイス・ジュネーブで開かれた国連人権理事会総会における翁長雄志沖縄県知事の英語演説は、歴史的に大きな意義を持つ。民意によって選ばれた沖縄の最高指導者が史上初めて国連の場で沖縄の自己決定権に基づく自己主張をした。 <翁長知事は「沖縄の米軍基地は第2次世界大戦後、米軍に強制接収されてできた。沖縄が自ら望んで土地を握供したものではない」と述べ、米軍普天間飛行場の返還条件として県内に代替施設建設を求める日米両政府の不当性を主張した。また、「沖縄は国土面積の0・6%しかないが、在日米軍専用施設の73・8%が存在する。戦後70年間、いまだに米軍基地から派生する事件・事故や環境問題が県民生活に大きlな影響を与えている」と強調した。その上で「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と訴えた>=22日「琉球新報」。 まさに今、この時点で沖縄が国際社会に発信しなくてはならない論点がすべて盛り込まれている。 那覇に外国記者団を招き知事が特別会見を行うと面白い。知事のあいさつは琉球語、冒頭発言は英語で行い、質疑応答は日本語・英語の通訳を用いて行う。このスタイルは言語においても植民地主義から決別するというニュアンスを持つので、意外と重要だ。(作家・元外務省主任分析官)2015年10月2日 東京新聞朝刊 11版S 25ページ「本音のコラム-翁長国連演説」から引用 今回の翁長知事の国連演説は、日本の中で沖縄が置かれている不当な立場を国際世論にアピールする上で重要な演説であったと言えます。また同時に、沖縄の実情を知らない日本人にも、ものを考えさせるという点で意義のある演説であったと言えます。現在沖縄県にある米軍基地のほとんどは、国や公官庁と地元住民が合意して賃貸契約を結んだわけではなく、ある日突然やってきた米軍兵士の銃剣とブルドーザーによって暴力的に排除されて家屋を破壊され、その後に強引に滑走路を作ったというのが「普天間飛行場」です。それを返してくれという県民に対し「じゃあ代わりに辺野古をよこせ」という米軍や日本政府の態度は「盗人猛々しい」というものではないでしょうか。 また、記事には「言語帝国主義」との表現もあり、沖縄の人たちに本土の言葉を強制するために、学校ではうっかり地元の言葉を使った生徒の首に「私は方言を使いました。反省してます」というようなことを書いたカードを下げさせるというようなことも行われたといいます。遠くは島津藩による琉球侵攻から現代にいたるまで、本土による沖縄への圧政について、東京の政府は今や、過去を反省し、これまでの政策を転換し住民の声を重視する政策に切り替えるターニング・ポイントに差し掛かっていることを自覚する必要があります。これまでの政策を継続していくようでは、沖縄を本気で独立を考える事態へと追い込むことになるでしょう。
2015年10月10日
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シンガーソングライターのさだまさし氏は、原子力発電について、3月20日の東京新聞コラムに次のように書いている; 東日本大震災から五年。 軽々しく「もしも」などと言うべきではないが、今でも思うことがある。もしもあの時、東京電力福島第一原発の事故がなければ、と。 この国で暮らす人たちは、地震災害も心のどこかで覚悟しているだろうし、大津波だって頭のどこかでは警戒しているはずだ。 実際にそれが起きた時に身を守れるかどうかは別だが、わが身を襲う危険の一つとして想定しているだろう。 しかし、想定外のものがある。それがあの福島第一原発事故だった。 僕は長崎市出身で、原子爆弾が投下されてわずか7年後に爆心地近くで生まれていることもあり、放射能災害は決して「人ごと」ではない。 そして、かつて長崎でそうだったように、最初は強い怒り、悲しみを持って心を保つことができても、やがて心は折れ、諦め、それを「人ごと」と思っている人々の心ない差別を恐れて、「その町の出身であること」を隠すような悲しいことが起きる。 これほど悔しくて切なく、腹立たしいことはない。 原子力発電が行われるようになった40年以上前のこと、僕のラジオ番組で日本のロケット開発の父、糸川英夫先生に原子力発電とはどういうものなのかうかがったことがある。「ざっくりとおおらかに説明します。仮にスイカを想像してください。核分裂というのは、丸い核の球を、つまりスイカを包丁で割るとイメージしてください。割る前の重さより割った後の方が、切られた分、ほんのわずかに軽くなっているはずです。その減った量がエネルギーとして取り出される」 糸川先生はさらに続けた。「ただし、このスイカを割る前のようにきちんと閉じる技術がまだありません。この開いたまんまのスイカ、つまり核廃棄物が放出する放射能は半減期までに数十万年かかる。その処理方法を持たない以上、原子力発電は不完全な技術です」。心に残る言葉だ。 大地震や大津波は抗(あらが)いようのない自然災害だが、原発事故は防ぐことが可能な「人災」だろう。 原子力発電については利害、利得を超えて賛否さまざまなご意見もあるだろうが、こういう事故が二度と起きない、と安心できる材料が僕にはまだみつからないでいる。 糸川先生の言葉を思い出すまでもなく「人が制御できないもの」を、人が動かすべきではないと素朴に思う。 大災害から数年をへて着々と復興する町もあり、まだまだ手つかずの町もある。地震や津波の心の痛手から立ち直ろうとする人もあり、いまだに痛み続ける人もある。 ただ「人災」だけは二度と起こしてほしくないと、震災5年の春に心から願う。(シンガー・ソングライター、小説家)2016年3月20日 東京新聞朝刊 16ページ「つれぐれ-『不完全な技術』への不信」から引用 さすがに人気のシンガーソングライターが書いた文章だけあって、不思議と心に訴えかける説得力のある記事だと思います。地震や津波というような災害については、耐震建築とか高台に引っ越しするというような「安心できる対策」が可能ですが、原発事故については「これで大丈夫」と言える「安心できる材料」がまだ無いというのが実情です。人が制御できないものを人が動かすべきではない、正にその通りです。
2016年04月13日
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昨日引用した記事の続きは、市民団体である追悼碑を守る会が群馬県当局を提訴したことと、提訴の根拠について、次のように述べています; 県は更新不許可について、あくまで除幕式や追悼式で参加者が「碑文に謝罪の言葉がない」などと発言してきたことを「政治的」と判断した上での処分だとしているが、同時に「碑は存在自体が論争の対象となり、街宣活動、抗議活動など紛争の原因となつている」とも説明している。県はネット右翼の抗議に怖じ気づき「こんなものはなくしてしまえ」という気持ちが、どこかにあったのではないか。◆公園は意思を示す場所「抗議に屈して撤去だなんて。(県は)恥を知れと言いたい」 追悼碑を守る会事務局の矢中幸雄(やなかゆきお)さんは、碑の前で怒りをあらわにした。矢中さんをはじめ守る会のメンバーは14年11月13日、設置期間更新不許可処分の取消を求めて、群馬県を提訴している。訴訟代理人の下山順(しもやまじゅん)弁護士によると、原告の主張はまず、都市公園の効用についてだという。「都市公園法に2条2項に記された『都市公園の効用を全うするため』の施設には記念碑も該当していることから、公園内に追悼碑があること自体は法にのっとっています。そして群馬の森公園は『群馬の歴史、文化を県民に広く伝える機能』を持っていますが、この歴史には当然、旧日本軍がおかした負の歴史も含まれると考えられます」(下山弁護士) 憲法学の観点から見れば、公園は市民の表現の場所としての機能も持っているとも語る。確かに公園では集会やパフォーマンスが日常的に行なわれているし、東京の代々木公園などは、反原発をはじめとするデモの出発・解散地点となっている場所も存在する。「情報伝達手段を持たない市民にとって、公園や道路は主権者の意思を示すための重要な場所で『パブリック・フォーラム』と呼ばれます。ここが表現の場として使われる際は所有者の制約を受けざるを得ませんが、所有者は表現の自由の保障に可能な限り、配慮する必要があります」(同) そもそも追悼式は労務動員されて亡くなった朝鮮人を悼む目的のものであって、決して政治的な行事ではない。群馬県の判断の前提には、重大な事実誤認がある。更新不許可処分は表現の自由を過度に制約し、違憲ではないかと弁護団は主張している。 16年6月までに8回の口頭弁論が開かれ、裁判は現在も継続中だ。設置許可の更新を、原告は果たして勝ち取れるのか。「絶対勝ちますよ。だって県のやり方は理不尽だし、いきなり”死刑判決”をくだすというのは、常軌を逸していますから」 原告側の弁護団長で元参議院副議長の角田義一(つのだぎいち)弁護士は、胸を張りながら自信を見せた。 ちなみに追悼碑の群馬の森敷地内設置にあたっては、01年6月の県議会において、自民党議員も含めて全員賛成で決まっている。その際群馬県が碑文の原案に「群馬県内にも数千人の強制連行者が投入され多数の犠牲を生むにいたった」などの記述を問題視したため、設置者は県や外務省とも協議した上で現在の内容にしている。つまり県側は、碑が「政治的ではない」ことを認めているのだ。「何よりも追悼碑を県立公園内に残すことを一番に考えていますから、この2年間、碑の前で集会を自粛するなど譲歩を重ねてきたのに、『追悼式での発言に問題があったから即撤去しろ』というやり方はおかしい。パブリック・フォーラムと表現の自由の双方から見ても、県は憲法21条に違反していると思います」(角田氏) 福岡県飯塚市や奈艮県天理市などでも、市民団体が朝鮮人追悼碑を「反日的」だと攻撃している。それゆえ、この裁判は他の自治体にも影響を与えることになるだろう。そして公園とは誰のもので、何をする場所なのか。昨今ではヘイトスピーチデモの出発・解散地点にすらなっている公園という場所の存在意義を、問い直すものにもなるかもしれない。2016年9月9日 「週刊金曜日」 1103号 「ネット右翼の抗議で腰砕け?!群馬県のホンネ」から一部を引用 私も基本的に、群馬県は恥を知るべきだと思います。地元の過去の歴史を伝える追悼碑は、将来群馬県で暮らす人々に忘れてはならない史実を伝えるもので、当然残すべきものです。追悼碑を守る会が設置許可を更新しない県側を訴えたのは当然で、県側が「追悼碑があれば政治的発言を誘発することは避けられない」ということを立証できない限り、県側が敗訴することは避けられないのではないかと思います。批判された「政治的発言」は一回、あっただけで、批判を受けた後は、集会を自粛して、「守る会」は「政治的発言なしに追悼碑を守っていくことが可能である」ことを、事実をもって証明しているわけですから、この論理は強いと思います。結局、この裁判は「日の丸・君が代」裁判と似ています。学校の式典で、君が代斉唱時に起立しなかった教員に対し、給料カットとか懲戒解雇という処分はあまりにも重すぎて、かえって職権を乱用した違法な処分であるとして都教委が敗訴した裁判のようなもので、追悼碑の前では政治的発言をしないという約束が守られなかった場合は、せいぜい「次回からは気をつけて」と口頭で注意すれば済む話で、それを「追悼碑撤去」という話にしてしまうのは「違法」であると言えます。裁判所には公正は判断を期待したいものです。
2016年10月26日
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3日付神奈川新聞の「特集『憲法こそ未来』」で、弁護士の福田護氏は「安保法制違憲訴訟」を闘ってきた10年を振り返って、次のように述べている; 集団的自衛権行使を認めた安全保障関連法(安保法制)は憲法違反だとして、横浜など全国22地裁で25件起こされた「安保法制違憲訴訟」は提訴から10年がたつ。訴訟弁護団を務め、「安保法制違憲訴訟の会」共同代表の福田護さんは問い続ける。「権力による憲法規範と立憲主義の蹂躙は今も続いている。訴訟で培った理論の蓄積をいかに生かせるか、だ」(聞き手・竹内瑠梨)――裁判で何を訴えたか。 「安保法制の一番の問題点は、歴代政府が憲法9条の下では集団的自衛権行使は許されず、容認するには改憲が必要との解釈を確立してきたにもかかわらず、閣議決定だけで変更し、強行制定したことだ。海外での武力行使を認め、日本が戦争当事国となる危険性が高まり、恒久平和主義に反する。放置できない憲法違反、立憲主義の蹂躙は明らかで、『戦争ができる国』に変わることへの危機感は相当に大きかった」 「違憲性を忘れず追及し続けなければ、世の中のありようも物差しも流される。意志をつなぎ、権力の横暴を食い止めようと、全国的な訴訟が10年にわたって進行した。自衛隊の防衛出動などの差し止めを求め、平和的生存権や人格権の侵害を訴えた。国民は憲法96条の改正手続きを通じて憲法の形を自ら考え決められるのにその権利も奪われ、『憲法改正・決定権』の侵害も問題提起した」――憲法判断を示さない判決が続いてきた。訴訟の意義や役割をどう考えるか。 「戦争経験者ら原告や、解釈の核心にいた内閣法制局元長官、憲法学者らの証人が違憲性を指摘したが、神奈川など23件は最高裁の上告棄却などで終結した。2件は審理が続いている。『現に武力攻撃を受けておらず、その恐れも認められない』から『生命・身体の安全が侵害される現実的・具体的な権利侵害が認められない』などとする紋切り型の判決が続いた。『戦争が起きてから裁判所へ』という非常識だ。『明白な違憲とまでは言えない』とした2023年12月の仙台高裁判決を除き憲法判断も示されず、立憲主義と民主主義のとりでであるべき司法は責任を放棄している」 「だが得られた財産はある。神奈川訴訟の一審判決は、集団的自衛権を行使できる『存立危機事態』の範囲は明らかと言えず、国民の理解や共通認識が不十分と付言した唯一の判決だった。存立危機事態の不明確性は今に続く問題で、判決の意味は存続している。証人の長谷部恭男・早稲田大教授は、甚大で不可逆的な被害が発生する問題には抽象的な危険の段階から『予防原則』に即して違法性を認定すべきだと証言した。今後も自衛隊出動が具体的に浮上すれば差し止め訴訟の提起なども考えられる。そのたび『安保法制とは何か』に立ち戻り、危険性を考え、議論する必要性は続く。培った理論の蓄積をどう広げ、生かすかが課題だ」――安保法制成立後の社会、平和憲法の果たす力をどう見るか。 「9条を中心とした憲法の基本的原理は掘り崩され、国の在り方が変えられていくスタート地点が安保法制だ。集団的自衛権行使を容認した安保法制という器に、戦争をするための体制・装備という中身を盛り込んだのが安保関連3文書。敵基地攻撃能力(反撃能力)保有も始まり、日米の軍事一体化は進む。高市早苗政権は、防衛装備の輸出について閣議などで決定し、殺傷能力のある武器も原則可能にした。平和国家としての日本の姿は大きく変貌しかねない。政府が軍事力強化の理由とする台湾有事も、仮に起きた場合に安保法制がどう適用されるのか。戦火が及ぶ可能性や切迫性は不透明な上、有事回避の議論はすっ飛ばして防衛力強化か進められていく、ゆがんだ状況下に私たちはいる。米国とイスラエルによるイラン攻撃では、日本はホルムズ海峡への艦船派遣をしていない。『憲法も含む』国内法上の制約があると米側に説明したとされるが、防波堤の役目を果たしたのは9条だろう」 「国の在り方、憲法の在り方を考え、決めていく権利は私たち一人一人にある。立憲主義や平和主義といった憲法の本道をもう一度捉え直し、再生させる方向で考えるのか、平和憲法から離れていく方向で進むのか。政権が安保3文書改定や改憲に前のめりになる中、国民にその選択が迫られている。憲法の規範力を取り戻す努力や運動を続け、平和主義とは異なる方向に進む権力には絶えず異を唱え続ける必要がある」<ふくだ・まもる> 神奈川県弁護士会所属。 1974~79年に衆院法制局。82年に弁護士登録。日弁連憲法問題対策本部副本部長。共著に「安保法制の何が問題か」(岩波書店)など。2026年5月3日 神奈川新聞朝刊 特集「憲法こそ未来」 2ページ 「対米従属から脱却を」から引用 戦後の長い間、戦争放棄の憲法の下、自国の防衛のための一定の武力行使は認められるという憲法解釈があり、同盟国であっても自衛隊が集団的自衛権の発動として武力を行使することは憲法違反である、というのがわが国政府の見解であったが、これを180度ひっくり返したのは第二次安倍政権で、国会での審議もなく国民的な議論も素通りして一片の閣議決定で、「国の存立が危機にさらされた場合は自衛隊が集団的自衛権を行使することが出来る」と方針を転換したのであったが、話はそこまでで、どのような場合が該当するのかという具体論はオブラートに包まれたままであり、高市早苗のような好戦的な政治家は「台湾有事は日本の有事」だから自衛隊の出番になると言いたいらしいが、このような問題は「憲法記念日」にならなくても、平時のときから「安全保障政策がこんなことでいいのか」という議論は、積み重ねていくべきだと思います。
2026年05月20日
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