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――ごく当たり前の労働運動が恐喝罪や強要罪といった刑事事件に仕立て上げられていったのですね。聞くところによると、委員長や副委員長は、判決も出ていないのに、大変な長期勾留にあったそうですね。
竹信 武建一委員長と湯川裕司副委員長は、未決勾留の期間が600日以上です。人権上、一つの事件について調べられる期限は決まっているのに、調べが終わると次の事件でまた逮捕して、それを何度も繰り返していったのです。執行部と組合員をなるべく切り離して労組つぶしに利用した、と労組・弁護側は見ています。そうすればトップからの指令が出せず、組織は身動きが取れなくなっていきます。また、釈放の際にも組合で働いている人も含めて組合事務所への立ち入りを禁じたり、顔を合わせてはいけない、などの条件を科していますから、そのために働けなくなったり、労組活動ができなくなったりしています。これも、暴力団つぶしによく使われる手法ですが、それを、暴力団ではない、正当な労組活動に応用したのではないかと言われています。
――組合をつぶしていこうとする意図があるのでしょうが、そもそも当局の目的は一体何なのでしょうか。
竹信 もともと協同組合は、労組と一緒に生コンの値崩れを防ぐなどして安定した業界環境をつくろうとしてやってきたのです。加入企業を広げていけばさらに価格競争力がつくので組織の拡大に努力していきました。その結果、2015年に大阪広域協組は100パーセント加入を達成しました。 ところが、その過程で良い業界をつくることや、労働者への分配による業界の好循環に関心がないような「アウト」の業者も 入ってきて、そうした人たちが協組の執行部に就いてしまった、と労組側は見ています。そうなると労働者には分配したくないので、うるさい組合はつぶしたいとなるわけですが、大同団結して100パーセント加入になったことで、執行部の支配力が増して、労組に協力的だった経営者の異論を封じやすくなる。皮肉なことに広域協組が変質してしまったのです。それまでは、 いろいろと対立かありながらも零細企業の経営者と労働組合が一緒になって大手企業に対抗する構図をつくれていたのですが、それが崩れてしまった わけです。
もう一つは、警察との関係です。 元々、警察は関生支部を苦々しく思っていたのではないか と思います。賃上げを強く求めたり、何かあれば実力行使も辞さないので、大手セメント業界やゼネコンから見ても目の上のたんこぶの存在だった。中小零細企業を自分たちに対抗させる役割も果たしているわけですから、企業が労働者の上に立つという、彼らの社会秩序意識からすれば何とかしたいと思ってもおかしくありません。
事件は第2次安倍政権の時に起きていますが、 これを機に、企業支配を外れて動く産業別労働組合を根絶やしにしたいという意図 が働いていた可能性を指摘する声もあります。官邸の官僚が、野党議員と関生支部の関係について情報をさぐっていたという動きもあり、維新や自民の議員が関生事件をリベラルな野党叩きに利用してもいます。また、ゼネコンにとってみれば、大阪はこれからIRや万博が行われるので、そういう時に生コンの価格を上げられたら堪らないと考えても不思議ではないのです。
――お話を伺っていますと、普通の労働運動が強要罪に仕立て上げられたJR東労組の浦和電車区事件に非常に似ています。関生事件も公安が動いているのでしょうか。
竹信 公安というと警察の中の警備部門の担当と思われるかもしれませんが、今回の事件では組織対策班という刑事部門の部署も動いています。暴力団対策法やテロ等準備罪が相次いで整えられ、刑事部門と公安部門の境界があいまいになりつつあるような気がします。
――それに政治が絡んでいる可能性もあるのですね。
竹信 今回の事件がどうなのかは証拠もなく、断定は避けたいと思います。ただ、産別労組を排除して企業別労組こそ日本の労組だ、とする手法は、戦前の政府によって形成されたという歴史的事実があります。歴史学者の岡田与好(ともよし)氏によると、 戦前の労働運動では日本でも産別労組が普通で、企業別組合は異端視されていた そうです。第一次大戦後に国際連盟への加入がテーマになる中で、 労働組合を公認しないと国際連盟に入れないということで、当時、治安警察法第17条(ストライキの誘惑、煽動の禁止)の改廃が課題になりました。 そこで当時の内務大臣が一計を案じ、横断組合や外部者がストに関与することは17条に違反するけれど、企業内組合は違反しない「解釈変更」を行ない、やがて、治安維持法ができるという経緯です。産別労組は企業の支配を越えて労働者のための社会規範づくりに威力を発揮するので、嫌がられたということですね。
元三菱鉱業セメント社長で日経連会長だった 大槻文平氏は、関生支部などの産別労組の運動について、業界新聞に「箱根の山を越えさせるな」と書いています し、武委員長が80年に逮捕された時、検察官から「君たちはやってはいけない3つのことをしている」と言われたと回顧しています。3つとは
「下請け孫請けの雇用責任を親会社に持って行ってはいけない」、
「不当労働行為を解決するにあたって実損回復のみならず経営者にペナルティーを科してきたことはいけない」、
「枠を超えた連帯行動と称して同情ストライキをかけたり、労組のないところに動員をかけたりしてはいけない」
だというのです。戦前の治安警察的な労組観が戦後の司法や財閥系企業にも引き継がれていたということです。
ただ、以前は社会党や労組が一定の発言権を持っていましたし、 憲法28条や労働組合法でも企業別労組しか労組ではない、なんて書いていません。 それが安倍一強政治の中で、戦前的労組観が復活しやすい環境ができました。労組の組織率も17パーセント前後で非常に弱くなりました。それらが今回の事件の土壌になったのだと思います。
――なるほど、そうかもしれませんね。それにしても、逮捕を繰り返して長期間の勾留をすること自体がそもそも異常であり、権力の濫用です。
竹信 勾留中の湯川副委員長に対し、検察は「武委員長を抑えたので関生の現在は抑えた。君を抑えたので関生の未来も抑えた。だからもう君たちは終わりだ」と言った、など、取り調べの時にはさまざまなことが言われていたとの証言もあります。それらの行為について、関生支部は国賠訴訟も起こしています。
――ネット上では、 須田慎一郎が「これは現在の日本の法律がおかしいのですが、労働争議になると刑法と民法が及ばないのです」とか、デマを書きまくっています。 労働法の成り立ちも、一般法と特別法の関係も分かっていないし、社会権や人権の意味もまったく理解していません。 本当に頭がどうかしています。
竹信 この事件は、 労働法というのをみんなが理解しなくなった社会で生まれた事件だ と思います。ほとんどの人が労働法を知らないし、使ったこともないという恐ろしい社会になっています。意味がわからないものだから、デマを吹き込まれても何の疑いもなくそうだと思ってしまうのでしょう。
今は非正規が5人に2人ですから、組合に入って労使交渉をすることがやりにくくなっています。こうした組合から排除された人々の労働基本権を守るうと、個人加盟労組の「ユニオン」がつくられていくのですが、正規が企業別組合に分離され、低賃金の労働者を主に対象にしているので組合費が潤沢ではなく、こうした労組の財源をどうしていくかも大きな問題です。また、企業別組合が会社にとって便利なのは、解雇してしまえば労使交渉ができなくなるからです。クビにしてしまえば組合員でなくなるので労使交渉の権利もなくなる。ただ、今のように4割もが非正規社員になると、会社を超えた横断的な産別組合をつくる構造的な余地も生まれてきます。ピンチをチャンスに、ということですが、今回の事件はそうした企業横断型労組のニーズの高まりに待ったをかけるもの、という考え方も成り立つと思います。
(つづく)
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