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結局、和平に向けた議論は国連総会の緊急特別会合へと移り、そこで活躍したのが当時カナダの外相だったレスター・ピアソン(後に首相)だ。総会がいくら停戦・撤兵を決議したとしても、「単なる決議では平和的解決に必要な措置を欠いたままだ」として、停戦監視と当事者を分離するために「国連緊急軍(UNEF)」の創設を提案した。
「戦闘当事者でも大国でもない中立国部隊を国連の下で派遣する」。ピアソンの案は、全面屈服ではない撤兵の体裁を英仏に与え、エジプトには大国支配の継続を防ぐ手だてとなり、米国にとっては英仏の行動を抑えつつ戦争拡大を防げるという「三方よし」の打開策になった。
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UNEFは、のちの国連平和維持活動(PKO)の制度化と発展の礎となった。ピアソンは、「国際紛争に対して新しい多国間安全保障の実践モデルを示した」として翌年のノーベル平和賞を受賞した。スエズ危機を通じてカナダは、「帝国でも超大国でもないが、国際秩序の仲介者として貢献する国」という自己認識を強めることになったのである。
その後、時代は大きく変化した。地域紛争や対テロ戦争でPKOの任務が多面化し、カナダの参加率は低下した。それでもカナダでは「平和維持アイデンティティー」が重要な価値として残り続ける。
世論調査では、6割を超える人々が平和維持を「カナダの最も重要な国際貢献」と認識し、約7割が米国主導の単独主義より国連主導の多国間主義を支持していることが明らかになっている。
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ピアソンは「外交の人」として語られることが多いが、首相としては「福祉国家を整備した人」としても知られる。給付水準が低かった年金制度を整備し、皆医療保険制度を実現させた。
晩年には、「平和は外交だけでは維持できない。相互理解を進める人間を育てる必要がある」として、「教育による平和」にも力を入れた。「異なる国・宗教・階層の若者を一緒に学ばせることで紛争を防ぐ」ことこそが「国際秩序の長期的安定装置」につながると、ピアソン・カレッジの設立を目指した。完成を見ずに亡くなるが、その教育精神はピアソンの「遺志」として現在も同校に受け継がれている。
半世紀近く国際人道支援に携わるカナダの友人は、「(同校の)地元に住んでいると話すと、自分もそこで学んだと言う人が多くて驚く。直近では、昨年の国連総会で会ったナミビアの外交官がそうだった」と語る。
マーク・カーニー首相は今年1月、ダボス会議で「米国主導の国際秩序は崩壊しつつあり、中堅国が連携して新しい秩序をつくるべきだ」と提唱して脚光を浴びた。人権・法の支配を遵守しつつ現実のパワー政治にも対応するという、ピアソンのレガシーを引き継ぐ新たなリアリズムとして歴史を刻んでいくのか。要注目だ。
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