オセロ

2008/12/31
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今年を振り返ってみようと思います。

今年はこんなに入院したことない年でした。

集中治療室に何回も入院しました。

後医療保護入院もしました。

5月ぐらいまでは掛け持ちでバイトしていました。

楽しかったです。

でも、ミクシーで出会った男に騙されて

遊ばれて・・・

その前から灯油を飲むことを2回して夜間の救急に

お世話になりました。

そしてそのまま集中治療室に。

それを2回繰り返してリスカもひどくなって。

何回も縫ってもらってます。

そして、夜中に切った傷が血が止まらなくなって

また夜間救急に・・・

麻酔なしでホッチキスみたいなので止められました。

そして、3月に誕生日入院をしました。

開放でした。

でも、入院が駄目な私は3日で出てきました。

そして、騙された男ときっぱり別れてバイトして

の日々だったはずなんですが

やっぱり無理で、農薬やらいろんなもの飲みました。

それで、バイトもほとんど首じょうたいで辞めました。

そして、農薬を飲んだときに強制入院を執行されました。

初めての医療保護入院。

でも、安定してるので1週間の入院で脱出。

点滴生活はすごく幸せだった。

そして、コンパニオンをしたり。

レイプまがいのこともうけながらも続けました。

でも、10キロの体重増加。

それで、ついに死を迎えようとしました。

忘れもしない7月10日の夜近くマンションの屋上から

飛び降り。

確実に言うと落ちた。

それから何日かは私は記憶がないけどしゃべっていたらしい。

そして、2回の手術。

1回目は手術が何故か楽しみだった。

手術の前には髪の毛も洗ってもらえて幸せだったからかな?

でも、事前検査といって耳から血をとられたりして嫌だった。

後は入院が辛くて飛び降りたいと思いながら寝たきりの生活。

そして、8月1日手術。

3人の先生が手術することに。

麻酔の説明も受けてオペ。

9時間の手術。

神経破損。

大量出血のせいで、輸血。

2日間集中治療室ですごしてそれがトラウマになる。

集中治療室の看護婦さんはすごく怖くて・・・

早く病棟に帰りたくてしょうがなかった。

そして2日たった午後1時に病棟の看護婦さんが

リラックマをいっぱい載せたベッドで迎えにきてくれた。

うれしくて泣きそうになった。

リラックマがお迎えにきてくれたよ!って言って。

そして病棟に戻ったけどすごく痛くて・・・

でも、1回しか痛み止めは出来ないので夜の9時まで

注射を我慢。

時計との闘いでした。

私はすごくうるさい患者だったと思う。

個室だから叫びまくった。

痛い!と・・・

看護婦さんに注射!と叫びまくりました。恥です。

親にも大人なんだから静かにしなさい!と言われて。

そんなとき、小さい男の子も入院してきて

その子が痛い痛いと泣き叫んでいて私も一緒になって泣き叫び

ました。

さぞかしうるさい病棟だったでしょう。

そして、そのころからおばけがみえるというなんとも変な

幻覚に襲われて精神科の先生が困ってしまって・・・・

もう足の手術は精神科の入院施設のある病院にしましょう!って

言われて嫌だ!とまた泣き叫んで。

親も反対してくれて整形外科の先生と相談。

整形外科の先生も看護婦さん達もここで診ます!って言ってくれて

8月15日に手術。

手術がたまらなく怖くなっていて泣きつづけました。

そんなときに、もっちゃんがお見舞いにリラックマの

オルゴールをもってきてくれてうれしかった。

ありがとう。

そして、手術前におお泣きして看護婦さんが困ってしまった。

そして、手術が終わって目が覚めた時は酸素マスクを

つけてナースステーションの横の部屋で眠ってました。

そこで出会った看護婦さんが私の今の一番大好きな看護婦さん。

「よく頑張ったね!」ってと言ってくれた。

そして、夜勤だったので寝れない私の面倒を診てくれた。

痛いし、喉がすごく渇くけど水が飲めない辛さ・・・

そして高熱。

でも、口をゆすがしてくれたりしてうれしかった。

そして氷を食べさせてくれた。

泣けるぐらいうれしかった。

暖かかった・・・

ありがとう。本当に・・・

そして、次の日も痛いしで注射を早めに打ってもらうけど

駄目で、痛い!と叫びすぎてナースステーションの横から

部屋に戻されました(汗)

部屋ではオリンピックをしていて私は幻覚に襲われて

自分がオリンピックに出てる感覚になってなんともおかしな

事に・・・

そして、花火大会の音だけが聞こえてきた。

それからは親がトイレに行ってる間でも不安になって

泣き叫ぶという運命。

そして、リハビリが始まって。

ベッドで痛い!と叫ぶ。

先生困ってしまう。

でも、その頃から機械でお風呂に入れてもらえるように

なって嬉しかった。

そこの看護婦さんもいい人だったし。

そして、私の大好きな看護婦さんの日は幸せだった。

いつも、マッサージとか笑わしに来てくれた。

他の看護婦さんも私がしゃべってくれるようにと

してくれた。

精神科の先生も1時間ぐらい診察してくれるようになったし。

そして、忘れない9月12日に初めて車椅子に乗せてくれた。

初めは15分だったけど嬉しかった。

それから1日に1回の車椅子の時間が楽しみでしょうがなく

なって・・・

そして、新しいリハビリも始まって。

その先生はすごくいい先生でうれしかった。

そしてだんだん看護婦さんの抱っこがなくても車椅子に

乗れるようになって・・・

退院のめども決まってルンルン♪

でも、家の改造とかもはじまって一人の時間を我慢しないと

いけなくなって、携帯に依存しました。

でも、看護婦さん達はいつも笑顔でしゃべりにきてくれたから

楽しかった。

そして、外出などもするようになって10月19日に退院。

やっとって感じでした。

それからは訪問看護やらが始まって・・・

いろんな人と出会うことになった。

そして、精神科の先生のもとに戻れることになってうれしかった。

でも、体調をやっぱり崩してしまって入院したくなったり。

でも、運命の看護婦さんが優しく相談にのってくれたりして

持ちこたえました。

でも、まさかの摂食障害再発・・・

ショック。

そんな年でした。

今年の記憶はほとんど入院だけど。

でも、いろんな人に出会えて幸せでした。

マイミクではミカちゃんとゆみこちゃんに出会えて瀉血したし(笑)

後入院中はもっちゃんとミカちゃんがお見舞いにきてくれたし。

それなりに幸せでした。

そして、看護婦さんと出会えてよかった。

病気の苦しみを言える人が増えて本当に幸せでした。

大好きです!

来年の目標はまだ定まってません・・・

決めて事を言うと・・・

・普通に歩けるようになること。

・彼氏のお参りに行くこと!

・電車に乗ること。

・自転車に乗れるようになること。

・老人ホームにボランティアに行くこと。

・社会復帰できるようになること。

・痩せること。

ぐらいです。

後は何も分かりません。

ここに、ODしない事やら死なない事をくわえれないのが

情けないですけど・・・

来年生きてるという現実感がないんですよね。

それにODしてしまいたいし・・・

全く持って進歩してません。

来年生きてなかったらこの日記を是非運命の看護婦さんに

見せて欲しいと思います。

死ぬ予定もないですけどね。

でも、来年はゆりこちゃんやらコロコロパンダさんやもっちゃに

会うというのがあるのでそれまでは生きていようと思ってます。

きっとまた誕生日入院すると思いますが・・・

まあ、本当にマイミクさんで私の携帯アドレス知ってる人には

遺書送ってすいませんでした。

心配かけてすいません。

どうにか生かされてますので・・・

来年は自殺未遂の数を減らしたいです。

今年もお世話になりました。

来年もよろしくお願いします。





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最終更新日  2008/12/31 06:59:45 PM
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