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静かな大晦日でございます息子が東北の転勤先から帰っておりますし本日もうじき娘一家5人も来るでしょうでも喪中ですのでなんとなくわたしは楽ですお飾りもなく、仏花だけはなやかでお節はどうせみんな嫌いだしやめてただの休暇をみんなで過ごすという感じあの新年を迎える忙しさはなんなんでしょうねいろいろ用意して気忙しい、わくわくするような雰囲気はこんなことなら例年こんな風に過ごせばいいのではないかと思いますではみなさまお健やかに良いお年をお迎えくださいませ
2014年12月31日
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主婦業、50年も過ぎれば師走といえども暇であるベテランというものはこうであるというか、単に老化現象にてあきあきしてしまったのかあれもさぼり、これもさぼり、手抜きに長けるなりしずしずと通り過ぎるだけであるだから、せっせと本を読んでいる(笑山田風太郎『戦中派焼け跡日記』を読了したら風太郎さんの他の(読んでいない)作品を読みたくなりネット検索して数々の作品から、興味ある作品はこれであると『夜よりほかに聴くものもなし』『幻燈辻馬車』『警視庁草紙』『明治断頭台』リストアップしてみたり葉室燐さんの『星火瞬く』と『銀漢の賦』を続けて読みロマンチックな気分になりながらも藤沢周平さんや山本周五郎さんとの違いを考えたりTVドラマが最終回になる前にと宮部みゆきさんの『ぼんくら』を急いで読んでしまい昨夜の最終回には気が抜けてしまったり久しぶりに江國香織さんを取り出して『なつのひかり』を読了したのだけれどもあまりにもシュール過ぎて、入っていけないようなわたしには文学的なあまりにも文学的な小説はもう無理かも、ともでは思いっきりミステリアスでわかりやすい作品にいこうとメアリ・ヒギンズ・クラークの作品『リメンバー・ハウスの闇のなかで』をただ今、読んでいるというか、こなしている状態で元気なんだけども、では
2014年12月19日
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6日に「坂道の家」7日に「霧の旗」とTVドラマ化されたものを続けて観た清張の作品は数限りなく映画やTVドラマになっているのでこのふたつの作品も何回も試みられている作品を読むのはすごく好きでもかならずしも映画やドラマになったものを観たいわけでもないのでほとんど見逃しているけれども、たまたま続けて見てしまった感想二作とも時代設定を現代にしており、ストーリーも少し変えてあるのは普遍の真理が描かれればいいのだから共鳴しやすいという意味で、成功はしていると思うでも昭和中興期(昭和30年~40年代)のあの雰囲気を知っているものとしては懐かしさもあいまってちょっと残念な気がしないでもないネットサーフィンしていたら「昭和に時代背景を取れば資金がかかるから」という見方があったま、TV業界もたいへんなのだろう、しかたないかそれぞれの配役俳優さんについて言えば悪女役のヒロインの美しい小野真知子さんや堀北真希さんではなくはまり役というか、好もしい熱演の印象は相手役の「坂道の家」初老の男役の柄本明さんや初恋人役の小澤征悦さん「霧の旗」の弁護士役の椎名桔平さんでその他脇役も豪華であったつまりヒロインが輝くのはいい相手役に恵まれるのがさいわいなのであるなあとそんなところに感心してしまったもちろん、おおむかしに読んでほとんど忘れている原作を懐かしく思い出せたのは愉しい時間でもあったのであるtv asahi 5 このドラマHP
2014年12月08日
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11月の読書は11冊になった山田風太郎『戦中派焼け跡日記』は12月に入って、もう少しで読了する小説ではない、個人的ドキュメンタリー日記がなかなか興深くてやめられないというか、知らなくて知らなくてごめんなさいと思いながら読む昭和21年(1946年)風太郎氏24歳、東京は三軒茶屋に下宿しての医学生配給も滞り、闇物資は高騰し、ものすごい食糧難その描写がなまなましい、青春まっただ中なのに日記には毎日、毎日どのように食物を手に入れただか、が克明だ例えば十月八日「...バラックの食物屋を覗いて歩く。茄子十円求む、十二、三個。」十月十一日「...新宿にて南瓜一貫目と少々、十八円にて買いて帰る。米も粉も麦も芋も尽きたり、今夕より南瓜を煮て飢えをしのがんとす。ヘルマン・ヘッセ『秋の徒歩旅行』読。」空腹を抱えているのに、医学勉学に励みながら映画もよく見に行くし停電もありながら、毎日のようにたくさんの本を読書する青年の風太郎なのだその頃とは、わたしが4歳の時にあたるわたしの親たちは大変だったのだろうがもう生まれながらに食への関心がなくて、苦痛の経験がないから「そうだったのか!」と身に染みて追体験しているように思うそれなのに、それだからこそか食物の苦労話の間に挟み込まれた、思索や青春の悩みがさながらひかり輝いているような風である雨や風、日の光、蒼穹ちょっとした路傍の忘れがたき風景の描写もすばらしいなるほど将来の物語作家の下地ありありなので... カバーの絵がキュートなジェームス・M・ケインの小説有名なベストセラー『郵便配達は二度ベルを鳴らす』を初読なるほど生きのいい面白さ!ところがケインの幻の遺作というので一緒に購入した『カクテル・ウエイトレス』がなんとも面白い子持ちのうら若き未亡人が初老の富豪に見初められておさだまり、貧乏なハンサム青年にも心惹かれさてどうすのるか?っていう通俗が、あら、あら、あーららなまなかな女ではないのよね、でも、最後が...
2014年12月04日
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犬養道子『女性への十七の手紙』を読んで相変わらずの道子節で「人間としてどうあるべきか」切々とお説きになる、わたしにはなじみの文章なのだがいたく興味をそそられた部分があるその最後の最後の章の「目的地ーどこへいく?人よ」においてこう述べている「理」にのっとれば、鉱物・植物・動物的な生物(物体)としての肉体は、物として当然いつか分解する。土に帰る。が、もはや「良心」や「自由選択能力」を通してみてきたように、人間は――人間だけが――物プラスアルファの精神(霊)的なスピリチュアルな存在なのである。脳や細胞等の生物的化合物に依存しつつも、人間は、生物学オンリイの「物」ではない。精神的なものは、例えば霊となって死後も残るという考えなぜならば、個人として責任ある自由を選んで生き良心を持ちつつ目的をもって進み、その結果を受容するたった一回のはかない人生だけれども死にさいして総決算をする、そこに精神的な意義があると説かれるのである「...への手紙」という形式は聖書によくあるようにまあ、抹香くさいともいえるのだけれどもわたしは「死んだらこの世は(世界は)わたしにとって無くなる」ものそして残る精神や意識があるとしたら身近な人の中の意識の中だけと思っているのでもしやなんらかの残るものが身近な人にだけではなく生きとし生けるものにも意義のあることだったら嬉しい気がする(12月1日)降ったり陽がさしたりめまぐるしい空だった美しいものを美しいと想うこころが残る?
2014年12月01日
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