「十八史略の人物列伝」って本で、他の人は大体は物語ですでに知ってる人たちで
名前をど忘れしたり、他の人とごっちゃになったりしちゃった時に簡単に調べるのに良いなと思って買ったのです。

ところが、陽明学の説明でわからない(/_。)/ ハナシガミエナイ!
私には難しすぎるのね…(~~。) シクシクと思っていたのですが
また、違う本で陽明学が出てきちゃいました。
これは、開運法の本で、観相学の方が書いた本です。
仏教的な解釈だけでなく、キリスト教からヘミングウエイの言葉まで使っていろいろな観点から開運などについて語っています。

先日、まゆら将軍の日記を読んで何かと感じる事が多くて考えていたのですが
それが、この本と陽明学と結びついたら何だか少しわかったような気がしてきました。
ただ、頭の中で納得しちゃうと忘れちゃうなと思って日記に書いてみました。
朱子学では、「格物致知」の解釈が「物に格って知を致(ただ)す」と解釈する。
つまり、物の心理を窮めて知を拡げて行くことらしいです。
それが「修己」の方法だと言うのですね。
陽明学では「知(良知)を致して物を格(ただ)す」と解釈して
良知とは、人間が誰でも、生まれながらに持っている素質であって
その「良知」を発現させて万物に働きかけ、万物のありようを正すと言うのです。
そして「良知」の発現、「良知」を致す事が「知」であり。「行」であり
「知」と「行」は一体のものとしてとらえられなければならない。
それが「知行合一」だと説明があるのですが
( ̄~ ̄;) ウーン
わかりません。
そうしたら、将軍の日記の「言葉の花束で…」を読んで思い出したことがあります。
それは、先に書いた観相学の人の書いた本の中で
行動がなければ何の価値もありません。天に願いをかけた、念願した、それをしかも自分が自覚した。
これだけでは、ダメなのですね。
自覚までで終われば、これは哲学であると筆者は言います。
念願と自覚とを元にして脳の命令による行動が行われる。
この行動が、達成へと、自己完成へと導いていくのだと言うのです。


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