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12月27日、私のおじいちゃんが天国へ旅立った。
私の人生で最初の音楽的カルチャーショックは間違いなくおじいちゃんである。
ハーモニカが得意なおじいちゃんは、毎週土曜の夜になると、仲間を集めて、我が家の2階でハーモニカをブンチャカブンチャカ鳴らしていた。
全部懐メロだ。古賀メロディとか、東海林太郎とかの世界だ。
おじいちゃんっ子だった私は、おじいちゃんの頼みとあれば断れないということで、一緒にアコーディオンを始めた。
私の腕前はそれなりに上がっていったが、おじいちゃんの場合はイマイチだったが、毎日のように家でアコーディオンを楽しそうに鳴らしていた。
おじいちゃんは自動車も大好きだった。近所の自動車修理工場に毎日のように足を運んで、車を見ていたらしい。BMWを買うのが夢だったようだが、それは叶わなかった。
幼くして両親と死に別れ、満州へ兵隊に行き、ソ連の捕虜となってシベリアへ抑留、その人生は想像を絶するほどの苦労の連続だったに違いない。
おじいちゃんはとても優しく、私はおじいちゃんが大好きで、いつも一緒の布団で寝ていた。
おじいちゃんの耳たぶを触りながら、兵隊のころの話を聞いて寝るのが日課だった。
おじいちゃんは何にでも興味をもつ人だった。大工仕事やそば打ち、うどん打ち、80歳を過ぎてからはなんとバイオリンも始めている。
あの底なしのチャレンジ精神は、おじいちゃんの大変な人生の苦労の反動だったのかもしれない。
そんなおじいちゃんの最後を見て、はっと思った。
おじいちゃんの不屈の探求精神を引き継がなければならないと。
あんなに広い範囲は無理かもしれないが、たとえ音楽の分野だけでも、チャレンジし続けなければいけない。
おじいちゃんが「負けるな!バンドをやれ!」と言ってくれているような気がする。
だから誰が何と言おうと、必ずバンドはやる!
おじいちゃん、ありがとう。見ていてくれよ。