DERICIOUS!

DERICIOUS!

野菜探偵、又八


助手の、いわゆるワトソン役の少年が、又八の決め台詞に対して
一切笑わずに「驚愕ですね」と要約してくれるところがポイント。

又八は諸所の場面で野菜にちなんだダジャレを発するが
少年がそれをきちんとした言葉に言い直してくれる(無表情で)。

「いいか。人間同士の問題はな、情熱で解決すんだよ、
情熱と、ユーモアと、たっぷりの愛でな」

助手の青年は、中学生の頃に又八と出会う。
探偵だけあって、危険な案件の捜査に関わり、そこで
悪事に足を突っ込もうとしている中学生の頃の青年と出会った。
青年は中学生の頃に失踪した両親の借金を肩代わりさせられ、
裏社会の仕事の運び屋のような事をさせられていたが、又八に見つかり、
ブラック企業の親玉が捕まった後、警察で事情聴取を受ける。
取り調べが終わった後に、青年は行くところが無く、調査に加わっていた又八が
声をかけてきた時に、怒りをぶつける。
俺はどこにも行くところがない、ブラック企業でも、生活の面倒を見てくれるだけ
マシだった。社会は俺のようなはぐれモノに、何もしてくれない。
これからどうしてくれる、と。
又八は青年に「俺の所に来たらいい」と言った。青年は宿が無いのでとりあえず
又八の所に付いていく。

又八は家に着くと青年に着替えと服を用意し、風呂に入れと言った。
青年は風呂に入っている間、やはり俺は夜の相手をさせられるんだろうかと思う。
無償で泊めてくれるなんて、そういう意味しかないだろうと。
中学生の頃の青年が風呂場から出ると、又八が「お、上がったな」と言いながら
「じゃあ、喰え」とテーブルに並べた料理の前に座らせる。
様々な種類の野菜料理が、小皿に盛られている。
青年は椅子に座ったはいいけれど、そのままジッとしている。
すると又八は、「分かるよ」と言った。青年はそれに答えずに、なおもじっとしていた。
又八はさらに加えて「分かるよ。一生懸命育った野菜達を、人間がただただ美味しくいただいてもいいのかな、って心が咎めるんだろう?」と言った。青年が黙っていると、又八は、「大丈夫だ、野菜こそ救世主、野菜こそ、愛。野菜は自ら大地で大きく立派に育ち、人間に本物の無償の愛と、健康を与えてくれる。野菜は一つ花開き種を作るだけで、1が100にも1000にもなる生き物だ。野菜こそ、全ての許し。遠慮せず、いただきなさい」と言う。
青年は、どうしてここへ来てしまったんだろうとか、この後どんな奉仕をさせられるのだろう、食べてしまったら又八の要求に応えるしかないとか考えて黙っていたのにと思いながら、お腹も空いていたので、無言で左側にあったスープのカップを手に取り、スプーンで口に運んだ。
「あ、美味しい」
思わず率直な感想が口から出てくる。青年が又八の方をちらりと見ると、又八は何度も頷いて、「それでいい。野菜達に感謝しながら、野菜達に聞こえるように、いただきますと言って、召し上がれ」と言った。
「いただきます」
一口また一口と食べ進みながら、青年はウッウッと声を漏らして泣いた。こんな当たり前の事を、自分が心から求めていた事に、その時に気付いて。
いただきますと言って食べる料理を、用意してくれる大人がいて、それを見守ってくれて。
少年の頃の青年は、その後何を要求されるかとかの畏怖を忘れ、泣きながら食事をした。又八は、自分も一緒に食べながら、「泣いたらいい。涙は人生を最高の傑作料理にする、一番のお出しやでな」と優し気に青年に言った。そして、「そう、野菜料理の決め手は、塩や」と得意気に付け加えた。

青年はその日も出てきたトマトベースのスープを見つめながら、又八と出会った頃の事を思い出している。
しかしながら、又八は夜にスープの仕込みをするのだけれど、青年がもよおし目が覚めて、キッチンの側を通りかけた時、薄く空いたリビングのドアの奥から、又八が小さな声で歌いながら料理をしているのを見た。
トイレから出てもう一度キッチンのドアの前を通る時に、歌声がピタリと止んだかと思うと、「ふっふっふっふっ」と暗いトーンの声で言いながら、冷凍庫からトマトを持ってまな板の上にのせた。
出会って間もない頃の少年の青年がそっとじっと見ている前で、又八は包丁に力を入れて、冷凍のトマトをダン!と真っ二つに、それをさらに真っ二つに音を立てて切ると、無言でカットしたトマトを鍋に入れた。
そして、「ここが年貢の納め時や。。。美味しくならんかったら、承知せんでぇ。。。」と低い声で、恐らく冷凍トマトに向かってボソッと言った。
その後も低い声で、「美味しくなぁれ、美味しくなぁ~~れぇ~~」と言いながら鍋をゆっくりと混ぜながら煮込んでいた。青年はその時、又八のダークサイドを見てしまったと思いながら、そっと部屋に戻っていった。

中学生の頃の青年が、又八の助手をやっている時意外に時事問題に詳しかったので、又八が良いことだと褒めると、図書館は無料で本や新聞を読めるからよく時間を潰したくて入り浸っていたと答える。家に帰りたくなかったし、友達も居なかったと。俺のような貧乏ボッチは本の虫になってしまうのだろうかと、中学生の頃の青年が気を落としながら呟くと、又八はそんな事はないぞと否定する。
人と人が会話や笑いを交換しながら一緒に生活をしていても、心にはそれぞれ、交わせない感情を持ったままそれを表に出さないようにして生活している。本を読むのは、誰もが自分の中にある普段は誰とも交わせない「自分の本当」を、自分以外の誰かに見つけて欲しがってるからさ。その気持ちにボッチも友達の多い奴も関係ないよと言う。中学生の青年は、自分の人生を否定的にとらえる癖がある中で、又八がそれらをわりに肯定的に言い直してくれることで、少しずつ心を開いていく。

高校を卒業して正式に又八の助手として働き出した時に、青年は夜にトマトのスープを煮込んでいた又八を見た事があると話す。又八はおでこに手をパチンと当てて、「そいつぁとんだチンゲンタイ!」と言った。青年は「痴態ですね」とお決まりのように言い直す。

又八は青年と養子縁組をし扶養することにした。探偵にも興信所というのがあって、届出を出し条件を満たさないと事務所は開けない。青年を雇うにも、未成年のうちはダメなんだと又八が言う。探偵という仕事は公安委員会に目を付けられるとやっかいなんだ、青年の教育もしっかり俺がやらないとなと。
「あいつらは、ある種の欠点を嗅ぎつける嗅覚だけは鋭いんだ、ゴシップ週刊誌の記者みたいな奴らさ。一日の排便の回数だの自慰の回数だのまで調べ上げようとするからな」
「怖いというか、気持ち悪いですね」
「何言ってやがんだ。人間なんて、気持ち悪い奴らばっかりだろうが。それに関しちゃ、反社の下で働かされていたお前だって知ってるだろうけどな」


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