DERICIOUS!

DERICIOUS!

桜に仰ぐ 2


俺は頼重からその白黒写真を受け取ると、頼重が差し出している携帯の画面と横並びに据えて、画面と写真に写った男性をよくよく見比べた。
写真には頭の先からつま先まで、全身が映っているけれど、携帯の画面には胸から上のみが映っていて、確かに見比べると顔部分はほぼ同一人物のように思われた。俺はしかしながら首を少し横に傾けて、「確かに、そっくりやけど。そっくりさんかもしれへんし」と疑わし気に呟いた。

「いや、どう見ても本人やろ。携帯の画像ではバスト上のアップショットしか映ってないけどな。写真の方やと、背が高い人なんが分かるやろ。海士部史郎は背が高く、わりに見栄えが良かったんや。少し垂れ目の柔らかい面持ちに、堂々とした背の高さ、おまけに口調や仕草の物腰も柔らかかったんもあって、ビジュアルと話し姿だけでも、当時の主婦層に結構な人気があったんや。海士部史郎に弁論以外の人気があったことも、政界内で煙たがられる要因やった。海士部史郎が法務省大臣に異例の抜擢を受けた当初も、海士部は『出過ぎた釘』といった印象があったらしい。あまりに影響力を持った若手のホープは、そのせいで僅か一年と少しの就任から大臣の座を降ろされた。『正義に寄り過ぎたせいで』扱いが難しくなり煙たがられた、とも書いてあったな」
「そうなんや。だけど、何でこの小説の間に挟まれてたんやろか」
「待ちや、調べるで」
頼重はそう言って、また携帯の画面をチョンチョンと触り始めた。俺は写真に写っている男性をまじまじと見て、様々の可能性に思考の枝葉を伸ばした。
主婦層に人気が高かったっていうことは、もしかしてこの写真が当時のアイドル写真ブロマイドのように販売されていたもので、美里か美里の母親が、同じ苗字の政治家である海士部史郎のファンだった、ということも、十分に考えられるんじゃないだろうか。この写真が美里が保持していた小説の間に挟まっていたからと言って、それが即、海士部史郎が俺の先祖である証拠と決定づけるのには早すぎるのではないか。海士部史郎は有名人で、有名人の写真を手に入れる方法なら、インターネットが普及した現代なら、世の中にいくらでもあるわけだし。だって、パソコンとプリンターがあったら、自宅でプリントアウトだって、出来てしまうんやもんね。

「多分やけども、この本の持ち主は、美里さんの母親とちゃうかな。この本、初版は戦前やけど、ハードカバーやろ。日本にハードカバーの本が登場したんが、1950年、『赤毛のアン』が最初なんやて。そこから、どれくらいのスピードでハードカバーの本が普及していったかは分からんけども、『誰がために鐘は鳴る』は、少なくとも初版から何度目かの重版までは、ハードカバーではなかったやろし。もし海士部史郎の養子になった弁護士がこの本の持ち主やったとしたら、ハードカバーじゃない方を買っとると考える方が自然じゃないかと」
「なるほど。。。本の見た目も、えらい古い感じやし。美里が買った本ではないはず、としたら、美里のおカンか、そのまたおカンか、あるいはおトンか、う~~ん」
「そんでな、ネット検索ってキーワード入れて調べるんやけど、特定のキーワード入れると、他の奴らが調べたキーワード郡も横に表示されるんや。その中に、『誰がために鐘は鳴る』の『意味』っていう検索ワードがあってな。誰がために鐘は鳴るっていうタイトルは、ジョン・ダンの「瞑想録」17番目の詩から抜粋されたんやけども。ジョン・ダンはカトリックで、鐘の音というのは教会で死者を弔う時に鳴らす音なんやて。そして、小説の舞台はスペイン内戦、戦場で鳴る鐘の音というのは、死んでいった戦士達の為に鳴っているわけやけど、『誰の為に鳴るのか』という問いかけに対して、死んでいった者達だけでなく、自分の為にも鳴っている、ジョン・ダンは人の命というのは全て一つの分けられない存在の一部であって、他者の命が失われる時には、自分の一部が失われたのに等しい、鐘の音は、自分の為に鳴っているのだ、というのが主旨みたいや。これはいわゆる他人の解釈やから、自分で一回その小説読んでみるんが一番やと思うけど。写真が本の間に挟まれてた意味やけど、俺が思うに、失われた命が意味する所は海士部史郎の事で、海士部史郎の命が失われたことで私達は私達自身の一部を失ったのだ、その悲しみを、自らの一部が失われたように覚えていろ、っていうことちゃうかな」
「『海士部史郎の死を、覚えていなさい』と」
「そや。海士部史郎の為に鳴った鐘の音は、自分の為に、貴方の為に鳴ったんやと。それを忘れるな、っていう、美里さんの母親からのメッセージか、あるいは美里さんが、自分の祖父である海士部史郎の死を心に刻み込んでおく為に、その本に写真を挟んでいたんかもしれんな。海士部史郎の死を、無駄にするなと。必ずや、私達の使命を果たせと。心に鐘の音を打ち鳴らし続けるように、海士部史郎の無念を、忘れてくれるな、っていう感じやろか」
「やけどな、その解釈っていうのは、海士部のおっさんが、俺の先祖やった場合やろ?単に、美里の母親が、同じ苗字の海士部史郎のファンやった、っていうだけの線もあるんちゃう?ものすごい海士部史郎の大ファンで、おっさんが死んだ時に、熱烈なファン魂で、『私は海士部氏の無念を、決して忘れない』的な感じで。美里の母親、俺のばあちゃんが、おっさんのちょい痛々しいファンやったってだけ、とか」
「無いとは言い切れんけども。この小説以外に、何があった?他にも小説あったか?」
「いや、同じ段ボールに入ってた小説は、この一冊だけやったんや。それで気になって、箱から持ち出したんやけど。他は何や、難しいタイトルの本ばっかりで。哲学書やと思うけど、啓蒙思想?マルクス主義。。。とかやったかな」
「もし、他の教養書籍に混じって小説はこの一冊だけやったとしたら、そこには強い意志と意味があるとは思うで。ただのファンやった、っては済まんような。もちろん、無いとも言い切れんけど」
「一冊の小説に、一枚写真が挟まってたってだけやで?まだ、俺の先祖が海士部史郎やって決めつけるには、材料が全然足りてないやん」
「ほやけども、間違いなく近づいてはいるで、それがホンマの話やってことを否定し切ることが出来んくらいには」
「断定は出来んけども、否定も出来ん。。。」
「なんや、テル、嬉しくないの?」

俺は無言で写真を元あったページに戻し、本を閉じると「嬉しい?喜ぶところ、なんかな。めっちゃ、複雑。。。」と表情を硬くしながら言った。
「単純に考えてみろって。ひょっとしたらお前、何十億、いや、何百億の資産を、相続するかもしれへんのやぞ?祖先は平の国民やのうて、日本の立派な公人や。おっきな声出して、喜ぶとこやろ、普通」
「『やったでぇーー!!』って?俺、昨日既に、ベッドですすり泣いたんやけど。ホンマかどうか分からん話のことで、一喜一憂するんが、もう嫌やって気持ちを既に昨日味わってしまってん。それは、俺のホンマの父親が、生きてるかもしれないって期待したせいなんやけども」
「そやって、だからお前の実の父親は、海士部の性をお前が引き継いで生きる為に美里さんと離婚しただけで、ホンマは生きとるんちゃうかって!嬉しくないんか?」
「嬉しくないんじゃなくて。嘘やったってなった時の、衝撃が凄いんやって。家に父親が普通に生きて、日常に当たり前におる生活してるお前には、分からんかもしれへんけど」
「もう少し硬い証拠が出て来んと、喜ぶにも喜べない、っていう訳か」
「まぁ、そういう事や。あと、三代にも渡る願いで、政治家ならんなんとか、重すぎるやん」
「重みがあるからこそ、成就した時には歓喜の感情は天井知らずなわけで」
「あぁ、何でこんなややこしい話になってんのかな。俺、どうしたらいい?」
「もっと調べようや。いずれにせよ、このままにしてはおけんやろ、テルの気持ち的にも」
「うん。下巻も部屋のどっかにあるやろうから、調べてみるわ。なぁ、正直に言っていい?今俺の中で、期待と失望の高波がどっぶんどっぶん右から左から押し寄せてきてて、俺は船酔い必須みたいな感じ」
「そやろうな。知りたいよな、調べたいやろ今直ぐ」
「出来るなら早く明らかにしたい。やないと、この船酔い、ずっと続くのかっていう感じ」
「インターネットで検索しまくりたいかもしれへんけどな。図書館のパソコン使う時には、十分気をつけろよ。海士部史郎に直接関係するキーワードでは、絶対に検索したらあかん」
「誰も、検索履歴なんて調べんやろ?大丈夫ちゃうかなぁ」
「お前はまだ、事の重大さに多分、全然実感が湧いてない。俺はネット上で検索しまくってきたから、分かるんや。一体どれだけの人間が、このネタに興味もっとるかって。他人の好奇心を、甘く見るなよ。これからお前、自分でうっかり喋らんように、十分気をつけろよ」
「わ、分かった」
「気になるキーワードあったら、俺が携帯で調べたるで」
「うん。ありがとう」

そこまで話すと俺と頼重は公園を出て、帰り道を並んで歩いた。
「なぁ、お前がさっき口に出した、『一切皆苦、一切皆空』って、どういう意味?」
「さぁな。俺も携帯の検索で、トップの方にたまたま出てきてたやつ、なんかカッコええなぁと思って覚えてただけやで。多分やけど、『長い人生、苦しい事ばっかりに思えるけども、そんな時は空を見上げれば一切合切どうでも良くなるよ』っていう意味ちゃうか?」
「なるほどね~~。要するに苦しんでる最中って、苦しい事の一点だけを一生懸命見て、その時はそれが全部って思ってしまっても、空を見上げてごらん、ああ、おっきいなぁって気持ちがスッとなる、そういう感じかな」
「多分、そやな」
「そう思って見上げたら、なんやあの雲も、何とか如来みたいに見えるわぁ~~」
「そうか?俺には、コロッケパンか焼きそばパンにしか見えんけど」
「あぁ、お腹空いてきた」
「おっ、マクド行くか!」
「いや、マクド通り過ぎてきてしもたし。お前と今日話す事は殆ど済んでしもたし」
「連れんやっちゃなぁ」


「テルちゃん、今日口数、少なくない?」
美里がテレビを見ていた俺に尋ねたので、「ん?そうやった?」と答えながらも美里に視線を合わさないようにテレビに集中しているフリをした。
美里がむいてきてくれたリンゴをシャリシャリと無言で食べながら、尋ねたい言葉を一緒に飲み込む。母さん、俺に何か隠してる事あるやろ?母さんて、ホンマは大金持ちなん?母さん、嘘が一番嫌いやって言ってたやろ、やったら全部正直に、話してや。
シャリシャリという音はそれらの言葉を含んで鳴っているけれど、結局全部をゴクンと飲み込んでしまう。今じゃない。今母さんに尋ねても、きっとはぐらかされてしまう。
「めっちゃ、少ないよ。具合でも悪いん?」
「悪ない、悪ない。高校始まったとことこやから、色んな事で悩んでるだけ」
「これが大人になってきた、っていうことなんやろねぇ」
「そうそう」
「お母さん、寂しいわぁ。ここからもっともっと、寂しくなっていくんやろか」
「俺かていつまでもはマザコンやないで。母さんも大人になってもらわんと」
「まぁ、ちょっと高校生になったくらいで」
「俺今日は、宿題あるで部屋戻るわ」
「うん」

俺は数学と国語と英語のプリントを済ませると、ベッドに寝転がり、スクールバッグの中からハードカバーの本を出して開くと、改めて本に挟まれていた古い写真を、じっくりと正面から見つめてみた。
この人達が、俺のひいおじいさんとひいおばあさん、やって?もしそうやとしたら、俺の背が中途半端に低いのは、ここに写ってる背の低い、女の人のせいや。だって隣の海士部史郎は、背がえらい高いもんな。後ろに写ってるのは、桜の木やな。花が咲いているから、春にこの写真、撮りはったんやな。
俺はその写真をまた本の元あったページに挟みなおして、最初のページに戻ると、ゆっくりと読んだ。その本がもしかすると、会った事のない俺のおばあさんか、あるいはおじいさんの所持していたものかもしれないと思いながら読むと、両手で持った本のページを一枚一枚めくるだけで、胸に熱がこもるような、その人に会って会話するのとはまた違う種類の、古い本を介して繋がる親密感が、指先から自分を満たしていくような、不思議な充実感があった。
俺は実の父親が居ないだけでなく、父方の両親にも、母方の両親にも、会った事がない。じゃあと言って、それがすごく寂しい事という実感もないまま年を重ねてきたけれど、こんな形で自分の実のおじいさんかおばあさんとの絆を少し感じるというのは、趣深いというか、なかなかに素敵な事のように思えた。

最初の数ページを読み終えた後で強い睡魔に襲われうつらうつらと眠くなり、だけど寝落ちしてしまうわけにはいかないと、重たくなる腕を何とか伸ばして、本をスクールバッグにしまった。美里が俺の部屋を覗いた時に寝落ちしていたら、ベッドの上に置きっぱなしの本を見つけて、それを納戸から持ち出した事がばれてしまう。いずれにせよこのままこの本を俺が持ち続けていると、俺がこそこそ何か調べていると美里にバレてしまうし、本は美里の大事なものに違いないので、やはり納戸の元あった段ボール箱の中に戻しておく方が良いだろうとその時思い直した。同じ本を図書館で借りて読もう、そう思いながら、俺はそのまま眠りに引きずり込まれてしまっていた。


『これよりー、全クラブのー、仮入部を開始します。新一年生はー、希望のクラブの活動場所へー、各自移動開始してください。繰り返します。。。』

「テルちゃん、結局何クラブ行くん?」
「ん?生徒会にした」
「生徒会、やっぱ行くんや」
「試しにな。他に希望無いで」
「俺は、卓球」
「ヨリは、野球やろ?」
「ああ、うん」
「ほな今日は、帰り別々になるんかなぁ」
「クラブの日はずっとそうなるやろなぁ」
「もし帰り時間合ったら、一緒に帰ろ」
「うん」
「ほなね」
「ほな」

俺達の高校では毎週木曜日の放課後にクラブ活動が行われる。今日はいよいよ新一年生の為の仮入部の日だった。仮入部開始の校内放送の後、俺達はクラスから出てそれぞれの希望のクラブへ、仮入部希望用紙を持って向かっていく。俺は米山先生から誘われたのもあって、試しに生徒会というのがどのような活動をしているのか、見てみることにしていた。今日はあくまでも仮入部なので、やっぱり無理かなとなったらまだ変更が出来る。新一年生達は廊下を楽しそうに談笑しながら、呼び込みに誘われるまま各々の部室の中を覗き込んだりしていた。
賑やかな声のする廊下を進み続けている中で、生徒会室へと近づくほどに、段々と賑わいが消えひっそりとしてくる。人っ子一人居ない廊下、談笑の声が全く聞こえない部屋の前で俺は一度立ち止まり、中を伺うようにそーーっと、ドアをスライドさせた。

教室の後ろの、ロッカーの前に椅子が並び、そこに何人かの新一年生が既に座っているのが分かり、俺は緊張しながら並びの空いた席に座った。

「海士部君、よかった。仮入、来てくれて」
「先生あの、これって、面接ですか。。。?」
「あははっ、面接じゃないよ。みんなも、そんなに緊張しないで。雑談もしてて良いからね」

米山先生が僕が入って来たのを見て声をかけてくれたので、少し空気が和らいだ。けれども、緊張しないわけにもいかなかった。結局、後ろの席に横並びに座っている9人の生徒達は、雑談を交わそうとしない。
新一年生以外の生徒会の先輩達は、窓際、廊下側、教卓側とコの字にテーブルと椅子を並べて座っていて、新一年生の俺達はどう見たって先輩達から品定めの面接を受けている様子だった。先輩達が一言も雑談を交わしていないのに、一年の俺達が交わせるわけがない。そして、一番の緊張感の原因をもたらしているのが、明らかに、教卓側に並んだテーブル席のまん真ん中に座っている、生徒会長の存在だった。

一週間前にあった新入生歓迎会、新一年生を体育館に集めたクラブ紹介の一番最初に、生徒会執行部からの挨拶があったけれども、その時の生徒会長は今よりももう少し優しそうな感じに見えたのに。生徒会長は両腕をテーブルに付いて、重ねた両手で口元を隠した状態でじっと新一年生達を凝視していた。視線が鋭く、弾みでクシャミをしただけでも叱られそうな雰囲気満々だった。
このままあと10分放置されたら、新一年生の誰かが泣き出すんじゃないかという重苦しい空気の中で、生徒会長がおもむろに咳払いをした。そして椅子の音を鳴らして立ち上がり、「起立」と言った。
すると両サイドに座っていた先輩達が一同に大きな音を立てて立ち上がる。俺達新一年生はやや先輩達に遅れながら、立ち上がり、不安な気持ちで先輩達の挙動を見つめていた。

「これより、令和1年度生徒会活動を開始する。一同、着席」
生徒会長がそう一声放つと、先輩達がまた椅子の音を立てながら一斉に座ったので、俺達新一年生もそれに習った。声色は先ほどまでの鋭い物腰を考えると少し柔らかかった。生徒会長は立ち上がったままで、俺達新一年生達を左端から順に見つめた後、自己紹介をした。
「私は三学年生徒会長の篠宮、優(ササミヤ スグル)だ。まず断っておくが、生徒会執行部は、一組織であって、クラブではない。部員同士、仲良しこよしの関係がお望みなら、今すぐ入部変更しなさい。今日は一日、どの部を移動しても構わない。移動を希望する者は他の部へ直行しなさい」
生徒会長の篠宮先輩がそう言ったが、他の新一年生は立ち上がろうとはしなかった。俺も座ったままでいたけれど、内心既にびびっていた。
篠宮先輩は続けた。
「生徒会執行部に入部する以上、我々は他生徒と同列ではない。人の上に立つ気の無い者、他の生徒達と仲良しこよしの関係を保ちたい者も、直ちに生徒会室を出るように」
新一年生達は、それでも誰も立ち上がらないままでいた。生徒会長はさらに続けた。
「生徒会執行部は、他の部の生徒から煙たがられ、陰口を言われ、最悪の場合暴力をも受ける危険を伴う。耐えられる自信の無い者、精神面の耐性が弱い者、どうぞ遠慮なく、他の部へ」
生徒会長はそこで一旦言葉を切り、無言で生徒達をまた左端から、鋭い視線を投げていった。二人の女生徒が、手を上げて静かに出ていく。

二人がドアを閉めると、しばらく沈黙が教室を満たした。生徒会長は「ふーっ」とため息を吐き出し、「先ほどの二人はお友達同士で来たんだろうな。ある意味、懸命だ。早急に判断し動けるスキルは素晴らしい」と独り言のように言った。

「他に、移動したいヤツは居ないか」
生徒会長がそう言いかけた時に、ガラガラとドアが開いて、何故か頼重が姿を現した。頼重は生徒達から強烈な注目を浴びて、一瞬固まった後に、俺を見つけて少し表情を和らげると何度か頭を下げながらいそいそと俺の隣の席に座った。

「おい、お前。どうして今来た」
「興味があったので、やっぱり生徒会に」
「中途半端な心構えの人間は生徒会執行部には要らない」
「あ、スグル君。彼、僕のクラスの生徒なんだ」
「先生が、スカウトしたんですか」
「そんなところだよ」
「お前、どこのクラブから移動してきた」
「野球部です」
「野球部か。まぁ、いいだろう」

篠宮先輩が言葉を切った時に、俺はついヨリに「なんでこっちに来たんだよ」とヒソヒソ声で尋ねてしまった。先輩はすかさず、俺に向かって声を張り上げた。
「お前達、友達同士なのか。友達同士でつるまれるのは困る、どちらかやはり他の部へ行け」
「あ、あのねスグル君、海士部君も亀原君も、僕のクラスの生徒で、僕が生徒会はどうかって声をかけたんだ」
「海士部。。。?」
生徒会長は涼し気な眼差しをより鋭く細め、俺をしばらくじっと見つめた。そして先生に向き直し、「先生、知人同士では生徒会内で必然的に閉鎖的になるから避けた方が良いのは分かっているはずじゃないですか」と尋ねた。米山先生は、なだめるように笑みを浮かべながら、「だけど、初日早々部員を減らし過ぎるとね、一年の生徒が誰も残らないというのも大問題だろうし」と答える。
「そのような軟弱な者しか入学しなかった年度もあったのだなと、憂うだけです」
「だけです、ではなくてね。現実問題として、引き継いでいく人員は必要なんだから」
「分かりました」
生徒会長は何事もなかったかのようにそう言うと、一呼吸置いて続けた。

「生徒会執行部入部を決めた新一年生諸君、まずは感謝と敬意の意を表したい。ありがとう、そしてよくぞ生徒会入部を希望してくれた」
生徒会長がそう一声、よく徹る声で話しだし、微笑みながら軽く拍手をすると両サイドの2年生3年生の生徒会員達も続けて拍手をした。俺はこういう時拍手を一緒にするものかとチラチラと横目に仲間たちを見たのだが、皆動かないでいたので一緒にじっとしていた。下手に反応したら、追い出されるかもしれない。何が正解で何が間違いか、そのように気持ちをピンと張ったまま椅子に座っていた。

「生徒会執行部入部を志したからには、君達は他生徒より高いリーダーシップを発揮すべく集まってくれたことと思う。まず、自己紹介をしていこう。重複するが、私が現生徒会長、第三学年、篠宮優だ。志の高い部員を歓迎する。新一年生は左の生徒から、順に立ち上がり、名前、クラス、生徒会執行部入会の動機、部で成し得たいこと、抱負など、あくまで簡潔にまとめて発表してください。では、一番左の君から」

「はっ、はい!」
「緊張することはない。これは面接ではないのだから。私は適正よりも自発性を重んじる。君が生徒会執行部に入部した暁に、実行したい具体的な内容、特に力を入れたいこと、何でも構わない。ただし、グダグダと長くは話すな、あくまでも簡潔に」
「分かりました。僕は1年Aクラス、徳光隆(トクミツタカシ)です。僕は、全校生徒を統制する生徒会という部で、リーダーシップの力を身につけたいと思い、入部希望しました!よろしくお願いいたします!」
一番端の徳光君がそう言って頭を下げると、生徒会長は軽く頷いて促した。
「はい。次の君」

「はい。1年F組、高杉萌咲(タカスギモエ)です。正直に申しますと、慶應義塾大進学を希望しており、内申点稼ぎの為に入部しました。動機は不純ですが、小中学時代からボランティア活動なども積極的に参加しています。よろしくお願いいたします」
「内申点稼ぎとは全くの正直者だな、ハッキリした目標設定、行動力に長けていて素晴らしい。次」

「はい、僕は。。。」

(おい。。。こんなの面接そのものやんか!!)
左隣の端から順に自己紹介を一人、また一人と終えていくごとに、俺の焦りはどんどん増してきていた。皆が皆、生徒会入部に積極性があって、俺のように何の目標も無く、先生に声をかけられたからなんて理由で列に並んでいる一年の生徒は、ただの一人も居ないような口ぶりだった。
頼重が何故生徒会にやって来たのかは分からないが、こいつだけは俺と同じに違いなかった。しかしながら俺の方が先に自己紹介をするので、俺が下手をこけば頼重が同じように滑っても、大して残念がられないかもしれない。何としても、俺もそれらしい意思表明をしなくては。。。そして頼重に恥を回すのだ。
俺は生徒達の自己紹介を横耳に聴きながら、もっともらしいセリフをひねり出そうと頭をフル回転させていた。
生徒会の仕事に単純に興味がありました、でいいかな。それとも、生徒達を統率する手腕を磨きたい、がいいかな。
様々のもっともらしい動機を用意し続けている最中に、ふいに美里が「母さん、嘘が一番嫌いや」と言った言葉が脳裏を過る。
母さん、要らんところで出てきてくれるな、嘘も方便、かき捨てには出来ん恥もあるんや、ここで滑ったら、生徒会長に柔らかな口調でもって、「どうぞ、他のクラブへ移動してください」とでも言われかねんやろが!

焦れば焦るほど、考えれば考えるほど、思考回路がもつれにもつれて、こんがらがってくる。
生徒会長が「では、次の、『海士部』」と俺の名前を名指しで読んだ時に、俺はもう頭の中が、まるきり真っ白になってしまった。

「は、はい、俺、じゃなかった僕!私。。。」
自己紹介を終えた一年の生徒達が、緊張の峠を下りてリラックスしたからか、俺がテンパって呼称ごときで言い詰まっているのを聞いて、控えめにクスクスと笑い声を殺している。
「一年Cクラス、海士部輝航(あまべてる)です。俺は。。。俺がここを選んだのは。。。」
生徒会長も、生徒達も黙っている。微かに起こった笑い声すら消滅した重々しい室内の中で、俺は諦めて一つ呼吸した後に、自白した。
「僕も、正直に言います。Cクラスの担任である、米山先生から誘われて、今日生徒会室へ来ました。僕は恐らくここに並んだ新一年生の誰よりも、生徒会のお仕事について、無知です。ゼロからどうぞ、教えてください、先輩方。だけど誰よりも一生懸命取り組み、仕事を覚え、必ずや、生徒会執行部のお役に立ちます。そして、全校生徒がより充実した高校生活を送る為の、力になりたいです。よろしくお願いいたします」
僕が窓際、廊下側、そして正面と、深く頭を下げてから着席し、顔を前に向けた時、生徒会長は目を少し細めて、「よく分かった、次」と言った後で少し微笑んだように見えた。

ああ良かった、何とかなったらしいとホッとしていると、右隣の頼重がすっくと立って、後ろに両腕を組んで胸を張ったかと思うと、突然そこにいた全員が耳を塞ぐほどの大きな声で、自己宣言とも言えるような紹介を始めた。
「一年C組!亀原頼重(カメハラヨリシゲ)!よろしくお願いします!!」
そして、大きな声で名前を叫んだかと思うと、直角に頭を下げ、顔を上げた。俺は思わず吹き出しそうになりながら、頼重が満足気に微笑んだ後で座る姿を横目に見た。

「若干一名、ここを野球部だと勘違いしている一年がいるようだが、まあいいだろう」
生徒会長がそう言うと、ようやく空気が柔らかくなり、リラックスした笑い声が方々からこぼれ始めた。
「続いて、第二学年、第三学年も軽く自己紹介をしていこう。窓側に座っているのが第二学年、廊下側が第三学年だ。私の隣にいるのは窓側が副生徒会長、廊下側が書記だ。自己紹介はクラスと名前だけにしよう。何か助言があれば、一言二言添えてもいい。新一年生は、全員は無理だろうが、名前と顔を一致させるように。それでは、第二学年、新一年生側から」


自己紹介と生徒会長の自己紹介を兼ねた話が終わった時に、部活終了のチャイムが鳴って、俺達はぞろぞろと生徒会から出た。二年三年の生徒会委員の先輩達は教室に残り、廊下には生徒会に仮入部した一年の生徒達が廊下を下駄箱に向かって歩いている。

「おい頼重、お前なんで生徒会来た、いきなり来るで、意味分からんわ、野球部はどうした?」
「あーーー、野球部、あかんあかん。うちの高校、甲子園マジで狙っとるやん、スポーツ特待で入学した奴とか、ゴロゴロおってな。もう、目がマジ、声がマジ。体の作りが違う、背も俺より高いヤツばっかやし、出来上がっとる。俺、ここにおっても万年ベンチか、甲子園行けても待機組で、ベンチにすら行けない、吹奏楽部でもないのに応援席部員確定やって、確信したんよ。生徒会の方がよっぽどオモロイやろなと思って、ぱっと立って野球部の仮入抜けて、生徒会室に」

「亀原君」
「ああ、お前ら、なんやそう言えば入れ違いになったな」
「あっ、お前ら二人、途中でいそいそ出ていった女子!」
「なんで途中で出たん?」
「だって、うちら会長の追っかけ目的で仮入行ったんやもん」
「そやったらあのタイミングで、途中で抜けて良かったな!色ボケ目的ってバレたら首根っこつまんで廊下にポイされるとこやったで。俺も、ギリギリ何とか切り抜けたけど。ていうか会長って、そない人気なん?」
「人気も何も、ファンクラブもあるんよ。篠宮先輩って、恋愛アプリゲームのクール系美男子キャラにドハマりやん。生徒会入ったら、推し活を部活に出来るやん!って二人で生徒会入ろうとしたのに」
「止めといてよかったなぁ、自己紹介で恥さらさんで済んで」
「こいつは、晒しとったで。オモロかった。あの重苦しい空気の中で、会長が乗ってくれたおかげで笑いとっとったけどな」
「場が和んで良かったやろ。やっぱ俺、大物やん」
「なぁ、亀原君。。。生徒会の活動日に、篠宮先輩の隠し撮り、してくれへん?」
「そんなん、あかんて。バレたら殺されるん、俺やんけ」
「パンツ一丁で校庭に縛り付けにされて、公開処刑とかな」
「あり得る」
「どうしても、あかんの?」
「諦めや。遠くからバレんように、自分らで撮影したらええやん」
「そんなん、皆やってるよ、体育祭とか文化祭とかの写真、ファンクラブの先輩から貰ったもん」
「皆で画像交換し合って、皆で愛でる。そしたら皆でハッピー!」
「でも、恋人距離の写真が欲しくて」
「おまえらなぁ。勝手に他人の写真撮影して楽しんで、肖像権の問題で訴えられるぞ」
「もういい。他の人に頼むから!」
そう言うと他クラスの女子二人は、駆け足で廊下を遠ざかっていった。

「生徒会長って、女にモテるんやな。顔は確かに美形やけど」
「なんか知らんけど、アイドル並みにモテとるらしいぞ。ファンクラブもホンマにあるらしい」
「男から見たら、『え~~、モテるの?』って感じやのにな。顔美人過ぎるやん、女が嫉妬するんやったら分かるけど。ほっそいし、喋らんかったら、歌舞伎の女形みたいというか」
「細身に見えるけど、腹バキバキらしいで。剣道、弓道、それに茶道、華道。。。たまにクラブから、先生代わりにお呼びがかかるらしい」
「だてに怖いだけじゃない、っていうことか」
「ああいう男が、『ザ・女が好きな男』なんやて」
「俺の中のザ、って言ったら、『あしたのジョー』か「北斗の拳』のケンシロウなんやけどな」
「なんで昭和やねん」
「俺、昭和のアニメの方が、好きなんや。なぁヨリ、今日は、マクドで茶しよか」
「おっ!やっと来た、行こか!」
「お前ナゲットで俺ポテトな」
「ええで。ソースはバーベキューとチーズやろ?」
「それそれぇ、分かってるぅ!」


「遥来(ハルキ)さん、今年えらい使えそうなんが揃いましたね」
「学校でその呼び方はダメだよ、米山先生と。油断したら出てしまう」
「そうでしたね、米山先生。先生がスカウトしたあの二人、一人は海士部。珍しい苗字や。元々この地域の人やないでしょう?」
「どうだろうな、今度聞いてみるよ。あの子は君にはどう映った?」
「海士部だけやった。。。自分の為やなく、生徒の為に。あれが本心やったら、良いリーダーになる。俺の見てきた経験則からやけど。。。ホンマに上に立って、成功する社長クラスの人は、キレイ事を地で行く。もちろん、キレイだけでは、足りん。いずれ足りんと気付かされる。あとあの、野球部から来た亀原。説得力がある声や、人動かすにはハッタリも必要やし」
「海士部君は無自覚だけど、人を動かす力がある。そしてその一番の動機が、彼の母親を助けること。海士部君は、母一人子一人の、片親なんだ」
「へぇ、片親。。。『誰かの為』の対象が、具体的で本気なんやね、それが母親となると。『皆の為に』って、結局は嘘になってしまうから。皆なんて人物、誰でもない、何処にもいない。皆って言って、誰も顔が浮かばんかったら、そこに向けて並べ立てたどんな誓いも虚言や」
「人間にとって、母親というのは神に等しい存在だから」
「そうですねぇ。純粋な原動力なんでしょうねぇ」

中庭を突っ切り下駄箱までの近道の途中、生徒会室を見上げると、二人の人影があり、二人は笑顔で話しをしている様子だった。生徒会長と、米山先生?俺は彼らの姿を一瞥した後、頼重と話しながら歩いた。あの沢山の生徒会委員を従えていた生徒会長が、米山先生には従順であったのが少し気になってはいたけれど。二人は特別な関係なのだろうか。まさか、今流行りの、清水が大好きなBLというやつ?
俺は頼重には言わなかったけれど、何となく二人の関係性が気になりながら学校を後にした。

「スグル君だから、打ち明けるけど。。。海士部君のお母さん、美人なんだ」
「公私混同、いけませんよ。遥来さんは、教師の身なんやから」
「だけど、保護者相手なら、大人同士、子を介した、純粋な、一つの出会いでもあるからね」
「遥来さん。。。本気やないですか」
「だから学校では、米山先生と呼んでください、スグル坊ちゃん」


仮入部の次の週から、本入部が始まった。俺と頼重は木曜日の授業終了後、生徒会室へと向かった。

生徒会室へ向かうとテーブルが正方形に並べられていて、仮入部の時と同様に、新一年生は教室後ろ側の席があてがわれていた。
座席はクラス順にAから並んで座っているようだった。Cクラスの俺と頼重は後ろ側の列の真ん中辺りの空いた席に座った。机の上には、左上をホチキスでとめた紙と、学校カラーの青紫色の腕章が一枚ずつ並んでいる。

俺は「生徒会執行部」と白文字で書かれた青紫色の腕章を持ち上げると、途端に自分が生徒会執行部に入部したのだという実感が湧いてきて気持ちを昂らせた。
「おお、コレが俺達の、生徒代表の証というやつやな?!」
「おい、あんまり浮かれへん方が良いぞ」
頼重が浮かれ声で腕章を持ち上げている俺の袖を引っ張って、せき払いをした。他の生徒会委員の生徒達は、既に椅子に座り、テーブルの上に置かれたA4用紙の束に黙々と目を通している。
ゴホン!とわざとらしく咳払いをして、頼重は俺に神妙な表情をむけながら、小声で俺に呟いた。
「両手の指先で腕章つまんだお前の顔。。。何ちゅうだらしない表情しとんねん、好きな女子のパンティーじゃあるまいし」
「お、お前こそなんでそういう破廉恥ワード出すかな?!」
Dクラスと思われる、頼重の隣の男子生徒が「んんっ?!」と喉を鳴らして権勢した。どうやら聞こえていたようで、笑い声を漏らすのを必死でこらえている。
俺と頼重は顔を見合わせて口をつぐむと、他の生徒達と同じように席に座り、左腕に腕章を装着した。

生徒会に入部した新一年生は、仮入部の時から増えても減ってもいないようだった。テーブルに置かれた紙には、生徒会執行部の一年の活動内容が記載されている。
2年と3年の生徒会委員の先輩達が準備室からぞろぞろと出てきて、一同に空いた座席を埋めた。副会長と書記が後からやってきて教卓の前の席に付き、最後に生徒会長がやってきて中央の席の前に立った。

「起立、礼。これより、生徒会執行部、第一回会議を開始する。着席」
椅子の音をガタガタと鳴らしながら、生徒会メンバー達が立ち上がり、礼をし、席に着くと、音が静まった後で生徒会長がメンバー全体を見まわした。
「本日、生徒会執行部の通年活動について概要を説明する。予め机に配布してあるレジュメに沿って説明していくが、ここからは議長の山崎悟(ヤマザキトオル)が進行する。書記は市川沙耶(イチカワサヤ)」
会長の篠宮先輩が左の席に座っている女の先輩に手を掲げると市川先輩が立ち上がり、お辞儀をして座った。市川先輩の前にはノートパソコンが置かれている。市川先輩は席に着いた後もひたすらパソコンを触っている。
篠宮先輩が続けた。
「質疑応答は全体的な説明の後に受け付ける。通年の活動内容に照らし合わせ、各活動のメーンとなる執行部役員らが各々説明を担当する。腕章だが、会議の際、また生徒会執行部の校内活動時には、既に着用してくれているようだが、今のように左腕に付けるように。初回配布は予算から出ているが、無くすなよ。再配布は自腹だからな」
篠宮生徒会長はそう言うと、揃って左腕に青紫色の腕章が付いている生徒会メンバー達を見まわして少し微笑み、頷いた。つられて俺もロの字に席を並べ、揃って青紫色の腕章を付けている様を見渡してみる。統制のとれた軍隊のようでビシッと決まっていて、カッコいい。腕に皆が同じ腕章を付けているというだけなのに、強い一体感と、充実感がみなぎってくる。俺もカッコよく揃った内の一人なのだ、俺は目の前のレジュメを意気込みながら見つめた。
「まず、生徒会執行部の会議進行は議長である山崎が務める」
篠宮生徒会長がそう言って左手をかざすと、前列の一番端、廊下側に座っていた男の先輩が立ち上がり一礼した。
「議長を務めます山崎悟です。レジュメ1ページ目をご覧ください。1、生徒会執行部の役割について。生徒会執行部とは、生徒会会員である全生徒の代表であり、学校長あるいは教員との間に立ち、生徒達のより良い学内活動の為、校則、校舎施設の改良や、部活動、学際時の予算の配分、管理等を行います。通年の学校行事である夏の体育祭、秋の文化祭には、放送部と連携して学際進行を取り仕切ります。各クラブと学際時の各クラスに割り当てられる予算の取締りは会計長の菅原健太(スガワラケンタ)が担当します」
山崎先輩が廊下側で教卓側の席に座っている、男の先輩に左手をかざすと、山崎先輩の前に座っていた男の先輩が立ち上がった。山崎先輩は一旦座った。
「会計長の菅原健太です。レジュメ2、3ページをご覧ください。会計は予算報告書の作成を取締ります。去年の学際時各クラス予算配分表と、今年の各クラブ予算配分表です。予算は、去年までの実績を元に組まれるのですが、まれに各クラブ、各クラスから不満が出てくる場合があるので、その時は執行部1学年の、庶務の方々にも説得をお願いする場合がありますのでよろしくお願いいたします。会計は他に、2年の新木洋二(アラキヨウジ)と前田明音(マエダアカネ)です」
菅原先輩がそう言うと、窓際に座っている教卓側の二人が立ち上がり新一年生に向かって会釈した。二人が座ると同時に、山崎先輩が再び立ち上がり会議を進行した。
「生徒会の活動内容の報告書、学際時の放送部との連携は、広報長の高田鴎(タカダカモメ)が取り締まります」
「広報長の高田鴎です。学校掲示板の管理、生徒会活動をまとめた配布物、校内設置の意見書内容の報告書など、生徒会の広報物担当です。広報担当は3年の牧之原久子(マキノハラヒサコ)と、2年の中田敦人(ナカタアツト)です」
広報の高田先輩が手でかざした二人が、名のった後で会釈して座った。
「その他の部員は、新一年生もですが平時は庶務、学際時は各クラスとの連携に当たります。庶務長は3年の、渡辺穂香(ワタナベホノカ)」
議長が窓際の後ろ側から2番目に座っている生徒に手で指し示すと、女の先輩が立ち上がって会釈した。
「庶務長の渡辺穂香です。庶務は主に、雑用と言ったら漠然としていますが、コピーをとったり、腕章をして校内の環境整備に務めたり、体育祭文化祭の垂れ幕を作ったり、仕事は多岐に渡ります。新一年生は全員、最初は庶務の仕事をやってもらいます。庶務は他トップ達から様々な指示を受け、生徒会執行部内の雑務を引き受けるので大変ですが、一緒に頑張りましょう」
俺達は最初は渡辺先輩の下で仕事をするのか。俺は渡辺先輩が座る時に座りながら先輩に向かって会釈した。議長が続けた。
「文化祭の後には、生徒会執行部会長を決定する総選挙も行われます。生徒会執行部のメンバーから、秋の総選挙で次期生徒会長が決定するわけですが、ここに居る生徒会執行委員の3年生以外の全員が、生徒会長に立候補することが出来ます。新一年生は、生徒会執行部のどの役職に就任したいか、考慮に入れながら今後の活動に取り組んでみてください。以上です」
議長の山崎先輩が篠宮生徒会長の方を見て頷くと、生徒会長も頷き立ち上がった。
「あと、俺の左右に居る吉岡大志(ヨシオカタイシ)と江原尚子(エバラナオコ)は生徒会副会長だ。副会長は、会長の仕事を客観的に見て問題があれば修正を加える、いわば会長補佐だ。政界で言うなら、右翼と左翼。生徒会を前進させる視点で助言、訂正を加える右翼が吉岡、問題点に重点を置いて指摘し再考する左翼が江原。これは意識的に二人に右と左の両サイドから助言するよう俺が指示している」
生徒会長がそう言って両手で示すと、二人は立ち上がって各々名のり、着席した。
生徒会長は続けた。
「ここまでで、何か質問があればどうぞ」
「はい」

新一年生組の一人が手を挙げたのでそちらを覗き見ると、確かFクラスの、モエとかいう名前の生徒だった。生徒会長が名前を読んだ。
「高杉だったな、何だ」
「生徒会長立候補は、生徒会執行部に入部していなくても出来ますよね?」
「無論出来ないわけではない。選挙で言う所の、無所属というやつだ。面白半分に立候補する奴が出てくる年度もある。しかしながら、生徒会で活動していない分、認知度は低い。大抵は票数を攪乱する咬ませ犬みたいな奴らだが」
「あと、再確認ですが、1年生でも立候補は出来ますよね?」
「するがいい。もちろん構わん」
「有難うございました。以上です」
「他に、質問は無いか。無ければ、各トップの元に集まり、来週からの活動説明に入る」
誰も手を挙げないのを確認し頷くと、生徒会長が少し大きめの声で言った。
「それでは、生徒会執行部、第一回会議を終了する。この後の解散は、各トップの指示に従うように。起立」
執行部全員が立ち上がり、背筋を正すと会長が続けた。
「礼。有難うございました」
「有難うございました」


「私が、庶務長の渡辺穂香です。まず、毎週部活の日の前に、職員室の入り口近くに置かれている、「生徒意見書ボックス」から、中に入っている意見書をローテーションで回収する順番を決めましょう。箱には鍵が付いているので、活動日に次の当番の人に鍵を渡す事、前の当番の人から受け取っておく事を忘れないようにしてください。意見書は、一枚も入ってない場合もあるけど、毎週確認するように。実物は、こんな感じ」
渡辺庶務長はそう言った後、数枚の意見書をテーブルの上に出した。「学食のメニューを増やしてほしい」、「学食がしょぼい」「自動販売機のタピオカ入りジュースがいつも売り切れている」「焼きそばパンは秒、メロンパンもいつも売り切れている」という食べ物に関する要望から、「だるーー」「やっぱり夏は冷麺だね☆」という意味のない落書きも見受けられた。
渡辺庶務長はため息をついた後で、「まぁ、大抵はこういう、特別重要な変化を要求するような内容じゃない意見ばかりなんやけど。。。」と言った後で、一枚の意見書をテーブルに出した。そこには「体育館の裏にタバコの吸い殻が落ちているのを見つけた」と書かれている。
「こういう、見逃せない意見も書かれている事がある。嘘かもしれないけれど、これは真偽を確かめなくてはならない。先生方にも報告しておかなくては。まぁ、前もあったんやけどね。多分、同じ輩」
渡辺先輩が話している最中にも、書記の市川先輩から「これコピーお願い」と要望が入る。庶務の2年の先輩が立ち上がって「何部ですか?」と尋ねるとUSBメモリを渡しながら「3部」と答えている。渡辺先輩が新一年生の方に顔を向け直して、「こんな感じで、庶務は雑用なんよ。他の役割よりよっぽど細々しい仕事が多くて、忙しいです。私達庶務は、生徒会執行部の便利屋っちゅうわけ。皆で分担して、仕事をこなしましょう。最初のうちは、庶務の2年3年の私達が教えるから、新一年生は付いてきて仕事を覚えてください」
「分かりましたーーー」
新一年生がそれぞれに答えている中で、俺は一緒になって皆と合わせながらも、生徒会長からの鋭い視線が自分に向いているような気がして、ドキドキしていた。仮入時から目は付けられていたのは確かやけれども、俺、何かまずい事あるんやろか。俺は生徒会長の視線を受けながら、まさに蛇ににらまれたカエルというやつで、落ち着かない気持ちだった。

篠宮先輩は副生徒会長に挟まれたまま、腕を組み、右手の指の背を顎に当てて、じっと海士部の方を見つめている。
「遥来さん。。。本気やないですか」
「だから学校では、米山先生と呼んでください、スグル坊ちゃん。まぁ、海士部君のお母さんが美人だからっていうのは冗談で。
海士部君は、入学式早々、沢山の生徒達に同じ行動をとらせていた。海士部君は自然と、人を従わせる能力があるんだなと。それで声をかけたんです」
(海士部ね。。。海士部輝航。さて、如何程のものか)


「テルちゃん、今日おカンが寝坊して、弁当間に合わんかったんやけど、学食行っていい?」
「ええよ、頼重は?」
「俺はコンビニで買ってきたで」
「俺は弁当というか、おにぎりやで、持って行って学食で食べよか」

清水が食堂へ行こうというので、俺達は初めて学食で昼食をとる事にした。食堂は校舎とは別館の離れにある。平屋の建物で、外には自動販売機があり、中に入るとパン等の売店も一緒に入っていた。
高校入学以来初めて食堂で食べる事になりドキドキワクワクしていると、意外に生徒達はまばらで少ない。7列ほどある長テーブルも、半分も埋まっていない状態だった。俺達は空いた席に向かい合って座って、辺りを見回した。
「食堂って、案外人気ないんやな。皆、弁当派なんかな?」
「俺みたいにコンビニで買って教室で食べるってヤツらもおるんちゃう?」
「中のスペース広いのに、なんや勿体ないな」
「俺、ちょっと買ってくるわ」
「うん、席とっとくで、行ってき」
食堂の入り口には食券の自販があって、そこでチケットを買って注文する仕組みのようだ。メニューを見ると、カレー、から揚げ定食、親子丼、牛丼、ラーメン、うどん。メニュー数がかなり限られている、この数だと一回食べたら飽きてしまって、何度も利用する生徒は少ないだろう。俺はそう言えばと、生徒意見書に書かれていた「学食のメニューを増やしてほしい」という要望を思い出した。それは頼重も同じようだった。

「なぁ、この間見た意見書に、『学食のメニュー増やせ』ってあったよな」
「俺もそれ思い出してたわ。確かに、少ないなぁ」
「お待たせ~~、牛丼にしたわぁ」
「熱々やん、美味しそう」
「ほな、食べよか」
「いただきます」
「いただきま~~す」

巾着の口を大きく開いて、2つの大きなおにぎりと水筒をテーブルの上に出し、ラップを外してかぶりつこうとすると、清水が「しゃあないで、俺がそのおにぎりと牛丼交換したるわ」と言った。俺は「俺、それ食べたいとか言ってないやんな?」と返した。
「やけど、食べてみたいやろ?」
「食べてみたい」
「俺にもくれ」
「じゃあ一口ずつやで?」
俺と頼重と清水はお互いの昼食を交換した。清水は俺のおにぎりを、俺は頼重のサンドイッチを、頼重は食堂の牛丼を一口ずつ食べた。

俺は頼重の顔を見ながら「どうなん?美味しいん?」と尋ねた。頼重は表情をあまり変えずに、「まぁ、普通やで。牛丼やしな」と言った。
俺は頼重のサンドイッチを一口かじった後で、清水にそれを渡そうと右隣を見た。すると清水はおにぎりの半分に差し掛かろうとしている。
「おい!なに半分も食っとんねん!」
「とりあえず、それは俺に回して。おっ、から揚げ入っとるやん」
「だって!美里さんが握ったやつやぁ~~と思ったら!」
「お前、食堂に食べに来たんか俺のおにぎり食べにきたんか分からんやろそんなに食ったら」
俺は清水に文句を言いながら、回ってきた牛丼を一すくい食べた。熱々のご飯が食べれるって嬉しいし、味も美味しいやん。確かに、味は牛丼て、どこで食べても美味しいもんやから、飛びぬけて美味しい訳ではないけども。
「普通に、美味しいけどな。って、ヨリ!!」
俺は清水に牛丼を戻すと、全部食べて満足そうにしている頼重を見て唖然とした。清水は「サンドイッチ、美味しい~~これ全部食べていい?」と何事も無かったように頼重に聞いている。二人で俺のおにぎりを丸々一つ食べきった罪を無かった事にしようとしているのは明白だった。
「ええよ。もう2個パン買ったるし」
「お、おまえらなぁ。。。」
「ええやん、ええやん」
「良くないっちゅうねん」
「牛丼もう少し食べてもええよ」
「こうなったら、食べてやる」

「おっ、珍しい奴らがおるわ」
声がして振り向くと、武林がそう言いながら、Bクラスの友達を引き連れて食堂の入口から入ってくるところだった。
「タケやん。学食はよく来るん?」
「うん、毎日走ってな。俺はもう食べた、今日は弁当勝ち取れたわ」
「食堂で弁当売ってるってこと?」
「弁当と、パンやな。やけど4限終わったら速攻で走って来んと、全部売り切れてまうんや」
「弁当って美味しいん?」
「美味いで、安いし。おかずパンはホンマ、争奪戦みたいになっとる。朝練あったクラブの男どもが、4限終了のチャイム鳴ったら超走って買いに来とるんや」
「そうなんや。今こんなにガランとしてるのに」
「見てみ、今このフロアにおるん、大半1年やで」

俺はタケにそう言われて、長テーブルに座って学食で注文して食べている生徒をよく見てみた。確かに、スリッパの色が青い一年の生徒ばかりのようだ。赤茶色のスリッパの2年生もちらほらいるようである。
「3年の先輩らーは、もう飽きて殆ど学食で食わんらしい」
「そうなんやぁ」
「あっ、テル!美味そうなもん持っとるやんか!!」
タケはそう言うと、俺の巾着の中に入っている、ラップでくるまれた大きなおにぎりを取ろうとした。俺は巾着の上に覆いかぶさり、身を挺しておにぎりを死守した。
「頼む、これだけは止めてくれ。。。清水の牛丼にしてくれ。。。」
「牛丼は食べた事あるで」
「俺らぁが、テルちゃんのから揚げ入りおにぎり、一個食べてしもてん」
「別に、お前は帰ったらいつでも美里さんのご飯食べれるんやから、分けてくれたってええやん」
「そういう問題ちゃうやろ。絶対、渡さへん。友達待っとるぞ、はよ行け」
「ちっ、もう少し早く来れば」
タケはそう言い残して去っていった。清水に覗き込まれながら、おにぎりのラップを開けて一口かじる。
「こっちは、焼き肉のタレ味の肉炒めが入っとるわ」
「そっちも食べたかったなぁーー」
「今度!また今度にして!今日はもう絶対にやらん!」
頼重は俺達を見ながら3個目の菓子パンの封を切っている。そして、「パン喉渇くで、飲み物買ってくるわ」と席を立った。
「俺は、水もらってこよっと。テルちゃんは、いる?」
「俺水筒に茶あるで」
「ほな俺も行ってこよ」
俺は長テーブルに一人になった隙に、なるべく急いでおにぎりを食べようとした。急いだせいでむせた後で、水筒から茶を入れて飲む。やっとフゥと落ち着いて、その後で「学食問題って、実は重要案件なんとちゃうんやろか」と思った。


「学食の件は、以前も問題視されたんやけど。結局立ち消えになったんよ」
次の週の生徒会で、俺と頼重は学食を改良出来ないかと、庶務での活動の際に庶務長に申し出た。
今週の生徒会では、最初に前回同様全員で集まり挨拶をした後は、それぞれの役割ごとの活動となった。庶務の2年と3年の生徒と、俺達新一年生は庶務長の元に集まり、机を4つ田の字に突き合わせにしたものを庶務の皆で囲み、そこに1年Aクラスの徳光が回収してきた数枚の意見書を広げて、注意すべき意見が書き込まれていないかのチェックを行った。
集まった庶務係達の前に、6枚の意見書が広げられ、それらには「もっとおかずパンがあればいいのに」、「お弁当の種類より量を増やしてほしい」「学食のメニュー少ない」という学食問題と、「生き物を学校で飼育したい」「午後の授業は眠たい~~」という内容で、結局殆どが学食に不満があるという内容だった。

「だけど、学食に不満があるっていう内容の意見書って、毎週必ず出てるんやないんですか?」
「ええ、必ず学食に関する不満の意見がある」
「なんで、改良しないんですか?これだけ不満だっていう意見があるのに」
「学食ってね、難しいんよ。。。」

庶務長の渡辺先輩はそう答えた後で腕を組んで表情を曇らせた。
「端的に言うと、『学食は儲からない』ってこと。以前も、これだけ要望があるんやからって話が上がって、一度学生全員にアンケートを取った年があった。結果、学食を利用している生徒は、生徒全体の10%を切っていた。つまり90%以上の生徒が、お弁当を持参しているか、登校時にコンビニで買ったり前日にスーパーで買ったりして昼食を用意している事が分かったんよ。たった10%の生徒の為にメニューを増やしても、パンの種類を増やしても、売れ残ってしまう。売れ残るっていうのは、業者さんにしたらどうしても避けたいんや。何でかって、『学生相手の商売は割安にするしかない』から。通常の値段よりも安い値段で提供しないといけない上に、売れ残ったらどう?デメリットしかない事業を、善意で継続してくれるほどは、社会は優しくないんよ」
「なるほどね。。。」
「ほやけど、何で学食を利用しないかって、『メニューが少なくて飽きてしまうから』とか、『お弁当もパンも争奪戦で、売り切れてしまうから』、そのせいでお弁当やコンビニで買った方が良いってなってるんとちゃうんですか?」
「売れ残るくらいだったら、売り切れる、足りないくらいの方が、業者さんは有難いんよ。量を増やして売れ残って、マイナスが出たら、安い値段で販売してくれてる分、デメリットが大きくなってしまう」
「需要はあると、思うんやけどなぁ」
俺がそうこぼすと、渡辺庶務長が俺に険しい表情で尋ねた。

「じゃあ聞くけど、貴方達、学食頻繁に利用する?」
「俺は親が弁当持たせてくれるから」
「私も」
「俺はコンビニで、その日食べたいもの買う用の金もらってる」
「俺もそうやで」
「私もよ。実は、私3年だけど、一度も学食でご飯食べた事ないんよ」
「まじっすか?!」
「恐らく、生徒会執行部の人達は、ほぼお弁当派よ。後は、コンビニで買えるとなったら、わざわざ学校で買うメリットって何?安いってだけやろ?リスクとデメリットしかない学食のメニュー増やしたところで、得をするのは10%以下の生徒だけ。どう?学食を改良する意義ってあると思う?」
「難しいと、言わざるを得ない。。。」
「そやんなぁ。。。」

皆で意見書を立ったまま見下ろしたまま、黙り込んでしまった。しばらくの沈黙の後に、俺は口火を切った。
「情熱やと、思うんやけどなぁ、どうしても変えたい、っていう。男子生徒の食料事情は、女子にとってのそれより、切実なんです。渡辺先輩、そのアンケート取ったんて、いつですか?」
「2年前や。私が一年の時」
「2年前。。。そのアンケートの記録って、残ってますよね?」
「もちろんや。準備室のファイル探したら、あると思うよ。ちょっと待っとって」
渡辺先輩はそう言うとその場を離れ、教卓側の黒板の左隣のドアを開けて準備室へ入っていった。俺達はしばらくの沈黙の間、お互いの顔を見合わせたけれど、何を話すということもなかった。まだそこまで別のクラスの生徒同士、打ち解けているわけでもない。
渡辺先輩が戻ってくると、「あったで」と言いながら机上にファイルを広げた。
そこには『学食に関するアンケート調査』と題目が書かれ、データが集計されていた。用紙には細かい文字がびっしり並んでいる。はい、いいえのどちらかで答える方式だった。俺は最初の方の質問を読み上げた。
「『貴方は普段、学食を利用しますか?』、はいが8%、いいえが90%、やや利用するが2%か。。。『いいえと答えた方のみお答えください。貴方が学食を利用しない理由を次の4つから選んでください』1、利用する理由が無い(お弁当、あるいは校外で購入済みの為)94%、2、学食の値段が高いから1%、3、学食のメニューが少ないから3%、4、学食に行くのが面倒くさいが2%。。。」
「ね?実に9割の生徒が、学食を利用する気そのものが無いのよ。。。1割の生徒の満足の為に、メニューを増やしてもね」

皆がアンケートの集計結果を見て納得している中、俺はそれでも納得がいかず、「学食、勿体ないんだよな。せっかく1年から3年までの生徒が、昼休みの時間だけでも毎日関わり合える場所なのに」とこぼした。
「先輩、学食に関するアンケート、もう一回取り直してみるのってダメですか?」
「ダメではないけども。。。同じ結果になる見通ししかないのなら、やっても無駄になるだろうし。有意義でないと、やる意味はなくない?」
「俺に一つ、案があるんです。ほんの少しでも改良されれば、動いた意味はありますよね?」
「皆が納得いくように、説明して。庶務のメンバーを納得させられないような案件では、生徒会会議にかけるまでもないよ」
「そうですよね、えっと。。。俺は『朝パン』の導入を、提案します」
「朝パン?皆で朝はパンを食べましょうっていうこと?」
「違いますよ、パン屋の回し者じゃあるまいし。学食で販売するパンだのお弁当だのって、要するに絶対に利益が出たら良いんですよね?実はうちの母さんが、富士日の出パンで働いてて」
「日の出パン、美味しいやんな」
「私も好きやぁ。駅前のイートインで、焼きたて食べれた時とか、最高。ちょっと高いけど」
1年と、2年の女子の先輩が楽しそうに話に混ざってきた。富士日の出パンは市内の各駅前にチェーン店がいくつかあり、店内で飲み物も一緒に注文して食べられる店もある。美里が働いているのはパン工場の方で、工場で一括してパン生地の生成と焼く手前までの形作りをし、チェーンの各販売店舗で焼いて、焼きたてを販売するというスタイルをとっている。俺は彼女達に頷いて、話を続けた。
「以前、工場にその日の売れ残りで戻ってきていた廃棄寸前のパンを、母さんがよく貰ってきていたんです。前の日の朝に焼かれたパンが、次の日の午後3時までが期限と言っていたんですけども。そのパンを、朝練の運動部達に販売するんです、百円で2個とかで。その日の午後には廃棄が決まってて、商品価値は実質無い。だったら、売れ残ろうと何だろうと、売れたら売れただけ、販売元は得ですよね?」
「色々と問題はありそうだけど。。。例えば、消費期限が3時のパンを、業者が販売用にしてくれるか、とか。今は食品衛生、厳しい時代やし。だけど、海士部君の主張をまず聞くわ」
「はい。早朝の朝練終えた男子生徒達って、昼食時間まで全然待てないくらい、腹ペコなんですよ。それで4限のチャイムが鳴るのを、1限から4限の間中、今か今かと待っている。これって、学業にも支障出てますよね、授業に集中出来てない。朝の段階である程度の食欲を満たせるっていうのは、4限後廊下を全力で走る生徒を減らせるだけでなく、売店で売り切れるパンやお弁当の量のバランスを良くするだけでなく、生徒の本分である学業に集中出来るっていう、メリットがあるってことです」
「それは。。。もし『朝パン』を販売するとしたら、海士部君が海士部君のお母さん経由で、話をつけるつもりなん?」
2年の女子の先輩が俺に尋ねた。
「いや!それは、ちょっと。。。。」
俺は美里に、生徒会執行部に入った事を黙っている手前、言い渋った。頼重から、自分に海士部史郎の血が流れている可能性を知らされた時から、もしその話が本当だったらと考えた時に、俺が生徒会に入ったと言ったら、美里は俺が何か感づいたと疑うのではないかと思ったのだ。海士部史郎と俺を結ぶ、決定的な証拠を突き止めるまでは、美里に俺が海士部史郎の存在に気付いたと感づかせるような情報は、隠しておいた方がいいのではないかと。俺だって、俺が公人の子孫だなんて噂話を信じている訳じゃない、だけど今は、美里の前で「何も知らない息子」で居ないといけないと考えていた。
「案外良いかも。もし、『朝パン』が学食で販売されるとなったら、朝食抜いてきてる学生も、クラスに向かう前にさっと学食寄って買って、教室で食べたらいいし」
「そやけど、学食で買わんでも、コンビニで買えるやん?」
「『安い』っていうのは、学生にとって魅力やろ。そんで、売れ残ってるパンって、大抵売れ筋なんとちゃう?売れるから、沢山作る、でも余る」
「そんな事ないやろ、売れ残ってるわけやし。『安い』だけやなくて、食べたいパンやないと売れんのちゃうかな」
「そうよね、そんで、結局食べたいパンを朝用に焼いてもらったら、売れ残りじゃなくなって安く出来ない」
「だけど、お腹が空いてたらある程度美味しければそれで良いんじゃないの?」
「『朝パン』当てにして来て、それも売り切れてるってなったら、結局コンビニ最強ってなるかも」
「そしたら、朝練組が買い占めて終わりやな」
「朝パン」を巡る色々な意見が、それまで黙っていた庶務の生徒達から出ている。俺はもし朝パンを販売するとして、俺が美里に話を付けるのはまずいと考えながら少し黙っていた。
「私、日の出のパン食べた事ないんやけど。その売れ残りのパンは、美味しいん?美味しくなかったら、どんなに安くてもね」
1年Dクラスの女子が不意に俺に尋ねたので、俺は同学年他クラスの面識の薄い、けれども顔が可愛い女子に直で話しかけられた事に少し慌てながら、「美味しいで、たまにカルツォーネやったかな、絶対美味しいってやつ、大当たりも売れ残っとる。売れ残りやすい種類もあるぽいけど、生地が美味しいから、売れ筋のおかずパンとか、菓子パンじゃなくても」と答えた。
「ふーん、そやったら、この際2個50円の激安にしたら、絶対売れるんとちゃう?」
「あんまり安いと、商品価値が下がるやろ、たとえ廃棄寸前と言えども。食べんでもいいやって、捨てられてしまったら勿体ないやろし」
「どうせ捨てられるんやったら、一緒ちゃう?」
「いやだから、ギリギリの値段にせんと、活かした意味ないやん」
「そんで?海士部君が提案したいのは、朝パンだけか?」
渡辺先輩が俺に尋ねたので、俺は「いやもちろん、朝パンの売り上げを盾にして、昼に王道売れ筋のおかずパンの販売にこぎ着けようと」と答えた。
「それも、アンケート内容に盛り込みたいんです。『貴方が学食で販売されていたら嬉しいおかずパンを次の中から5つ選んでください』って質問です。男どもが食べたいパンって言ったら、まず焼きそばパンやろ?コロッケパン、カレーパン、たらこパン、ジャーマンポテトパン、ホットドッグ。。。販売してもらうパンの種類を絶対に売れる5つまでに絞り込んで、それを量を調節しながら売店に卸してもらう」
「今、販売されてるパンは?」
「それはそれで残す。絶対に、足りてないんです、需要の方が多い。だから意見書にわざわざ書いてきている」
「特定の数人が、ずっと書いて入れてるのかも」
「筆跡見たらそうじゃないの分かるし。何よりも、俺は学食っていうのは、全校生徒が関わり合える唯一の場所やと思う、知らん相手同士が関わるのって、面倒くさいけど、そんなん勿体ないやん。クラスから出ないでご飯済ませたら楽やけど、『学食で食べたら楽しい』ってもっと宣伝していく必要はあると思う。せっかく、同じ校舎で学ぶ仲間同士やっていうのに」

「2年前に結論が出ているのであれば、再考の必要は無いんじゃないのかしら」
1年Fクラスの高杉萌咲が、突然否定的な意見を上げたので俺はたじろいだ。
「高杉は女やから分からんかもしれへんけどな、男達にとって、昼食の時間は学校生活の中で一番の、大きな楽しみなんやて」
「だけど2年前っていう事は、今の3学年の生徒会執行部の方々が1年の時やろ?執行部の3分の1が学食問題は変更不要と既に納得しているような議題、もう一度再考して推し進めてもらえるって思う?」
「いやだから、不服がある現状が継続してる以上、少しでも不満が解消されるように提案していくべきであって!」

「なんや、庶務の集まりが騒がしいな」
「この前までは、静かに作業してたのに」
「スグル君、僕が確認してくるよ」
「米山先生」
「君らはここで、議長と会計とのミーティング続けてて」

後ろの黒板の前辺りで机を囲んで、学食問題改良に否定的なモエと俺が喧嘩さながらの言い合いになりかけていたところに、米山先生が顔を出したので庶務の皆が話し合うのを止めた。
「どうしたの。何かトラブルでもあった?」
「あっ、米山先生。実は意見書の事で、話し合ってて」
「未だ先生や会長に出す程の議題には上っていませんので、大丈夫です」
「じゃあ、会長にも議長にも、まだ話さないから、何を言い合っていたのか教えてもらえる?」
「あの。。。以前も出た、学食の件なんですけど。。。」
庶務長が言い辛そうにそう言うと、米山先生が無言で頷いた。
「結局、立ち消えになったね」
「はい。それもあって、中途半端な状態で議題に上げても却下されるだけですので、庶務内で有意義かどうか、話を詰めていたところです」
俺達は、そこまで庶務内で出た学食に関する意見を、米山先生に伝えた。先生は頷いて、「もし本当に今年もう一度アンケートを取りたいなら、生徒会執行部全員を納得させ、実行を受理させるほどの説得力が必要だよ」と言った。
「何と言っても、一度流れてる案件だからね。相当の説得力が無ければ、会長も皆も、首を縦にはふらない。最終決定はスグル君が下す訳だけれども。。。彼は、1年の時に学食問題は結局ご破算にするしかないという結論が出て、それで納得してしまっているからね」
「説得力と、情熱」
俺が米山先生の言葉に、無意識に加わった。俺は口から出してしまった言葉にハッとして、「正解か不正解かじゃなくて、熱意が無ければ、固定してしまったやり方は動かないですよね?」と戸惑いを隠すようにさらに加えた。米山先生は少し笑って頷いた。
「その通りだよ。学食問題は、『これで決まりだ』って、何も変えない方が正解と一度結論が出てしまっている。これを覆すのには、そうだね、情熱。どうしても変えたいんだと、相当の熱量で訴えないといけないだろうね」
「最終納得させる相手が、悪すぎやろ、生徒会長やなんて。。。理屈で考慮したら、絶対に賛成してくれはらへんわ」
「生徒会長。。。だけではなくて、この議題は当時1年生だった今の3年生の執行部員全員が、改良の意義なしっていう結論をだしてしまっているんだよ」
「生徒会長だけやなくて、3年の先輩までか。。。」
米山先生の言葉に、皆で顔を見合わせて頷きながら、黙り込んだ。
だから庶務長は米山先生に、庶務で学食問題再議論しようとしてること、隠そうとしはったんやな、ちょっと話題に上げた程度やと、却下されるん目に見えとるもんなと思っていると、頼重がおもむろに口を開き、「以前のアンケートでは、学食を利用しない生徒が9割って出たけども。学食が嫌で利用したくないんじゃなくて、面倒だからとか、他に昼食の当てがあるからっていう、消極的な理由やんか。そうじゃなくて、逆に『学食をもっと利用しよう』ってアピールする方法も一緒に考えたらええんちゃう?学食で販売する食べ物が売れるとか売れんとかは別にしても。テルが言いたいのって、そういう事やろ?」と俺に尋ねた。俺はうんうんと頷いて、「消極的な理由を放置しておくんやなくて、積極的にアピールしていく、それそれ」と同意した。
「アンケートで、ある程度こちらの意図に誘導していったら、上手くいくか」とさらに頼重が言い、俺もそれに同意した。
「『学食に改良を加えなくても、仕方ないですよね?』っていうアンケートじゃなくて。なんかこう、エネルギッシュに、俺ら学生なんやから、楽しい気持ちでというか、アグレッシブなノリでというか、皆が『何か楽しい事やりよんかな?』ってワクワクするようなアンケートを作ればいいのか」
「そやな。それをどう作るか」
「あの、俺と、亀原がこの議題の言い出しっぺなんで、アンケートのサンプルというか、来週までに作ってきても、良いですか?」
俺が庶務の皆に尋ねると、渡辺先輩は「ええよ。その代わり、それが結局何にもならない、会議に上げても即却下されて、無駄になるかもしれんけども」と答えた。
「無駄になっても、いいです。やらせてください。男達の胃袋を、救うんや。。。それと、先生。。。」
「ん?」
「学生が電話かけても、取り合ってもらえないかもしれないので、富士日の出パン工房に、学生に廃棄前のパンを朝卸してもらえるかどうか、先生から探り入れてもらえないでしょうか。。。」
「いいよ。確認だけはしてみるね」
「あ、有難うございます!」

先生が庶務の集まりに加わっている最中、モエは不服そうに表情を険しくしていたが、口を噤んだままでいた。俺は米山先生が富士日の出パンとの交渉を快諾してくれたのでホッとしていると、庶務の生徒が「そやけど、内と外からダブルで話持ち込んだら良いんとちゃうん?海士部君がお母さんに社内から声かけてもらったらええやん。そしたらお母さんの株もパン屋さんの中で上がるかもしれんし」と不思議そうに言った。俺は躊躇いながら「あーーー、それは、ちょっと。。。」と濁した。
「なんでダメなん?」
「いや、それはその、諸事情が。。。」
「何でか教えてくれんの?」
俺は困って、結局実際に母親に言った部活の話を打ち明けた。
「実は、俺部活何入るか母親に聞かれて、入部決めてない時に、清水っていうクラスメイトと一緒の卓球部に入るって言ってしまってん。だから、俺が生徒会執行部におること、知らんのよね」
「なんで生徒会入った事隠してるん?普通、自分の息子が生徒会入ったって聞いたら親喜ぶとこちゃうん?」
「いや、それ以降聞かれへんし、別に良いかなと。。。」
「この際やから、生徒会入ったって訂正するんと一緒に、パンの話してもらったらええやん」
「とっ、とにかく困るねん!」
「ふーん、変なの。逆に気になるわ」

「どうしてお母さんに卓球部に入ったって嘘ついてるんだい?僕も、君のお母さんは君が積極的な高校生活に励むことをお喜びになると思うけど」
「先生。。。それ以上、聞かんとってください。この通りです」
「君の家庭の話だからね。じゃあ、日の出パンに連絡入れる時に、海士部さんの所の息子さんが、という話はしない方が良いんだね?」
「はい!そうしてください、先生が話が分かる人で助かるわ。。。」
「だけど、もしお母さんからも日の出パンにアプローチしてもらえるならその方が話が通るかもしれないから、君からもお母さんに働きかけてみたらどうかな?」
「出来そうやったら、やってみます。。。」


「別に、美里さんに生徒会入った事くらい言っても良いんとちゃう?」
帰り道の途中、頼重と話しながら俺は再び頭を悩ませた。
「そやけども。。。自分が海士部史郎の子孫やって、信じとる訳じゃないんやけども。考えてみたら、美里がパン屋さんを働き口にした理由って、工場の中ではマスクするし、容姿が殆ど隠れるやん、目立ちたくないからっていうのが、一番の理由やとしたらやで?美里は俺にも、学校で目立つような役職は、やって欲しくないんとちゃうやろかと思って」
「どうやろなぁ。考え過ぎちゃうかとは思うけど。だってお前、生徒会長立候補するつもりなん?」
「いや、ないけど」
「そやったら、生徒会の代表とは言え、他の生徒に名前まで特定される事無いやろし、大丈夫なんとちゃうかな?」
「うん。。。一回嘘付いた手前、言い辛いというのはある」
「そやな。。。『何で隠した?』って疑問に思われたら、テルが何か探っとる、何か知っとるって、警戒されるかもしれんな」
「ほやろ?」
「逆に、いち早く白黒付けた方がいいかも分からんな。そうでないと、これからテルと美里さんとの間に、少しずつ嘘が増えていくかもしれへん。テルは、それは嫌やろ?」
「嫌やし、こういうの慣れてないで、直ぐにでもボロが出そう」
「気は引けるやろけども、美里さんの部屋探ってみるんが先決かもな」
「そやな。。。」
「それはそうと、あいつ、高杉モエ。めっちゃ面白くなさそうにテルの事ジッと見てたな」
「やたら突っかかってきた。何なん、あいつ」
「生徒会長の座を狙っとんやろ。同じ一年やからな、完全にテルの事ライバル視しとるで」
「面倒くさいわ~~、俺はあいつと戦ってなんかないのに。そうや!図書室で誰がために鐘は鳴るの上下巻、借りにいったついでに、お前が言ってた『一切皆苦、一切皆空』の意味パソコンで調べたけど!全然違う意味やったやんけ!」
「そうなん?俺は適当に使っただけやで、知らんけど。どういう意味?」
「なんや、難しい事書いてあった。。。正確な意味は、俺にも文章読んでみても、これは多分今の俺では分からん事かもしれんと思ったわ。中途半端な知識が一番悪いんやって。誰かも言うとったやろ、著名人で、中途半端な知識やったら無い方がいいって」
「俺の事言うてんのか」
「当たり前やろ!他に誰がおんねん、無知より悪いって」
「俺の中にある空が、自由に生きろと諭している。。。『型にはまるな』、と。。。全ての知識は空に帰れば、何一つ固定されないのだよ。。。あの、おぼろ昆布のような雲のようにね。。。これが、正解や」
「あーもうそれそれ、そういうヤツな、絶対違うっていう」
「フリースタイルな生き様の前では、苦しみすら人生のウマミ。。。空に、答えがあるって事さ。。。あの、エビフライのような雲のようであれ、と。。。」
「そうや、エビフライ、お弁当。なぁ、俺も考えてくるけど、お前もアンケートの内容、アイディア出してみてくれ」
「分かった、入れた方が良い問いとかやんな。そやけどお前、何か妙案があるんやろ?」
「うん。同中の漫画上手いやつに掛け合ってみたいんや。多分漫研に入ったと思うで。ヨリ、柳って覚えとる?」
「ああ、ネコ?猫背の柳やろ?」
「そうそう、ネコちん!柳聡二(ヤナギソウジ)」
「ネコ柳ね。俺はそうでもなかったけど、テルは柳とちょこちょこ話しとったもんな」
「ネコちん、萌え系漫画イラストめっちゃ上手やったやん、アンケートを、文字だけじゃなくて、見栄えで興味引きたいんやって。見せかけって大事やん、文字だけやと適当に答えてしまうかもやけど萌え漫画風の学生が学食で食べてるイラストとか入ってたら、ちょっとでも楽しんで回答するかなと」
「ふーん。まぁ、やれるだけやってみるしかないな」
「うん。俺ら、高校生なんやし、若々しさというか、遊び心というか、大事やん?」
「そやな。文字だけよりは多少前向きに答えてもらえるかもな」
「そうそう、そんで女子の生徒はもちろんボインで描いてもらって」
「おっ!ええなぁ、それ!」
「ほやろ?!前のめりになるやろ?!」
「よっしゃ、楽しくなってきた、明日、柳のクラス行ってみよ」
「一週間しかないで、早い方がいいよな。俺、今晩『こんな感じで』ってアンケートのイメージサンプル考えてみるわ」
「ほな、それに足せるような問いなんぼか考えるわ」
「よろしゅう」

家に帰ると俺はさっそくアンケートのサンプル作りに取り組んだ。美里の部屋を探索するのはサンプル作りの後、こっちが先決と机に向かった。前にホームルームの時間に配布された連絡物の、A4サイズのざらばん紙の後ろに、人と分かる程度の簡単な絵を描いてみる。
(縦長の用紙の左側に、うちの制服姿の女子が袋入りのパンと飲み物を手に抱えている絵があって、もちろん前のシャツのボタンが弾けそうなほどのボインちゃんで、スカートは短めで足は小さくてやや内股な。。。トップのタイトルは、『ええやん学食!アンケート調査』にしよ。そんで、女の子に「今日、学食にせぇへん?」ていう吹き出しが付いてて。。。男子生徒のイラストは、女子の気持ちを引き付ける為に、篠宮生徒会長に似せたイラストにしてもらお、美形で、顔がちっさくて、ほっそくて、足がなっがくて、姿勢が良いと。男子生徒のイラストは右側下角辺りで、ニッコリ微笑んでて、お弁当を持ってる姿で。
アンケートの問いに絶対に入れないといけないのは、『貴方は学食のメニューが改善されたとしたら、もっと学食を利用すると思いますか?』と、『学食で登校時の早朝に、2個入り100円のパンが販売されるとしたら、貴方はそのパンを購入したいですか?』と。。。
『現在昼食時に販売されているお弁当の数について、以下の5択から選んで丸を付けてください、1:多い、2:適当、3:少ない、4:非常に少ない、5:分からない』、この問いは今販売されているパンも同様やな。そんで、『貴方が昼食時に食べたいパンの種類を、以下の~つから5位まで選んでください』っていうのも要るよな。。。パンは、おかずパンが。。。コロッケパンやろ、カレーパンやろ、焼きそばパンは外せんやろし、ホットドック、菓子パンは、メロンパンやろ、クリームパン、あんパン。。。
学食のメニューについても、パンと同じように、3つまで選んでもらう問いがあったらいいよな、いずれにせよ、学食で提供してもらえる可能なメニューを入れないといけないから、ここは学食に来てもらってる業者さんに確認せんと)
一人で黙々と机に向かい、イラストとアンケートの文句を書き込んでみる。絵はあくまでもイメージのラフ画やから、完成形はネコちんに任せて、見栄えが良いようにアレンジしてもらおう。
(朝パンの問いには『通称、朝パン!』という吹き出しを入れたり、新しい試みだって事を強調せんと。。。現在の段階で、学食の利用者が実は全校生徒の1割っていうこと、学食で食べることで生徒間の交流をもっと増やせるっていうこと、朝パンを導入したいこと、現状の把握と改善したい方向性、全部まとめた内容で、ネコちんに短い漫画仕立てにしてもらえへんやろか。知らせて、納得させて、変える。漫画やと、理解度も上がるやろし興味も持ってもらえる。ネコちんが作った同人誌っていうやつ、前見せてくれたもんな。学食問題、漫画にしてくれって言うたら、やってくれへんかな)

集中しながら考えているとあっという間に時間が経過していて、部屋の外から聞こえてくる物音がするまで母さんが帰ってきている事に全く気が付かなかった。時計を見ると午後7時半を回っていた。

「おかえり、もう帰ってたんやな」
「うん、今日はハンバーグにするさかい」
「やった、めっちゃ大好き」
俺は肉と細かく刻んだ野菜の入ったボールを手でこねている母さんの横で、食器を洗い終えた後でソファーに座りテレビを付けた。
それとない雰囲気を漂わせているつもりで、「あっ、そう言えばさぁ」と切り出した。
「母さん、前はよく、賞味期限が次の日に切れる前のパン、もらってきてたやん。最近もらって来んようになったなぁ。せっかく美味しかったのに、何か理由でもあるん?」
俺がテレビを見ているついで風に尋ねると、美里は「会社の方針が、以前よりも厳しくなってん、今は問題が一つでも起こったら、大問題に発展してしまう世の中やからね、食中毒事件、定期的にテレビで取り上げられたりしてるし、飲食業界は敏感なんやん。そやで、未然に防ぐ意味で、以前は見逃されてた賞味期限が近いパンの持ち帰りは、一切社員にもさせないって取り決められたんよ。テルちゃん、パン食べたかったん?」
「ああ!うん、久々に、食べたいなぁ~~、けど持って帰って来んようになったなぁって不思議に思って」
「ちょっとのほころびも問題視されてしまって、イメージって怖いから、事実とは違ったとしても悪い噂が拡大解釈されて広まる事もあるし。厄介やから、未然に防ぐっていうことが大事になってきてるんやろうね」
「そやけど、そのせいで消極的になるというか、制限が多くなって逆に無駄が出てるよな、だって食べたらええやん。普通にコンビニで売ってる商品だって一緒やん、賞味期限なんか、ちょっと過ぎたって皆食べてるのに」
「『社内で賞味期限の近い食品を無料で持ち帰る』、っていうのも問題があるみたいでね。賞味期限が切れてる品じゃないから、大袈裟なんやけども、グレーゾーンの横領に当たるとかで。企業は、つつかれても何処にもほころびが無い状態にしとかんと、って神経尖らせてるんよ」
「賞味期限内やったら、社員にもディスカウントで販売したら、問題無いってこと?スーパーのお弁当みたいに」
「そういう事なんかなぁ。そやけど社員かて、昼も夜も売れ残りのパン、お金出してまでは食べたくはないやろし」
「えらい窮屈な世の中になってしもたなぁ」
「ほんまやて。テルちゃんお待たせ、焼けたで!」
「ご飯よそうわ!」

学食で出す朝パンの話はせずに、パンの事をそれとなく確認することは出来たけれども、美里が作ってくれたハンバーグを夕食に食べながら、やっぱり朝パンの企画は難しいかもしれないと思い直していた。
社員が持ち帰る事すら許可されなくなったのに、それを学生に卸してもらうなんてこと、きっと無理に違いない。
アンケートを作っている最中は、初めて俺と頼重で提案した案件というのもあって楽しい気持ちでいたのに、夕食の後は「そんなに上手くいかないよな、それが現実」と意気消沈しかけていた。
「廃棄のパンは、じゃあもう単純に、会社で捨ててるん?」
「捨てたり、社内だけで食べれるだけ食べたり?実はこっそり、持ち帰ってる人もいてるのよ、内緒やけどね」
「それは、量はどのくらい?種類は?」
「日にもよるけれども、結構な量やで、種類も日によって、色々。。。なんやテルちゃん、今日はえらいパンに興味あるんやね?テルちゃんはご飯派やと思ってたけども」
「いや!パンも、たまには食べたいなぁ~~って思ってて!」
「こっそり内緒で、もらってくるよ、沢山は無理やけど。会社側も、上は感知してませんていう体で、見逃してくれてる所もあるんや。だって勿体ないもんねぇ」
「そっか、『会社では問題無いようにしてます』っていうポーズが必要って事か」
「それまでは普通にもらってきて食べてたからね。ほな、ちょっともらってきてみよか?」
「うん、食べたい。無理にとは言わんけど。ハンバーグ、めっちゃ美味しい」
「良かった。小さくして焼いたやつは、明日のおにぎりの具にするでな」
「今から明日のお昼楽しみやん!」
母さんのおにぎり、友達皆めっちゃ食べたがるんやてと話しながら夕食を終えた。部屋に戻って、だけど先生に確認してもらった結果を知るまでは、早合点で諦めたりはせんとこうと思い直した。一つの方法が頓挫しても、他にもきっと良い方法があるはずやし、それを何度でもアイディア出して説得して、必ず形にしていくんや。
せや、学食問題を改善する為には、強い熱意が必要なんや。


「柳って、何クラスにおるんやろか」
「同じ高校受かっとるっていう所までは、誰か噂しとったはずなんやけど。。。」
俺と頼重は1限が終わった後の十分休憩中に、一年のAクラスから順に、廊下から教室の中を覗いてまわった。Aクラス、Bクラスにはおらず、Cは俺らと一緒じゃないから違うのは確実で。
「ネコちん、おったら絶対分かるはずなんやけども。。。」
「あ、おったで。あれやろ」

頼重がEクラスの廊下の前で、Dクラスを覗き込んでいる俺を呼ぶと、クラスの中を指差した。よかった、やっぱり高校同じやったんや。俺は柳を見つけてホッとし、表情を緩めた。
頼重が指差した先、Eクラスの窓際から二列目の、後ろから二番目の席に、背中を丸めて机に突っ伏している男子生徒の姿があった。小柄なので余計に、ネコが「ごめん寝」をしている姿にそっくりに見える。
柳がその状態で寝ている訳ではないのは分かっていた。俺と頼重はEクラスにいそいそと侵入すると柳の隣まで近づいていって、「ネコちん」と声をかけた。

柳は顔を持ち上げると、描いていた漫画の1ページを机の中にしまい込んだ後で、「あれ、海士部氏。。。アマやんがおる」とボソッと呟いた。
「ネコちん、相変わらずやなぁ。今はどんな漫画描いてるん?」
「アマやんと言えど軽々しくは見せへんで」
「柳、高校一緒やったんやな」
「お主は。。。カメヤマやったっけ」
「亀原やっちゅうねん!不愛想も変わってへんし。おいネコ柳、高校デビューするんやったら今やぞ」
「俺は別に、モテたないて。その愛称も好きやないでやめてくれ、ネコって言うたらBL漫画の世界では掘られる方やって、常識や。俺は普通に女の子が好きなんやで。それより用は何や、俺はお前らみたいに暇やないんやて」
「ネコちんに、折入って頼みがあるんや。生徒会のアンケートに、萌え系イラスト入れてくれへん?」
俺はそう言いながら、昨日ざっくりと作ったアンケートのサンプルを柳の机の上に乗せた。柳は座ったまま、それをジッと見つめた。頼重も身を乗り出して、アンケートのサンプルを覗き込んでいる。俺は説明した。
「俺ら生徒会執行部に入ったんやけど、生徒会に『学食を改良しよう』っていう議題を上げようとしてんねん。その為に、全学生に向けた学食に関するアンケートのサンプルが必要なんやけど。アンケートに、萌えイラストを入れたいんや、これはネコちんしかおらんと思って。左側に女の子、右側に男を描いてほしいねん。女の子は萌え系の、とびきり可愛いやつ、そんで、ボインちゃんな」
「ふむふむ。眼鏡三つ編みボイン?」
「眼鏡女子?!じゃ、ない方が良いかなぁ」
「俺の中でボインと三つ編み眼鏡はセットなんやて。じゃあ、けいおん系天然ショルダーレンクスボブで、かつボイン?」
「そっ、それ、多分それ。そんで、男子生徒の方は、生徒会長に似せてほしいねん。それだけで女子達が、もっと学食に興味が湧くし、このアンケートにも積極的に答えてくれるはずなんや」
「生徒会長って、誰や」
「知っとるやろ、篠宮先輩や。新入生歓迎会のクラブ紹介で、最初にステージに立って喋っとったやろ?」
「あんまり、覚えてへん」
「マジか!想定外やな、どうしよ。。。」
「それよりも、お前この仕事、受けてくれるんか?」
頼重が柳に尋ねると、柳は眠たそうに「やってみても、ええで」と答えた。
「良かった!ネコちんが頼りやねん!」
「ちょちょっと、描いてみるわ」
「なんでテルにはネコって呼ばれてるのに止めろって言わんねや」
頼重が不服そうに言うと、柳は眼鏡の奥でちょっと目をしならせ、口元を緩めながら言った。
「甘々の、アマやんやったら、ええ」
「どういう意味、テルやったらお前掘られてもええって言うんか」
「いや、俺はだから女の子が好きなんやて。俺の需要に応えられるほどの、素敵なレディーが目の前にいつまでたっても現れないってだけで」
「お前好みの素敵なレディーが現れたとしても、お前を選ぶとは思えんけどな」
「何やと、このカメノハラめ」
「微妙~~に名前間違えるん止めろや」
「相変わらず、ツンデレやなぁ」
「俺はお前らみたいに、モブキャラとの慣れ合いは必要ないだけ」
「アンケートの他に、学食問題を短いストーリー仕立てにした漫画があったら、学生が食いつくかなって。それも、ネコちんが描いてくれへんかなって」
「まぁ、ええけど」
「やった!ありがとう!そやけども、まずアンケートのサンプルを生徒会に上げて、それが通ってからでないと、漫画描いてもらっても無駄になってしまうで。アンケートだけ、作ってみてほしい。それもひょっとしたら、使う事なくお蔵入りになってしまうかもやけど」
「別にええよ。描いても没にする、そんなんザラやし。いつまでに要る?」
「早ければ、早い方が」
「分かった。出来たら、携帯に連絡入れるから」
「えっ?!ネコちん、携帯持ってるん。。。?」
「当たり前やろ。。。アマやん、持ってないのか。ププッ」
柳はそう言いながら眼鏡の奥でひっそりと笑った。そして携帯をバッグから取り出し、「ほな、亀島に入れたらいいんか?」と尋ねた。
「カメハラや!俺、生徒会長の画像女子に数枚もらうで、それお前に送るわ。それで描けるやろ」
「おお。じゃあ、そうしてもろて」
二人が携帯を突き合わせて、何かしている間俺は仲間外れになったみたいでとてつもなく悲しい気持ちになっていた。ひょっと顔を俺に戻した柳が、密やかに微笑むと「漫画、アマやんにやったら見せたるで。出来たらカメに連絡入れるでな」と言った。慰めてくれようとしているのは分かった。
「テルやのに、ねぇ?」
「お前、女子と同じ事言うなや」
「その辺の女子と、被ってしもたか。俺もまだまだ俗物やな」
「ツンデレと言うやつやな、ネコチンは」
「ツンは分かるけど、デレがないやんけ!」
「いや、ネコちんのデレは、眼鏡の奥に隠されとるんやて。ほな、アンケートよろしく」
「了解」

俺達が教室から出て振り向くと、柳はまた背中を丸めてごめん寝スタイルになった。廊下を歩いてクラスに戻りながら、頼重がボソッと「ほんまアイツ、猫みたいやわ。相変わらずの、変な奴」と言った。
「ネコみたいに、なかなか懐かないって事やろ?確かに、テンションは低いけど。でも、ネコちんは隠してんやで」
「低いというか、上がり下がりが無いというか、淡々とした声で、なおかつ覇気のない声色で、激しくツッコミ入れとる自分が、もしかして情緒不安定なのかと勘違いしてしまうような」
「俺、漫画読ましてもらった事あるけど。。。ネコちんの中にある色んな景色、普段全然外に出してない、ドキドキとハラハラと、キュンと萌えと、美しさと。。。ネコちんの情熱は、漫画の中に詰まってる。外に見せてないだけなんや」
「テルは、寛容というか、物好きやんな。俺が一人やったら、あいつと仲良くなったりせんで」
「やけど、ネコちんヨリには、他の奴らより楽しそうというか、心を許しとるというか」
「あの低いテンションで?」
「携帯のメアドも、交換してくれたし。ネコちんは反応が分かり辛いだけ」
「まぁとりあえず、アンケートに絵入れてもらえる事になって良かったやんな」
「良かった、一つ進んだな。そやけど、昨日美里にそれとなく聞いてみたんやけど、賞味期限切れる前の売れ残りパン、持ち帰りも公には出来んようになって、管理が一層厳しくなったって。朝パンの販売、上手くいくか怪しくなってきた。先生いつ電話してくれるかな」
「今は、俺らに出来る所までの準備は進めようや。ネコ柳から連絡来たら、教えるで」
「うん、よろしく」

「テルちゃん!と、ヨリ、また二人で消えたと思ったら!」
「清水、生徒会関係の用事があったんよ」
「頼重まで生徒会入ったら、なおさら二人行動一緒になるやん。。。なるべく俺も混ぜてや」
「うん。清水、今日はお弁当か?」
「今日は間に合ったんよ。テルちゃんのオニギリ、今日は具何入ってんやろ」
「一つはハンバーグ確定やけど」
「じゃあそれは俺と清水も食べるか」
「なんでやねん!そうや、3人の中でヨリが一番足早いよな。4限終わった後の、学食事情がどうなってるのか、確認しとかへん?」
「そやな、確認しとこか。ほな俺が、全力で4限終了後走るさかい、テルは出来る限りの速さで後から来いや」
「分かった」
「それ、俺も行くわ」
「清水は教室おったらええで、直ぐ戻ってくるし」
「ううん、俺も学食事情この目で見てみたい」
「ほな、4限終了のチャイムが、合図やで」
「オッケー。なんや今からめっちゃ、ワクワクする」
「俺、もしやったらお弁当勝ち取って買ってみるわ」
「そうして。俺ら後から追っかけるで」
「ところで、さっきまで何処へ行っとったん?」
「ネコちんの所。Eクラスにおったわ。生徒会のアンケートのイラスト描いてもらおうと思て」
「柳?柳ってな!入学式に同中の皆で校庭に寝ころんだ列の中に、おったらしいで」
「えぇ?!あいつも美里信者?!」
「意外やな。やっぱり『ごめん寝』スタイルで寝ころんどったんやろか」
「そこまでは、知らんけど!」


4限終了のチャイムが鳴ったと同時に、頼重がクラスから走って出て、俺と清水もそれに続いた。
教室の外に出た時に、4限終了後の数分間に、これほど激しい男達の闘いが毎日繰り広げられていたとは知る由もなかったと驚きながら、俺と清水は沢山のスポーツクラブ部員の男達にどんどん抜かされながら、体力の限り走った。
「廊下は走るな」の文句をガン無視するかのような、男達の振り上げる腕と足の筋肉の躍動感。完全に運動会の競技のようだった、パン食い競争、これしかり。
意外だったのは清水で、卓球とはいえさすがにスポーツクラブの部員だけあって、俺より体力も足のスピードも上だった。1年の教室は1階なので、他の学年の男子生徒達よりは、学食までの距離が近い。それでも俺が学食に辿り着いた時には、2年の生徒も3年の生徒もそこにいて、いずれもスポーツクラブだと分かる体つきをしていた。

「テルちゃん、こっち、こっち」
清水が学食のテーブルに座って、水を飲みながら俺に手を振った。俺は息を切らしながら清水と頼重に近づくと、無言で手渡された学食の水を一気にぐびぐびと飲んだ。

「これはもう、殆ど男達のエンタメ枠やで」
頼重がまだ息を切らしたままの俺にそう言った。手には、お弁当を一つ持っている。
「食べる事が目的と言うより、獲得する事に喜びを感じとる。どうやら、サッカー部とバスケット部で、獲得した弁当とパンの数で競い合っとるらしい」
男達がたむろする学食内で、俺は少しずつ呼吸を整えながら、「こんなに、全速力で走ったん、久しぶりやわ」と一言こぼした。「もう一杯、水もらってくる」
「俺も行くわ」
清水がテーブルのグラスを持って、俺と一緒にウォーターサーバーへと向かった。
「そやけど、清水、足早いし、体力あるんやなぁ。見直したわ」
「だてに、鍛えてないで。卓球って、上半身だけのイメージあるやろ?めっちゃ全身の筋肉、必要やから」
「卓球、今までなめとったわ。凄いな」
「いやぁ、えへへ。そやけど俺が学食着いた時には、パンも弁当も、完売やったんやで。上には上がおるわ」
「そや、パン。。。」
俺と清水は手に満水のグラスを持って頼重のところに戻った。そして、「パンと弁当が売り切れるまで、何分くらいやった?」と尋ねた。頼重は戦利品の弁当を手に持って、「とりあえず、クラス戻ろか」と促した。

「何分?いやいや、だから秒やて、秒。文字通り、『あっ!』と言う間やったって。この弁当、マジラス1かラス2、正直えぐいで、ガチで戦場やった」
「秒って、何秒くらい?」
「わーーーーー!、終了、みたいな。20秒か、30秒か」
「そ、そんなに。。。俺が着いた時には、残ってないわけや」
「お前来た時には、弁当とパン勝ち取った奴らがもう教室戻っとんちゃうかっていう。そやけどな、これ毎日、男達の間でエンタメ化しとるで。完全に楽しんどる、スポーツ部らの競技みたいなもん。娯楽ゲームというか」
「凄いな。。。体鍛えてんやな、学食で」
「そんな感じ。あいつら毎日、学食戦争で鍛えられとるわ」


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