c - Rakuten Inc
100万ポイント山分け!1日5回検索で1ポイントもらえる
>>
人気記事ランキング
ブログを作成
楽天市場
000000
ホーム
|
日記
|
プロフィール
【フォローする】
【ログイン】
DERICIOUS!
最愛の人
主人公、井原(イバラ)巽(タツミ)は高校生に進学した後、父親が口煩く接してくるようになった事で反抗期に陥っていた。
学校の授業を仮病で早退したその日に、父親を困らせてやろうと父親の書斎から何か盗んできてしばらく隠してやろうと思い立つ。
父親は朝食を新聞を読みながらとるような典型的な堅物。寡黙で、タツミからすると何を普段考えているのか全く分からない。とにかくタツミのやる事にいちいち難癖をつけ厳しく当たってくる。そんな父親がオロオロする姿が見れたらどんなに楽しいだろうとタツミはいたずら心に駆り立てられながら、その企みをここ最近では一番面白みのある思い付きだと頷き含み笑いを浮かべながら父親の書斎へと忍び込んでいく。
部屋に入ると壁一面に並べられた本棚の本には目もくれず、窓際近くのデスクへ足を運んだ。
タツミはニヒヒと笑いながら一番上の引き出しを開けて中の文房具をガシャガシャと音を立てながらあさり始める。しかしながら誰かが触った形跡を残したら、それこそ父親に直ぐに気付かれて、結果とんでもない大目玉くらうぞと慌てて手を止めた。
タツミは誰も帰ってきていないひっそりとした家の中で、そろそろと次の段の引き出しを開けて、あまり物を動かさないように物色し、そのようにして左右の引き出しを開いてまわった。
「ホンットに、何も無いなぁ。。。エロ本でも入っててくれたら笑えたし、親近感だって湧いたのによ、つまんねぇ父親だな、ったく」
物色を始めてしばらくすると特に音を立てても今は誰も居ないのだからと気持ちが緩み、とりあえず一番使用頻度の高そうなシャーペンか、ハサミでも持って戻るか、とタクミが思い始めた時だった。右側の一番下の引き出しの奥に、分厚いダイヤリーが、同じように積まれた一番下のファイルの間に隠されるように入っているのが見つかった。タクミはコレコレ!と心を躍らせて、上に乗っていたファイルをデスクに上げた後、そのダイヤリーを手に取って開いた。
そこには、粋(スイ)という女性に向けた、赤裸々な思いがしたためられていた。タクミの表情にはあからさまな笑顔が浮かび、読み進む度に恥ずかしくなって、思わず口元に手を当てて肩をすくめるフリをしながら何度も飛び跳ねた。心底面白がりながらページをめくっていると、一番後ろのページの間に、封筒が挟まれていて、そこには住所も書かれ切手も貼られている。出そうとしたけれど思いとどまったようだ。
タツミは封筒から便箋を取り出すと中身を読んだ。
「
城ケ崎 粋 様
京都への出張の際、古美術店のカウンター席に座っている貴方を見つけた時の驚きをどう言葉にすれば。
時が止まる、という感覚を現実に体験したのは、その時が初めてだった。まさかあのように偶然に、心に留めていた人を見つけようとは。
幾度となく、後悔し続けていた、大学時代を何度思い起こし、あの時に、それともあのタイミングで、それよりもっと、後のあの時でも。
たった一言、貴方に個人的な好意を寄せていると、貴方に伝えておけばと。
貴方は○○大学法学部のマドンナとして、一学年下の貴方が入学当初から既に学内の話題を持ち切りにしていたけれど。その貴方と、学力だけが自慢の私のような野暮な男が、言葉を交わし、日常を共にするというだけでも大変な奇跡の連続の日々であったというのに。
どうか、一度だけでも、会って話をすることは叶わないだろうか。
もちろん、日の明るい時間帯に、食事をしながらでも。
私は偶然に貴方を見つけた事を、ただの偶然とは考えていない。
この機会を逃してしまったら。
私は新たな後悔をもう一つも増やしたくはない。
」
文面はそこで唐突に終わっていて、父親の名前も記されていなかった。恐らく、未だ書き終わっていないのだろう。
タツミはあまり物を考えずに、携帯電話のカメラで封筒に書かれた住所と便箋の文面、それからダイヤリーのページもカメラで撮影を始めた。さすがにそれを持ち去る訳にはいかない、その時にはシャーペンもハサミも持って出る気持ちは無くなっていた。
この情報だけで十分だ。タツミはそう思いながらダイヤリーのページをめくってシャッターを押した。そのうちに、「ただいまーー、タツミ、帰ってるのーー?」という母親の声が聞こえてきて、タツミは撮影を中断すると慌てながらもファイルを注意深く元に戻し、急ぎながらも静かに引き出しを全て閉め、父親の部屋を後にした。そして自分の部屋に戻るとわざと大き目の音を立てて部屋のドアを閉め、咳払いをしながらリビングに帰ってきている母親の方へと向かった。
タツミは日曜日の早朝から出発して、東京から京都まで、新幹線で向かう事にした。あの堅物の父親がここまで赤裸々な恋心を寄せた女性が一体どんな人なのか、見たくてたまらなくなったのである。父親の日記と手紙は、タツミにとってこれ以上無いほどの面白いネタであった。手紙には古美術店とあったから、彼女を見るのはそれほど難しくはなさそうである。もっとも、店が閉まっていたら話は別だけれども。
タツミは電車の中で、携帯の画面を拡大しながらニヤニヤと笑みを浮かべて日記の内容を読んだ。もしスイさんに出会えたら、こちらの事情は一切明かさずに話しかけてみようか。あくまでもただの客として、商品の事を尋ねたりしたらいい。
そして。。。その事を父親にほのめかしてみるのはどうだろう。
今日、京都でどうしても見たい一大コスプレショーがあったから行ってきてさ。
帰りに素敵な店見つけてさ、そこでコレ、買ってきたから親父にあげるよ、って。
一体、父親はどんな反応を見せるだろうか。
タツミの父親は日本社会学研究所教授という肩書で、テレビのニュースでコメンテーターの仕事もこなす公人。眼鏡をかけたジジイなので、特別モテたりはしていないとタツミは思っている。本人が「野暮な男」と自称しているくらいだから、学生時代もパッとしなかったのだろう。恐らく、スイさんの方は父親の事など覚えてすらいないかもしれないと、タツミは思っていた。
古美術店「KA・REI・堂」は京都の主要な大通りに面していて、意外とすんなりと見つかり、タツミは住所と店を何度も見合わせた後で、人気のないひっそりと静かな店の中へ入っていった。電気が付いているのに薄暗い店内と、客が一人もいない店内の静けさに物怖じしながら、商品を手に取って見るフリをしてみる。すると部屋の奥からそれほど大きくない声で「いらっしゃいませ」と一言言い、店主とおぼしき女性が出てきた。タツミはさり気なくカウンターに目をやり、目を細めながら彼女の姿を確認しようとした。しかしながら店主の女性がタツミの方をじっと見つめるので、タツミは目を逸らす事も特別見ていないフリをする事も、出来なくなってしまった。互いの目が合った時に、店主の女性はタツミにふわりと笑顔をこぼした。タツミは思わずつられて微笑み、テレを隠すように頭を一度下げて、それからゆっくりと店の中を歩き、商品に興味があるフリを続けた。
タツミが商品を手に取って興味がある素振りを見せていると、女性の方がタツミに近づいて、話しかけてきた。
何でもベネチアで買い付けたアンティークのガラス細工で、現在は生産されていないという。タツミが素直に「へぇ、すごくキレイですねぇ」と感想を言うと、女性は物のキレイさにも色々あって、その国独特のデザインとか色使い、それだけが持っている美しさというのがアンティークの世界の魅力だと言う。タツミはなるほどなと頷きながらも少し興味が湧いて、「これはどこの国のですか?」と手に取りながら会話を続けた。
女店主は時折、タツミを見つめながらしっとりとした笑顔を向ける。タツミはそれを見て、もしかして何か気付いているのかもしれないと思う。そのうちに店主が「今日はどちらからいらしたんですか?」と尋ねてくる。タツミが「東京です」と答えると、「まぁ、遠路はるばる」と店主が返す。店主は、「もし本当に気に入ったものがあったら、ぜひ手に入れていってくださいね。次またって言うても、そない直ぐには来れないでしょう?次来はる時には、それは他の人の手に渡ってるかもしれませんので。買い物って、結構運命ってあるんですよ。特にうちの商品は、アンティークの一点物やから」と微笑みながら言う。
タツミが思い切って、「実はこのお店、父親から教えてもらって知ったんです」と打ち明けると、女店主は「お父様が。ほなアンティークの古美術品がお好きで?」と尋ねる。タツミは「はい」と答えながらも、好きだったのは商品じゃなくて貴方ですけど、と胸の内で付け加える。店主が「じゃあ何か、息子さんの好みで選んでお土産にしはったら、自分で選んだ品物より、お喜びになるかもしれませんね」と答えると、タツミは少し語調を強くして、「もしよかったら、貴方のおススメというか、好きな商品で良いんで、選んでもらえないですか?」と言った。店主は微笑みながら頷いて、「ほな、そこまで高価やない、小さいけれどもキラキラしたものを」と言って、ガラス細工のブローチを手に取り、タツミに差し出した。タツミが両手を揃えて広げると、店主はそっと小さなブローチを手のひらに載せた。
ブローチを受けとる一瞬、触れるか触れないかの距離が生まれた時にタツミは少し心臓の鼓動が早くなるのを感じた。店主が「もっと見はりますか?」と尋ねながら、タツミを覗き込んで再びしっとりとした微笑みを浮かべた時に、タツミは気持ちが焦って「いえ、また来ます!お会計お願いします」と早口に返した。店を出た時に、唐突に心臓の鼓動が早まる。小さなクラフト紙の袋に入っているブローチをバッグに仕舞いながら、他所の観光もろくにせずにタツミは帰りの新幹線に乗った。
帰りの新幹線の電車の中で、父親のダイアリーの文面と、今日会った女店主の事を照らし合わせる。父親のダイアリーの中のスイさんは、「朝靄の、静かな湖畔に浮かんでいる睡蓮の花」のようだと書いてあったので、どんな清楚な感じだろうかと想像していたのだが。実際に見た女店主のスイさんは、睡蓮と言うよりは百合の花のようだった、黒髪のベリーショートで、目が印象的な美人で華があり、服装の色味がグレーと黒で暗い中に、色鮮やかなアクセサリーが目立っていた。しかしながら話すとどこか趣があって、しっとりとしていて、ブローチを受け取る時によく見たほっそりとした長い指は、確かに睡蓮の花のような、透けるようで繊細な印象を受けた。タツミはもしかして今日の店番の女性がスイさんではない別の女性であったのではないか、という可能性も一考した。ひょっとしたら、彼女はスイさんではなくて、雇われ店番の女性だったのかもしれない。電車の中で駅のすぐ近くで購入したパンを食べながら、タツミは東京まで戻った。
タツミは家に帰った後、結局ブローチを父親に渡さず、店の話もしなかった。今一つ彼女がスイさんであるという確信が持てなかったというのも理由ではあったけれど。少しの間、店内という限られた空間に二人きりで、会話を交わしブローチを受け取った時に。タツミの中にはスイさんとおぼしき女性に対して、個人的な興味が沸き起こっていた。
タツミは次は一か月後くらいに、再び京都のスイさんのお店へと向かう。
お店にはやはり前回と同じ女性がカウンターに座っていて、彼女がスイさんで間違いないのだろうとタツミは思う。タツミがお店に入るとスイさんは気安い笑顔で迎え、「また来てくれはったんやねぇ」と言う。
「覚えててくれたんですか?」とタツミが尋ねると、彼女は「観光地やけどね。一回接客したお客さんは、絶対に忘れへん。そやけど名前はよう、覚えんのやけどね」といたずらっぽく笑って答える。タツミと女店主は前回よりも少し打ち解けて、会話をしながら商品を見てまわる。そしてまた一つと店主に選んでもらう、それはガラス工芸が入った万年筆で、少し値は張るけれどタツミもそれを気に入って、今度は父親にプレゼントにしようとそれを買って帰る。
タツミは京都まで観光に出かけたついでにと言いながら父親にその万年筆を渡す。父親は顔色を直ぐに変え、有難うと返しながらも、神妙な表情をしている。タツミはその時には「あの人がスイさんかどうだか分からないんだし、これは単純に父親にお土産にしたかったものだから」と女店主の存在をほのめかしたりしないままただお土産だとだけ言って渡す。父親もそれ以上何も聞いてこない。タツミは個人的に店主との会話を楽しむようになっており、それがスイさんかどうかという事に対して興味が持てなくなってきていた。
あの人は、むしろスイさんではない、別の女性に違いない。確かにきっかけは父親の手紙だったけれど。結果的には、俺は別の女性に出会って、ちょっとした知り合いになった、あの人がスイさんかそうでないかなんてことは、俺には関係ないこと。
タツミは女店主がスイさんその人ではないと、思い込もうとした。彼女の方にしたって、俺が父親の息子だなんて、気付いてすらいないんだし。彼女にとって俺は、一ヶ月ちょっと前から来店するようになった顧客の一人、それだけの関係。
タツミはベッドの上で、彼女が最初に選んだ小さなブローチを持ち上げて眺める。これは、多分彼女が、彼女の趣味で選んだ、彼女が好きなもの。俺と、未だ名前すら知らない相手との、初めての出会いの記念品。だけどひょっとすると、彼女は俺の父親の為に、これを選んだのかも。ひょっとしてひょっとすると、彼女は俺が父親の息子だという事に接客の間に気が付いた上で、彼女の趣向で選んで、父親に俺が手渡す事を期待して、選んだ。だとしても。
だとしてもこれは、俺が持っておこう。
タツミはそのブローチをスクールバッグの内側に付けて、常に近くに置いておくようにしていた。タツミはそれを父親の目に絶対に触れない所に隠しておきたかった。
タツミは数か月後の土曜日に、早朝ではなく昼間から出かけて、またその店を訪れた。タツミが店に入ると女店主は接客をしていて、タツミが店に入ってきたのを一瞥すると少しよそよそしい雰囲気を醸し出しながら少しだけ会釈と瞼を伏せた後で、接客を続けた。タツミがゆっくりと店内を歩きながら、商品を見ている中で接客が終わり、会計を済ませた客達は店の外へと出て行った。
タツミが少し気持ちを暗くしながら店の中を歩いていると、女店主は先ほどとは打って変わって気安い表情になり、「今日はちょっと、遅い時間に寄ってくれはったんやねぇ」と言いながらタツミの近くへ来た。
タツミは第一声で、「貴方は、スイさんですか?」と尋ねた。女店主はきょとんとした表情の後で、笑いながら頷き、「インターネットで調べたん?確かに私はスイやけども」と言葉を続けた。タツミは真剣な面持ちを崩さないまま「イバラタツヒコ、って名前、覚えてます?だけどスイさんて名前覚えるの、苦手って言ってたよね」とさらに尋ねた。スイは笑顔のままでいたけれど、目は笑っていない。「今日は早めに仕舞うから、数十分、待っとってくれる?」とタツミに尋ね返した。タツミは無言で頷いた。
店主は店の看板をクローズにし、内側から鍵をかけると、裏から出て店の前のシャッターを閉めた。店が自然光を断たれてさらに暗くなった後、裏からスイさんが戻ってきて、カウンターの前辺りに椅子を置き、彼女はタツミにそこに座るよう促してまた店の中に戻っていった。
スイが奥から紅茶とクッキーを盆にのせて戻ってくると、カウンターテーブルの上のタツミの前にカップを置き、紅茶を注ぎ入れながら「砂糖とミルクは?」と尋ねた。タツミが「いただきます」と答えたので、スイは砂糖のポットからスプーン一杯入れた後タツミの表情を窺い、タツミが頷いたので自分のカップにも一杯入れた。
「ミルクは好きな量、自分で入れてな」と言って、自分のカップにミルクを少し注ぎ入れた後タツミの前にミルクジャーを置いた。タツミは頷きながらそれを手に取って、スプーンでカップを回しながらミルクを注ぎ入れた。
タツミがミルクジャーをテーブルに置いた後で、スイは「それで。。。君は、イバラさんの息子さん?」と会話を切り出した。タツミが頷くと、スイは「やっぱり。。。」と答えた。
「やっぱりって、いつからですか?いつから俺がイバラの息子やって」
「君、名前は?」
「タツミです」
「はぁ、なるほど。タツミ君やね。う~~ん、そやなぁ。。。接客しながら、何となく、かなぁ」
「俺の父親は、スイさんの事を大学時代から、多分今でもずっと、好きみたいです。それで、今も未だ、貴方に会いたい、会って話がしたいと、思ってるみたい」
タツミはそう言うと、携帯電話の画像からスイへの父親の手紙を選んで表示して、スイの前に差し出した。スイはタツミの携帯を、画面を大きくしたり小さくしたりしながら読んでいる。タツミはスイが手紙を読む間、紅茶を飲み、クッキーをかじった。
スイが携帯をタツミに返しながら、「そんで。。。何で、私に会いに来たん?」とタツミに尋ねる。タツミは「最初は、興味本位で。父親が口煩くて、あまりにウザくなってきて、何か弱味でも握ってやろう、困らせてやろうって部屋に忍び込んだら、これを見つけた」と少し気まずそうに答えた。スイが黙っているとタツミは少し早口に、「あの堅物の父親が、気取った言い回しで、スイさんへの好意を日記にしたためてるのを読んで、貴方がどんな人なのか、どうしても知りたくなってしまったんです。確かに勝手に日記を読んだり、出してもいない手紙を貴方に見せてしまったり、人としてはやっちゃいけない事だって、頭では分かってるんだけど」と答えた。スイはため息を吐き出して、「やったらいけないのにやってもうてる事は、分かってへんからやってるの。フリはしたらあかんよ。そういうの、口だけお利口さんて言うんよ」と説教した。
「どんだけ思ってても、願望があっても、他人が困る事、他人の領域を自分の勝手で犯す事、本当に分かってる人、本当の良い子は、やらない。それを、心が強いという事なんやって、私は思ってたんやけどね。最近ではまるで、やったもん勝ち、逆が強いかのような屈折した社会傾向があるけれども。心の弱い奴が権力握って、弱い奴をそそのかしてる。。。人は簡単に、弱い方に流される。。。それでも、やったらあかん事はやったらあかんのよ」
タツミは頷いて、しばらく無言で黙っていた後小さく「ごめんなさい」とだけ言い、謝った。
「君は未成年やから、勉強やね。私は若い内に犯した罪は、大人が許したらなあかんと思っとる。大人になったら、きっちり責任とらんなんけども。やで、もうやったらあかんえ?」
タクミが真摯な面持ちで頷いたので、スイは表情を柔らかくして微笑むと、「それで?私がスイやって分かった後、タツミ君は何が望み?」と尋ねた。タツミは表情を強張らせて、「俺の父親が今でも貴方に会いたいと知った今、貴方は俺の父親と会いますか?」とスイに尋ね返す。スイは表情を崩してアハハを声を上げて笑った。そして「心配なんや?私がお父さんと会うのん」と言った。タツミは硬くした表情のまま2度頷いた。
スイは笑い声を再び上げた後で、笑いながら話した。
「君が、タツミ君がわざわざ京都まで、遠路はるばるやってきた理由。お父さんを、なんやかんや言って、大好きなんやね。ウザいって口では言いながらも、お父さんが私にとられるかも分からんって、心配やったんやろ?心配せんとって、私の中ではとっくの昔に、終わってる話。私にも、良い人いてるのよ、今頃イバラさんに会いに来られたって、逆に困るわぁ。お母さんの事も、心配やったんやね。私とイバラさんが間違い起こして、一番傷つくのは、お母さんやもんね。思い出ごときの女が、イバラさんの心占領してしまって、君のお母さんにも、ごめんなさいね」
タクミはパッと表情を変えて、恥ずかしそうに笑いながら「いや、大好きとか、無いし!」と言い訳した。スイはハハハと軽快な笑い声を上げながら、「気持ちって、自分が認識してるだけじゃない本当も、あるからね」と言った。
「ここのお店、『KA・REI・堂』って付けたんやけど。心って、カレードスコープ、万華鏡で覗いた世界みたいやって、常々思う。同じセットのビーズが入ってるのに、少し動かすだけで、クルクル回すだけで、全然違う、その時だけの模様が出てくる。全く同じビーズが入ってるのに、やで?心もね、「自分の気持ちはこうや」、って思い込んでても、少しの変化で、光の当たり様で、他人様とのやり取りで、それまでとは全然違う気持ちがある事に、その時々で気付かされる。自分の心に、こんな気持ちを秘めてたんや、とか。それが美しい時もあれば、受け止めるのが苦しい事も。綺麗な色のビーズが入ってる万華鏡は美しいだけやけども、人の心は、そうじゃない。やから濁ったり、汚い感情も、辛いことも、やけどもそやからこそ深みもあって、キレイと汚いが混じり合って、あまりにもはっきり目の当たりにすると、目を伏せたくなる、怖くなる事もある。色々な気持ちが自分の中にあったんやって、見え方次第で気付かされるよね。世界って本当に、そういう意味では自分の気持ちに出会う旅みたいよね。色んな感情に気付いて、それが自分の人生の確かな気付きになっていったらいい。辛さや苦しさで心が濁る時にもその中で突然、思ってもみなかった美しい感情、美しい景色に出会えた時には、ああこんな景色があるから生きる事は素晴らしいんやって、内側から満たされることもあるやろうし。それはたとえば、朝靄の湖畔の木陰でひっそりと花開いた、睡蓮の花のような」
「その話、父親にもしませんでしたか?」
「したも何も。。。イバラさんから、私が言われたんよ。。。嫌や、恥ずかしいわぁ、自分の事、言ったみたいになってしまった、そうやなくてね。そういう風に美しい描写を私に与えてくれた、イバラさんからの言葉がね。。。私も、貴方の父親、タツヒコさんの事を、ごっつぅ好きやったから。こうして覚え続けてて、出てきてしまったんやね」
スイはそう言った後、ようやく紅茶を一口飲んだ。紅茶の表面を見つめながら、「誰の心にも、あるのよ、叶わなかった恋っていうものが。それは時間が経つほど美化されて、大事な大事な記憶のようになってしまう。結婚なんて、好き同士でするもんじゃないって、よく言うやろ?記憶から何をしても消えない、消せない恋っていうのを、人は墓場まで持っていく生き物なんかもしれへんよね」と呟くように言った。
スイが紅茶のカップから顔を上げると、タツミは表情をグジャグジャに崩して泣き崩れている。スイは声を抑えて笑いながら、「君は、もうこのお店に、来たらあかんよ」と言い、そっとカウンター越しに手を伸ばして、タツミのふわりと立ち上がった前髪を後ろに撫でつけた。タツミが途端にウウッと声を漏らして泣き始めると、スイは何も言わずに何度も髪に指を通しながらタツミの頭を軽いタッチで撫で続けた。そのうちにタツミは「ごめんなさい」と言い、スイは「ええよ。私は絶対に、イバラさんと二人きりで会ったりしない。神に誓って、会ったりせえへんから」と答えた。
髪に指を通して撫でていたスイの右手を、タツミは泣きながら左手で握り込み、彼の頬にぴったりと当ててなおも涙を流した。スイは戸惑いながらも親指を伸ばして、タツミの目の下に伝い続ける涙をそっと拭う。流れたばかりの涙とはかくも熱い液体なのだなとスイは思いながら、タツミが無き止むまで、彼を見守っていた。
「紅茶とクッキー、ごちそうさまでした」
二人で店を出て向き合うと、別れる前にタツミはそう言って頭を深く下げた。スイは右手をタツミに差し出して、「もう会わへんやろうけど」と言って微笑んだ。タツミはスイの右手を両手で握り直した後無言でしばらくの間目を閉じた。
スイの手を放しながら「お家は近いんですか?」とタツミは尋ねた。スイは頷いて、
「うん。歩いて帰れるくらいの距離や。ほなここで、気をつけて帰りや」と答えた。
タツミが頭を下げてから駅の方に向かって遠ざかっていくのを、スイは右手をひらひらとかざしながら見ていた。時折、タツミが振り返る。スイはその度に手をヒラヒラさせて、古い記憶の残り香の余韻に浸った。
あとがき
これは書いておかないといけないと思ったのですが、今日玄関で爪切りをしている最中に、あるきっかけでバーーっと話が出来てきて、そこから30分ぐらいでもう最初から最後のオチまで出来上がってしまいました。
誰しも、心残りの想い人というのがいるとは思うんですけど。しかしながら年をとって、それを今さらどうしたいという訳でもないっていう、そういう恋ってありますよね。それをこう、何というか執念というか、心に留めておくよりは、消化した方が良いって感じで、形にしておくか、とでも思ったのかな。
出来てしまったら、書かずにもおれないのであらすじだけれども記録しておくことにしました。
断っておきたいのですが、本当にこういう事を実行したり、するつもりはないんですよ、ただね、面白い思い付きだなと思ってね、出てきてしまったので、これはもう書いておいた方が気持ちもスッキリするだろうなってね。逆に、潔いというか、ちょっと毒っぽいオチになってますけれども。実行したい訳では無いんですよという事を、どうしても断っておかなくてはいけないと思ってね。。。
ジャンル別一覧
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・TV
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル
人気のクチコミテーマ
花のある暮らし・・・
最後のネモフイラの花が咲いてます
(2026-05-13 18:07:12)
野菜を育てる
カゴメさんからトマトの苗の当選連絡…
(2026-05-13 10:17:06)
多肉植物コレクター集まれ!
多肉植物
(2026-05-13 08:38:50)
© Rakuten Group, Inc.
X
共有
Facebook
Twitter
Google +
LinkedIn
Email
Create
a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧
|
PC版を閲覧
人気ブログランキングへ
無料自動相互リンク
にほんブログ村 女磨き
LOHAS風なアイテム・グッズ
みんなが注目のトレンド情報とは・・・?
So-netトレンドブログ
Livedoor Blog a
Livedoor Blog b
Livedoor Blog c
JUGEMブログ
Excitブログ
Seesaaブログ
Seesaaブログ
Googleブログ
なにこれオシャレ?トレンドアイテム情報
みんなの通販市場
無料のオファーでコツコツ稼ぐ方法
無料オファーのアフィリエイトで稼げるASP
評判のトレンドアイテム情報
Hsc
人気ブログランキングへ
その他
Share by: