「身心を浄める」水に感謝
東北大震災は、今や自然災害などではなく人災だと解き明かされて居ります。特に原発は充分な予防設備の不完全性と予算不足による手抜きが指摘されています。その塵穢を浄らかしめるのが「水」であることにも驚きを覚えます。「水」は身を浄め、心を浄めます。イエスはヨハネに川に身を浸し洗礼を受け、釈尊は身を水で浄めるこそ世の理法を覚ること第一とさえ説かれています。我が国日本の神道にあっても巫女は身を浄めることを強いられます。それらは皆、神聖なものに対して無垢ならんことから来る教えです。昨今は、教会・寺院・神社で浄めと称して手だけ洗いますが、出来得れば身体すべてを水で浄めて出掛けたいものです。道元禅師は、「水に情(こころ)があるわけでもなく、また情がないわけでもない。」と説きます。
「水」こそが国土の穢を濯ぎ清なかしめるものであり、我が国土は幸い水ありきの国であり、洗浄を水に託すことが出来ます。その自然への感謝を忘れることは許されません。

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