Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2012年02月17日
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カテゴリ: 夢有無有
「歴史を変えた女(ヒト)」北政所
 秀吉が関白就任とともに、北政所の称号を受けた才色兼備だった「おね」は、称号に相応しく秀吉との阿吽の呼吸で大阪城の女主人として、秀吉政権を補佐し朝鮮出兵の折には、見事なまでの事件処理を行なっています。足軽頭の口八丁手八丁の妻として出発した「禰々」は、特に秀吉小姓あがりの武断派にとっては、大阪城の帝王と看做されるまで成長しています。
 しかし、秀吉臨終の場で、涙して秀頼の安全と行く末を誓紙まで出し、命をかけた男の誓いを踏みにじった家康に対しての、その後の行動は非常に謎に包まれています。関ヶ原の戦況を左右した、甥の小早川金吾の裏切りは家康の意向を受けた北政所の文が原因ともいわれ、武断派が家康に従(つ)いたのも北政所の動きによるものです。此れは、三成達五奉行の専横をこのままにして置くと天下が再び乱世に戻り、豊臣家の存在そのものが危うくなることを危惧したことによる判断だったと想われます。
 家康と秀頼の二条城謁見は、豊臣存続を賭けた北政所の必死の行動でした。加藤清正を護衛に付かせ、毒見役までも引き受けさせます。清正はもしもの時は家康と刺し違える気持ちでした。只、秀頼が家康自身の子と比較して、君主として出来すぎていたため、家康に豊臣家滅亡を此処で決断させる事になろうとは思いもよらなっかったでしょう。
 その後も、家康は豊臣存続を口実に北政所を利用し、最後はボロ雑巾がごとく捨て去ります。高台院となった「おね」は家康に利用された己を恥じながらの隠遁生活を送ることとなりました。

北政所1
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最終更新日  2012年02月17日 11時39分50秒
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