Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年02月16日
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カテゴリ: 夢有無有
第四の日・mark〈表徴)としての存在
 創世記第1章第九節から第十三節では1:14神はまた言われた。「天のおおぞらに光があって昼と夜とを分け、しるしのため、季節のため、日のため、年のためになり、1:15天のおおぞらにあって地を照らす光となれ」。そのようになった。1:16神は二つの大きな光を造り、大きい光に昼をつかさどらせ、小さい光に夜をつかさどらせ、また星を造られた。1:17神はこれらを天のおおぞらに置いて地を照らさせ、1:18昼と夜とをつかさどらせ、光とやみとを分けさせられた。神は見て、良しとされた。1:19夕となり、また朝となった。第四日である。とあります。これは相当のの難問だ。まず、「第一の日」の光と同じく、「あるようになれ」と翻訳されているのは「ハヤー」で、現れるように或いは見えるようにという意味で、そのときまで、存在していなかったものを創造するということではない。しかし、16節に、「神は二つの大きな光る物と星を造り」と書いてあるので、一般的の翻訳である和訳及び英語で読むと、そのときに神が創造したという印象を受ける。ところが此の辺りが、元のヘブライ語は曖昧です。英語と日本語と違ってヘブライ語は、動詞の自制には三つしかない:未完成自制、完成自制と命令形だけだ。ここでは、完成自制で、既に創り終わっていたことを意味する。だが、それはいつだったか示されていない。第四の日の内にという意味とは限らない。ただ、これらの天体は以前に神によって造られたものだったという意味だ。そのタイミングについては、言及されていない。しかし、それは1節にほのめかされている。即ち、「初めに」、地球が形成される前に。2節に書いてあるように、それ以降の記述は地球の表の視点から描写されるので、そのときまで、直接に見えなかったという解釈が成り立つ。また、日・月・星に対するたとえ唯一神教であればこそ、ヘブル人の太陽と月や星々を「しるしのため」として、云わばmark〈表徴)として捉えていることは、合理的とはいえ、太陽を神格化する多くの宗教に比して、際立った特徴です。これは自然科学の立場から検討すれば、光を通す半透明の大気は下等生物には十分だが、複雑な体内時計を持つ高等動物が存在するなら、その体内時計を調整するために、太陽などの天体の位置を時として確認する必要がある。だから、大気が少なくとも部分的に晴れる必要がある。「季節のしるし」となるのはそういう役割を果たすことで、その時まで、半透明であった大気が透明となり、地上から天体が初めて見えるようになったとも解釈できます。

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最終更新日  2013年02月16日 11時52分00秒
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