Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年05月09日
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カテゴリ: 夢有無有
「時間」を紐解く(58)精神哲学-時間観(三)ベルクソン
 ベルクソンは「空間と時間」が外在化して有ると云うことを重要視していません。というよりは観念としての「空間と時間」のうちで空間が問題であって、その等質的な空間が、実在するにしても、人間の観念を離れて実体を持つにしても、外在化した「時間」の等質性を否定すると云うよりは、時間の「瞬間」が保存されて他の瞬間に付け加わることはおよそあり得ないこととします。相互に付け加わる事が出来る瞬間とは、「空間を占める諸点」であるとします。ベルクソンの特徴は、時間の本質を意識に直接与えられたものにあるとした点である。ベルクソンは、時間の本質とは、物理学に代表されるような点的なものや、われわれが日常意識している時計で計られる時刻ではなく、意識に与えられた状態そのものであるという。その際ベルクソンは、われわれの感情や感覚の「質」的な状態と、数量化できる「量」的なものとの区別をする。われわれの感情や感覚は、「大きい、小さい」といった量的な形容詞で言い表すことができるようなものではなく、どの感覚もどの感情もそれぞれが異質なものであって、比較を絶したものであるという。われわれが、感情や感覚の大小について云々することができるのは、われわれがそれらの感覚や感情をひきおこした数量化可能なものを、その結果である感情や感覚に混入させているからだというのである。物理学に代表される自然科学は、「内的状態の外的原因を測定する」ものであり、このような自然科学に引きずられて、感覚や感情をも外的原因から測定できうると思ってしまっていると述べています。つまりわれわれは、感情や感覚といった本来「質」的なものについて語る際に、「結果のなかに原因をもちこむ誤謬」をおかしているとベルクソンはいうのである。「質」的なものとは、数量化可能で言語化できるようなものではなく、感覚の僅かな差異などの、意味合いの微妙な違いなのだ。それでは、そのような「質」的なものと時間との関係は、どのようにあるのだろうか。

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最終更新日  2013年05月09日 06時20分59秒
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