Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年04月11日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」ルネッサンスの自然哲学者テレジオ(九十二)
 ルネサンス文化も全盛期が過ぎ、16世紀ルネサンス中心地イタリアがイスパニア(Spain/ローマ時代のヒスパニア(Hispania)を語源とするエスパーニャ(España)が王国の総称として用いられる)の圧政下に苦しむ中、南イタリアのコゼンツァに特色ある自然哲学者テレジオが現れます。テレジオ(Bernardino Telesio/1509―1588)は、南イタリアのコゼンツァに生まれパドバで自然学・哲学:医学を学んだ後、汎神論に傾き「その固有な原理からみた事物の本性について」出稿します。其の主張するところは「自分以前に自然を研究したものは、その理論と自然所与との矛盾、理論相互間の対立からもわかるように、むだな時間と苦労を費やしたとみる。それは、哲学者たちが世界の原理を理性で求めている」とし、「幻想で仕事をし、神の作品を変形している」と断定します。彼はアリストテレス主義を「感覚に基づいて自然をありのままに追うだけで、人間の知はその任務の頂点に達することができると考える。感覚によれば、太陽その他の天体は熱をもち、土は冷を生むことから、「熱」と「冷」を第一の原理とし、土すなわち物質に内在するこの「熱」と「冷」という二つの原理によって、人間の認識や倫理を含めたあらゆる事柄を説明しようとした。」と唯物観と捉えた批判をします。其れ故、テレジオは経験的な認識「感覚的認識論」を唱え、キリスト教信仰に矛盾を感じることなく、精神的実体としての人間の魂や神の存在を認めます。此の根幹には決して視えない創造主である絶対意識を感覚的に捉えることが出来るとしていることにキリスト教信仰に矛盾を感じることなく、精神的実体としての人間の魂や神の存在を認めた「信仰」の力強さが読み込めます。此処には自然哲学より始めに「神有りき」が読み取れます。「思考と直覚」的には「神」を人格神として捉えるべきではないと説いているならば同意すべき面もあります。

Bernardino-Telesio1
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最終更新日  2015年04月11日 06時58分11秒
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