Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年05月26日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」孤独の哲人キルケゴール(百三十八)
 社会主義の土壌に立つベリンスキーと同じ時代に、孤高で同次第の思想家としては特異な哲人がデンマークに出現します。彼の名はキルケゴール(Søren Aabye Kierkegaard/1813-1855)、彼の思想は同時期の思想家からも殆んど理解も支持もされなかったが、20世紀に入ってからは研究者も増え、人間実存の真理は「あれかこれか」の選択、融和しがたい対立にあると説き、現代では実存哲学の先駆者と共に実存主義思想の祖と見做されています。キェルケゴールはヘーゲル風の汎(はん)論理主義に抗して、不安と絶望のうちに個人の主体的真理を求めた彼の思想は、20世紀に入るまでデンマーク国外ではほとんど知られなかったが、1909年からドイツでシュレンプによる翻訳全集が出て、当時新進のバルトやハイデッガー、ヤスパースらの弁証法神学者や実存哲学者に大きな影響を与え、そこからキルケゴールの名は現代キリスト教思想や実存思想の先駆者として、ヨーロッパのみならず世界的に知られるようになります。キルケゴールの宗教観は「死に至る病」で自己と絶望に関する考察をしています。彼は信仰を徹底的に自己の問題として捉え、「主体性のなさ」や「群集心理」を自己の喪失を意味すると断言します。それでは、キルケゴールは「自己」をどのように思考しているのか。彼は近代理性主義の「精神」が基礎づける人間存在とはあくまでも概念的な人間でしかなく決してデカルトのコギト的なものをさすのではない。キルケゴールにとっての自己はあくまでも有神論的実存主義的な自己である。「信じるが故に我在り」なのであり、キルケゴールにおいては人間存在に信仰という具体的行為によってこそ人の生は可能になる、有神論的実存主義的な自己を強調します。「神の観念が増すにつれて、それだけ自己も増し、自己が増すにつれて、神の観念も増す」といわれるように、神への関係は自己への関係に相即する。神を尺度とする人間的な自己となるならば、自己はなんという無限な実在性を獲得するであろうかといわれるように、自己への徹底的な考察、キリスト教的にはそれが罪とさえ問われる自己を見出すこととも言い換えることもできます。とはいえ、彼は「神」を神格或いは人格性を与えてはいません。ニヒリズムの到来による精神の危機をかれは憂えたのです。ヒトゲノムの解析によるクローン人間の可能性等を含めて、今まさに、人間の存在基板としての「肉体と精神」の解釈が問われているのです。実存主義思想の祖キルケゴールが神の観念が増すにつれて、それだけ自己も増し、自己が増すにつれて、神の観念も増すと説く時には、十七世紀のオランダに生を受けたスピノザの、無と有を含めて、世界ただ一つの実体を「神即ち自然」と呼称し主張した「エチカ」を思い起こさせます。

Kierkegaard1
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最終更新日  2015年05月26日 08時06分03秒
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