Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年02月29日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/イマヌエル・カント-25(三百七十七)
 カントの有名な三大批判「純粋異性批判」「実践理性批判」「判断力批判」の著作によって彼の哲学はは批判主義とか批判哲学と呼称されます。然し乍ら、此の時期のカントの最初で最大の関心事は、哲学史上かってなかった「認識論」を樹立することにありました。当時には啓蒙主義故に教会権威を離れ自然科学が日々に発展してきています。カントは此等自然科学に応じて自らの新しい思考を以って哲学を確立することに励みます。自然科学の発展が経験によって、増々、知識が拡大していくことを容認し、更に此の知識い確実性を齎すには、如何様の「認識論」立てたらいいのかを探求し、可能だと思考します。ところが、カントの思考に多大な影響を及ぼした、ルネ・デカルトのコギト・エルゴ・スムの我の意識即ち「自我」を解体し、其れ其れの個別的経験にすぎない経験から観念の主体を束ね想定した「私の感覚」「私の観念」とすり替えた抽象観念だと決めつけたデイヴィッド・ヒュームが、すべての知識が経験によって起こるとは言いながら、知識の確実性や必然性を認識するに至らず、経験によって得られる知識が印象として時々変化に晒されるという結論にしか到らないことに不満でした。其れは恋愛している若者の会うごとの心情の惑いのようなものです。更には、カントが若年より馴染んでいた「合理主義哲学」が時々変化発展し経験を提供している自然科学の進歩に純粋の思考の力「理性」によってのみ頼るのでは覚束ないと判断します。此処においてカントは変遷拡大しつつある、必然的確実な知識とは可能かの方法論を提起します。然し乍ら、カントの云う経験的認識が、現代に捉えられているような外感覚的で物質的な経験による認識だけを意味しないのは、彼が不可視である「物自体」を主張するところにあります。「思考と直覚」は其れを理性の深奥に眠る絶対存在の意思の延長としての先駆的な霊性、其の深奥の理性の存在の非有を問うていると看做します。
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最終更新日  2016年02月29日 08時19分03秒
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