Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年03月27日
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カテゴリ: 夢有無有
{思考と直覚」人間の霊魂を思考/サルトル63/ニーチェ30
 全てを源を一をとして元理として人間が思惟探求するのは、人間精神に與え齎されたものであり、世界の理に人間が触れることの出来得ない万物の根元から人間に思惟する能力が賦与されていることに起因します。ところが、古代中国の老子の哲学では、万物の根源・本体は、図り難く無、即ち「虚無」を無で非ず、老子の哲学では「虚無」を表立てて「虚無自在の心」を尊び「虚心」を薦めます。言い換えれば「虚無」は人間の精神内の問題だということです。老子の哲学では万物の根源である本体は、人間精神の慮り(おもんぱかり)が及ばない「無」であるということ。無については天下の万物は有より生じ、有は無より生ずる。「虚無」は無で非ず否定であるとします。道(陰陽道)が一を生じ、一が二を生じ、二が三(陰陽と沖気(ちゅうき))を生じ、陰陽と沖気である三が万物を生ずる。「万物は陰を負って陽を抱き、二つを媒介する沖気(ちゅうき/調和の気)がこれを調和させているのである。」と説き、生者必滅の論理を世界の理に求めます。老子は或る意味人間精神内の「無」をも「真空状態」、即ち「空間」と捉えています。老子にとっての「無」とはあくまでも、道(どう)の存在論的な「無」故、「無」とは「何も無い」ことではなく、老子的な真空の概念に従って「何かが在る」状態を指しています。其れ故、老子は「完全な無」を真空の概念に従って「無は有を生み出す器」と理解します。此のことは現代科学の「時間論」でも重要な要素です。殆(ほとん)ど空間を失ったブラックホールの中心部では時間は止まったように或は保々停止状態にみえることが定説です。老子の云う「無」とは「全くの絶対無」を予期しているのではなく「実在」としての空間を「無」として定義する故に矛盾が有り、「無」は一点でもなく存在しない故に「無」として定義され、虚空は力に満たされで、喩え虚空が真空にでよ「存在然」としており生成死滅の経緯を老子の哲学である真空に求める可(べ)きでないのは理の当然です。老子は「無」其のものを思考で捉え理ことに拘(こだわ)り「無を精神の有無」に関わり過ぎたための誤謬に陥っています。とはいえ、虚無に関しての誤謬は犯さずニーチェの虚無と相通じます。
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最終更新日  2017年03月27日 06時23分43秒
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