Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年07月03日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ46
 20世紀の戦後の日本の普通高校では、必ずと言っていい程、「倫理」という授業課目を設けていました。所謂、義務教育での「道徳」の授業の発展型だったとも云えます。現代倫理学は其の意味では、道徳原理を定義する学問であり哲学だとも云え、高校の授業科目に「倫理」を取り入れたのでしょう。其の意味で「倫理」中でも形而上哲学で取り扱われる「倫理学」は実践哲学として「道徳」の定義に、些か(いささか)の異なった見解が現代にも持ち込まれています。一つは、道のときにも徳は人間固有の本性に根ざしているとした見解、其のこと故に、何れ(いずれ)の時代にも変動しない普遍的な道徳が存在するとする処に立ち位置を持つ思考です。その代表としては「最大多数の最大幸福」の古典的功利主義者ベンサムや其れに続くイギリスの哲学者というよりはジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill/1806年-1873年)、政治哲学者、経済思想家として有名で、倫理学においてはベンサムの唱えた功利主義の擁護者として知られる他、論理学分野においてはバートランド・ラッセルら後続の分析哲学にも強い影響を与え、初期科学哲学の重要な哲学者として知られている彼や、ヘンリー・シジウィック(Henry Sidgwick、1838年-1900年)、イギリスの哲学であり、倫理学者、18世紀から19世紀の快楽主義に基づく古典的功利主義の倫理。人間は快を求め苦を避けるという性状を本性的に持つ。人間が本元的にこうした本性をもつ以上、道徳的に良い行為とは、出来得れば出来るだけ多くの快を人々に齎すか、或いは、人々から出来るだけ多くの苦を取り除く行為である。いわゆる「最大多数の最大幸福」が説かれる所以(ゆえん)であると説きます。これは、快を求めるという人間の自然的本性に道徳の基礎を置く点で、自然主義的倫理学といってよいが、普遍的な人間本性を認容するところに難があるとする立場も見られます。概してスピノザの倫理学は此の傾向を帯びています。
John-Stuart-Mill1

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最終更新日  2017年07月03日 06時22分11秒
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